(経済部 小田島拓也記者)
自社利用者を優遇戦略
NTTドコモは2011年に映画やドラマの定額配信サービスに乗り出しました。その後、サービスの対象を音楽や雑誌に拡大。スマホ契約者数の伸びが鈍化する中で、コンテンツ事業を新たな収益の柱に育てたいという狙いからでした。
幅広い利用者を獲得するため、サービス提供をドコモの契約者に限定せず、月額料金も自社と他社のユーザーに差をつけない“キャリアフリー”戦略を掲げてきました。
しかし今回のスポーツ配信では、一転してドコモユーザーを優遇する戦略に転換しました。
イギリスの動画配信大手パフォームグループと提携し、Jリーグの全試合、アメリカの大リーグやサッカードイツ1部リーグなど国内外およそ130種類のスポーツの試合を配信します(サービス名「DAZN」)。通常は月額1750円のところ、ドコモの利用者には980円で提供します。
8日に都内で開かれた記者会見後、記者団から戦略の転換について問われた吉澤和弘社長は「これまでの戦略とは一線を画し、スポーツ配信はドコモで見ていただいたほうがお得だということを打ち出したかった」と述べました。
コンテンツの中でも、とりわけ生中継に価値があるとされるスポーツ配信にかける強い意気込みを感じました。
先行したソフトバンクは
そのドコモが強く意識するのは、去年3月に先行して、スポーツ中継に参入したソフトバンクです(サービス名は「スポナビライブ」)。
日本のプロ野球やバスケットボールのBリーグ、サッカースペインリーグ「リーガ・エスパニョーラ」など8種類のスポーツの試合を定額で配信しています。
ドコモが参入を発表した当日には、すぐさま対抗策として、フルHDと呼ばれる高画質で視聴できるようにする新たなサービスを打ち出しました。月額料金は1480円。ソフトバンクの利用者には980円で配信します。
自社の利用者を優遇しているのが大きな特徴で、スポーツ配信を武器に顧客を囲い込みたいという思惑です。
ソフトバンクグループの孫正義社長はドコモの参入に対して、「さまざまな競争が業界を発展させていくと信じているので歓迎したい。われわれはどこよりも早く通信のインフラとコンテンツのサービスを融合させることをやってきた。プロ野球や海外のサッカーなどスポーツのライブ配信はみずからたくさんやってきたし、ノウハウが蓄積しているのがわれわれのグループだ」と記者会見で述べ、自社のサービスに自信を示しました。
“土管”からの脱却
こうした動きは、アメリカで一足早く始まっています。
通信大手のベライゾン・コミュニケーションズ。そして、衛星放送大手のディレクTVを買収した通信大手AT&Tもスポーツ配信を始めています。AT&Tは去年、巨額の資金で、放送局や映画会社を傘下に置くタイムワーナーを買収すると発表しました。
通信会社がコンテンツサービスを強化する背景には、通信会社が“土管”とも呼ばれる通信回線を貸し出すだけの存在になってしまうという危機感があります。
巨額の設備投資をしてインフラを整備する通信会社。この通信インフラをうまく活用して自由にサービスを提供し収益をあげているのは、アップルやアマゾンと言ったIT企業です。この構造からいかに脱却するか。
通信会社みずから、インフラとコンテンツを融合させる新たなサービスに乗り出すことが不可欠だと判断したのです。もちろん、日本の通信会社も同様の危機感を持っています。
巨額の買収は? NOTTVの失敗
日本でも通信会社が巨額の資金を投じてコンテンツを提供する会社を買収するかどうかが注目されています。
しかし、ドコモにはコンテンツビジネスをめぐる苦い経験があります。去年サービスを終了した放送サービス「NOTTV」。世界に先駆けた“スマートフォン向けの映像配信サービス”と2012年に鳴り物入りで始めた事業でした。
ドコモみずからコンテンツ制作に携わり、携帯端末向けに番組や動画コンテンツを提供。しかし、会員数はおよそ150万人と、当初目標としていた600万人の4分の1にとどまり、放送開始からわずか4年で撤退を余儀なくされたのです。
高い授業料を支払うことになったドコモ。この苦い経験から、コンテンツ業者と提携して、みずからは配信に徹するビジネスモデルに転換。映画やドラマを配信するサービスは450万人の会員を抱える事業に育ちました。
吉澤社長は「コンテンツをみずからてがけることは非常に難しいということを痛感した。コンテンツを制作する事業者と、配信するわれわれは明確に別々にして、自由に提携していくことが利用者の拡大につながると思っている」と述べています。
値下げ競争からの脱却を
通信会社を取り巻く環境変化は足元でも起きています。
大手通信会社から通信インフラを借りて、割安料金でサービスを提供する格安スマホ事業者がシェアを伸ばしているのです。利用者にとって、割安料金は大きな魅力。大手通信会社から、顧客が流出する流れが広がっています。
大手通信各社としては、顧客をつなぎとめるために割安プランを打ち出しても減収につながります。料金の値下げ競争という消耗戦をいかに回避するか。そのためにも、スポーツ中継を含めたコンテンツサービスの強化は重要になっています。
通信会社は、スマホやタブレットなどでいつでもどこでも見られるメリットをアピールしますが、利用者がコンテンツ配信にどれだけの価値を感じるか。映像配信サービスを手がける事業者の競争がますます激しくなる中で、通信インフラとコンテンツを融合させるビジネスモデルの真価が問われる1年になりそうです。
- 経済部
- 小田島拓也 記者