私たちは、〈少女像〉に関する日本で初めての、唯一の著書として、韓国・日本・米国などでの取材をもとに、編著『〈平和の少女像〉はなぜ座り続けるのか』(世織書房)を昨年(2016年)2月に刊行しました(日本軍「慰安婦」問題webサイト制作委員会編、8月に増補改訂版刊行)。その意味で、NHK番組「韓国 過熱する“少女像”問題~初めて語った元慰安婦~」(「クローズアップ現代+」2017年1月24日放映。以下、番組)に注目しました。しかし、その番組内容は、全体として、取材の甘さ、ミスリードが散見され、〈少女像〉と韓国社会の世論や市民運動を歪めて伝えたものであり、深く失望しました。
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〈少女像〉の正式名称は、「平和の碑」といいます。ソウルの日本大使館前で日本軍「慰安婦」問題の解決と平和を求めて20数年間行われてきた水曜デモ1000回を記念して、2011年12月に市民の募金と民間団体の手によって建てられました。当時から日本政府は〈少女像〉撤去を執拗に要求してきましたが、日韓外相「外交合意」(2015年12月)によって〈少女像〉が一躍、焦点の一つになりました。しかし皮肉にも、このことが韓国や海外での「少女像」設置が爆発的に広がるきっかけになったのです。
釜山でも日韓「合意」に反対する大学生や高校生ら若い世代が、昨年(2016年)1月から約1年かけて〈少女像〉設置運動を展開しました。〈少女像〉設置は、日韓「合意」に対する、市民たちの応答であり抵抗運動なのです。
以下、番組への疑問点7項目について、番組を制作したみなさんに問いかけたいと思います。
• 映像資料の誤用はなぜ? 時期も内容も異なるデモ写真を使った市民運動批判
• 2度も使われる男性のシーン、肉声と翻訳字幕の違いはなぜ?
• 「当事者」の〈少女像〉への思いは?
• 釜山の〈少女像〉設置の理由は?
• 唯一紹介された韓国の趙保守派メディアの論客だけ「冷静」?
• タイトルに先入観が入っていませんか?
• 〈少女像〉撤去前提の官製報道
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1.映像資料の誤用はなぜ? 時期も内容も異なるデモ写真を使った市民運動批判
番組は、「元慰安婦」たちが「口を閉ざす背景には、日本からの支援を受けたことで、厳しい世論にさらされた過去」あるとして、その前例として「1995年に日本政府が発足させたアジア女性基金」をあげました。この「元慰安婦」への「償い金」支払いに対して、「厳しい世論にさらされた過去」【画像1】「アジア女性基金」【画像2】とともに、「韓国では、支給を受けた一部の元慰安婦たちが痛烈な批判にさらされました。『日本政府による賠償ではない金は受け取るべきではない』と、一部の市民団体やメディアが猛反発したのです。」とナレーションを流しながら、プラカードを掲げた韓国でのデモの様子の映像をかぶせ【画像3】、さらにデモ映像に「痛烈な批判」【画像4】、さらに「日本政府の賠償ではないカネを受け取るべきではない」【画像5】と画面に大書しました。
1〜5の映像の編集は、韓国のデモが被害女性に対し「日本政府の賠償ではないカネを受け取るべきではない」と主張しているという誤解を与えています。
しかし、私たちの調査で、画像3と4のデモの実際の日付を特定しました(この水曜デモの映像に私たちの友人が映り込んでおり、その人の証言で日付を特定できたのです)。このデモは1996年8月14日の水曜デモであり、デモのプラカードにはハングルで「反歴史的な妄言 重ねる日本は、謝罪して覚醒せよ」「日本政府は国民基金撤廃して国際法に基づき賠償せよ」「日本は戦争犯罪認めて、民間慰労金撤回せよ」「神社参拝を糾弾する」と書いてありますが、これは当時の奥野誠亮元法相や板垣正参院議員による「慰安婦は商行為」「歴史の事実ではない」(ともに1996年6月)という暴言と、当時の橋本龍太郎首相の靖国神社参拝(1996年7月)を批判したプラカードだったという証言を得ました。プラカードが批判したのは、アジア女性基金(国民基金)であり日本の政治家・首相の暴言でした。
つまり、①元慰安婦が基金から「償い金」を支給されたのは1997年1月ですが、番組で使われたデモ映像はその半年前の1996年8月14日の水曜デモでした。しかも、②デモのプラカードで被害女性を批判するものは皆無でした。にもかかわらず、「償い金」支給以前に行われ、元「慰安婦」を批判していないデモの様子を映像資料として使用するのは、明らかな映像資料の誤用です。
2.2度も使われる男性のシーン、肉声と翻訳字幕の違いはなぜ?
