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案外おばちゃんさま、信濃町さま、かなり前からです(><)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 8日(水)01時51分45秒
  聖教珍聞が、横文字に紙面構成を変えて、『大きな文字にしまスタ!』という発表以来、名字のナンタラとかスン鉄は、何とか残しているものの、「今日の発心」は、創価公達の手下が激減、高齢化して、ほとんど見かけないものとなりましたね。社説も過去の遺物となって、書いている方は、週に一度か二度出社して、小手間で呑気に書いているのでしょう(><)この方は編集長ですかね?高齢でなかなか出社されないとか?目が悪くて新聞紙面をチェック出来ないとか?

まぁ、のんびり紙面眺めて、今週は金曜日辺りに社説載せるか?なんて言う感じで書いているのでしょう(><)
 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 8日(水)00時33分9秒
  二月八日

世間は矛盾だらけである。

正しき眼をもっていないともいえる。

問題は、その矛盾を突き抜け、大きく乗り越えて、

どう揺るぎない自分自身をつくりあげるかである。
 

Lさんと対話

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月 7日(火)23時56分19秒
  Lさん「知らなかったんだけど、Tさん亡くなったんだって」

ひかり「えっホントに? 知らなかった、私も」

Lさん「60歳くらいだよね。 死ぬには早くない?」

ひかり「そういや、Sさんは、50そこそこで亡くなったんだったよね」

Lさん「あと、Cさんは69歳で逝きました」

ひかり「それで何?」

Lさん「気がついたんだけど、三人とも近所の外部で、学会員をあからさまにバカにしてた」

ひかり「確かにそうだわ」

Lさん「外部は、こんな風に結果が出る。 部員いじめた幹部は死なないな~と思ってさ」

ひかり「罰をお受けになる過程に至ってないからでしょう。 これから長いですよきっと」





 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 2月 7日(火)23時43分19秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

Jさんと対話

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月 7日(火)23時15分3秒
  きょうは、埃っぽい風が吹き荒れました。


ひかり「ゴホンゴホン」

家の奥からJさんの声。


Jさん「誰?」

ひかり「こんにちは」

Jさん「今、咳してた?」

ひかり「はい」

Jさん「まさかインフルエンザじゃないよね」

ひかり「違います」

Jさん、やっと現れ、

Jさん「やだ! ちょっと! ひっさしぶりじゃない」

ひかり「どうも、どうも」

Jさん「ちょうど良かった。 聞きたいことがあってさ~」

ひかり「は? 聞きたいこと?」

Jさん「おととい、○○さんが来てさ、そう、そこに座ってさ、いきなり言ったのよ」

ひかり「何て?」

Jさん「ドスの効いた声でさ、幹部の悪口言ったら駄目なんだからね!って」

ひかり「?」

Jさん「あっけにとられて、まだ何も言ってないよ、その口のききかたは何よ!って怒ったの」

ひかり「そりゃそうだ」

Jさん「○○さんて、若年性認知症になったのかな?」

ひかり「認知症(笑) 過敏症なんじゃないですかね。 いや、認知症かな?」

Jさん「過敏症? 何の?」

ひかり「ウワサ過敏症。 ホラ、みんなで幹部のリアルな身辺話いじってるじゃないですか」

Jさん「はは。幹部の方がよほど指導が必要よね。でもロクな幹部がいないから、危なくって」

ひかり「それ。 上も下も指導なんか受ける気になれない。あっという間にバラされるから」

Jさん「悪口箝口令でも出されてる感じで、気持ち悪いよ」

ひかり「悪口ったって、幹部は幹部同士で昔から部員の悪口座談会してますよ。お茶飲み飲み」

Jさん「××マンションがサロンになってるよね」

ひかり「バレバレ。 何をいまさら、自分らを棚に上げて、箝口令とは恐れ入りますな」

Jさん「ほんと。 ばーかみたい。 そんなヒマがあったら、題目あげろっての」

ひかり「部員と唱題会をやってください。 家庭訪問しながら」



 

同盟題目23時より開始!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月 7日(火)22時47分21秒
  よろしくお願い致します。

全国的な暴風です。皆様、どうかお気をつけて。
 

re:社説

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月 7日(火)22時43分46秒
編集済
  案外おばちゃん様

その通りです。聖教記者は外部が購読していることを忘れないでください。外部に啓蒙している真面目な学会員が恥ずかしい思いをしないよう、立派な新聞にするのが聖教記者の使命のはずです。初心忘るべからず。

>>「社説は、新聞社の生命だ。」と師匠。
生命なくば 使命もないではないか!!<<

>>新 人間革命18巻 《獅子吼》をもう一度 生命に刻み 若き聖教職員よ。立ち上がれ!!<<

<師子吼より>

伸一は、居合わせた記者たちに語りかけた。
社説は、新聞社の生命だ。社説を書くということは、記者として最大の誉れなんだよ。
 

おてもやん様

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 2月 7日(火)22時17分47秒
  おてもやん様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/64017
またお会いできて嬉しいです!!!
概ねおっしゃる通りかと思います。それを認めてしまうのは心理的に楽ではないのですが、それを認められない限り「一国の宿命転換」は出来ないと思うので、私は、おてもやんさんの指摘は正しいと思います。が、また後日、改めて言わせて下さい。時間の都合で。
自虐的になってはいけませんが、私にも「一闡提人が産み広げし国」のDNAがあります。いわゆる「不安遺伝子」というものを日本人の殆どが持っています。世界で最も多い民族(逆に最も少ないのが怒鳴花札(どなる・とらんぷ)を大統領にしてしまった黒船国)です。だから冷静に、御書&三代会長指導に学ぶステップを踏む必要があります。
いろいろ対話したいのですが……今はただ……またお会いできて嬉しいです!!!

