大阪・ミナミの繁華街。男性は出所するとこの街に現れ、金が尽きると盗みをはたらき、また刑務所に戻る人生を送ってきた=大阪市中央区で、貝塚太一撮影
55歳無職男性の判決が15日、奈良地裁葛城支部で
奈良県内の工場でビスケットなど菓子(400円相当)を盗んだとして窃盗罪などに問われた無職男性(55)の判決が15日、奈良地裁葛城支部(五十嵐常之裁判官)で言い渡される。男性は知的障害の可能性が高い。前科10犯で、服役は通算約30年間に及ぶ。社会経験がほとんどなく、親族や知人もいない。検察側は懲役4年6月を求刑したが、弁護側は再犯防止の観点から男性が福祉的支援を受けられるよう求めている。
公判記録などによると、男性は徳島県出身。中学卒業後、大阪府八尾市内の工場でプレス工として働いたが、20歳の時に窃盗容疑で逮捕された。20代に4回、30代に3回、40代に2回、50代に1回、窃盗などの罪で有罪判決を受けた。
更生保護施設に入ったこともあったが、なじめなかった。刑務所から出所すると大阪・ミナミでサウナに寝泊まりし、神社や空き家を拠点に食べ物を盗み、再び逮捕される生活を繰り返した。今回の事件は出所4カ月後だった。担当する菅原直美弁護士(奈良弁護士会)によると、男性は、人と接するのが苦手で、独力で社会生活を始めることは極めて困難という。
菅原弁護士は、福祉・医療の視点から被告に適切な対応を取ることで再犯防止につなげる「治療的司法」に力を入れており、男性についても経歴を調べた。小中学校は特殊学級(現在の特別支援学級)に通っていたことや、高知地裁での実刑判決(懲役5年)後、高知市のNPO法人「はすのは」との間で受け入れ合意が成立していたことがわかった。手紙でやり取りをしていたが、受け取った手紙を男性が理解できず、支援につながらなかったらしい。
同法人の塩冶(えんや)一彦理事長(80)は菅原弁護士から男性が奈良で逮捕されたと聞き、「きちんとフォローしておけばよかった」と悔やんだ。公判では情状証人として出廷し、男性の受け入れを確約した。
菅原弁護士は「いくら懲役を与えても効果がないことは、これまでの経緯で明らか。再犯させないことが、立ち直りと社会の利益を両立させる最も有効な方法」として、自立生活が難しい障害者らを行政の専門機関が連携して対応する「特別調整」の対象とするよう求めている。【福田隆】
再犯防止へ要員が不足
知的障害者の再犯防止について、国は司法と福祉の連携を掲げて力を入れている。しかし、専門知識を持つ要員が不足しており、関係機関の連携には課題が多い。
法務省法務総合研究所の報告書によると、2012年に知的障害者(「疑い」を含む)の受刑者548人を調べたところ、入所回数は平均3.8回(受刑者全体は同3.1回)。65歳以上では「5回以上」が68.5%(全体では43.9%)で特に多かった。療育手帳の所持率は知的障害者で45.6%、「疑い」は11.9%で、多くは福祉的支援から漏れていた可能性が高い。
昨年12月、再犯の防止等の推進に関する法律が施行された。犯罪を犯した高齢者や障害者について、官民で適切な医療・福祉サービスを提供して再犯防止に努めることを政府の責務と定めた。生活が困難な高齢者や障害者は「特別調整」の対象としてフォローされるが、法務省の調査によると、福祉的支援が必要にもかかわらず特別調整の対象とならずに釈放された人が13年に600人程度いるとされる。
服役は通算約30年間 「刑務所の方が安心する」
男性は1月下旬、勾留先の葛城拘置支所で毎日新聞記者の面会に応じた。主なやり取りは以下の通り。
--なぜ何度も刑務所に入る事件を起こすのか。
行くところがない。シャバにいることが怖い。(社会と自分の)感覚が違う。
--何が怖いのか。
人と接するのが怖い。小さい時からそうだった。
--公判の被告人質問で過呼吸になった。
人前に出ると緊張してしまう。
--しかし、犯罪は悪いことだ。
それはわかっている。でも、生活がかかっているから。刑務所の方が安心する。こういう人は刑務所にいっぱいいる。
--何度も刑務所に入る人生についてどう思うのか。
悲しい。でも、今回は支援してくれる人たちがいるから大丈夫だ。
--どんな生活を送りたいか。
地道に普通の生活がしたい。おやじの墓参りもしたい。