アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅
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事実が判明して謎が増えてしまった私。



 私と魔理沙が慧音に連れられて向かった先は、人里の中心部から見て外れにあるこじんまりとした一軒の民家であった。
 外見からして建築から結構な年月が経っているようだが、しっかりと手入れしてあるようでまだまだ居住には耐えそうである。

「どうぞ、汚いところだが入ってくれ。このあと編纂の仕事があるから大分散らかってしまっているんだが、とりあえず空いている所に座っていて欲しい」
「それじゃ遠慮なく。お邪魔しまーす」

 慧音に促されるままにお邪魔させてもらうと、確かに室内は散らかっている。紐閉じの本が積み重なり、あるいは転がっていて、書き物をするための机の上も筆や紙が散らばっていた。
 だがそれ以外の物はしっかりと整頓されてあるあたり、仕事に使うものであるというのは嘘ではないのだろう。魔理沙がこそこそと本を捲って、中身が歴史書の類だとわかるやそっと閉じた。何を考えているかわからないがとにかく残念そうである。

「見事に本ばっかりね。……っ?」

 空いたスペースに魔理沙と並んで座り、何となしに視線をうろつかせていると急に胸の辺りがざわめき始めた。この感覚は、気のせいでないのなら幾度か覚えのあるものだ。
 魔理沙も同じく何事かを感じ取ったらしく、すぐに動けるようじりじりと中腰になって、魔女帽子のふちに手を当てている。

「どうやら、日が落ちたようだな」

 室内に感じる異物感。それを覚えた先にいるのは、家主である慧音がいた。
 しかしその様相は大きく変わっている。水色がかっていた白の髪の毛は、緑がかった白色へと。青いワンピースもまた、緑色へと変わっている。
 側頭部からは二本のツノが伸び出てきて、おしりのちょっと上の辺りからはふわっとした毛並みの尻尾が伸びていた。見るからに、人間以外の要素が体のあちこちに現れている。
 そして、今も感じているこの感覚は、紫や妖精が近くにいた時と同じものだ。

「慧音?」
「……すまない。やはり、驚かせてしまったか。実は、私は純粋な人間じゃない。半人半獣なんだ。普段は人間なんだが、その……満月の夜に限りこのとおり妖怪になってしまう。歴史を辿ることが出来るのも人間の私ではなく、この姿をしている時の私の能力なんだ」

 申し訳なさそうに言いながらも、それまで被っていた帽子を下ろし、代わりにいそいそと左のツノに赤いリボンを結んでいる。
 口ぶりや表情は重大発表という重々しさを出しているのに、シリアスな雰囲気がぶち壊しである。そのあたり、お洒落に譲れないこだわりがあるのだろうか。

「わざわざ家に呼んだのも別にお前たちのことを取って食ったりする為という訳じゃない。騙そうとした訳じゃないんだ、信じて欲しい。里の人間も私が半人半獣だと知って尚仲良くしてくれているけれど、それでもこの姿を見たら怯えてしまうかもしれない。だから……」
「はいはい、その辺のことはいいわよ。まぁ、何にも無いところから出たり消えたりする、人間と同じ姿の紫って妖怪に会ってるから別に驚いているわけでもないし。そんなことよりも妖怪になって髪の毛の色が変わったり、ツノとか尻尾が伸びてきたのはいいとして、慧音が着ている洋服は何で色が変わったの?」
「…………は?」
「あ、それは私も疑問に思ったぜ。妖怪になったのに合わせて色が変わったってことは、服も体の一部なのか?」

 違和感の正体がわかってさえしまえば無視できる。肌はまだざわついているが、これももうしばらくしたら慣れて気にならなくなるだろう。
 魔理沙と私はそれぞれ板張りの床に楽に座ったまま、懺悔でもするかのように神妙にしている慧音に質問をぶつけてみた。

「い、いや。その、身に着けているものが妖気に当てられて一時的に変色しているだけだと思う。満月の夜が終われば衣服も元通りの色になるしな。その、これまでそういうものと思っていたので、色が変わる原理まではわからないんだ。……それにしても、そんなところに着目されるとは思っていなかったぞ」
「本当、不思議よねぇ。私のような生粋の妖怪にはこんな現象は起こらないもの。衣替え出来るのは半人半妖だけの特権だわ」