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

戸田平和記念館で開催中

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2017年 2月 7日(火)22時11分13秒
  紹介します

戸田平和記念館で「核兵器なき世界への連帯――勇気と希望の選択」展が開催中です
http://www.kanagawa-soka.jp/activity.html
http://www.peoplesdecade.jp/activity/exhibition/eyt.html

2階の常設コーナーでは、
戸田先生の「原水爆禁止宣言」の草稿メモ(小さな手帳です、複製です)
人間革命第一巻「黎明」、新・人間革命第一巻「旭日」の1枚目の原稿(複製です)
トインビー博士直筆のレター(複製です)
などあります。


ここでは学生部の方が受付をしています。以下、その学生部の方たちに是非見てもらいたく思っているもの。神奈川文化の職員の方も是非見て下さい。

ヘレン・カルディコット博士の
「放射能汚染下における日本への14の提言 原子力の犠牲になっている私達の子供達」
http://akiomatsumura.com/2012/08/the-nuclear-sacrifice-of-our-children-14-recommendations-to-help-radiation-contaminated-japan.html
(2012.8.24)
https://docs.google.com/file/d/0B68f83tqq7QudTFBV01NZ2p1QzA/edit?pli=1
(日本語訳)
これは、松村昭雄(元国連職員)さんの記事に、ヘレン・カルディコット博士から返信された「被曝した日本の人々に対する14の提言」になります。

IPPNW(核戦争防止国際医師会議) 5年後の福島と30年後のチェルノブイリ ~1日目 2016.2.26
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/289262
3日目にヘレン・カルディコット博士講演あり

展示パネルに「SGIとIPPFW」とあり、先生とバーナード・ラウン博士(IPPFWの共同創設者の一人)が1989年3月に東京でお会いした時の写真がありました。

ヘレン・カルディコット博士はIPPNWの生みの親になります。SOKAではIPPNW(核戦争防止国際医師会議)の名前がよく使われます。しかし、不都合な所は無視。


オンカロを説明したパネルもあり
http://www.uplink.co.jp/100000/
http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=110216
これですよ。
 

寝たきりオジサン様

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2017年 2月 7日(火)21時53分43秒
  ご苦労様です。
そうですか被爆者二世ですか。
広島ですか、長崎ですか?
私の親戚や親戚同様の多くの人が長崎で被爆しました。

私の母は佐世保に居たので被ばくはしなかったとは言っていましたが、当時何度も長崎に行ってたらしく、54歳で他界しました。
父は戦地に居て被ばくはしていませんでしたが、昭和23年の最後の船で佐世保にたどり着いたそうです。

生前父は「戦争ですべてを失った、戦争がすべてを狂わした。」
「自分も頭と膝に銃弾を受けたが、(中国人や欧米人を殺したとは一言も言わなかった。)絶対に戦争だけはしてはいけない。」「インドネシアのメダンはいいとこだったな~」等と言っておりました。

公明党の矢野書記長がTVの政治番組でいろいろ言っている様子を「こいつは信用できない奴だ、話に誠実さや、間尺に合わないことを言う。」等と言っていました。

ま、いずれにしても日本会議に翻弄されている政府やマスコミに何も言えない創価学会はありなんでしょうか?

広宣流布を御旗にしない創価学会に大聖人の血脈はないものと考えます。
当然、功徳はない!罰、不幸の生涯がそこに現れる。

そして、来世の無間地獄、七代は続くであろう不幸。
背広の禿人が現世の利益とばかりに火に入る夏の虫さながらの物欲、金欲、淫欲。

代々坊主さながらの彼らには私らは虫けらと思えるでしょね。
同じ船には乗れないと思ってます。
 

◇随筆人間世紀の光069「東欧・ロシアに芽吹く妙法の種」

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 7日(火)21時38分32秒
  2005-2-18

一人を大切に!人間を結べ!世界広布は、わが足下から始まる[SGI30年]
尊き地涌の友が乱舞

私が青春時代に読んだ本は、なぜかトルストイが多かった。たまたま、戸田先生
から、「今日は、トルストイの何を読んでいるのか」と、」車中で聞かれた時は
嬉しかった。その時、お答えしたのが、トルストイの『読書の輪』であった。確
か『一日一善』という題で翻訳されていたと記憶する。先生は、笑顔で頷いてく
ださった。師というものは、なんと深く、なんと優しく、なんと偉大であり、な
んと永遠であるものか!私は、幸福者だ!厳然と、人生の師がいたからだ。人生
の師から、人生を教訓されたからだ。ゆえに、私は断じて負けない。そのトルス

トイの『読書の輪』の一節に、こう記されていた。「人間にとって、一生を賭す
るに足るただ一つの事業がある」「その事業とは人々に対して愛をもって接する
ことであり、人々がお互いの間に打ち立てた障壁を破り去ることである」この大
文豪の言葉通り、私は戸田先生の弟子として、世界中を駆け巡ってきた。今やS
GIは発足から三十周年。この間、仏法の人間主義の運動は、世界百九十の国々
と地域に大きく広がった。高等部の代表が、「先生、百九十カ国の大発展、おめ
でとうございます。万歳!」と叫んでくれた。先日の戸田先生生誕の日のことで

ある。それは、ありとあらゆる壁を打ち破りながら、民衆と民衆を、心と心を結
んできた、偉大なる軌跡である。なかでも、三十年前には、全くメンバーがいな
かった地域――ことに当時は共産圏だったロシア・東ヨーロッパ諸国にも、今や
多くのメンバーが大活躍する時代に至った。去る一月、南仏トレッツで開催され
た「欧州広布サミット」でも、各国のリーダーが感嘆の声をあげていたのが、こ
れら旧ソ連・東欧諸国の目覚ましい発展ぶりであった。幾つかの尊き喜びの報告
を伺い、私も涙が出るほど嬉しかった。

私が、東欧に第一歩を印したのは、もう四十年も前の一九六四年(昭和三十九年
)の十月である。アジア、欧州を回るなか、チェコスロバキア(当時)の首都プ
ラハに立った。私は、世界広布の決意を、一生の信念として固く抱いていた。し
かし当時は、学会の幹部まで嘲笑っていた。いわんや、多くのマスコミも知識階
層も、皆、笑っていたようである。初めての共産圏。正直に言って、雰囲気は、
決して明るいものではなかった。しかし、社会体制が異なっても、住むのは同じ
人間である。心を開いて語り合えば、必ず共感が生まれてくるはずだ。それが、

私の行動の信条であったのだ。世界広布の歴史を残す、私の深い決意の断行であ
ったのである。私は、行く先々で、市民と触れ合い、語りあった。プラハのホテ
ルのロビーで、東京五輪の映像に見入っていた人びと。バーツラフ広場で出会っ
た、あの凛々しき青年」――彼らの笑顔は、今でも忘れることができない。翌日
は、ハンガリーの首都ブダペストへ飛んだ。八年前(一九五六年)の「ハンガリ
ー動乱」で、多くの民衆が犠牲となった国である。戸田先生は、この“動乱”に
胸を痛められ、聖教新聞で涙を絞って叫ばれた。「一日も早く、地上からかかる
悲惨事のないような世界をつくりたいと念願するだけである。民主主義にもせよ
、共産主義にもせよ、相争うために考えられたものではないと吾人(=私)は断
言する」(一九五七年一月一日付)まさに、“人間を引き裂く争いの壁を破れ”

