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「多業」という働き方

本業のほかに仕事をする「副業」や「兼業」。政府は多様な働き方を目指す「働き方改革」の一環として推進する方針を掲げています。最近は大手企業などで社員に「副業」を認めるところも出てきました。そうした中、3つ以上の仕事を掛け持つこともある「多業」という働き方が今、地方で広がりつつあるというのです。
(徳島局・久野晴之記者)

政府も推進する「副業」だが…

政府は働き方改革の一環として、副業や兼業を推進しており、大手企業では、そうした働き方を認めようという動きが出始めています。

大手企業のヤフーは、会社の事業と競合しないことを条件に社員の副業を認めています。また、情報サービス大手のリクルートホールディングスがグループ会社全体で副業を認めているほか、製薬大手のロート製薬も去年から副業を認めました。

しかし、経済産業省が平成27年に全国の大手や中小の民間企業、4513社を対象に行った調査によると、回答のあった1173社のうち、本業がおろそかになるとして、副業を就業規則で禁止していると答えた企業は全体の85.3%に上っていました。

企業に勤める従業員の副業は国家公務員や地方公務員と違い、法律上は認められています。しかし、競合している他社での副業を避けたいことや、営業秘密の漏えいのおそれなどの課題も指摘されていて、終身雇用制の多い日本では浸透していないのが現状です。政府は、企業に対して、副業を禁止している就業規則を改めるよう促すことにしています。

地方で広がる“多業”とは!?

ところが「副業」どころか、場合によっては、3つ以上の仕事を掛け持つこともある「多業」という働き方が地方で静かに広がっているのです。

徳島県西部にある人口2万7000人余りの三好市。ここで「多業」を実践しているのが西崎健人さん、32歳です。西崎さんの1つ目の仕事は飲食店。お酒や徳島県内のさまざまな食材を使った料理を提供しています。市の中心部にある店は古民家を改装したレトロな造りとなっていて、地元の人たちを中心ににぎわっています。

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西崎さんは以前、東京の会社で農業ビジネスに携わっていましたが、農業に関わるうちに地方でビジネスがしたいと考えるようになり、3年前に移住してきました。ビジネスを通じて地方でさまざまな人たちとの交流を増やしたいと考えていた西崎さん。多くの人が集まる飲食店の経営は自然な流れでした。常連客の男性は「若い人から大先輩までいろいろな人とつながることができて楽しい」と話していて、幅広い世代が集う交流の場になっているようでした。

西崎さんの2つ目の仕事は映画館の運営です。映画館といっても大規模なものではありません。飲食店の常連客から会社の空き倉庫を有効に活用してほしいと持ちかけられたことがきっかけで、住民らの協力を得て作りました。周りの壁には日本酒のケースが積み重ねられ、酒どころである地元にあるものをうまく活用しています。冬はこたつを囲んでアットホームな雰囲気で映画を楽しむこともできます。

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西崎さんはこの映画館を地域の内外から人が集まる場所にしたいという思いで作りました。東京や大阪などの大都市でしか見られないような珍しい映画を、配給会社から借りて月に1回程度上映しています。こうして映画を上映することで、四国だけでなく、瀬戸大橋を渡って来る岡山県の人たちもターゲットにしていて、映画鑑賞をきっかけに地域のほかの場所にも足を運んでもらって、人の流れを作りたいと考えています。

また、DVDを持ち寄って家族や友人らと大きなスクリーンで映画を見たいというニーズもあることから、1時間1人500円で会場を貸し出して収入を得ています。

そして、3つ目の仕事は、自分の住まいも有効活用です。西崎さんは、空き家だった広い古民家に住んでいます。木造2階建てで、このうち1階の大広間を研修や会議を行う企業に貸し出しています。大広間にはホワイトボードが用意されているほか、無料のWiーFiも使えるようにしています。

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地元のIT企業が研修や会議で使うほか、三好市に新たなオフィスの設置を検討している県外などの企業にも貸し出しています。地域の外から企業を呼び込むことで新たな交流が増えればと考えています。

さらに、2階の空き部屋の1室は、三好市への移住に興味がある人に貸しています。去年4月からは三好市を拠点に活動するボートチームに所属する奈良県から来た女性が住んでいます。

地方こそ多業の可能性は大

「飲食店の経営」と「映画館の運営」、それに「自宅の活用」

こうした複数の仕事を組み合わせることで、西崎さんの収入は、以前東京で働いていたときより多くなりました。上回った分を新しい事業への投資に回す余裕も出てきて、さらに事業を拡大したいと考えています。

ただ、個人で事業を広げるには限界があることから、千葉県から移住してきた男性と会社を立ち上げることになり、準備を進めています。新しい会社では、外国人観光客をターゲットにした民泊や地域の祭りに人を呼び込むツアーなどを企画したいと考えています。

西崎さんは「地方は課題が多いとよく言われるが、課題があるということはニーズがあるということで、ビジネスチャンスだと思っている。地方は新しいビジネスがどんどん生まれる場として非常に面白い」と話していました。

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地方への移住や定住について詳しい島根県中山間地域研究センターの藤山浩さんによりますと、「地方で多業と言うと、農業をしながら冬場に別の仕事をするとか、あるいは暮らしを大事にする、つまりワークライフバランスを考えながら小さな仕事を組み合わせるといったケースがある。都会から地方に移住してくる人、特に女性を中心に多業という働き方が広がりつつある」と話しています。

1つ1つの仕事の収入は少なくても、複数を組み合わせることで生計を立てる「多業」。「複数の仕事を掛け持つ」というと「厳しい家計を支える」というイメージがありますが、西崎さんが実践する「多業」は、地方のニーズに応えるために、新たなビジネスを「起業」する「地域おこし」的な要素も含まれています。

地域の課題をニーズと捉えて仕事を次々と生み出していくという「多業」という働き方は、地方を活気づける新たな試みとして注目されています。

人口の減少が課題となっている地方では、若い人の都市部への流出に歯止めがかからず、悪循環から脱け出せないところも多いのが実情ですが、西崎さんを取材していると、地方は何もないところではなく、むしろ手つかずのフィールドが広がっているところであり、今後、新しい仕事を地方で始めたいと考える人が増えてくるのでないかと感じました。

久野晴之
徳島局
久野晴之 記者
平成11年入局
松山局 福岡局などをへて
徳島局で地方の課題など取材