 横合いから、しみじみと上げられた声。噂をすれば影というやつか。いつから居たのか、見れば空中に出来た『割れ目』のようなものに腰掛けた紫が感心した風に慧音を見ていた。
 出現以前にいつもの勘が働かなかったのは、慧音への違和感に気を取られていたからだろう。抜かった。

「あーあ、ほれ見ろ。霊夢が迂闊に名前なんか出したもんだから湧いて出てきたじゃないか」
「失礼ね。湧いただなんて人を虫か何かみたいに」
「スキマから出てきて神出鬼没ってところは油虫となんら変わりないな。冬に姿が見えないのもそっくりだ。加えて言えば家の外でも平気で出てくる分、お前のほうがよっぽど性質が悪い」

 どうにも、かなり紫をこき下ろした発言だけれど、魔理沙が言うと不思議とあんまり酷い悪口に聞こえない。
 ちょっとした挨拶のようにも聞こえてくる。これも人徳のひとつなのだろうか。

「酷い。別に見つけられたからって30人に増えたりしないわよ」
「あんたが30人に増えるほうが絵面的によっぽど酷いわ」

 とはいえ、ゴキブリと一緒くたにされたことには変わりない。紫は軽口こそ返すものの、地味にショックだったらしくしょんぼりしている。もしかしたら最後に言い放った私の一言がとどめになってしまったのかもしれないけど。
 でも、気がついたら背後に同じ顔の女が30人、こっちをじっと覗き見ているのを思い浮かべて欲しい。少なくとも私はぞっとしない。

「ええ? ちょっと待ってくれ。この人は……? お前たちの言う紫って、あの八雲紫か? 妖怪の賢者と呼ばれている、あの?」
「ワンテンポ遅れてるわね」
「どうやら音速が遅いみたいだな」
「遅いついでに、遅ればせながらお邪魔していますわ」

 何やら驚いている慧音に、好き勝手くっちゃべる私たち三人。家主なんて遥か後方に置いてけぼりである。
 それにしても幻想郷の人たちは話していて小気味がいい。私が人と世間話をしていると偶に「返答を明後日の方に飛ばすな。言葉はキャッチボールしろ」なんて指摘されるのだけど、ここでは私のようなのがスタンダードのようである。良き哉良き哉。

「で、紫はなんでまたこのタイミングで出てきたのよ?」
「冬になる前に霊夢の記憶がどこにいるのか見つけておこうと探していたのだけれど、今のところ手がかりが掴めていないの。そうこうしている内に、霊夢の歴史を調べると小耳に挟んだのでお伺いしましたわ」
「また私のことピーピングしてたのね、あんたは」

 もう犯罪行為をこうも普通に話されると、紫への応対もおざなりになってくる。呆れた様子を見せる私に、紫はてんで堪えた様子は無い。
 まぁ、覗かれようと毎日のんべんだらりとお茶を啜ってたぐらいで見られて困るものでもないのだから別にいいのだけど。

「ってことは何か? 紫も霊夢の記憶を戻そうとしているのか?」
「記憶が眠ってしまっただけならば自我と無我の境界をちょこっと交差させればすぐなのだけれど、生憎私の能力は境界を操るもの。存在しているあらゆる事象に境界はあれど、逆を言えば存在しないものに限って境界はない。無いものは流石に私も弄れないわ。せめてどこにいるのかさえ認識できれば、やりようはあるのだけれど」

 そうして紫は私を見据えて、薄く微笑む。容易く考えが読み取れない、向けられると落ち着かなくなる笑みだ。
 紫の能力だという『境界を操る』というのをなんとなくでしか理解できていない。出来てはいないのだけれど。発言を鑑みるに、紫は私が霊夢とは違う別の何かだということに気づいているということだ。
 魔理沙も、紫が博麗の巫女の異常に気づいた、異変を解決する上でのライバルであることを認めてちょっとした敵意を紫へと向けている。

「つまるところ、目的は同じだから紫もこの場に同席させて欲しいってことでしょ? 慧音。急に悪いのだけれど、紫もいい? 人が多すぎて集中できないっていうなら紫を追い返すけど」
「大丈夫だ。しかし、妖怪の賢者を相手によくも物怖じしないな、お前たちは」
「きっと育ちがよろしくなかった所為ね」
「だな。間違いないぜ」