とは、わが師の悲願であった。いな、仏法者としては、当然のことである。だか
ら私は、小雨の降るなか、東西冷戦の象徴たる“ベルリンの壁”にも行った。壁
が造られてニカ月後の一九六一年十月のことである。冷たき壁を前に、一緒に来
ておられた友人や関係者の方々の前で、私は語った。「この壮大にして強固な壁
は、三十年後には、なくなっているだろう」いつしか雨は上がり、荘厳な夕焼け
空が広がり、ベルリンのブランデンブルク門も金色に光り、美しかった。その晩
、将来、必ず壁が破られる日が来ることを祝い、ジュースで皆と乾杯したこと
も忘れられない。

チェコ、ハンガリーと、東欧を旅するなかで、一段と私の決意は深まっていった
。――平和を願う人間と人間の心は、体制の壁も飛び越えて、必ず結び合う時が
来る。そのために、私は真剣に「種」を蒔くのだ。皆が軽蔑しようが、皆が嘲笑
おうが、皆がいかなる非難中傷の言葉を飛ばそうが、ただ私は種を蒔くという行
動をとりゆくことを断行した。種を蒔かなければ、永遠に発芽はない。平和と友
情のために、粘り強く、私は種を蒔くことを実行したのだ。初の東欧訪問から十
年後の一九七四年の九月、東西冷戦の氷壁はいまだ厚かったが、最初の「時」が
来た。その後のロシア・東欧との文化・教育・平和交流の原点となった、忘れ得
ぬソ連初訪問である。この前後には、二度も訪中している。そして、この訪ソ・

訪中の実現後に、SGIは大きな使命を誇りながら、発足したのである。「人間
主義の平和の橋」を、絶対に全世界に架けねばならないからだ。すべては人間で
決まる。だから、善なる人間と人間の結びつきを、私たちは断固と広げ抜くので
ある。これ以後も、幾たびとなく訪ソ・訪ロを重ね、旧ソ連・東欧諸国との間に
、崩れざる「友情の橋」を架けてきたことは、ご承知の通りだ。

チェコの哲人政治家マサリクは語っている。「宗教は信頼と希望であり、希望は
宗教の本質だからである」私の胸も、この通りであった。歳月は巡り一九八九年
――あの“ベルリンの壁”が崩れ去った。私が壁の前に立ってから二十八年後の
ことだ。そして、堰を切ったかのように、「東欧革命」と呼ばれる民主化の波が
広がった。そのなかで、長らく宗教が抑圧されてきたこの地域でも、信教の自由
が保障され、妙法の種が一つ、また一つと芽吹いていったのである。人間主義の
鼓動が高まる一九九二年の一月、チェコスロバキアとポーランドに、旧東欧で最
初の支部が誕生した。私の初訪ソから二十周年の年には、ロシアでも、SGI組
織が本格的に出発した。さらに旧ユーゴスラビアの解体後、内戦に苦しんだバル
カン半島の国々でも、地涌の友は立ち上がり、セルビアにも支部が生まれた。そ

して、歴史に残る第一回「東欧総会」が行われたのは、二〇〇一年の春であった
。この席上、スロベニア、ハンガリー、ブルガリアにも支部が結成された。昨年
、セルビア・モンテネグロでは「ベオグラード平和総会」を開催。周辺の十七カ
国のメンバーが集い、平和の建設へ、大前進を誓いあっためである。この大発展
のカギは何か?それは、徹して「一人」を大切にしてきたことだ。一人ひとりが
「人間革命」をしていったからである。「ひとりひとりの個人の運命を改善する
ことなくしては、よりよき社会の建設は不可能」とは、ポーランドの生んだ大科

学者・キュリー夫人の有名な洞察であった。かつて全体主義の抑圧のもとで、「
一人」が軽んじられ、人間の心が置き去りにされてきた苦渋が長く続いた。だか
らこそ、「皆、宝塔」「皆、仏」と説いている、最極の人間尊敬の仏法が輝いて
いくのは、当然な法則だ。誰もが、その人でなければ果たせぬ使命がある。誰も
が、この世で幸福と勝利を勝ち取る権利があるからだ。あまりにも厳しい社会情
勢のなかにあって、わがSGIの同志は、常に明るく、常に前進していった。そ
の姿こそ、「苦難に負けるな!」と、祖国を励ます希望の太陽となっていったこ
とは間違いないのだ。

ニ十年近く前、ルーマニアの友人である詩人が、未来を憂えて語ってくれた。「
青年の心が冷え切っているのです」その真剣な声は、今でも私の耳朶を離れない
。地球の未来は、青年の熱と力にかかっている。これは、絶対の歴史の法則だ。
ゆえにSGIは、永遠に「青年を励ます団体」「青年を育成する団体」として、
若々しく発展しているのだ。東欧でも、勇敢なる青年たちの活躍が始まっている
。セルビア・モンテネグロでも、「白蓮グループ」が生き生きと、美しい笑顔で
頑張っている。本当に嬉しいことだ。いつも、広宣流布の会合の万全の運営に携
わってくれる白蓮グループは、今や世界中で活躍していることになる。この世界

的な若き乙女たちの大連帯の中軸こそ、日本の白蓮グループの皆様であることは
、当然である。今、白蓮グループの入卒式が、全国各地で、意気も高らかに開催
されている。白蓮グループは、この一年で、千三百人を遥かに超える弘教を推進
し、皆が明るくたくましく、幸福に輝き、希望に燃えて成長した。新出発のメン
バーも、春風の如く、名優の如く走り始めた。そのはつらつたる姿に感動しない
人は、一人もいないようだ。

“若き女性の連帯”こそが地球を明るく!

