謝罪すれば済む話ではない。「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案に関して金田勝年法相が「国会提出後に議論すべきだ」とする文書を法務省に作成させて報道機関に公表し、わずか1日で撤回した問題である。
要するに文書は「まともに答弁できないから国会での質疑はしばらく勘弁してくれ」と言っているのに等しい。「質問封じ」は国会軽視であるとともに、法相の勉強不足を自ら認めているようなものだろう。
確かに法案はまだ国会に提出されておらず、与党協議も終えていない。だが今の政権は、与党が了承しさえすれば、国会提出後は多くの問題が残っていても数の力で成立させる強引な手法を何度も使ってきた。
組織的な重大犯罪を計画、準備した段階で処罰の対象とする今回の改正案は刑法の体系を大きく変えるものだ。提出前から野党が政府に問いただすのは当然だ。
安倍晋三首相は先の代表質問で、テロ対策だと強調し、法整備ができなければ「東京五輪・パラリンピックを開けないと言っても過言ではない」と述べている。本当に開催できないのかどうかは別として、政権としても優先課題と見ているはずだ。
にもかかわらず、なぜこんな文書を出したのか。国会での質疑を見れば理由は明らかだ。法相が再三、答弁につまずいているからである。
例えば、改正案は国際組織犯罪防止条約を批准するために必要不可欠なのかという問題がある。
政府は従来、条約を批准するためには「4年以上の懲役」が科せられる重大犯罪について「共謀罪」を新設する必要があると説明してきた。
今回は「共謀罪」を「テロ等準備罪」と言い換え、成立要件も絞り込むという。では仮に大幅に対象犯罪を減らした場合、それでも批准は可能と言うのなら、これまでの説明との整合性はどうなるのか。
あるいはテロに対してはハイジャック防止法の予備罪など現行法で対応できないのか。野党側が具体的に質問するほど法相の答弁はしどろもどろとなり、法務省の事務方が耳うちする場面も相次いだ。
かつて「大事な話なので事務方から答弁させます」と国会で答えて失笑を買った閣僚がいた。野党が法相を狙い撃ちしているのは確かだが、驚くほどの自信のなさだ。
同時に指摘すべきは、これまで明らかになった数々の疑問が国会提出後には解消されるのか、つまり政府側は国民の納得できるような答弁ができるかどうかという法案自体の問題だ。与党内の協議は議論の中身が国民に見えにくくなる。今後も国会で質疑を続けるのは当然だ。