パナソニックが仕掛ける2020年を睨んだ決済端末戦略。焦点はEMV対応とApple Pay:モバイル決済最前線
日本版Apple Pay用に「使う電子マネーを端末側で判別する」機能も
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パナソニックが仕掛ける2020年を睨んだ決済端末戦略。焦点はEMV対応とApple Pay:モバイル決済最前線
パナソニックは2月8日、大阪市内で報道陣向けの記者会見を開催し、POS接続型マルチ決済端末「JT-R600CRシリーズ」の発表を行った。
これは磁気方式にICチップ方式、そしてFeliCaとType-A/Bという国内外両方の非接触決済方式に対応したマルチ決済端末だが、単に3方式に対応したというだけでなく、今後の日本の対面決済シーンの変化をにらんだいくつかの工夫が凝らされており、モバイル決済のトレンドを見る上でも興味深いものとなっている。
今回はこの端末の狙いについて、同社AVCネットワークスのITプロダクツ事業部マーケティングセンター 法人営業3部 部長の尾野重和氏と、同SE課 課長の田中康仁氏に話を伺う機会を得た。
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パナソニックの決済端末は
ICカードと電子マネー対応で飛躍
▲パナソニック AVCネットワークス ITプロダクツ事業部 マーケティングセンター 法人営業3部 部長 尾野重和氏
さて、決済用途向けにパナソニックが提供している端末製品は主に2種類ある。クレジット決済端末と非接触R/W(リーダライター)端末の2つだ。
前者は「CAT(Credit Authorization Terminal)」または「CCT(Credit Center Terminal)」と呼ばれているが、一般には「信用照会端末」と表記したほうがわかりやすい。NTTデータが提供するクレジット決済処理ネットワークのCAFISなどに接続し、クレジットカード処理の信用照会と承認の処理を目的としている。
店のレジでクレジットカードの会計を行う場合、POSレジとは別の端末を操作して金額等を入力し、磁気カードを通す場面に遭遇することがあるだろう。その端末がCATまたはCCTというわけだ。
パナソニックがこの分野に参入したのは30年ほど前にさかのぼり、当時民営化されたばかりのNTTにOEMとして製品を納入したことに始まる。以後、決済機能を強化したCATなどの提供を開始するが、同社の本当の飛躍が始まるのはICチップ搭載カードを処理するためのEMV(Europay, MasterCard, VISA)仕様への対応や、電子マネー需要増加によるカード処理対応の必要性が高まった2000年以降だ。
以降、同社の端末は順調に出荷台数を積み上げ、現在の累計出荷台数は130万台を超えたと尾野氏は説明する。
▲パナソニックのクレジット決済端末の歴史
▲クレジット決済端末の出荷台数の変化と歴史的トピック
もう1つの発展軸は非接触決済の取り扱いだ。日本での非接触決済といえばFeliCaを採用した電子マネー系サービスがその中心だが、当初はJR東日本のSuicaやEdy(楽天Edy)など、ごく限られたサービスに対応した端末が一部の小売店などで採用されるに留まっていた。
後にWAONやnanacoなどの流通系非接触ICサービスのほか、おサイフケータイのサービス開始といった出来事が続いている。パナソニックもこうした流れを受け、マルチサービスに対応する第2世代の非接触R/W端末を提供し、今日の日本の非接触決済シーンを支えている。
筆者は、以前にパナソニックが非接触R/W端末の累計出荷台数100万台突破を記念して同製品ラインを製造する同社鳥栖工場の記者説明会に参加したことがあるが、ここでは過去10年あまりにわたって出荷されたすべての製品群が展示されていた。
当時は他誌でこの模様を紹介した記事を公開したが、これらの製品写真を見た方々が口々に「なつかしい」と感想を述べていたことを覚えている。
▲電子マネー決済に対応した非接触R/W端末の変遷
▲非接触R/W端末の出荷台数の変化と歴史的トピック
▲現在の用途別非接触R/W端末のラインナップ
今後2年で一気に進む「小売店のEMV対応」
パナソニック自身は決済端末において「非接触R/W端末で国内最大手」を自負したアピールを行っている。これだけ事業を順調に伸ばせたのは、実際に市場でのニーズを先読みして適切な製品を適切なタイミングで投入することで、導入サイドの信用を得たからに他ならないと筆者は考える。
今回発表された「JT-R600CRシリーズ」でもこのアピールを継承しているのだが、裏を返せばこの端末には、今後数年先までの日本の決済シーンを担うだけの何らかの工夫が凝らされていることを意味する。
しかも今回の製品はPOS接続が前提のオールインワン型端末。必然的に導入対象は、チェーン店など比較的規模の大きな小売店が対象となる。ではいったい、これら小売店で求められるニーズとはどのようなものなのか。
▲新製品のPOS接続型マルチ決済端末「JT-R600CRシリーズ」を手にするパナソニック AVCネットワークス ITプロダクツ事業部 マーケティングセンター 法人営業3部 SE課 課長 田中康仁氏
田中氏は「EMV対応」がその背景にあると説明する。