釜山の〈少女像〉の場面では、「日本と良好な関係を維持すべきだという男性が現れました」【画像6】というナレーションに続き、右手に「LOVE JAPAN」と書いたプラカードを持った、正体不明の男性が登場します。
次の場面【画像7】ではその男性が「もう憎しみ合うのはやめましょう」と言いテロップが出ます。ところが肉声では「이제는 이제는 미워하지 마세요.」と言っています。直訳すると、「もう憎むのはやめてください」です。さらにこの場面は番組冒頭【画像8】でも使用されており、そこではさらに字幕が「(日韓で)もう憎しみ合うのはやめましょう」と「(日韓で)」が追加されています。つまり番組では、日韓間の問題にされていますが、肉声ではそうではありません。
また、この男性は左手にはハングルで「한미일 동명 강화」と書かれたプラカードを持っていますが、これはテロップで翻訳が出ないため大部分の視聴者には意味がわからないでしょう。日本語では「韓米日同盟強化」です。これは、日韓「合意」を強行する朴槿恵政権、さらには安倍政権の立場そのものです。
ここで「これに対し、学生グループのメンバーは非難を浴びせました」とナレーションが流れ、〈少女像〉を設置したメンバーの学生が「〈少女像〉の横に立たないでください」「恥ずかしくないんですか」と真剣な、困ったような表情で問いかけるカットが入るという編集になっています。
この男性が「韓米日同盟強化」を訴えていることを正確に伝えないまま、学生の発言には「非難を浴びせる」という不自然なナレーションを付け、学生が攻撃的であるかのような印象づけをしています。
肉声と翻訳字幕の違いは何ですか? 2度も使っているシーンのプラカード「韓米日同盟強化」を翻訳しないのはなぜですか?
番組は、「当事者の思いとは異なる形で少女像が設置されている」と断定していますが、〈少女像〉設置に賛成し、撤去に反対する「被害当事者」の声を取材し、伝えていますか?
たとえば、2015年4月に来日した「当事者」である金福童(キム・ボクトン)さんは、〈少女像〉について「過去に何が起こったかを表す一つの方法」と自らの体験を伝える助けになるとして歓迎すると述べ、2016年1月に来日した「当事者」である姜日出(カン・イルチュル)さんは「〈少女像〉を撤去するのは私たちを殺すこと」と述べています。ほかにも「自分の分身」だという「当事者」、「どれほど慰められたかわからない」という「当事者」などもいます。–『〈平和の少女像〉はなぜ座り続けるのか』76〜77頁参照
釜山の〈少女像〉について、番組では、2016年11月初めからはじまった朴槿恵大統領への抗議デモを取り上げ【画像10】【画像11】、「こうした政治的な空気の中で、釜山の日本総領事館前に〈少女像〉は設置されました。」【画像12】と大統領スキャンダルが背景にあるような構成になっています。
しかし実際は、釜山では日韓「合意」(2015年12月)直後から、1年かけて〈少女像〉設置に向けた準備が始まったのであり、大統領スキャンダルが直接的な理由ではありません。釜山では、昨年(2016年)1月6日から日韓「合意」に反対する大学生や高校生ら若い世代を中心に、「人間少女像ひとりデモ」がはじまり、12月28日の設置まで毎日交代で350日余り続き、その間、じつに多様な市民がおおぜい加わっていき〈少女像〉設置運動が展開されたのです。私(岡本)も取材しましたが、その生き生きとしたレポートはSNSや一部のメディアで伝えられています。ちなみに設置されているのは、正確には日本総領事館の後ろ側です。
【参考】
「元「慰安婦」女性が特派員協会で会見 日本軍の関与について「私が証拠だ」」JCASTニュース 2015年4月24日
岡本有佳「『少女像』設置で駐韓日本大使の一時帰国などの措置 加害国の『撤去』要求は疑問」(週刊金曜日2017年1月20日号)。
〈少女像〉を問題だと取り上げるならば、NHKは韓国の市民たちがなぜ〈少女像〉を設置し、守ろうとしているのか、そこに込められた人々の思いはどんなものか、なぜこんなにも多くの韓国市民が日韓「合意」に反対しているのか、取材し伝えていますか?
