星空文庫
アレンジメントプリキュア・フラワーズ
春野はるか 作
第一話 『私がプリキュア!? 夢の花、キュアプルメリア!』
友達の付き合いで訪れたノーブル学園。学校見学に来たあの日。突如現れた悪魔のような巨大な魔女。そんな怪物と戦っていたドレスを纏った不思議な少女たちは傷つき敗れ、学生服姿に変わり倒れている。
「……プリキュア」
私は小さい頃から知っていた。この人たち、いいや、プリキュアのことを。
闇の存在と戦う光のヒロインたち。しかし、彼女たちも戦いに敗れて絶望の中で涙を流していた。普通の人のように。
心を刻むような恐怖。終わらない悪夢。そして絶望。私は脚を震わせ、なにも出来ずにいた。
……私、どうなっちゃうのかな。
次々と周囲の人が檻のような物に囚われていく。
怖いよ、怖い。
絶望と恐怖に支配され、涙を浮かべながら彼女を見上げている私の視界に光が溢れた。
もう一度立ち上がった、ドレスを纏い輝く四人のプリキュアがいた。
彼女たちは恐れることなく、再び巨大な魔女に立ち向かっていった。
仲間たちからフローラと呼ばれる、先頭を行く少女に続いて。
「フローラ? かっこいい。私もあんな人になりたい……」
私の記憶はそこで途絶えている。次に目を覚ました時は病院のベッドの上だった。
【第一話 『私がプリキュア!? 夢の花、キュアプルメリア!』】
「とうとうやってきました、夢ヶ浜ぁ~っ!」
高鳴る胸に背中を押されて、ついつい叫んでしまったが、ここは駅前。
まだ春休みとはいえ、人目もそこそこあり、ルリは真っ赤になってしまった。
いきなり恥かいちゃったけど、夢ヶ浜のみなさん! 私の名前は寺木ルリ!見てください、このスミレ色に輝く制服っ! 今年から憧れのあの人がいるノーブル学園の生徒になりました! 色々お世話になるかと想いますが、どうかよろしくお願いします!
ルリは心の中で自己紹介と夢ヶ浜のみなさんへの挨拶を済ませ、バス乗り場はどこだろうと辺りを見回す。空は青く、潮風が気持ち良い。のどかで良い街だ。
バス停を探していたつもりだったが、ついつい風景や街並みが気になってしまう。
あ、バス停、発見! 学園の制服を着てる子たちも並んでる。
ちりん。彼女たちを眺めていると、鈴の音が聞こえたような気がした。
「そうだっ。あの子たちと一緒に並べば学園にたどり着けるはず! そうと決まれば急……うわわ……!?」
「……っ!?」
バス停へ向かおうと走り出したルリは、誰かとぶつかり尻もちをついてしまった。お尻から鈍い痛みが伝わってくる。ちりんと再び鈴の音が聞こえた。
「いたた……」
「急に走り出すと危ないのですよ」
見ると同じノーブル学園の制服を着た可憐な少女がルリと同じように尻もちをついていた。
「ご、ごめん! 怪我はないっ!?」
「私は大丈夫です。あなたこそ怪我はありませんか?」
「私も大丈夫っ 生まれつき頑丈だから!」
元気に笑うルリに素っ気なく頷き、少女はゆっくりと立ち上がった。
紫がかった黒髪を制服の色に合わせたリボンを使い、両サイドでまとめている。その左右のリボンには小さな鈴が一つずつついている。そして彼女は何故か春なのにマフラーを巻いていた。
あ、暑くないのかな? それにしても、なんて可愛い女の子……
「きてますよ」
彼女はルリを見つめ、そう小さく呟いた。
「え? きてるってなにが?」
「バスです」
「え!? ほんとだぁ~っ! 乗り遅れちゃう、急ごう! え、えっと!」
「ほたるです。桔梗ほたる」
「私はルリっ! 寺木ルリ!」
後から思えば運命の出会いだったのだと思う。
「よろしくね、桔梗さんっ!」
出会いは人と未来を変えるのだ。この日の二人のように。
「バス。行っちゃいますよ」
「そうだったぁ……! ま、待ってーっ!」
四月は人と人を繋ぐ季節。それは春風が運ぶ奇跡。
「ここが私のお部屋ー!」
