産みたいのに産めない ~卵子老化の衝撃~
知られざる卵子の老化
名古屋市にある最先端の技術を誇る不妊治療専門のクリニックです。
ここでは年間500人以上の女性が体外受精により妊娠しています。
「妊娠には必ず適齢期があります。」
このクリニックには全国から患者が訪れます。
初診の患者の平均年齢は年々上がり、現在36歳。
この日も多くの人たちが説明会に参加していました。
「この上の部分が卵巣の…。」
今、増えているのが夫婦のどちらにも疾患がないのに妊娠できないというケースです。
クリニックでは、主な原因は卵子の老化だといいます。
「どうしてそんなひどい事を言うんだと思うかもしれません
でも卵子の若返りは不可能です
どんなに見た目が若く見えても 卵子は若返りません」
卵子の老化は、女性にとって避けられない現象です。
卵子は産まれたときから体の中にあります。
毎日作られる精子と異なり新しく作られることはありません。
年を重ねるほど卵子も年をとり、減り続けるのです。
卵子が老化すると体外受精をしても育たないケースが増えてきます。
35歳の人の受精卵です。
4つは細胞分裂を繰り返し成長していますが2つは途中で止まってしまいました。
学会によると35歳で不妊治療をした人のうち、子どもが産まれた割合は16.8%。
40歳では8.1%です。
こうした卵子の老化は、学校などできちんと教えられてこなかったのが実情です。
不妊治療に訪れて初めて知る人が後を絶ちません。
36歳女性
「卵自体も年をとるというのが 衝撃的というか びっくりしました」
35歳女性
「35年間 誰も周りからも教えてくれることなく 避妊についてだけしか学んでなかったので」
浅田レディースクリニック 浅田義正院長
「努力で乗り越えられない そういう壁があるんですね。
不妊治療でというとやっぱり年齢の壁というのが非常に大きいので同じ人が例えば5年前、10年前だったらなんの苦労もせずに妊娠してたんだろうなということは感じますよね。」
●“卵子老化”の現実 苦しむ夫婦
卵子の老化を知らなかったために、今、苦しんでいる女性が多くいます。
不妊治療を始めて4年目になる44歳の女性です。
これまで体外受精を20回以上行ってきましたが出産には至っていません。
かかった費用は700万円以上に上ります。
医師からは夫婦ともに異常はなく原因は卵子の老化しか考えられないと言われました。
44歳女性
「今までこんなに婦人科系で 具合が悪くなることもなかったので
結婚すれば子どもはできると思っていたので ショックを通り越して 奈落の底に突き落とされた感じ」
なぜ妊娠しやすい時期を逃してしまうのか。
この女性は関東地方で教師をしています。
仕事を覚えるのに必死だった20代。
夫と出会ったのは36歳のとき。
責任ある仕事を任され、休日出勤も頻繁にありました。
一方、夫も転職を考えていた時期でした。
結婚したのは40歳。
年を重ねても子どもはできると思い、仕事優先の生活を送ってきてしまったのです。
「もっと早く(卵子の老化を)知っていたら 主人も私も もっと早く結婚したのかもしれないし
とにかく子供を作らなきゃという気持ちにはなっていたんだろうなと」
女性は妊娠にいいといわれるものはなんでも試しています。
「カイロですね おなかの所にひとつと 腰の所にふたつずつ いつもつけてます」
月に5回、女性は不妊治療に通い続けています。
周囲には打ち明けられず、夫婦2人で治療に向き合っています。
「結婚する前には予想してなかった まさかこんなに苦しくて
うまくいかなかった時なんかは当然(妻が)落ち込んだりするので
そういったところを見ると すごく心が痛みます」
「仕事をしながらっていうのもつらいけれども
どんなに頑張っても結果が出ないところかな それが一番つらいです
若い時の卵子に戻りたいなって 思います」
●“卵子老化” 独身女性の決断
卵子の老化は独身の女性にとっても切実な問題です。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
関東地方に住む33歳の女性です。
現在、交際している男性はいません。
卵子が老化することをインターネットで偶然知りました。
33歳女性
「手が震える感じ “え~”みたいな
考え出したら眠れなくなりました」
女性が社会に出たときは就職氷河期。
派遣などの非正規社員としてずっと働いてきました。