EMVと聞くと、この分野に詳しい読者は、まず真っ先に「ICチップ付きカード」への対応が思い浮かぶかもしれない。しかし、EMV対応を進める小売店にとって最も重要なのは、むしろEMVで求められるセキュリティへの対応だ。
クレジットカードを取り扱う小売店(この場合は「加盟店」と呼ばれる事業者)がEMVへの対応をする場合、「PCI DSS」と呼ばれるセキュリティ規格の業界標準への準拠が必要となる。
PCI DSSではカードの取り扱いに始まり、POSやネットワークを含むシステム全体のセキュリティ要件を定義しているが、これは小売店にとっての負担となる。EMV対応に時間がかかる理由の1つがこれだ。
▲EMV対応において必要になるPCI DSSへの準拠
▲最近欧米ではPOSを狙ったマルウェア被害が急増。米Targetの例が顕著だが、社内のサーバ経由でPOSにマルウェアを感染させ、メモリに一時的に書き込まれたカード情報を盗むテクニックが用いられたといわれる
だが昨年2016年末に日本国内でもEMV対応のルールが経済産業省によって明確化され、「IC対応」と「カード情報の適切な管理」という、EMV対応で必須となる事項の法制化がなされた(詳細は下記リンク先のPDFを参照)。
割賦販売法の一部を改正する法律案の概要(経済産業省:PDFファイル)
http://www.meti.go.jp/press/2016/10/20161018001/20161018001-1.pdf
これにより、他国に遅れながらも2018年7月に向けてのライアビリティシフトが始まることとなる。2020年の東京五輪に向けて準備を完了させるのがその狙いだ。
ただ、単純にEMV対応を謳うだけでは、前述のように小売店側の負担が大きいという難点がある。そこに着目したのが今回の製品だ。
R600CRシリーズがアピールしているのは、「SRED(Secure Reading and Exchange of Data)」というセキュリティ方式への対応である。これは、PCIが定める「P2PE(Point-to-Point Encryption)」という拠点間暗号通信の起点となるカードリーダーに必要となる方式だ。
P2PEはクレジットカード決済端末からPOS、決済センターまで、すべての経路を通して暗号化状態のままデータ通信処理を行うことを可能にする(詳細は下記リンク先のPDFを参照)。
Payment Card Industry (PCI) Point-to-Point Encryption (P2PE) (Payment Card Industry Security Standards Council:PDFファイル)
https://www.pcisecuritystandards.org/documents/P2PE_v1_1_FAQs_Aug2012.pdf
P2PEでは、途中経路にあたる端末はすべてSREDへの対応が必要となるものの、P2PEに対応することで加盟店側に要求されるPCI DSSの対応項目は一気に減少する。結果として加盟店側の移行負担は大幅に軽減されるというわけだ。これがSRED対応のメリットである。
▲決済端末から決済センターまでカード情報を暗号化状態のままやりとりするのがP2PE。利用にはすべての中継端末のSRED対応が必要になる
▲P2PE対応にはSRED対応機器の導入こそ必要だが、PCI DSS対応に必要な経路対策などが大幅に削減。結果として加盟店のコスト負担が軽減される
そこで今回の新製品では「業界初」(パナソニック)というSRED対応を前面に押し出している。裏を返せば今後2年程度で、POSを展開している小売店の多くにおいてEMV対応が一気に進むとパナソニックは予測しているわけだ。
2020年のインバウンド需要を見据えた「至れり尽くせり」的機能を搭載
▲今回発表されたのはオールインワンのユニット型(左)だが、機能ごとにモジュール化した組込モデル(右)も提供予定
SRED対応は加盟店側からみたメリットだが、EMV対応については利用者側にも1つ重要なメリットがある。それは「カード利用者側に主導権を渡す」ということだ。
これまで小売店でクレジットカードを使ったことがある方ならわかると思うが、「カードを相手に渡す」ことで決済が進む。たとえば日本で磁気カードを使う場合、カード読み取り機にカードを通すのは基本的に店員の役目となる。
この場合、目の前のPOSやCCTで作業するならまだしも、加盟店向けの決済端末がレジの奥など、カード利用者の目の届かない場所に設置されているケースも少なくないため「スキミング」の懸念から無縁とはいかない。
逆に、海外に行ったことがある方ならわかると思うが、日本の外の多くの国では、磁気カードも含めてカード利用者側に決済端末が設置され、利用者自らがカードを通すのが一般的だ。レストランやホテルなど、カード会計をするために先方にカードを渡すケースもあるが、多くの小売店ではこの方式が採用されている。
こうした文化の違いにより、日本へのインバウンド需要を見込むうえでこうしたカードの取り扱いが問題となりつつあるのだ。
インバウンドに関連するアンケート調査は各方面で行われており、さまざまなデータが出てきているが、「カードが使えない」「カード利用を断られた」といったケースと並び、「ICチップでの決済ができない」「カードを見えないところで処理される」といった問題点がたびたび指摘されている。