ノーブル学園の女子寮の一室。白いカーテンに彩られた窓から日が差し込み、ピンクのカーペットを爽やかに照らしていた。部屋の奥には机が二つ、左右対称に並べられ、そしてドア側には二段ベッドが設置してある。
「あのベッドで私は寝るのかな! 上と下どっちにしよう~! ルームメイトはどんな子っ!?」
新しい生活に躍る胸に合わせて、くるくると部屋の中をルリは舞い踊る。
「楽しみ、素敵、わくわくするの三拍子だよ~っ!」
妙な踊りの締めに天を指さしポーズをとる。
――決まった。
「あの」
「うわわ……っ!?」
突然背後から話しかけられたルリは心臓が弾けるばかりに驚く。
ドキドキしながら振り返ると、そこには重そうな鞄を抱えたほたるが立っていた。
「どいてもらってもよろしいでしょうか」
ルリは踊っているうちにドアの近くに立っていて、入り口を塞いでいたようだ。
部屋に入れず、ほたるが困っているのだろう。
「う、うんっ。ただちにどきます」
慌てて道を開けたルリだったが恥ずかしさが募り、顔が赤くなっていくのを感じる。
「桔梗さん、あのね」
自分の陣地と決めたのか、入って左奥の机に荷物を置くと彼女はこちらに振り返る。
ほたるの、左右に結分けた長い髪がさらさらと揺れた。
「ど、どこから見てた?」
ほたるは首をかしげると無表情のままくるくると回り始める。
「や、やめ、やめてよぉ……!」
じわじわと頬の赤みが増している気がする。そして天を指さす決めポーズを彼女がとった瞬間、ルリは恥ずかしさのあまり顔を抱えて床に座り込んでしまった。
「まさか、桔梗さんとルームメイトになるなんてねっ」
「不思議な偶然ですね」
「本当に不思議っ。運命のルームメイトだったりしてっ!」
はしゃぐルリを横目に、ほたるはそそくさと廊下を進んでいった。
「素っ気ないー!?」
今日、入寮したばかりのルリとほたるは案内のパンフレットを片手に、二人で女子寮や学園の施設を探検することにしたのだ。広くて綺麗で、そしてとてもエレガントな素敵な空間だった。
「ここがレッスン場らしいですね」
「レッスン? なんの?」
「ダンスです。ダンスは必修科目ですからね。ここで習うのでしょう」
「面白そうー! 実にエレガント~!」
レッスン場は部屋の一面が鏡になっている。不思議な空間だ。はしゃいで中に入ると、ほたるが表情を変えずにクスっと含み笑いをした。
「な、なんで笑うのぉ!?」
「また踊り始めるのかと思いました」
「うぐ……っ! あの踊りはもう忘れてよぉ……っ!」
「人は恥を重ねて、それを乗り越え反省し成長していく生き物なのでしょう?」
「そ、それはそうかもしれないけど」
ルリが鏡に目を向けると赤くなっている自分の姿が見えた。
なんだか赤面してばっかりだなぁ。とほほ……
「ここが食堂です」
「すんごい綺麗~っ!」
いくつも並べられた机と椅子。その背もたれはピンクとホワイトの縦ストライプがおしゃれで可愛いらしい。生徒たちはここで食事をし、会話を弾ませるのだろう。
「卒業生の話によると味も美味しいとのことです」
「広い! おしゃれ! 美味しいの三拍子だよ~っ!」
「ここがパーティーホールですね」
「お城みたい!!」
まるで城や宮殿にあるような、豪奢な内装の美しい広間。ルリは思わず駆け出し、ホールの中央で思わず、くるくると回転しながら踊りだす。
「広大! 豪華! ハイソサエティの三拍子だよ~っ!」
「ここではノーブルパーティーなどの催しが開かれるそうですよ」
「すんごい! パーティーなんて出たことないよ~!」
ああ。こんな場所で素敵なドレスをきて、優雅にダンスを踊れたら幸せ――
「寺木さん」
「なに~?」
「踊るのは構いませんが。笑われています」
ほたるの視線を追ってホールの入口に目を向けると、そこにはこちらを見ながら含み笑いを浮かべている生徒たちの姿があった。思わずまた一人で踊っていたらしい。
じょ、上級生かな!? ま、また恥をかいちゃったぁ……!