その淵源は、創価の歴史に輝く、「3・16」を中心とした諸行事の折、自発的
に清掃に取り組んでくれた、健気な女子部の行動にあった。その後、私が「白蓮
グループ」と命名させていただいたことは、ご存じの通りだ。汗を流しながら
疲労困憊するまで総本山の清掃をしてくださった、あまりにも美しく尊い姿を、
坊主どもは、せせら笑いながら眺め、ご苦労様の一言も言わなかった。ちゃらか
すような不逞な輩もいたようだ。ともあれ、白蓮グループの清く潔癖な、美しき
眼差しは、女性蔑視の宗門の体質を鋭く見破っていたのである。泥水にあって、
汚れに染まらぬ“白蓮華”そのものの清き生命こそ、偉大な「地涌の菩薩」の生
命である。地涌の菩薩とは、真の師弟不二の闘士のことだ。民衆のため、人びと
のために尽くし、真剣に戦う心が不二なのである。これ以上に清らかなものはな

い。美しきものはない。強きものはないのだ。華やかに見えても、目標もなく享
楽に流されたり、孤独に悶々とする人たちの多いなかで、わが女子部の、また、
わが白蓮グループのスクラムが、どれほど尊いことか!仏天が、貴女たちを護ら
ないはずがない。日蓮大聖人が貴女たちを賞讃し、護ってくださらないはずがな
い。貴女たちの成長が、広宣流布の前進である。学会は、そしてSGIは、女子
部の「幸福の大道」を永遠に開いていくのだ――これが、私たち幹部の責任でも
ある。

ともあれ、SGIの新時代の夜明けが到来したのだ。日本の友よ、そして世界の
尊き同志よ!眼前にそびえる、広宣流布の長く続く大きな山を、一つまた一つと
登りゆこうではないか!自分自身の勝利のために!子孫末代の幸福の血脈のため
に!そして、わが創価の大勝利を、永遠の歴史に残すために!世界は、決して遠
くにあるのではない。自分の足元にあるのだ。ゆえに、今、ここで勝つことが勝
利だ。ゆえに、今日勝つことが、永遠の勝利につながるのだ。わが青春に、悔い
があってはならない。わが人生に、敗北があっては断じてならない。この一生に
、絶対の崩れざる「幸福の城」を築かねばならない。幸福は、戦い抜いた人の心
にあるのだ。

※トルストイの言葉は原久一郎訳(現代表記に改めた)。マサリクは石川達夫訳
。キュリー夫人は木村彰一訳。
 

フェイク 第1566号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 2月 7日(火)20時33分36秒
  (発行=17.02.06)

日顕ら日蓮正宗の坊主は堕地獄
日如の教徳寺移転法要での説法に鉄槌 ①
鳩・犬・猫を霞網、毒殺などで大量虐殺

日蓮正宗・法華講の機関誌「大白法」が二月一日付で教徳寺(栃木県小山市)
移転新築法要での早瀬日如の説法を掲載している。その中で仏意仏勅の教団を
誹謗しているので鉄槌を下す。

日如は「蟻子を殺す者は必ず三悪道に落つ。謗法を禁(いまし)むる者は不退
の位に登る」の御文を引いて「たとえ蟻の子一つを殺すのも、まことによろし
くないし、地獄に堕ちてしまう」それに対し「謗法を禁めることは絶対に罪に
はならない」と述べて「創価学会の謗法にしても、そうです」と学会攻撃を煽
っている。

日如は「蟻の子一つを殺すのも、地獄に堕ちてしまう」と言うが、鳩・犬・
猫を大量に殺戮した大石寺の坊主はどうなのか?

ジャーナリストの内藤国夫が、某雑誌で次のような〝事件〟を暴露(写真)し
た。

日顕が昭和五十六年に順天堂病院でノドのポリープを手術した頃から「鳩は
ノドに悪い」と忌み嫌うようになり、翌五十七年四月、大石寺では鳩を皆殺し
することになった。

鳩の対策に困っている各宗派の寺院では「殺生戒」を犯すことなく、空砲で
脅したり、金網を張ったり、避妊用の餌をまいて繁殖を防いでいる。これが寺
院における鳩対策の常識である。

だが、大石寺では鳩の殲滅(せんめつ)を決めた。

当時、大石寺には「鳥博士」を自称する野村慈尊がいた。日顕から鳩殺しの
担当を命じられた野村は境内のあちこちに霞網(かすみあみ)を張り、鳩を一
網打尽にした。網目に首が引っ掛かった鳩は絞首刑のようになって死んでしま
う。余りにも惨(むご)いため霞網の使用は禁止されているが、この時、殺さ
れた鳩は五百羽にも上った。

また、改革同盟の植松雄増氏、山口雄在氏は「本山での非教師指導会でも日
顕が『本山も鳩と戦争している。網を張ったりしている』等と口走ったのを聞
いたことがあります。当時は法主の物騒な発言に正直、驚きました」と証言し
ている。

蟻を踏み潰した日顕

 更に、大石寺の元従業員さんも動物虐殺の手口を語ったが、実に残酷なもの
だった。「当時、大石寺の境内に立ち入る動物は犬も猫も殺すよう内事部から
命じられていました」「犬の場合はソーセージなどを餌におびき寄せて捕まえ、
睡眠薬を飲ませてフラフラにして境内の人目につかない場所に生き埋めにし、
毒入りのソーセージを食べさせ、その場で殺したこともあった」という。その
中にはフリー登山で来た人が連れてきた血統書付きの犬もいた。

また、猫は罠の箱を仕掛けて捕まえ、箱ごと水中に沈めて溺死させたとのこ
とだが、これが宗教団体とは驚くばかりだ。

特に日顕は子供の頃から残虐性が強く行学講習会の講義で「不殺生」に触れ
た際、次のような思い出話をしたことがある。

「ワシは幼い頃、蟻の行列を見て友達と競争で楽しみながら踏み潰して徹底
的に踏み潰しまくったことがあった」と。日如は日顕の堕地獄を説いたのだろ
う。


 

川原様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 2月 7日(火)20時25分53秒
編集済
  こんばんは。

貴方は、信心と池田先生を捨てて、創価権力に迎合する一人と見ていました。
しかし「あこがれのユニフォーム」の記事を読んだ時に、考えが変わりました。

どんなに創価権力者が貴方を利用しようとも、心の奥にいらっしゃる池田先生の方が大きな存在なのですね。
心の中に池田先生がいらっしゃる限り、悪い事は出来ないのです。
きっと池田先生への大恩を忘れていないのでしょう。