30歳を過ぎると、派遣先は徐々に少なくなりました。
資格を取ろうと仕事以外の時間を勉強に費やしています。
結婚相手を見つける余裕もない。
女性は去年、ある決断をしました。
卵子の凍結です。
都内にあるこのクリニックには液体窒素で凍らせたこの女性の卵子が保管されています。
いつか産めるときが来るまで卵子の老化を止めたのです。
この技術は本来がん患者が放射線治療の影響から卵子を守るためなどに使われるものです。
しかし、独身女性からの強い要望を受け卵子の凍結を受け入れる所も出てきているのが実情です。
この技術はまだ確立していないという指摘もあります。
確実に子どもが産まれるとはかぎりません。
それでも、この女性は将来の仕事と出産の可能性を残すにはこの方法しかなかったといいます。
凍結された自分の卵子の写真を大切に持っています。
「産める時期と仕事の時期が重なっちゃって リミットが迫っているので」
「この写真はどんな存在ですか?」
「お守りですね はい」
“卵子老化”の衝撃
私の所にも40代の患者さんたちがものすごく今、増加しています。
中にはいろんな事情で避妊をされた方たちもいらっしゃって、今の不妊治療、流産に直面して初めてそのことを強く後悔している、そういった方たちがたくさんいらっしゃいます。
20代の前半ですと6%の不妊症が、40代ですと、64%になります。
ですから、やはり20代が一番妊娠しやすいというふうに考えられると思います。
●知られていない 卵子の老化
卵子は胎児のときに最も数が多くって、そして50歳でゼロになるまで、どんどん減少していくんですね。
減少するだけではなくて、染色体という遺伝のもとになっているところの、過不足が年齢とともに増加してきます。
それによって、妊娠が成立しない、妊娠能力がどんどんなくなっていくということが起こりえます。
同じような原因で、染色体の異常によって、流産も、それから着床障害、そして受精の障害も起こってきます。
(卵子の老化が不妊の大きな要因になっていることを)社会が知らないんだと思います。
まず日本では、生殖に関する教育を全くしてこなかった。
高校の教科書にも、なかなかそういった不妊症ということばが出てこない、家族計画ということばは出てきますけれども。
それから一般の人たちは通常、メディアを通じてそういった不妊の知識などを得ているんですけれど、芸能人の方々、例えば45歳で出産するというニュースが流れると、自分も45歳で出産できるというふうに誤解をされる方が多いと思います。
避妊ですとか、性感染症のところが中心的になっている、そういう教育がされてきた結果かなと思います。
●ハードルが高い体外受精
私たちにとっては、(体外受精で出産した方、35歳で16.8%、40歳で8.1%というのは)常識的な数字なんですけれど、一般の方たちは、例えば体外受精というのは、非常にハードルが高いんですが、その体外受精さえすれば、出産に至るというふうに、体外受精さえすれば100%妊娠できると、魔法の治療だというふうに勘違いをされてる方もたくさんいらっしゃると思います。
ですから、魔法の治療と思っていた治療にやぶれて、うまく妊娠ができなかったときに、非常に傷ついておられる方たちも、たくさんいらっしゃいます。
(卵子を凍結しようという)そういったお気持ちは、よく分かるんですけれど、ただ、まだまだ妊娠が確約された治療ではありませんので、現実的なものではないと考えられたほうがいいと思います。
止められるか 卵子の老化
北九州市にある不妊治療専門のクリニックです。
ここで取り組んでいるのは若い人の卵子を使って老化した卵子を若返らせる研究です。
不妊に悩む人の卵子から遺伝情報が含まれた核という部分を取り出します。
それを若い人の卵子に移植するのです。
核の周囲が若返ることで卵子が成長しやすくなると考えられています。
セントマザー産婦人科医院 田中温院長
「(老化した卵子を)何とか元どおりにしてあげたい 若くしてあげたいと
それで(研究の結果を)みんなで検証していかないとと思います」
この方法については他人の遺伝情報が混じるのではないかという指摘もあります。
基礎的な段階に限って研究が行われています。
さらに進み、人への応用が始まっている技術もあります。
これは摘出した卵巣の一部です。
卵胞と呼ばれる卵子のもとが数千個ついています。
これを特殊な方法で培養。
人の体内よりも数多く、質のよい卵子を育てられるといいます。