「も~! ノーブル学園は、エレガントで! プレシャスで! ゴージャスで! 最高すぎる三拍子だよぉ~!」
「そうですね。次はどこを回りましょうか」
……反応、冷た……!?
女子寮一階の中庭が見える廊下で、無表情のまま淡々と喋るほたる。
う、うぐぐ。一学期の間に、桔梗さんと絶対仲良くなって見せるんだから!
ルリが心に誓ったその時だった。周りにいた生徒たちが騒ぎ始めたのは。
「見て、生徒会長と副生徒会長よ」
近くに立っていた少女が口にした、その言葉にルリの心は激しく鼓動する。
生徒たちからの羨望の眼差しを受け、こちらへ向かって優雅に歩いてくる少女たち。
ルリは生徒会長のことを知っている。彼女に憧れて、受験の壁を超えてきたのだ。そして何度も何度も学園見学の日には訪れて、生徒会長と話をする機会も得ていた。
「春野さん……」
ノーブル学園生徒会長、三年生の春野はるか。成績優秀、スポーツ万能の優等生。
ルリは息を呑む。憧れの人がこちらに歩いてくる。
赤味のかかった癖っ毛。花の形をしたトレードマークの髪飾り。元気いっぱいといった大きな目。子どもっぽい見た目なのに、どこか落ち着いた雰囲気。すれ違う瞬間、花のような甘い香りがした。
「ごきげんよう」
優しく透き通った声。ルリは緊張し、金縛りにあったかのように体が動かない。
「ご、ごき……ごきんよ~……!」
緊張のあまり、ルリはうまく喋れなかった。周囲の生徒が笑い始めて、今日何度目かの赤面をしてしまう。そんなルリの前で、はるかは立ち止まりこちらを見つめてくる。
「あ、あうう」
「もしかして寺木さん?」
「ひゃ……ひゃい! 寺木ルリ、十二歳です……っ!」
「何度も学園見学に来てくれた子だよね」
「覚えててくれたんですか……!」
感激のあまり、ルリは意識を失いかけた。
「見学に来てくれた時と髪型が変わってたから、一瞬分からなかったけれど」
はるかは満面の笑みを浮かべて、ルリの髪へ視線を向ける。
「私にそっくり」
「あ、憧れの人ですから……!!」
「ぷはぁ~緊張したぁ!」
「それはお疲れ様です」
「ありがとう。春野さんって、つよく! やさしく! 美しく! の三拍子だよね~」」
ルリはうっとりとして、自らの髪をなでつける。
「あなたのその髪型って、あの生徒会長の真似をしていたのですね」
「そのまま真似しちゃうのもなんだから分け目が左右逆なんだけどね~」
女子寮と、その前にある森の間。緑が広がる草原のような場所に座り、ルリとほたるは雑談をしている。爽やかな青空に緑の香りが心地よい。ほたるの髪とマフラーが風に揺れた。
「髪飾りの位置が逆ですね。会長が桃色で花弁四枚の花、あなたは白の花で花弁が一枚多い」
「よ、よく見てるね」
「観察力はあるつもりです」
「すんごいね! 探偵さんになれるかも!」
「そんなわけないでしょう」
真顔で答える彼女に苦笑し、ルリは髪飾りに手を触れる。
「これはプルメリアの花なんだ」
草の上に寝転がり、ルリは微笑む。
「プルメリア?」