これ以上、権力に利用されてはいけません。
貴方の汚名は、信心で大きな武器へと変える事ができます。
泥に汚れたまま立ち上がってこそ本物の勇者となれます。

ご存じのとおり、セルビアの会員は不当な弾圧を受けています。
添付はセルビアメンバー来日の時の聖教新聞です。
これは聖教新聞を使ったイジメです。

聖教新聞HPの「ご挨拶」にはこのようにあります。

~~~~~~~
私どもは「人間の機関紙」としての誇りを忘れず、生命の尊厳、人間性の回復を指標に掲げ、
これを時代、社会精神に高めるべく、本紙の一層の充実に努力を重ね、社会に貢献していきたいと念願しております。
~~~~~~~

全く情けないですね。
池田先生の顔に泥を塗り、「人間の機関紙」という誇りを捨てたのが、今の聖教新聞社の姿です。

このままイジメる側で終ってはいけない。
名もなきご婦人や青年の痛みに、思いを馳せてください。
池田先生を求める民衆を、置き去りにしないでください。
勇気を持ち民衆側に立てば、多くの民衆の手により支えられます。
貴方の使命は「世界の民衆のために戦う」事のはずです。

「君よ、我が道を一人往け!」
「君の呼びかけに、だれも答えないならば君よ、我が道を一人往け皆が恐れを抱
いて沈黙するならば君よ、開いた心と恐れなき声をもって、ただ真実のみを語れ」
(アメリカ創価大学第一回入学式)

