雑誌
日本人に愛された「昭和の男」が、また逝ったさようなら、健さん
倉本聰 三田佳子 松方弘樹 谷隼人ほか共演者たちが語った「私だけの健さん」
週刊現代 プロフィール

丸山氏が芸能界とは縁遠い存在ということもあってか、健さんは同氏に胸襟を開いて、ざっくばらんにさまざまな話をした。

「我が家に来て早々、健さんは『世間では僕のことをホモと言っていますが、違いますからね』と言ったので驚きました(笑)。面食らいましたが、世間の噂話も気にされていたんでしょう。

家内の料理も食べてくれたのですが、『糖尿病なんですよ』と言うので蕎麦にしました。病気を気遣っているようで、ペットボトルに自分用の水を入れて持ち歩いていました」(丸山氏)

自分は観られる側になりたくなかった、本当は観る側でいたかった、とも語ったという。丸山氏は話を聞いて、こう感じたと語る。

「俳優は、仕事としてやっているという意識だったのだと思います。プロの自覚が強い人なので、世間が抱く『高倉健』の印象に自分を合わせていたのでしょう」

「観客の夢を壊すな」

撮影のないときは映画界の人々ともあまり交流せず、プライベートを極力、明かしてこなかった健さん。

観る人の愛する「高倉健」像を守り、観客に誠実でいようとするストイックさを共演者たちも感じていた。前出の谷氏はこんなエピソードを明かす。

「あるとき、『おい、明日何してんだ』と健さんに訊ねられたので、『赤坂プリンスのプールに行って、肌を焼いてきます』と答えました。すると健さんに、『ばかやろう!』と叱られたんです。

『おカネをとって映画を観てもらうのに、俳優がプールなんかで日光浴をしていたら申し訳ないだろう。お前の映画を観ている人が隣にいたら、どうするんだ。プールに行くぐらいなら、自分の家のベランダで肌を焼いて、ハワイに行ってきたような顔をしていろ!』

俳優は観客の夢を壊してはいけない—。目からウロコが落ちる思いでした」

私たちが作品を通じて知る、「高倉健」の姿。寡黙で、不器用で、愚直。男気に溢れ、女性には優しく、しかしときにはやむなく、決然と死闘に身を投ずる—。

健さんが、実際に男気の人だったことは、健さんを直接知る人々が証言するところだ。だが、寡黙で冗談などとても口にしなそうなイメージは、真実の健さんとは少し違っている。

『昭和残侠伝』('64年以降)シリーズなど、数々の映画で共演した女優の三田佳子さん(73歳)は、初めての顔合わせの日のことを、いまも忘れることができない。