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佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」

コラム

厚労省が聖マリを行政指導

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 このコラムでスクープした聖マリアンナ医大神経精神科の臨床試験問題が、3月10日の参院厚生労働委員会で取り上げられ、問題追及の動きが更に強まった。

  「調査委員会に第三者を」と塩崎厚生労働相

  「他の医師の研究も調査必要」と医政局

 維新の党の川田龍平氏が、ヨミドクターの記事を資料配布して経緯を説明。「臨床研究の倫理指針に反する数々の不正疑惑が出てきました。被験者の人権を著しく踏みにじる対応を、言動を、暴言を今も繰り返しています」などとし、「調査委員会に外部の第三者委員を入れないというのは不適切ではないでしょうか。ご本人(問題を訴えた被験者の30歳代女性)に調査委員会としてヒアリングをするべきではないか」と訴え、国の対応を (ただ) した。

 前回の記事で書いた通り、聖マリアンナ医大はこの問題を詳しく調べるため、2016年1月下旬に調査委員会を設置した。だが、委員を務めるのは聖マリ関係者ばかり。被験者の女性自らが希望する調査委員会のヒアリングは、行う意向を示さなかった。厚生労働省はこのような大学の姿勢を問題視し、大学関係者の聞き取りを始めていた。

 塩崎厚生労働相は川田氏の質問に対して、「調査委員会には客観性、公平性の観点から第三者を入れることが望ましいのではないかと考えており、聖マリアンナ医科大学病院の担当者に対して既に行政指導を行った」などと回答。厚生労働省医政局は「ご指摘のあった事案だけではなく、指定医の取り消し処分を受けた全ての医師が関与する研究について、適切に実施されていたか、調査を行うよう指導してまいりたい」とし、調査対象を他の医師にも広げるべきとの考えを示した。

250万円と利益相反

 問題の臨床試験では、利益相反に関する疑問も浮かび上がっている。責任研究者の准教授には、試験で使用した抗精神病薬ロナセンを販売する製薬会社から、2014年度の1年間だけで、コンサルティング等業務委託費128万762円、講師謝金111万3706円、原稿執筆料・監修料7万7959円の計247万2427円が支払われている。大学は、この件についての私の質問に「本学では、利益相反管理規程等の基準を定めており、教職員の自己申告に基づいて利益相反の管理を行っております」と文書で回答したが、自己申告は有効に機能しているのだろうか。年間約250万円という金額は、試験結果に影響を及ぼしかねない大金なだけに、これを大学が把握していなかったとすれば問題ではないだろうか。

 この臨床試験の実施計画書(プロトコール)と、実際の試験内容との相違は、前回指摘した准教授による薬の指定以外にもある。試験の中立性を保つため、認知機能検査の一部は、実施計画書で「本検査に熟達した主治医とは別の医師または臨床心理士が盲検下に実施する」「主治医とは別の医師が盲検下に評価する」と取り決めていた。簡単に訳すと「患者が飲んでいる薬は二つのうちどちらなのか、知らない医者や臨床心理士が行う」ということになる。

 ところが、被験者の女性は「検査は准教授ら試験の内容をよく知る関係者が行った」と証言している。カルテなどには、この証言を補強する記載がある。検査結果の数値についても疑問が指摘されており、統計などの専門家を交えた検証が求められる。

不可解な臨床試験登録

 さらに、臨床試験の開始から4年以上たってから、試験の登録を行ったことも不自然さがぬぐえない。人に薬を投与する臨床試験は、その研究計画などの情報を、試験開始前に「UMIN(大学病院医療情報ネットワーク)臨床試験登録システム」などの専用データベースに登録しなければならない。国が研究倫理指針で登録を求めているためで、登録情報は一般の人もパソコンなどで見ることができる。

 このような登録は、研究者が臨床試験を計画するにあたって、同様の試験が既に行われていないかどうかを確認するのに役立つだけではない。試験内容を事前に登録し、情報を公開することで、薬が効かなかった場合も報告の必要が生じる。薬が効いた研究しか公にならない偏りを防ぐことができ、公正で有益なデータの蓄積が可能になる。そのため近年は、未登録の臨床試験の研究論文は採用しない医学誌が増えている。

 研究倫理指針の改正版が施行され、日本でも事前登録が強く求められるようになったのは、2009年4月からだ。聖マリの臨床試験は09年2月に始まったので、改正前の研究倫理指針が適用され、登録しないことも可能だった。だが、開始後間もなく指針が変わったのだから、すみやかに登録するのが通常の対応と考えられる。なぜ13年まで登録しなかったのか。准教授は被験者の女性に「失念していた」と説明しているが、10年には別の臨床試験をUMINのデータベースに登録している。登録の重要性は分かっていたはずだ。

 2013年の登録時点では、既に、ロナセンを服用した被験者のデータが多く集まっていた可能性がある。そのため、「結果を見定めてから登録したのではないか」と勘ぐる声もある。

 聖マリの調査委員会は、このような数々の疑問に答える報告書をまとめる必要がある。だが、臨床試験に関わる複数の部署が、口裏を合わせて被験者にウソを重ねた大学のお手盛り委員会が、まともに機能するのだろうか。大学は厚生労働省の指導を 真摯(しんし) に受け止め、調査委員会に第三者の専門家を入れたり、被験者のヒアリングを行ったりするなどして、公正な調査を進めるべきだ。

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佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。趣味はマラソン(完走メダル集め)とスキューバダイビング(好きなポイントは与那国島の西崎)と城めぐり。免許は1級小型船舶操縦士、潜水士など。神戸新聞社社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、2003年から医療部。日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会などの学会や大学などで講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)など。

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