権力の魔性と戦わなければ、いずれ心を魔に蝕ばまれ、池田先生との絆さえ失ってしまいます。
「信心の敗北者になってはいけない!」と強く、強く祈っています。


~~~~~~~

「あこがれのユニフォーム」川原君がプラカードを
http://www.kansai.soka.ed.jp/baseball/tikai02.pdf

アメリカ創価大学第一回入学式
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63982

師匠に『五丈原』の歌を捧げたセルビアが除名
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63843
 

響き合う魂━━SGI会長の対話録

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 7日(火)19時57分42秒
  第12回
ローマクラブ創設者 ペッチェイ博士

☆☆必要なのは人間自身の革命です☆☆

アウレリオ・ペッチェイ博士と池田SGI会長は、それぞれ本を携えていた。

SGI会長が持参したのは『二十一世紀への対話』日本語版。歴史学者トインビ
ー博士との対談集である。ペッチェイ博士は、SGI会長の小説『人間革命』の
英語版。博士は、稀代の碩学トインビー博士が「ぜひとも会ってほしい」と推薦
した知識人の一人だった。

1975年5月16日、フランスのパリ会館に着いた博士は、こう切り出した。
「私は、今まで、『人間性の革命』を唱え、行動してきました」「しかし、それ
をさらに深く追究していくならば、究極は『人間革命』に帰着すると考えるよう
になりました」この日は、マリサ夫人の誕生日だったにもかかわらず、イタリア
から遠路、駈けつけた。

5月の日差しがまぶしい。緑の絨毯にオレンジのパラソルを立て、語らいは2時
間半に及んだ。「人間性革命と人間革命の関係について、お聞かせください」と
博士。SGI会長が答える。「『人間性革命』の大前提になるのが、人間性を形
成する生命の変革であると思います。その生命の根源的な変革を、私たちは『人
間革命』と呼んでおります。」

博士は笑みを浮かべた。「私もきょうからは『人間革命』でいきます」「人類は、
これまでに産業革命、科学革命、テクノロジー革命と『3つの革命』を経験して
きました。これらは、どれも『人間の外側の革命』でした。……技術は進歩して
も、文化的には化石のように進歩が止まっている。そのギャップを埋めるために、
必要なのは『人間精神のルネサンス』です。『人間自身の革命』です」

2人の出会いは、博士が創設したローマクラブのリポート『成長の限界』が出版
された、3年後であった。リポートは、経済成長一辺倒の現代文明が、このまま
では破局を迎えると論じ、世界に衝撃を与えた。博士は、「人類を破滅から救う」
責任感を胸に、同クラブの会長として東奔西走していた。当時66歳。SGI会
長は47歳。だが、年上の博士が「センセイ」と呼び掛ける。

キビキビとした身のこなし、厚い胸板。洗練された振る舞いの中にも、謙虚さが
ある。第2次世界大戦下にファシストと戦い、戦後も長年、生き馬の目を抜くビ
ジネスの世界で生きてきた。鍛えられた人間だけが持つ、鋼のように強くしなや
かな精神がにじみ出ていた。物質文明に酔い、エゴの衝突を繰り返す人類を憂い
つつ、なおも「私は人間を信じているし、人間革命を信じている」(『人類の使
命』)と綴った博士。

この人間理解をつくったのは、なんといっても、ファシストと戦った経験であっ
たに違いない。博士は、学会の牧口初代会長、戸田第2代会長の獄中闘争につい
ても熟知し、「正義の道を貫かれた」と話した。SGI会長に促され、レジスタ
ンス(抵抗運動)の闘士だった時代について語り残している。44年2月、35歳
の時に博士は逮捕された。ムッソリーニ政権は崩壊状態にあり、代わってナチス
・ドイツがイタリア支配を拡大していた。

抵抗運動の最高機密である「軍事計画書」「暗号表」を持っていた博士は、当局
の拷問の標的となる。顔が変形してしまうほどの暴力。それでも口を割らなかっ
た。博士を弁護する友人にも、博士に不利な証言を引き出すため、拷問が繰り返
された。友人も、博士を売り渡すことはなかった。博士はSGI会長に語った。
「痛手を受けた分だけ、私の信念は鍛えられました。絶対に裏切らない友情も結
べました。だから逆説的には、『ファシストからも教えられた』というわけです」

後に獄中体験を、こう綴っている。「この捕われの身の十一か月は、私の人生を
最も豊かにした時期の一つである」「私は、人間の中には善を求める偉大な力が
潜んでいることを確信するようになった。この潜在力は解き放たれるのを待って
いる」(『人類の使命』)

パリの青空の下、「人類への責任感」で意気投合した博士とSGI会長は、将来
の対談集出版に合意。5度の語らいを重ねた。79年11月の東京。滞日わずか
2日間という過密日程を縫って、博士は聖教新聞本社を訪ねた。81年6月のフ
ィレンツェ。博士は自ら小さな車を駆って、ローマから4時間の道のりを走った。

82年1月の東京。国際友好会館(当時)の庭を、SGI会長と歩いた博士は「こ
の庭も美しい。しかし、真実の友情以上に、この世で美しいものはない」――と。
最後の語らいは83年6月21日。舞台はパリに戻った。SGI会長の宿舎を訪
ねた博士は、アメリカでの会議を終え、同日朝に着いたばかりだった。しかも、
空港で全ての荷物を紛失するという事態の中、約束の時間に間に合わせるため、

着の身着のままで現れたのである。「誠実の結晶のような人」(SGI会長)で
あった。最後まで、人類への責任を果たそうとする情熱は衰えなかった。「民
衆の心の底流にある平和への志向性は、表面に現れた軍備増強という志向性よ
りも強いはずです。時代の大転換期の今こそ、人間の本来持つ賢明さ、英知を
結集することによって、平和への転換を図らねばなりません」と博士。

「民衆の声は、平和への最大の武器です。この武器に勝るものはない」とSGI
会長は応じた。「私たちの対談は、永続的な平和達成への道程となるに違いあり
ません」博士はこう語り、さらに対話を続けることを強く望んだ。だが、翌84
年3月、75歳で世を去った。ドイツ語で対談集『手遅れにならないうちに』
(邦題『二十一世紀への警鐘』)が発刊された、同じ月だった。

対談集は今、17言語で出版され、世界中で読まれている。SGI会長は長男の
ロベルト氏、次男のリカルド氏と会い、博士を偲んだ。博士の後継者であるリカ
ルド・ディエス=ホフライトネル名誉会長とも友情を結び、対談集『見つめあう
西と東』を発刊した。ローマクラブの「名誉会員」ともなった。現在の共同会長、
ドイツのエルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー博士とも対談を行っている。

ペッチェイ博士が、亡くなる12時間前まで口述していた『今世紀の終わりへ向
けての備忘録』。そこには「人類の唯一の頼みは人類の質と、全世界の構成員の
質を高めることです」と。人類の質を高める――すなわち「人間革命」であった。
博士との誓いのままに、SGI会長の挑戦は続いている。
 

SaySaySay様へ

 投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月 7日(火)19時43分56秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/63948
SaySaySay様へ
寛大なお言葉をいただき大変感激しております。
お言葉に甘えてまた馳せ参じてしまいました。

やはり「対話」は大切ですね(^-^)


>「組織の成果主義やノルマ主義は、民衆救済からかけ離れている」

こういう言葉が学会員さんから聞けて本心から嬉しいです。

「池田先生の作った組織を批判する者は破和合僧だ!」と言われて育ったので、組織批判はどんな理由であろうとも謗法とする創価学会だと思っています。
今はどうなのでしょうか。

>仏法は形式ではなく≪法則≫なのですから、当然、必然です。

同感です。
そしてこの世のすべての人達に共通する法則であると思っていました。
人種、国家を超えて、すべての人たちを救済できる英知だと。
特に、日本は「原爆」を落とされるという経験をしている。
まさに「国家」としての宿業の深さを思い知ったわけです。

そこで私は、世界に目を向けました。
多くの国が今も不幸に苦しんでいます。
お隣韓国はやたら日本による加害の歴史を叫びます。