「うん。太陽を受けて咲く、優しい日だまりの花。寒さに弱いから、この国で育てるのは難しいけれどね。一番大好きなお花なの」
「花が好きなんですか?」
「うん。二年前、この学園で春野さんと出会ってから花が好きになった。あの人が花を好きだと知ってから」
憧れの生徒会長に近づきたくて花について必死に学んだ。自宅の寺の敷地内に花壇を作り、色んな花を育てた。ゼラニウム、ベコニア、カランコエ、フリージア、シクラメン、君子蘭、胡蝶蘭、カラー、朝顔、カーネーション、百合。全部あの人に近づきたくて。あの人みたいになりたくて。
「知ってる? ここはね、みんなで一緒に学んで生活して、そして」
「そして?」
「夢を叶える素敵な学園なの」
「夢を叶える学園。ですか」
目を細め、こちらを見つめるほたるに微笑み、ルリは立ち上がる。
「私は春野さんみたいな、つよくてやさしくて美しい人になりたい」
あの日、絶望から救ってくれたキュアフローラ。憧れのプリンセス。
そう私は見た。フローラの正体を。強大な敵に立ち向かった勇敢な少女を。
「でも私なんかじゃ、春野さんにはなれない。だから書きたいんだ」
ほたるは黙ってルリの言葉に耳を傾けている。表情こそ変化がないものの、しっかりと話しを聞いてくれているようだ。
「自分がなれないなら理想の女の子を主人公にした物語を書けばいい」
「あなたの描く物語はどんな形なのですか?」
「うまく言えないけれど、優しい世界の物語。読む人を癒やして元気づけられるようなお話。夢のある童話を書く作家になりいの」
「素敵な夢ですね」
ルリの横に並んで座るほたるは目を細め、そう呟いた。少しだけ優しい表情になってくれた気がする。出会ったばかりで彼女の性格はまったく分からないが、その言葉に嘘はないと感じた。
素敵な夢なんて言ってもらえて、とても嬉しい。
「ありがとうっ。そのためには自分自身も理想的な、なりたい自分に近づかなきゃっ」
そしていつか私もプリキュアに。
ルリは拳を強く握る。
「だから理想と信じる春野はるかがいる、この学園に入学したのですね」
「うんっ! 春野さんが学び、そして生きてきた学園で私も夢を目指すの!」
ルリの熱弁が終わるのと同時に、ほたるも立ち上がりこちらへ背を向ける。
「……桔梗さん?」
「私の夢も聞いてもらえますか?」
「うんっ、もちろん!」
でも、どうしたんだろう。桔梗さんの声……どこか悲しそう。
「私の夢は奪われた親友を取り戻すことです。どんな犠牲を払ってでも必ず、その手を掴む」
「失った親友? それって……」
「この学園で必ず見つけ出せるはずです」
親友が行方不明になってしまったのだろうか。
「どうしてノーブル学園で見つかるって信じてるの? この場所で会おうって約束を交わしていたの?」
「そんなところですね」
ほたるはこちらに向き直り、どこか辛そうな表情を浮かべる。
その瞬間だった。
「なにこれ!? 空が……!?」
雲一つない青空だったはずなのに周囲は一瞬で闇に飲まれ、空は墨色に染まった。月だけが煌々と輝き、辛うじてあたりを見渡せる。
なにが起きているの? ……怖い!
