ここまで世界に注目された日米首脳会談は、おそらく例がないだろう。安倍首相がトランプ大統領と会談した。

 型破りな発言が続くトランプ氏と、経済や安全保障政策をめぐり一定の合意が得られた。そのことは、日本にとって安心材料とは言えるだろう。

 だが一方で、トランプ氏の登場はいまなお、世界を不安と混乱に陥れている。

 グローバルな課題について、多国間の協調によって利害を調整する手法を嫌い、二国間のディール(取引)に持ち込もうとする。その余波で、米国が体現してきた自由や民主主義などの普遍的な価値と、その上に立つ国際秩序が揺らぎつつある。

 両首脳が個人的な信頼関係をうたい、両国の「蜜月」を演出しても、それが国際社会の秩序の維持につながらなければ、意味は乏しい。

 ■移民・難民は内政か

 「米国第一」を掲げて保護主義と二国間の交渉へと走る超大国を、多国間の枠組みに戻るよう説得できるか。日米首脳会談を見守る世界の関心は、その点にあったはずだ。

 しかし、安倍首相が国際協調の重要性をトランプ氏に全力で説いた形跡はうかがえない。

 経済分野では、麻生副総理兼財務相とペンス副大統領をトップとする経済対話の枠組みを新設することになった。

 首相は「アジア太平洋地域に自由かつルールに基づいた公正なマーケットを日米両国のリーダーシップで作り上げていく」と語り、日米対話を基礎に世界経済に貢献する意欲を示した。

 だが、日米両国だけで世界の成長と繁栄を達成できるわけではない。ますます複雑・多様化する貿易と投資の実態に合わせ、多くの国と地域を巻き込みながらヒト、モノ、カネの自由な移動を促すことが不可欠だ。

 その牽引(けんいん)役として期待されていたのが、環太平洋経済連携協定(TPP)だった。

 TPPからの離脱を決めたトランプ氏に対し、首相は翻意を迫ったのか。TPPが持つ経済的・戦略的な意義については説明したようだが、共同声明には「米国がTPPから離脱した点に留意する」と明記され、離脱にお墨付きを与えた形になった。

 トランプ氏が大統領令で打ち出した難民や中東・アフリカ7カ国の国民の入国禁止についても、首相は会談では触れず、記者会見で「入国管理はその国の内政問題なのでコメントは控えたい」と語るのみだった。

 欧州の主要国が相次いで懸念の声をあげ、移民に頼る大手企業が悲鳴を上げる。特定宗教を狙い撃ちにするような入国制限は、テロ対策としての効果が疑わしいばかりか、分断と憎悪を招き逆効果になりかねない。

 地球温暖化や貧困、感染症への対策など、世界が力を合わせるべき課題は目白押しだ。それらに背を向けかねないトランプ氏を説得するのは、日本の役割だろう。

 ■多角的な外交こそ

 だが、首脳会談で首相が力を注いだのは、尖閣諸島の防衛などに米国が関与するとの言質を取り付けることだった。

 その視線の先には、東シナ海や南シナ海で強引な海洋進出を続ける中国がある。

 だとしても、視界不良の世界にあって、旧来型の対米一辺倒の外交は危うい。

 共同声明は「日本は同盟における、より大きな役割及び責任を果たす」と明記したが、それは何を意味するのか。きちんと説明されていない。

 安全保障関連法の運用が始まり、防衛費の拡大傾向も続くなか、自民党などでは米国の要求に便乗するかのような「防衛費増額論」も広がる。

 だが「日米同盟の強化」だけが地域の安定を築く道なのか。

 日本としてより主体的に、中国や韓国、豪州、東南アジア諸国などとの多角的・多層的な関係を深めていくべきだ。そのことは日米基軸と矛盾しない。

 もう一つ、今回の会談が示したのは、日本の相変わらずの姿勢とは裏腹に、トランプ氏が中国との関係を重視し、アジア外交を複眼で見ていることだ。

 ■「国際益」をめざせ

 トランプ氏が中国の習近平(シーチンピン)国家主席と電話で協議したのは、日米首脳会談の直前のこと。中国と台湾がともに中国に属するという「一つの中国」政策を尊重する姿勢を初めて伝えた。

 トランプ氏の脳裏には中国との取引も選択肢にあると見るべきだ。「日米蜜月」が中国を抑止し、日本を守るという発想だけでは、もはや通用しない。

 共同声明は、日米同盟を「アジア太平洋地域における平和、繁栄及び自由の礎」だとうたった。ならばトランプ氏との関係も、旧来型の「日米蜜月」を超える必要がある。

 適切な距離を保ちつつ、国際社会全体の利益、「国際益」のために言うべきことは言う。そんな関係をめざすべきだ。