しかし仏法に照らしあわせてみると、それは韓国という国の「宿命」であり、不幸を誰かに責任転換をしていてはいけないのだと考えるのが、韓国創価学会のあり方だと思いました。でも、韓国創価学会は自国の不幸は日本のせいだと言っているような気がしてなりません。

また、中国については、ウイグル自治区に核実験を50数回も行っています。
原爆を落とされた日本だからこそ、創価学会は中国政府に声を上げるべきだと思いますが、今の学会本部は中国の名もない民衆よりも、中国政府とのお付き合いを優先しているように見えてなりません。

仏法の英知を世界に活かすには、「傍観は悪」の気持ちで「ダメなことはダメだ」という勇気を創価学会は持つべきではないでしょうか。
これは永年の疑問です。私の周囲の学会員には誰一人まともに答えてくれる人はいませんでした。
長くなりました(^_^;)

遠藤龍作の話からかけ離れてしまって申し訳有りません。
ごめんなさい。
 

ガンジーの言葉より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 7日(火)19時15分21秒
  ◎祈りは迷信などでは決してない。
それは、食べ、飲み、座り、歩くこと以上に現実の行為なのである。
それだけが現実であり、他のものは全て非現実だと言っても誇張ではない。

◎身体に食物が不可欠であるように、魂には祈りが必要である。

◎祈りにおいては、心なき言葉よりも、言葉なき心を持つ事の方が優れている。

◎困難であるということは、不可能であるという事を意味しているのではない。

◎努める者は滅びない。私はこの言葉を絶対的に信じている。従って、私の弱さゆえに何度失敗しようとも信仰は失わない。

◎我々は、身体を奉仕の為に用いる事を学ばねばなりません。パンではなく、奉仕を我々の生命の糧とするのです。ただ、奉仕する為に食べ、飲み、眠り、目覚めるのです。

◎文明は、そもそも、その言葉の真の意味において、需要を増やすことではなく、慎重かつ自発的に欲望を削減することにあります。
ただ、これのみが、真の幸福と満足を増進し、奉仕の能力を増大させるのです。
 

鼓笛隊精神で幸せのメロディー

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 7日(火)19時11分6秒
  1956年結成メンバー33人の一人です
(東京都・池田さん女性69調理師)

聖教新聞2006年7月31日


世界一の鼓笛隊の結成50周年特集を読み、そのすばらしい発展に、胸が熱くなり
ました。

1956年(昭和31年)7月22(日)、33人で発足した結成式に、私たち3姉妹も参加。み
な、10代でした。

池田先生が自ら工面されたファイフをいただきました。「世界一の鼓笛隊に」と
の期待を背に、訓練を受けました。当時、川崎市から東京へ練習に通いました。
生活が大変な中、「しっかり、練習に励みなさい」と、両親が応援してくれまし
た。

「太陽のように明るく月光の如く清らかな鼓笛隊たれ」の指針を胸に、「先生と
ともに進んでいこう」と送った青春時代。その後の人生のさまざまな苦難を、悠
々と乗り越えてくることができtなおも、鼓笛隊での薫陶のおかげです。

60歳の時、夫を亡くしました。創価大学の通信教育部で学ぶことで悲しみを乗り
越え、昨年、卒業。この間、アメリカ創価大学でのスクーリングにも参加。心は
世界へと広がりました。

昨年と今年、弘教が実り、今月、一人の友が入会を希望。鼓笛隊でのパレードで
鍛えた脚力は健在で、現在、地域の在宅介護の食事作りを中心に、ヘルパーとし
て活躍しています。

二人の娘も鼓笛隊出身。孫も現役です。親子3代、鼓笛隊精神で幸せのメロディ
ーを奏でていきます。
 

戸田先生 原水爆禁止宣言

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月 7日(火)18時47分23秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/42141

戸田城聖先生講演集下より(昭和36年初版創価学会発行)
▼▼▼▼▼▼
まえまえから申しているように、次の時代は青年によってになわれるのである。広宣流布は、われわれの使命であることは申すまでもないことであり、これはぜひともやらんければならんことであるが、今、世に騒がれている核実験、原水爆実験にたいする私の態度を、本日、はっきりと声明したいと思うものであります。
いやしくも、私の弟子であるならば、私の今日の声明を継いで、全世界にこの意味を透徹させてもらいたいと思うのであります。

それは、核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う。
それは、もし原水爆をいずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであるということを主張するものであります。
なぜかならば、われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔物であり、サタンであり、怪物であります。それをこの人間社会、たとえ一国が原子爆弾を使って勝ったとしても、勝者でも、それを使用したものは、ことごとく死刑にされねばならんということを、私は主張するものであります。
たとえ、ある国が原子爆弾を用いて世界を征服しようとも、その民族、それを使用したものは悪魔であり、魔物であるという思想を全世界に広めることこそ、全日本青年男女の使命であると信じるものであります。
願わくは、きょうの体育大会における意気をもって、この第一回の声明を全世界に広めてもらいたいことを切望して、きょうの訓示にかえるしだいであります。
▲▲▲▲▲▲


『1957/9/8 「原水爆禁止宣言」 戸田城聖』
https://youtu.be/au0rr5zPixE


2011年9月7日付創価新報は以下

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

臥子龍さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 7日(火)18時13分23秒
  長文の投稿ありがとうございます!
そうですね、これがすべてですよね!
元品の無明を滅することが正義ですね!

実は私は母が原爆被害者で原爆二世になります。
子どもの頃から戦争は絶対悪だと思っていました。

人間革命でこの文に出会ったときに身が打ち震える思いがしました。

真実とは何かを追求するために昔、左翼団体に属していた
こともあります。

当時わたしの御書は六法全書でしたが池田先生の絶対平和主義、
人間主義に出会った時に私の人生は変わりました。

すべては人間であると、人間で決まると理解しました。
池田先生は私の人生を変えて下さった大恩師です。
 

本来、生命の因果律を根本とする仏法には、人が人を裁くという考え方はない

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2017年 2月 7日(火)17時30分21秒
  人革12巻「宣言」より


戸田の思索は、核兵器が戦争の抑止力になり、それによって平和が維持されるという、核抑止論に及んだ。

これは、″水爆という未曾有の破壊力をもつ兵器が登場したことによって、もはや、戦争になれば、互いに共倒れすることになるから、戦争はできない″という考え方に始まっている。彼は、この核抑止論をもたらしているものは何かに、思索のメスを入れていった。

″核抑止論者は言う。――たとえば、核兵器をもって先制攻撃をしかけ、仮に一千万という人を殺したとしても、生き残った者が報復攻撃によって、何千万もの人を殺せるから、結局、核兵器が戦争の抑止力になる、と。

しかし、そんな思考自体が、人間精神の悪魔的な産物ではないか。この抑止力とは、人間の恐怖の均衡のうえに成り立ったものだ。

したがって、互いに相手が、より高性能で破壊力のある核兵器を開発し、装備することを想定し、際限のない核軍拡競争という悪循環に陥らざるを得ない。そこに待ち受けているものは、悪魔の迷路といってよい″

戸田城聖は、核抑止論の行き着く先を考えた。
″この考えに立つ限り、早晩、多くの国々が、安全を確保するためには核を持たなければならない、という発想に陥り、それが一切に最優先される時代が来よう。その結果、核兵器は全人類を何度も抹殺するほどの量となり、地球をも壊滅させ得る怪物へと肥大化していくにちがいない″

戸田は、ここまで考えると、この二十世紀という時代に現れた、黒々とした深淵をのぞき込むような思いに駆られた。深淵の様相は定かではないが、まさしく、人類が遭遇するであろう最大の地獄であろうと思った。それは、あの広島、長崎の原爆投下の惨状から、十分に推測することができた。