「桔梗さんは? 桔梗さんは大丈夫!?」
ついさっきまで近くにいたはずのほたるの姿がない。
「どこに……行っちゃったんだろう」
どうしよう。そうだ、一度寮に戻って先生に。
そんな不安に飲まれそうなルリの耳に不気味な声が届く。
――闇の…………セス……。こっちだ。
「な、なに?」
――闇のプリンセ……ス。こっちだ……こっちへ来い。
「闇のプリンセス……?」
もしかして、ほたるはこの声に誘われてどこかへ行ってしまったのだろうか。
「怖い……怖いよ……」
小さい頃からルリは闇が怖かった。臆病で小心者で泣き虫で。自分のなりたい理想の女の子像とは程遠かった。今も脚が震えて動けない。涙も溢れてくる。
「でもプリキュアだったら。フローラだったら」
震える脚を抓り、ルリは一歩進む。
「消えちゃった友達を見捨てたりしないよね!」
――こっちだ。闇のプリンセス……
ルリは声の方へと必死に駆けだした。
闇のプリンセスを呼ぶ不気味な声に導かれるように森の中を進むと、その先には海へと続く草原が広がっていた。坂のようになっていたため、ルリは思わず転げ落ちそうになる。
「あ、あぶな……!? ……それより、あの声は? 桔梗さんは!?」
慌てるルリは視線の先に浮かぶ少女と男の姿を確認する。彼はカラスのような黒髪を刃のように立てており、見るからに恐ろしい容姿をしていた。
「な、なにあれぇ~……」
宙に浮かびニヤついている男。彼に恐怖を感じ、ルリは木陰に身を潜め、様子をうかがう。浮かんでいる少女は闇の中でも更に濃い闇。不思議な黒い炎のようなものに包まれ意識がないようだ。
「桔梗さんじゃない。でもあの子は確か」
――生徒会長と副会長よ。はるかたちを見て、そう言っていた女の子だ。
その浮かんでいる二人の足元にほたるの姿があった。
……桔梗さん!
浮かんでいた男は地に降り立ち、ほたるの方へと向かっていく。彼の手にはなにか小さな生き物を握っているようだった。男に握られたなにかはジタバタともがている。
怖いよ……怖い。でも……
「見捨てないって決めたから!!」
ルリの叫びに男は弾けるように後退し、身構える。
「なんだ、テメェは!」
「桔梗さんから離れて!」
「あァん? なんでこいつ起きてやがんだ?」
起きてる? なんの話をしてるのだろう。そんなことより。
ルリは草原を駆け下り、男からほたるをかばうように、二人の間へと立つ。
「ガタガタ震えてるくせに、どうするつもりだ、コイツ」
「き、桔梗さんは私の夢を素敵だって言ってくれた。だから……!」
「だからなんだよ。コイツを助けようってのか?」
男はほたるに視線を送り、凶悪な笑みを浮かべる。
「危ないフル! 逃げてフル!」
「テメェは黙ってろ!」
男は手にしている小さな生き物を強く握り黙らせた。生き物から悲痛な声が漏れる。
花と猫を足して二で割ったような生き物だ。
あれ? あの生き物……今。喋った……?
「おい、チビ! 俺は恐怖と闇の操り手『ナイトドレッド』の四魔将ベルゼウス!」
「は、はじめまして!」
「おう。はじめまして。ってそうじゃねェだろ!」
男は拳を闇に囚われ宙に浮かんでいる少女へと向ける。意識はないようだ。
「テメェ、人助けしようっつう自分に酔って現実が見えてねェな!」
少女は苦しげな表情を浮かべる。
「やめて……!」
「見せてやるぜ、現実の恐悪夢をな! 恐怖に染まれよ! フィアーズ!」
少女の体から黒い煙のような物が溢れ出し、それはやがて巨大な怪物へと姿を変えた。
二階建ての一軒家ほどの大きさがある。女の子の形をした人形が、そのまま大きくなったような。どこか邪悪で不気味な雰囲気をしている。
「ヒキキョー!!!!」