この技術は卵巣の機能が低下した人への治療方法として開発されました。
研究する医師は、将来は卵子の老化に悩む女性たちにも応用したいと考えています。
聖マリアンナ医科大学 石塚文平教授
「うちで体外受精をするような方ですと 平均年齢が40を超えているというような事態になって来ていますので
そうすると目の前にそういう方々がたくさんいらっしゃるわけですね その方々の子どもを作りたいという希望をどうしてあげられるのか
技術的にはだんだん可能になってきています」
●卵子の老化を社会の常識に
卵子の老化にどう向き合うのか。
社会全体で考えてもらおうという取り組みも始まっています。
「女性は 何歳まで子どもが産めると思っているか
40歳? いけると思う方 うーん多いですね」
東京医科歯科大学の有馬牧子助教です。
卵子の老化など女性の体の変化が知られていないことに危機感を持っています。
「卵が老化するっていうことを知ってたら、もっと早く計画できたのにっていうことがありますので
やはり学校教育でやっていくことが必要ですし もちろん企業においても意識を変えていくことって大事ですよね。」
有馬さんは、産婦人科医や女性の健康相談を行うNPO法人と共に新たな活動を始めました。
今、作っているのが働く女性や企業の担当者に読んでもらうマニュアルです。
女性が職場でキャリアを積む時期は卵子の老化や不妊症が起きやすい時期と重なることなど注意する点を年代別にまとめています。
出産を望む女性が仕事とどう両立させればいいのか考えてもらうのが、ねらいです。
女性の体の変化と、働き方をリンクさせたマニュアルはこれまでほとんどありませんでした。
「やっぱり その女性の長い一生の中での こういう時期があるってこともね やっぱり知ってもらって」
「男性にも読んでもらいたいですよね」
この日、有馬さんたちは女性が多く働く企業の担当者に集まってもらいました。
マニュアルをもとに検定試験を行うので参加してほしいと呼びかけました。
「この本を読むことによって例えば、いつまでも女性は出産可能というわけではないんだよっていうことを。
この女性の健康とワークライフバランスの両者をぜひ皆さんに知っていただきたいと思っています。」
こうした知識を持つ人を増やし、女性の働き方に関する相談窓口や出産を希望する人をサポートする制度を企業に作っていってほしいと考えています。
製薬会社
「(卵子の老化について)初めて聞きまして 結構びっくりしたというか 企業の側としてどうサポートしていけるか ひとつ問題なんだろうなと思いました」
寝具製造販売会社
「女性もたくさん働いていますので やはりそういった意味での 職場の重要な環境を作っていくことが大事だなと思いました」
産みたい時に産める会社を
具体的に企業がどうするってことは、私には思いつかないんですけど、ただ、やはり妊娠には期限があるってことを知っていただく。
まず、全く皆さん、知識ないわけですから、まず知っていただく、そこからやはり自分の所で働く女性、あるいは自分のおつきあいしている女性に対して、妊娠の期限を知ったところから、そして支えていくことができるのではないかなと思います。
(不妊治療を受け始めた方は)すごくつらい思いをされてると思います。
ですから、今の女性たちは一生懸命勉強して、学歴も手に入れ、そして仕事もいい仕事を手に入れるということをしてきたわけなんですけれど、努力ではどうしようもないことが、やはりあるんですね。
人の生死など、コントロールできないことがある。
やはり子どもは授かるんだという気持ちを少し持っていただく。
そして例えば、自分を責める気持ちが強い方も多いんですけれど、決して自分を責めるようなことではないというふうに考えていただきたいと思います。
まずやはり卵子の老化ということで、妊娠には適齢期が、適齢期ということば、あまり好きではないかもしれませんが、あるわけです。
ですから、その時点で、今、自分の抱えてる仕事、キャリアと、どちらが本当に子どもが欲しい人にとって大切なのかということを、しっかり考えていただいて、自分で決めていただく。
そうであれば、やはり自分であとで後悔することがないのかなというふうに思います。
今から20代の方であれば、予防していくことができることだと思いますし、今、30代の方であれば今、どうするのかということを考えていただく機会になるのではないかなと思います。