相手にカードを渡した時点でスキミングの危険性があり、さらにスキミング行為につながりやすい「磁気カードとしての利用をしたくない」というわけだ。2020年を目標にしたインバウンド需要に対応するなら、少なくともこうした課題はクリアしておかないといけない、というのが業界の共通認識だ。
この場合、小売店側が設置方法を変えるだけでなく、店員とカード利用者ともに「利用者自らが決済端末を操作する」という文化を浸透させる必要がある。今回の新製品にはそれを見込んだ工夫も凝らされているのだ。
▲日本の電子マネー(FeliCa)を除く、すべてのクレジットカードを使った決済手段に対して同時待ち受けをサポート
まずJT-R600CRシリーズでは、磁気カード、ICチップ、非接触の3方式すべてに対応する。さらに同時待ち受けが可能なので、カード利用者は店員に「クレジットカードで決済します」ということさえ伝えれば、どの方式でも決済が可能だ。
液晶画面付近の非接触読み取り部分にICカードや携帯電話をかざせば電子マネーや国際カードブランドによる非接触決済が行え、本体下部の読み取り機にカードを挿入すればICチップでの決済が行える。
さらにICチップ決済が可能であることをわかりやすくするため、カード利用が可能になったタイミングで誘導ランプが点灯。さらに奥までしっかりカードを挿入することでランプが消え、音声ガイドによりPIN入力が促される仕組みも備える。
▲色分けと誘導ランプの点灯でICカードの挿入をわかりやすくガイドしてくれる
海外でよく利用されるIngenicoやVerifoneのような端末には、こうした機能は特になく、非常にシンプルになっている。対して本機がここまで至れり尽くせりなのは「文化ギャップを埋める」という狙いがあるためだ。
また尾野氏によれば、国内向けの決済端末で同時待ち受けをサポートするのは今回のJT-R600CRシリーズが初になるという。
その理由として同氏が挙げるのが「NFC Pay」と呼ばれるType-A/B系の国際カードブランドによる非接触決済の処理だ。従来までこの決済手段を利用するにはCCTなどで「NFC Pay」という決済手段を店員が指定する必要があり、カード利用者側に主導権がなかった。
筆者は過去に世界中でApple Payなどを使ったNFC決済の実験を行っているが、実際に対応店で非接触決済を明示的に指定する必要は一度もなかったことから、こうした「利用者側に主導権がない状況」は日本国内でのローカルルール的な位置付けのようである。
今後はこの問題も順次クリアされていく見通しが付いたとのことで、その時点でNFC決済を含む同時待ち受けが可能になるという。
▲ICカードがしっかりと挿入されるとガイドランプが消え、音声ガイドとキーパッドのバックライト点灯によるPIN入力が促される。至れり尽くせりだ
「初の(日本版)Apple Pay対応」とも呼べる隠れた新機能とは
そして今回最も興味深かったのが、いわば「初のApple Pay対応」に関する話だ。
ここで「日本でApple Pay対応って現在もあるし、店員に使う電子マネーの種類を伝えるだけでいいんじゃないの?」と思う方も多いかもしれない。ところが今回の製品を使った場合、店員に「Apple Payで決済します」と伝えるだけでiD、QUICPay、Suicaのいずれかの決済手段が自動選択される。ユーザーがいちいち電子マネーの種類までを伝える必要がないのだ。
これは、Apple Payの「現在Walletアプリで選択されているカードを利用する」という仕様を利用したもので、利用者が選択中のカードで自動的に決済が行われるという仕組みだ。決済端末側は3種類いずれかのカードがApple Pay上で選択されているかを順番にチェックして判別を行なっているのだ。
なお、おサイフケータイの場合は、FeliCaチップ内のすべての決済アプリが並列に存在して特に優先順位がないため、従来通り決済端末側で利用する決済アプリ(サービス)を明示する必要がある。
どちらが便利かは個人差があると思うが、Apple Payの性質を利用した面白い仕組みだといえるだろう。
ただしこのApple Pay内カードの自動判別にはPOS側の改修が必要とのこと。対応を希望する小売店は、パナソニック側から別途ソフトウェアの供給を受けることになる。
余談だが「じゃあ、対応システムで『Apple Payで決済します』と言っておサイフケータイをかざすとどうなるの?」というひねくれ者で好奇心旺盛な方もいるかもしれない。正解は「かざした時点で弾かれる」だ。
理由はなんと「日本で提供されるiPhone 7、またはApple Watch Series 2かどうかを判別したうえで決済に処理をまわしている」(田中氏)からとのこと。イレギュラーな処理によるエラーは発生しないようになっているのである。
ただし、今後インバウンドで海外からApple Payを持ち込んで電子マネーではない「NFC決済」を試みる外国人観光客がいたり、あるいは日本国内でもApple PayのPayPassやpayWave利用が解禁され、電子マネー以外の決済手段を試みる日本人カード利用者が出てくるかもしれない。
その場合は別途対応を考えていくとのことだが、筆者はこのApple Pay対応は、日本の最新事情に合わせて進化した、非常に面白い仕組みではないかと考える。