「さ、叫んだぁ!? こ、怖っ!」
「真っ青だぜ、チビ。どうすんだ? ビビってんなら逃げてもいいんだぜ」
「お……」
「『お……』なんだよ」
「お言葉に甘えさせていただきます……っ!」
「あ、コラ!逃げんなァァ!」
「出てこい、チビ! どこだ!」
ほたるを連れて、森へと逃げ込み、なんとか怪物と男を巻くことに成功した。
「は、はあはあ。逃げてもいいって言ったくせにぃ……」
あの時と似てる。二年前のノーブル学園に現れた魔女。どうしようもない絶望と恐怖。
「どうして他人の私を助けようとするのですか?」
ほたるは訝しげな表情でこちらを見つめ、そう呟いた。
「どうしてって。今朝、ぶつかって転ばしちゃったのに許してくれたから」
「それだけの理由で。ですか?」
「学園や女子寮を一緒に探検してくれたから」
「それだけですか?」
「私の夢を素敵だって言ってくれたから」
「それだけですか?」
「学園で初めてできた……友達だから」
ルリの言葉に何故か彼女は今にも泣きそうな表情を浮かべた。
「ともだち」
「大丈夫。桔梗さんは一人じゃないよっ」
目を丸くしているほたるの両肩を掴み、ルリは力強く微笑む。
「私が囮になるから、街へ逃げて助けを呼んで」
「でも」
「私は捕まってる女の子を助けられないかやってみる」
巨大な怪物が立てる破壊音が響く。このままでは美しい森が壊されてしまう。
「出てきやがれ! チビぃ!」
木の陰から覗くと彼は森と草原の丁度境目にたって叫んでいた。
「……私はチビじゃなくて、ルリだよ」
ルリはそう呟くと全力でベルゼウスに向かって駆け出した。
「たあああああああ!」
「て、テメェ!」
まさか自分に向かってくるとは思っていなかったのだろう。
油断していたベルゼウスは、彼の腰に飛び込んできたルリもろとも草原を転がり落ちる。
「いたた……考えなしに突っ込んじゃったけど……」
全身の痛みを堪えながら顔を上げると、そこには怒りの表情を浮かべたベルゼウスが立っていた。
「やってくれるじゃねェか、チビ。覚悟しろ」
「誰かを守ろうとして最後まで頑張れた。満足だよ……」
そう言って微笑み、覚悟を決めたはずのルリの頬を、涙が滝のようにこぼれていく。
怖い……逃げたい……もうヤダの三拍子……。でも満足だよ、満足だよね。
「やっちまいな、フィアーズ!」
最後に理想の女の子に一歩近づけたはずだもん。満足だよ……
そう自分に言い聞かせてルリは目を閉じ、歯を食いしばる。
しかし、なにも痛くなければ衝撃も感じない。
ゆっくり目を開けると、そこには男が握っていたはずの小さな生き物が、輝きながら浮かんでいる。その先には倒れている怪物と男の姿があった。
「ありがとう、キミのおかげで解放されたフル」
「あなたは」
「油断したぜェ……。たかが妖精が調子に乗りやがって」
妖精? ルリは唖然とし、座り込んだまま輝く生き物を見上げている。
「ボクの名前はフルル」
「ね、猫が喋ってるぅ……!?」
「猫じゃないフル! 花妖精のフルルフル!」
花飾りのたくさんついた丸っこい猫、そんな風に見えた。妖精フルルは優しげな瞳でこちらを見つめている。
「誰かを守るために、もうひと頑張りする気はあるフル?」
「う、うん……」
「テメェに誰が守れるってんだ、チビ!」
「うぅっ」
そうだよ。もうひと頑張りってなに? 私になんか、これ以上なにも……。そうだ、春野さんが。フローラがきっとなんとかしてくれる――
(ごきげんよう)
はるかの笑顔と優しい声がルリの心を突き抜ける。
違う。あの日、フローラだって魔女に一度は負けて泣いてたんだ。怖かったんだ。
それでも自分にできることを頑張ったんだ!