5.唯一紹介された韓国の趙保守派メディアの論客だけ「冷静」?
番組では、韓国社会での「冷静さを呼びかける論調」として、韓国経済新聞主筆、チョン・ギュジュ氏を取り上げています。
この人物は、超保守派メディア韓国経済新聞の保守論客で、最近、朴槿恵大統領単独インタビューを自身が運営するインターネットTVで公開し、多くの批判をあびました。韓国メディアのうち唯一この保守論客の主張だけを「冷静」な主張として取り上げ、多くの韓国メディアが「極端な主張」を報道していると印象づけています。
一方、多くの韓国メディアや市民たちの声を取材し伝えたでしょうか?
番組は、「韓国 過熱する”少女像”問題」というタイトルが示すように、韓国にだけ「問題」があるかのようなイメージ操作をしています。そもそも日本政府が〈少女像〉の撤去・移動を要求しなければ、生じなかった問題です。むしろ執拗に〈少女像〉撤去を求め続けるなど「過熱」しているのは、日本の方ではないでしょうか。
そもそも加害国側が、民間団体や市民らが建てた〈少女像〉の撤去を被害国政府に要求するのは、二重、三重の意味で本末転倒です。たとえば、米国が広島の「原爆死没者慰霊碑」撤去を要求したら、日本国民はどうするでしょうか? また、ドイツでベルリンという政治的文化的中心地にホロコースト記念碑が設置されていることを考えれば、むしろ日本にこそ加害の過去を忘れないための「慰安婦」に関するメモリアル・記念碑が必要です。
番組では、日韓「合意」で「安倍首相のおわびと反省の気持ち」を表明したことが前提になっています。しかし、安倍首相は一度も公に自分の言葉で謝罪していません。韓国側(「和解・癒やし財団」、韓国政府)が安倍首相に「謝罪の手紙」を求めた時にも、安倍首相は2016年10月国会で「毛頭考えていない」と拒否しました。このような日本政府の対応は、韓国社会に大きな反発を招きましたが、番組では一切触れられませんでした。また、「合意」では、加害国として再発防止のための歴史教育に一切触れず、「慰安婦」の記述は教科書から削除されたままです。これらを当事者や韓国市民はどう見ているのか、伝えていますか?
番組は、第一に、〈少女像〉撤去や日韓「合意」を不動の前提として、これに抵抗する韓国の世論や運動にたいして、タイトル、ナレーション、ゲスト、司会、ソウル特派員を総動員して、「加熱」、「冷静でない」「ポピュリズム」「猛反発」「先鋭化」などと一貫してネガティブな言葉で批判(批判の中身は触れない)しています。第二に、これに比べ、日韓「合意」後の日本政府の姿勢や対抗措置への検証、あるいは「少女像撤去」に疑問を呈するなど日本社会の中の多様な声、そして国連人権機関による「合意」への評価などを伝えていないのですが、なぜでしょうか?
「慰安婦」問題解決のため時間がないと繰り返すキャスター。ならば、韓国社会のさまざまな反応や意見、日本政府への批判も含め「公平」かつ「客観的」に伝えることこそ「解決」への道を探るためにジャーナリズムが果たすべき役割ではないでしょうか。安倍政権に自発的服従をするのではなく、権力を監視する役割をもつジャーナリズムの精神にたった番組づくりを切に求めます。
(文中傍点筆者)
■番組出演者:
奥薗秀樹(静岡県立大学 国際関係学研究科 准教授)
鎌倉千秋 (キャスター)、池畑修平支局長(ソウル支局)