1人の記者の苦悩
「事実がうそに塗り替えられてしまう。どうすればいいのか、誰か教えてください」
先月、ツイッターに投稿されたSOS。文面には、戸惑いと憤りがにじみ出ています。投稿したのは、ドイツ・ドルトムントの地方紙「ルールニュース」のベテラン記者、ペーター・バンダーマンさん。バンダーマンさんは、これまで体験したことのない困難に向き合っていました。
毎年恒例の年越しを取材したのに…
いったい、バンダーマンさんに何が起きたのか。発端は、去年の大みそかです。この日、深夜近くになって、バンダーマンさんが向かったのはドルトムント中心部の広場。広場には、およそ1000人が集まり、花火や爆竹を鳴らして騒いでいました。ドイツでは、恒例となっている年越しの祝い方です。
集まった人々の中には、中東や北アフリカからの移民や難民と見られる人たちもいて、一部は、ちょうどその数日前に合意に達したシリア内戦の停戦を祝っていました。また、広場から少し離れた場所では、工事中の教会を覆っていたネットに花火の火がつくぼや騒ぎもありました。
「花火をあげて大騒ぎをするのはいつものこと。火は10分ほどで消えて教会そのものに影響はありませんでした」バンダーマンさんは、例年と変わらない様子だったと話します。
地元の警察も、「大みそかとしては静かな夜で、極端な騒ぎが発生したという報告はない」と説明しています。実際、大みそかから翌日までに警察に寄せられた出動要請は185件。前の年の421件から大きく減っていました。また、私たちがこの騒ぎのあった広場で地元の人たちに話を聞いても、「こうした騒ぎは毎年のことだ」とか「そもそも騒ぎがあったことも知らない」という声が聞かれました。
思わぬ形で引用された記事
バンダーマンさんは取材した内容を記事にまとめ、撮影した動画とともに、インターネットに掲載しました。記事では、「ぼや騒ぎはあったものの、例年と変わらない光景だった」と伝えました。
しかし、その数時間後、予想外の事態が起きます。バンダーマンさんの記事が無断で異なる形に編集され、オーストリアのニュースサイトで引用されたのです。記事では「シリア人が『アッラーは偉大なり』と叫び教会に火がつく」と無関係な事柄を組み合わせ、シリアからの移民や難民が放火したかのように描かれていました。
さらに、その2日後の1月3日。今度は、移民やイスラム教徒に排他的だと指摘されているアメリカのニュースサイト「ブライトバート」のロンドン支局も、バンダーマンさんの原稿をもとにした記事を掲載しました。タイトルは「1000人の暴徒が警察を襲撃、ドイツ最古の教会に放火」。記事では、移民たちがIS=イスラミックステートなどの過激派組織と関連しているかのように描かれていました。
最初は「よくある移民排斥のプロパガンダだと思った」と考え、大ごとだとは捉えていなかったバンダーマンさん。しかし、この2つの引用記事は、またたくまに、世界中に拡散していったのです。
私たちが、分析ソフトを使って調べたところ、バンダーマンさんの記事に対するフェイスブックやツイッターなどのSNSでの「書き込み」や「いいね」、「シェア」などの反応は70件余りでした。一方、オーストリアの記事は、ヨーロッパを中心に、SNSで2万5000件の反応がありました。さらに、各国に読者を持つブライトバートの記事も2万件以上の反応があり、英語で書かれたこともあって、少なくとも世界28か国で読まれていました。
バンダーマンさんのもとには、誤った記事を信じた人たちから「なぜ移民の放火事件を隠していたのか」などといった1000通を超える非難のメッセージが寄せられました。なかには、人の死体や絞首台の画像を送りつける人もいました。
反論を試みるも…
想像だにしていなかった事態を受けて、バンダーマンさんは社内で協議し、反論記事を書くことにしました。実際に、当日、何が起きたのか。現場を取材し、記事を書いたバンダーマンさん自身が説明すれば、誤解が解け、事態は収拾すると考えたのです。
記事は1月4日、新聞とホームページに掲載されました。反論記事では、警察や消防などにも改めて取材し、当日、起こった出来事を詳しく説明。「移民が集まっていた広場とぼや騒ぎが起きた教会は別の場所であること」、「『アッラーは偉大なり』という言葉は、イスラム教徒が日常的に使う言葉であること」など、丁寧に解説しました。
しかし、私たちが分析したところ、この反論記事へのSNSでの「書き込み」や「いいね」などの反応は、ドイツ国内を中心に500件余りにとどまりました。世界に拡散された誤った情報を打ち消すには、まさに「焼け石に水」だったのです。
「自分の目で見て取材をしたのは私です。私の記事を元に作られた『フェイクニュース』は移民への怒りをあおり、拡散しました。事実はどこかへいってしまったのです」。事実がゆがめられたままの記事は、その後も、さまざまな媒体で引用が繰り返され、さらに形を変えながら、いまもインターネット上に漂い続けています。
SNSやメディア 始まった対策
フェイクニュースの拡散を防ぐためにはどうすればいいのか。拡散の足場となっているSNSを運営する企業では、新たな取り組みを始めています。
フェイスブックでは、利用者がフェイクニュースではないかと思った投稿を通報できる機能を新たに開発しました。利用者がボタンを押すと、運営側に通報が届き、通報が多い投稿は、大手メディアなどの外部のチェック機関に、検証を依頼する仕組みです。アメリカで手始めに導入し、今後、世界に広げていく方針です。
アメリカ3大ネットワークの1つ、ABCニュースは、検証作業に協力しているメディアの1つです。最近、フェイクニュースと断定したのは「オバマ前大統領がホワイトハウスに自分の銅像を建てた」というニュース。担当者のもとに通報が届き、記事を書いた本人に直接取材。そして、このニュースで使われていた銅像の写真が、カリブ海のプエルトリコにある、実在の銅像の写真を加工したことなどを突き止め、「フェイク」だと判断しました。検証結果は、HPなどで公表され、フェイスブック上では「虚偽が疑われている」と警告が表示されます。
こうした取り組みを進める必要性は、SNSの運営企業だけでなく、報道機関の間でも広がっています。イギリスの公共放送BBCは、フェイクニュースと疑われる記事の検証を行う部署を立ち上げる方針を明らかにし、SNSの運営企業と協力して、対策に乗り出す姿勢を示しています。
今回の取材で、たくさんのフェイクニュースを実際に読みましたが、その多くが、自分の主観や主張に沿って、事実関係を確認せずに書いたり、インターネット上にある情報をそのまま引用したと思われるものでした。一方で、事実とうそを巧妙に織り交ぜたり、誇張した表現を使ったりすることで、読む人を惑わせる記事もたくさん見られました。情報があふれ、真実よりも、信じたい情報が求められるようになりつつあるいま、私たちもフェイクニュースにどのように向き合っていけばいいのか、考えながら、今後も、国内外で起きる変化や動向を追い続けたいと思います。
- 国際部
- 川島進之介 記者