「……うん! 私も! 私も誰かを守れる自分になりたい!」
そう叫び、手をフルルにかざし強く頷く。すると。
闇の中で輝く白と桃色の二種類の花弁が舞い上がった。
「な、なんだこりゃァ!?」
ベルゼウスは動揺し、辺りを包む花びらを見上げる。
「こ、これは。私の好きな……プルメリアの」
舞う花びらの中心にはプルメリアの形をしたブローチのようなものが強く輝き、浮かんでいる。
中心が黄色で、そこから白になり花びらの先端は桃色になる美しいグラデーション。
「その花を手にとって叫ぶフル!」
「え!?」
「プリキュア・フラワーズ・アレンジメントだフル!」
「え、えっとぉ!」
ルリはとっさに宙に浮かぶプルメリアの花を掴み、胸にあてる。
「プリキュア・フラワーズ・アレンジメント!」
周囲を待っていた無数の花びらを受けるように両手を掲げると、ルリの体も輝きだし、そしてその光は収束するとドレスへと変化していく。
「プリキュアだと!? させるか! 行け、フィアーズ!」
しかしベルゼウスの指示を聞かず、怪物は微動だにしない。
「なにやってんだ、オイ……!」
いや、動けないのだ。ルリの放つ光に怯み、竦んでいるように見える。
「わ、私……どうなっちゃってるの、これ!?」
髪は長く伸び、純白に染まっていく。生え際は鮮やかな黄色に、そして毛先は柔らかな桃色へと変化する。白を主にした三色の美しいグラデーション。
そして、大きなプルメリアの花が咲いたような長いリボンが後頭部に現れた。
その瞬間、自分になにができるのか、どう戦えばいいのか、心に刻まれていく。
「夢に舞う、日だまりの花! キュアプルメリア!」
花びらとともに、くるくると舞い踊り、そして天をつくように空を指をさす。それに呼応し、周囲に溢れるよう桃色と白の花弁が舞い上がった。
「笑顔の花、もう一度咲かせてみせる!」
フィアーズを指さし、プルメリアは強い口調で叫ぶ。
これじゃ、まるで憧れの――
「ちっ……プリキュアだと? 変なポーズしやがって!」
そう、これじゃ私、まるで――
「フィアーズ! しっかりしやがれ!」
ベルゼウスに蹴り飛ばされた巨大な怪物は奇声をあげながら、こちらに転がり突進してくる。
「私がプリキュアに……? 嘘でしょぉ……?」
ドレス着てる。なにこれ。すごいよ、すごいよ。すごい!
全身から、そしてこの両手から力があふれるようだった。
プルメリアは白い薄地の手袋で包まれた両手を食い入るように見つめて動かない。動けない。
「だって憧れてたプリキュアになれたんだもん! 感動だよ!」
「フィアーズが突っ込んでくるフル! しっかりし――」
「ヒキーーーーーー……キョッ!?」
奇声を上げる怪物の突進は止まり、宙に浮かぶ。プルメリアの高く蹴り上げた、力強い足によって、まるで空に縫い止められるかのように。
一瞬の静寂の後、静止していたフィアーズは弾丸のように森の方へと飛んでいった。怪物が地面に叩きつけられたのであろう、激しい音が響く。
「フィアーズ!? コイツ、強ェ……!」
プルメリアは自らの両手から目を離さず、何事もなかったかのように嬉々とした表情を浮かべる。
「私、プリキュアだ~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!」
両手をいっぱいに広げ、バンザイのポーズを取るプルメリアの頭をフルルがひっぱたく。
「痛っ!? な、なにするのぉ……?」
「感激するのは後にするフル! もう一度襲ってくるフル!」
フルルが指さす先を見ると、怪物が叫びながらこちらに凄まじい勢いで向かってきているところだった。
「下がってて、フルル!」
両腕を組み、プルメリアも勢いよく飛び出す。
「よし、ぶつかりあいだ! 負けるんじゃねェぞ、フィアーズ!」
「頼んだ、フル! 頑張れプルメリア!」
叩きつけるように何度も振り下ろされてくる怪物の腕を全て蹴りで弾き返す。
「ヒキキョー!」
「ひとつ」
怪物とプルメリアの激しい応酬が続く。
「どうして両腕を使わないフル!」
「……ふたつ」
「俺様のフィアーズを、なめてんのか、あァ!?」
大きく振りかぶり、渾身の力を込めて振り下ろされた怪物の一撃。
プルメリアは大きく開脚し、フィアーズの太い手首を蹴り抜き止める。
「重い……」
蹴り止めたまでは良かったが、攻撃を弾き返せはせず、怪物の力は増していく。
「そのまま潰せ、フィアーズ!」
