[連載]観光立国のフロントランナーたち 日南市 﨑田恭平市長(最終回)
日本のインバウンドビジネスの開拓に奔走するジャパンインバウンドソリューションズの中村好明社長が訪日ビジネスの最前線を進む人々を迎え、「観光立国」実現に向けた道筋について語り合う大型対談「訪日ビジネス最前線 観光立国のフロンティアたち」。宮崎県日南市の﨑田恭平市長との対談は今回が最終回。商店街再生などの日南市の地域創生戦略について話を聞きました。 |
商店街再生、IT企業誘致で定住人口増やす
中村 地方創生の大きなカギを握るのは、交流人口とともに定住人口を増やすことだと思います。クルーズ船の来航で交流人口が増えるきっかけとなりましたが、一方で、定住人口を増やすため、移住促進やITベンチャーの誘致にも日南市は取り組まれています。定住人口のさらなる若返りや、若者たちのUターンやIターンが進めばインバウンド対応も進みます。
﨑田 港の近くにある油津には県南地区最大の商店街があります。しかし、最近まで全国の地方によくある、いわゆる「シャッター商店街」になっていました。このシャッター商店街をどうするのかが市の大きな課題でした。商店街が充実しないと、買い物などの消費が市外に出ていってしまい、地元に経済循環が起こりません。そうなれば、負の連鎖のように地元の定住人口も減っていくことにもなります。そこで、2013年に中心市街地活性化事業の一環としてテナントミックスサポートマネジャーを全国公募しました。
テナントミックスサポートマネージャー 日南市の中心市街地である油津地区の活性化実現のため、総合的なプロデュースを行う人材として、市が2013年に公募。333人の応募の中から、まちづくりコンサルタントの木藤亮太氏が選ばれた。日南市の中心市街地活性化の企画立案や意見調整、空き店舗の適正な活用などが任務。契約期間は13年7月1日から2017年3月31日まで。
中村 飫肥の古民家再生に先かげて取り組まれた民活事業ですね。
﨑田 そうです。商店街再生の大きなミッションは4年間で20店を開店させるというものでした。月額委託料は90万円。市長給与の70万円より高いんです。「思いきったことをやる自治体が現れた」とテレビのニュースでも取り上げられ、全国から333人の応募がありました。全国的に民間登用が広がり始める頃だったので、いち早くいい人材にお願いすることができました。
中村 具体的にはどんな取り組みをされたのですか。
﨑田 最初は油津にあるおしゃれな喫茶店の復活から始まりました。20年ほど前に閉店した「麦わら帽子」という名前のお店で、日南の方にとっては古きよき時代の思い出がたくさん残る喫茶店でした。そのお店の再生をスタートする際に、過去にお店を利用されていた市民のみなさんに呼びかけて、「思い出を語る会」というのを催しました。
これもAKB方式です。変わっていく過程をみんなに感じてもらいながら応援していく気持ちを巻き込んでいきました。そもそもシャッター商店街ですから、うまくいくかどうか分からないし、商店街を歩いている人がいないので、誰も1店舗目の開店に手が挙がりませんでした。そこで、1店舗目は民間登用したマネージャーが自ら起業して、地元から出資を受けて開店しました。そこから、少しずつ共感した人たちが店を出すようになりました。
中村 面白いですね。
﨑田 通常、お店を出そうとすると家賃が高かったり、たくさん商品を陳列しないといけなかったりします。それでは資金が大きくなって簡単には起業できません。そこで、空き地になったところに家賃も安く、商品も少なくて商売が始められる小さなコンテナ型の店舗を置きました。コンテナ型の店舗に6店舗が出店し、ABURATSU GARDEN(アブラツガーデン)となりました。
また、商店街には、凋落のきっかけになったともいわれている閉店した大きなスーパーがありました。そのスーパーを改修してガラス張りのカウンター形式の店舗を設け、そこに約6店舗が出店しました。それで、現在は22店舗がオープンし、民間登用マネージャーのミッションを達成することができました。
しかし、商店街にはもう一つ、大型店舗の再生が残っていました。日南市には、もう一人、外需拡大を目的とし「マーケティング専門官」を民間から登用していたのですが、その店舗再生に関わってもらい、外からお金や仕事を呼び寄せる作戦を立てました。
中村 IT企業の誘致ですね。
﨑田 そうです。今年1月の時点で連続10社のIT企業の誘致に成功しました。それまで日南市にはIT企業はゼロでしたが、今後、さらに増える見通しです。大型の店舗には、こうした企業に入居してもらいました。その結果、商店街の昼間の人口が増えました。飲食店だけ誘致しても共倒れするだろうという声もありましたが、働く場所を街の中心部に置くことによって、消費が上がり、お互いが「Win Win(ウイン・ウイン)」になる環境ができました。国からも注目されて内閣府や経済産業省、国土交通省などからの視察が相次いでいます。