 言って私と魔理沙はお互いを見る。まったく、お礼も言えないような子に育っちゃってお姉さんは悲しい。ちっちゃくてとても可愛らしいのに。
 魔理沙の方も、さも育ちの悪いやつは私だと言わんばかりに見つめてくるが、私は外面はともかく中身は歳を食ってるからいいのだ。仕事中ならまだしも、十やそこらの小娘どもに敬語は使う必要もない。

「さて、悪いが少しこの後が押しているんだ。早速だが霊夢の歴史を辿ろうと思うんだが構わないか?」
「ええ、お願い」

 私の返事に頷いて返した慧音は、正座をしてから目を瞑り、「むむ……」と唸り始める。
 ……あれ? もう能力を使っているのだろうか。もっとこう、光とか音とかが出るものかと。
 これじゃなんだかどこからかの電波を受信しているみたいだ。頭から生えてるあのツノがきっと受信機なのだ。こうして幻想郷にもハイテクの波が。

「む。これは? ……とりあえず、霊夢が神社の石段の下で倒れていた理由はわかったが……」

 そんな馬鹿なことを考えているうちに、どうやら『博麗霊夢』の歴史を探り当てたらしい慧音が目を開ける。
 外見的にまったく変化がないままうんうん唸ってただけだったので、歴史を知る能力とやらも見ているだけだとなんだか場末の占い屋みたいである。

「気絶をした直前に、博麗霊夢は神社の一室で儀式を行っているな……。行われていたのは、果たしてそう呼称していいのかわからないが『神降ろし』のようなものらしい。この儀式は一月ほど前から準備をして行われたものだ。そして当日、儀式を終えた後に神社に張られた結界――鳥居より外で気を失う必要があったとして、自ら木の幹に頭を打ち付けている」
「…………はぁ?」

 自分で頭を打ち付けて、自分から気絶した? 慧音の言ったことが真実ならば、ちょっと危ないんじゃないだろうか。
 ……ど、どうしよう。もしかしたら『博麗霊夢』ちゃんは随分とサイケデリックな子だったのかも。もしくは自傷癖ありの病んだ子か、痛いのが快感な子だったのか。
 体を使っちゃってる私に影響は出ないだろうか。

「更に、まだ不可解なことがある。『博麗霊夢』の歴史は頭を打って気絶したところで途絶えてしまっている」
「途絶えた?」

 別のことを考えていた所為で、つい脊髄反射的に鸚鵡返ししてしまう。

「私の経験上、歴史が途絶えるなんて死亡するでもしない限りはありえない。霊夢はこうして目の前で生きているのに、だというのにお前の歴史が見えないんだ。推測になってしまうが……記憶を失ったことで『博麗霊夢』を自分のことと認識していないからだろう」
「なぁ、慧音。お前の能力は、どれぐらいまで有効なんだ? 例えば……幻想郷の住人が幻想郷の外に行ってしまったらどうなる? そいつの足跡もわかるものなのか?」

 私が外界で生きていたことを知っている魔理沙のこの質問は、本来の『博麗霊夢』が代わりに外界にある私の体に入っているかもしれないと考えてのものだろう。
 それは、私も気なるところだ。『博麗霊夢』が私の身体に入って動かしているならいいけど、私の意識だけがこっちにきてたらきっと今頃本来の私の身体は植物人間状態だ。

「……私の能力は『幻想郷に起こった歴史しかわからない』。外来人なら幻想郷に足を踏み入れた後のことは歴史に残る。幻想郷で生まれ育った者が外界に足跡を残すのであるなら、それも一つの幻想郷の歴史だ。外界に行ったとしてもかなりおおまかに、最低でも生きているかどうかは辿っていくことが出来るだろう。ただ、人為的に作られた大結界のような区切りではなく、世界がそうあるべくして作った冥界や地獄などに行かれてしまっては私の能力は及ばない。きっと、その者と幻想郷との繋がりが絶たれてしまっているのだと思う」
「ええっと……なぁ霊夢。つまり、どういうことなんだ?」
「ピンと来ないわね」

 はっきり言えばさっぱりわからない。日本語なのだろうか。
 そもそも冥界やら地獄やらがこの幻想郷には実在していることを今初めて知った。そこに行ってしまった人のことは慧音の能力では辿れず、『博麗霊夢』の歴史もまた途中から辿れないということは、既に死んでしまったということなのか。
 幻想郷における常識が欠如しているのでなんともかんともである。