「みっつ!」
プルメリアは素早く、その場を退く。押しとどめていた支えを失った怪物の腕は地面を叩きつけ、土煙が舞う。
「花びらチャージ!!!!」
プルメリアはその攻撃後の硬直を狙い、フィアーズへと突進する。
組んでいた両腕を勢いよく解くと、その両腕を覆うように大量の花弁が渦を巻く。
「プルメリア! 三倍パンチ!!!!!」
素早く突き出された左拳に、怪物の顎は打ち抜かれ仰け反る。拳が当たった瞬間、火花のように花びらが弾けた。そして数メートル宙に浮いたフィアーズを、プルメリアは追うように跳んだ。
「力を溜めてやがったのか!」
「咲き誇れえええええええええええええええええええ!!!!!」
今度は花を纏った右拳でフィアーズを地面に叩きつけるように激しく殴打する。地面にバウンドした巨体はボールのように空へと吹き飛び小さくなっていく。
「テメェ、なんのために他人を助けようとしやがる! なんの得もねェだろうがよ!」
「なりたい自分になるために!!」
「な、なんだそりゃァ!」
あの怪物は闇に囚われた女の子の恐怖でできている。倒さなきゃ、ずっと怖い夢の中で苦しみ続けるんだ。だから今、楽にするよ。
「闇を照らせ、日だまりの花! ――プリキュアッ!!!」
プルメリアは上空の巨体に左人差し指を向ける。すると周囲に舞っていた花が怪物へ向かっていった。
「プルメリアッッッ!! グラデーションッ!!!!」
叩きつけるように突き出した右拳から無数のプルメリアの花弁が溢れ、怪物を包んでいく。
「ヒキキョー……」
幸せな表情を浮かべ、フィアーズは花びらとなり消滅した。
舞い落ちてくる花びらを背に、プルメリアはスカートの両裾を掴み、会釈する。
「安らかに散りなさい。花のように」
「……ちっ。忘れねェぞ、キュアプルメリア!」
捨て台詞を残し、ベルゼウスは瞬間移動をしたかのように去っていった。
「荒らされちゃった森も綺麗に元通りっ! プリキュアの力ってすごいっ!」
闇に染まっていた世界も青空に戻り、プルメリアは両手をブンブンと振りながら喜びを全身から溢れさせている。
「それより、今日からキミはプリキュアフル!」
「はい! プリキュアですっ!!」
敬礼の所作をすると、フルルはとても嫌そうな顔をする。
「頼りなさそうなプリキュア……フル」
「そうだったぁ! 私、プリキュアなんだ~~~~~~~~~~~~~~~!」
憧れていたフローラに一歩近づけた気がして、プルメリアは喜びのあまり青空の下に広がる草原をくるくると回り始める。海が臨めてとても気持ちが良い。
「嬉しいのはいいけど、プリキュアであることは絶対に秘密フル」
「なんとなくそんな気がしてたよっ! 魔法少女は正体秘密だよねっ!」
「魔法少女じゃなくてプリキュアフル……!」
「例えだよ、たと…………あ!?」
「ど、どうしたフル!?」
驚愕の表情を浮かべて足を止めるルリ。その視線を追ったフルルも驚きの声を上げる。草原の坂の上、森との境にほたるが立っていたのだ。
「桔梗さん!?」
「こら、知り合いの名前を呼んだら正体がバレるフル……!」
「それはそうだね! 私は桔梗さんと会うのは初めてです……!」
「錯乱する必要はありません、寺木さん。私は一部始終を見ていました」
ほたるはその場で回転し、そして天を指さすポーズを取った。
「う……っ」
「変身してもやるのですね、この踊りとポーズ」
「やめてよぉぉ……!!!!!」
真っ赤になったプルメリアは顔を手で覆いながら草原を駆け下りていった。
一陣の春風が運ぶ、緑と花の香りを纏いながら。
『アレンジメントプリキュア・フラワーズ』 春野はるか 作
新しいプリキュアが始まると世界は一新されてしまう。でも大好きなプリキュアの世界感を引き継ぎ、旧主役たちもちゃんと生きている、そんな場所で新人たちが活躍する物語を見てみたい。ないなら自分で作ろう。そんな思いと趣味で書いたGO!プリンセスプリキュアの二次創作続編です。物語の結末はそれぞれの人が決めること。この世界はツイッターの春野はるかが紡いだ世界。ツイッターの友達数人に読んでもらえたら満足です。
更新日 | |
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登録日 | 2017-02-02 |
Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。