また、若い人の働く場所ができたので今後、保育のニーズが高まると考え、IT企業が入居する店舗の隣に地元の学校法人が小規模保育所を近々開設されます。このような好循環により、今後、5年間で200人を超す若者の雇用が日南市に生まれるとみられています。
広島優勝が活力に 日南市も「神ってる」
中村 ある意味、国の施策を後追いではなく、先行してやってきたことがよかったですね。
また、日南市は、プロ野球・広島東洋カープとの交流の歴史がありますね。
﨑田 広島東洋カープが日南でキャンプをするようになって今年で55年になります。日南市には、すり鉢型の山の中にあって風が吹かない天福球場という良い球場があります。昔、ジャイアンツもその球場で練習がしたいと申し出があったそうですが、日南市は「カープとの恩義がある」といって断った歴史があるそうです。カープのオーナーを含め、球団の皆様が日南を大事にしてくださっていて、日南人もカープが大好きです。
商店街に「油津カープ館」という施設があり、昨年のリーグ優勝の際には油津カープ館の前でパブリックビューイングを行いました。600~700人が商店街に集まり、優勝の瞬間は「キャンプ地も盛り上がっています」というニュースが流れました。
これが市長就任1年目のタイミングだったら、商店街はシャッター商店街のままでパブリックビューイングをしてもほとんど盛り上がらなかったと思います。商店街再生の4年間の総仕上げの時期に優勝したので本当によかったです。「神ってる」のは日南市ではないかと思うくらいでした。カープとの結びつきと街の再生は本当にリンクしていますね。
中村 カープファンが県外から訪れ、交流人口として、大きな外需を生んでいるのではないですか。
﨑田 ものすごく大きいです。例年2月は、広島東洋カープのほかにも埼玉西武ライオンズやJリーグなどのプロスポーツ球団が市内でキャンプを行っています。しかし、この期間は、市内の宿泊施設は満室に近い状況となっており、市外や車の中で宿泊しているファンもいます。
このような中、こういった商店街の取り組みを進める中で「起業をしたい」という若者が現れました。
大学生を対象に、地域の課題を提起して起業アイデアを募るコンテストを開いたのですが、キャンプ時期にオーバーフローしている顧客を収容するゲストハウスを作り、併設するバーで地元の人とファンが交流できるようにするという提案をした名古屋大学の学生がコンテストに優勝しました。
その学生は、日南には面白い20代、30代の先輩たちがたくさんいることを魅力に感じて、大学を休学して日南市に移り住み、商店街で起業し、今年2月1日にゲストハウスをオープンすることができました。このような取り組みに、地元の若者の中にも「何か俺たちもできるのでは」という空気ができてきました。彼らの取り組みをこれからどうコーディネートするかは市長として大切な仕事になります。
中村 これからの日本のハンドリングは、崎田市長と同じ30代の子育て世代に任せることが必要です。若者と同じ目線の行政改革ができないといけません。日南市役所の皆さんがすごく張り切っている感じがしました。
◇
﨑田恭平(さきた・きょうへい) 1979年日南市生まれ。九州大学工学部卒業後、宮崎県庁に入庁。地域振興や医療行政に携わった。2012年退職後、13年4月の日南市長選に無所属で立候補。初当選を果たし、全国で2番目、九州で最年少の首長となった。「できない理由ではなくできる方法を考える市役所」をモットーに市政を運営。市長就任後は民間人の登用や民間企業との連携を積極的に推進し、その行政手腕は全国から注目を集めている。
◇
中村好明(なかむら・よしあき) 1963年生まれ。ドン・キホーテ入社後、分社独立し現職就任。自社グループの他、公共・民間のインバウンド振興支援事業に従事。日本インバウンド教育協会理事。ハリウッド大学院大学および神戸山手大学客員教授。日本ホスピタリティ推進協会理事・グローバル戦略委員長。全国免税店協会副会長。みんなの外国語検定協会理事。観光政策研究会会長。一般社団法人国際観光文化推進機構理事。著書に『ドン・キホーテ流 観光立国への挑戦』(メディア総合研究所、2013 年)、『インバウンド戦略』(時事通信社、2014 年)、『接客現場の英会話 もうかるイングリッシュ』(朝日出版社、2015 年)、『観光立国革命』(カナリアコミュニケーション、2015 年)、『地方創生を可能にする まちづくり×インバウンド 「成功する7つの力」』(朝日出版社、2016年)がある。