「……なるほど」

 そんな中、一人会得がいった風なのは紫。腰掛けていた『割れ目』――魔理沙がスキマから出てくる云々と言ってたから、これからはスキマでいいか――が閉じられて、ずいと慧音へ身を乗り出した。

「半獣のあなたは――――」
「人里で幻想郷の歴史を教えています、上白沢慧音です」
「そう。――――で、半獣のあなたは、こう言っていたわね? 『そう呼称していいものかわからない神降ろしのようなもの』と。それは何故?」
「む……古今例を見ない儀式であったからです。これから歴史に記されるか、あるいは以後歴史の闇に封じられるかする儀式であり、そのどちらにせよまだ名が定まっていません。神々が住まう世界のような、別の位相の高いところから意識を巫女に降ろす。過程は確かに神降ろしと呼ばれるものです。しかし、通常のそれではないようですから」

 自己紹介が返ってくる訳でもなければ名乗った名前を呼んでも貰えずに、慧音はちょっとむすっとしている。
 しかし私たちには使わない敬語を使っていることからわかるように、どうやら慧音は紫のことをそこそこ敬っているようで、特に言及はしなかった。
 私も初対面のときにうっすらと感じたことだけど、紫って見た目はこんなでも実はすごいおばあさんなんだろうか。

「神降ろし……神の住まう世界のような位相の高いところ。今博麗の巫女としてここにいるのは、神とでも? それにしては俗世的で、不浄が強く、霊夢に似すぎている。神力も霊夢の持っていたそれと変わらない程度では……」

 そして当の紫はというと、考え事に忙しいらしく口元に手を当ててぽつぽつと何事か呟いている。
 話しかけても無視されるであろうぐらいには集中しているのが見て取れた。

「霊夢。悪いが、私の『歴史を創る』能力でわかるのはこの程度だ。せめてお前の記憶が戻るきっかけにでもなればいいのだけれど」
「正直、何を言われたのかほとんど理解できていないけど、充分よ」
「そうか。助けになれたのなら幸いだ。それとすまない、これから明日の朝までかけて一月分の編纂の仕事があるんだ。家に呼んでおきながら申し訳ないが、今日のところは……」
「ええ。ありがとう。今日は忙しそうだし、また後日人里に来たときにでも改めて挨拶に来るわ」
「ああ、その時はお茶でも飲んでゆっくりしよう。楽しみにしている。魔理沙もよければまた来てくれ」
「お茶の用意があるなら来ない訳にもいかないな」
「せめて口だけでも招待されたならって言っておきなさいよ。ほら、紫。いつまでも呆けてないで行くわよ」
「……」

 黙して口も開かない紫を引きずり、慧音の家から出て行くことにした。三人が家の外に出てその玄関の戸を閉めるや、慧音の家からはどさどさと物をひっくり返す音が聞こえた。
 どうやら本当に時間がなかったようだ。あっちこっちへと慌てている慧音の姿が目に浮かんでくる。今夜は徹夜だというのだから、お疲れ様と言う他にない。





 結果として今日慧音に調べてもらってわかったことは、『博麗霊夢』は何らかの意図があって自ら頭を打って気絶したこと。
 その直前に、『神降ろし』に似た、別の何かの儀式をやっていたこと。それは一ヶ月もの期間を使って準備した、計画的なものであったこと。
 そして、今現在幻想郷でも、外界と呼ばれている私が住んでいた世界にもおそらくいないだろうことである。
 『博麗霊夢』の行動がある程度判明したことにより、むしろ謎が増えた気がする。

 紫の袖を引きながら里の入り口方面へと歩いていく間、紫は文句も言わず、いつしか私に合わせるようにして歩を進めていた。
 そうこうしているうちに、入り口の近くにある、私と魔理沙が里に到着した時に降り立った空き地のすぐ目の前まで来ていた。

「きゃあっ!?」
「うわあっ!?」

 忘れていたけど、そういえば帰りもまた箒の上か。乗り心地さえよければ速くていうことないのだけど。
 そんなことを考えながら歩いていた私と、箒を用意を始めていた魔理沙は突然に足元に穴が空くといった異常に気づくことが出来ず、見事に足を踏み外してその中へ落下していくことになった。
 ……魔理沙の箒の上でのこともあり、そのうち高所恐怖症になってもおかしくないと思う。