″原水爆は、これまでの兵器とは、その殺傷力においても、破壊力に、おいても、決して同列にとらえることはできない。いかに言葉を飾ろうと、人間の魔性の落とし子であり、人間の生存の権利を、根本的に脅かす運命的な兵器なのだ。そうだとすれば、原水爆の存在は、「絶対悪」として断じていかなくてはならないはずだ。

しかし、世の多くの指導者たちは、この恐るべき核兵器を、通常兵器の延長線上にあると考えている。それは、原水爆を実用に供する兵器にしようとするところから生まれた、あの「きれいな水爆」という言葉にも、端的に表れている″

戸田は、アインシュタインの「解放された原子力は、われわれの思考様式を除いて、一切のものを変えました」との言葉を思い出していた。

″アインシュタインの言うように、人類を死滅に追いやる原水爆の登場は、すべてを一変させてしまうのに、人間の考え方だけが変わっていない。

今、西側も、東側も、互いに、核軍拡競争に明け暮れ、相手が平和を望んでいないと非難し合っている。

しかし、最も大切なことは、イデオロギーに左右されるのではなく、原水爆こそ、人類の生存の権利を脅かす「絶対悪」である、この共通の認識に立つことではないか。

さらに、この魔性の産物である原水爆を使用する者も、また、悪魔であると断じていくことだ。野蛮の究極的な存在にほかならない原水爆の使用者を、人間は、人類の名において、決して許してはならない。絶対に! そして、この思想を、全世界に浸透させていくことだ″

戸田は、手帳を取り出すと、深い思いに沈みながら、考えをまとめでは記していった。
やがて、手を休めると、戸外の激しい雨の音に耳を澄ました。彼は、空模様が気がかりでならなかった。青年部東日本体育大会「若人の祭典」が、いよいよ明日九月八日に迫っていたからである。

戸田は、明日の三ツ沢の陸上競技場での体育大会は、愛する青年たちのために、ぜひとも、晴天に恵まれてほしいと思った。この体育大会は、彼自身にとっても、大きな意義をはらんだ大会であった。

彼は、この席上、原水爆に対する宣言を発表し、青年たちに託すことを、固く心に決めていたからである。

~中略~

戸田は、毅然としていた。強い気迫のこもった言葉が、マイクを通して陸上競技場の隅々にまで轟いた。

「それは、核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私は、その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う。

それは、もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであるということを主張するものであります。

なぜかならば、われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利を脅かすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります。

それを、この人間社会、たとえ一国が原子爆弾を使って勝ったとしても、勝者でも、それを使用したものは、ことごとく死刑にされねばならんということを、私は主張するものであります」

戸田城聖は、まず、核兵器を、今世紀最大の産物としてとらえた。「魔」とは、サンスクリットの「マーラ」の音訳であり、「殺者」「能奪命者」「破壊」等と訳されている。つまり、人間の心を惑わし、衆生の心を悩乱させ、生命を奪い、智慧を破壊する働きといってよい。

そして、この「魔」の頂点に立つものこそ、第六天の魔王であり、それは、他化自在天王といわれるように、他を支配し、隷属化させようとする欲望をその本質とする。
この観点に立つ時、人間の恐怖心を前提にして、大量殺裁をもたらす核兵器の保有を正当化する核抑止論という考え方自体、第六天の魔王の働きを具現化したものといってよい。

彼の原水爆禁止宣言の特質は、深く人間の生命に潜んでいる「魔」を、打ち砕かんとするところにあった。

当時、原水爆禁止運動は、日本国内にあっても、大きな広がりをみせていたが、戸田城聖は、核兵器を「魔」の産物ととらえ、「絶対悪」として、その存在自体を否定する思想の確立こそが急務であると考えたのである。それなくしては、原水爆の奥に潜む魔性の爪をもぎ取ることはできないというのが、彼の結論であった。

それは、いかなるイデオロギーにも、国家、民族にも偏ることなく、普遍的在人間という次元から、核兵器、及びその使用を断罪するものであった。そこに、この原水爆禁止宣言の卓抜さがあり、それが、年とともに不滅の輝きを増すゆえんでもある。

戸田が、原水爆禁止宣言のなかで、原水爆を使用した者は「ことごとく死刑に」と叫んだのは、決して、彼が死刑制度を肯定していたからではない。

彼は、九年前の四八年(同二十三年)に、極東国際軍事裁判(東京裁判)で、A級戦犯のうち東条英機ら七人が、絞首刑の判決を受けた時、次のように述べている。

「あの裁判には、二つの間違いがある。第一に、死刑は絶対によくない。無期が妥当だろう。もう一つは、原子爆弾を落とした者も、同罪であるべきだ。なぜならば、人が人を殺す死刑は、仏法から見て、断じて許されぬことだからだ」

また、彼は、しばしば、「本来、生命の因果律を根本とする仏法には、人が人を裁くという考え方はない」とも語っていた。

では、その戸田が、なぜ、あえて「死刑」という言葉を用いたのだろうか。戸田は、原水爆の使用者に対する死刑の執行を、法制化することを訴えようとしたのではない。彼の眼目は、一言すれば、原水爆を使用し、人類の生存の権利を奪うことは、「絶対悪」であると断ずる思想の確立にあった。

そして、その「思想」を、各国の指導者をはじめ、民衆一人ひとりの心の奥深く浸透させ、内的な規範を打ち立てることによって、原水爆の使用を防ごうとしたのである。

原水爆の使用という「絶対悪」を犯した罪に相当する罰があるとするなら、それは、極刑である「死刑」以外にはあるまい。もし、戸田が、原水爆を使用した者は「魔もの」「サタン」「怪物」であると断じただけにとどまったならば、この宣言は極めて抽象的なものとなり、原水爆の使用を「絶対悪」とする彼の思想は、十分に表現されなかったにちがいない。

彼は、「死刑」をあえて明言することによって、原水爆の使用を正当化しようとする人間の心を、打ち砕とうとしたのである。いわば、生命の魔性への「死刑宣告」ともいえよう。

当時は、東西冷戦の時代であり、原水爆についても、東西いずれかのイデオロギーに立つての主張が大半を占めていた。戸田のこの宣言は、それを根底から覆し、人間という最も根本的な次元から、原水爆をとらえ、悪として裁断するものであった。

宣言を述べる戸田の声は、一段と迫力を増していった。
「たとえ、ある国が原子爆弾を用いて世界を征服しようとも、その民族、それを使用したものは悪魔であり、魔ものであるという思想を全世界に弘めることこそ、全日本青年男女の使命であると信ずるものであります。

願わくは、今日の体育大会における意気をもって、この私の第一回の声明を全世界に広めてもらいたいことを切望して、今日の訓示に代える次第であります」

宣言は終わった。大拍手が湧き起こった。感動の渦が場内に広がっていった。
戸田城聖が、この原水爆禁止宣言をもって、第一の遺訓とした意味は深い。日蓮大聖人の仏法が、人間のための宗教である限り、「立正」という宗教的使命の遂行は、「安国」という平和社会の建設、すなわち人間としての社会的使命の成就によって完結するからである。

戸田は、原水爆の背後に隠された爪こそ、人間に宿る魔性の生命であることを熟知していた。そして、その魔性の力に打ち勝つものは、仏性の力でしかないことを痛感していたのである。

原水爆をつくりだしたのも人間なら、その廃絶を可能にするのも、また人間である。人間に仏性がある限り、核廃絶の道も必ず開かれることを、戸田は確信していた。

その人間の仏性を信じ、仏性に語りかけ、原水爆が「絶対悪」であることを知らしめる生命の触発作業を、彼は遺訓として託したのである。

以来、この宣言は、創価学会の平和運動の原点となっていった。
三ツ沢の陸上競技場に集った五万余の参加者のうち、子どもたちを除けば、戦争にかかわりのなかった人は、一人としていなかった。

それだけに、原水爆実験の果てに、いつまた、あの戦争が勃発するかもしれないという強い不安に苛まれていたといってよい。

しかも、これから起こる戦争では、広島、長崎に投下された原爆を、はるかにしのぐ、大きな破壊力をもつ核兵器が使用されようとしているのである。もし、世界戦争が起これば、日本はもとより、世界中が廃墟となるであろうことは間違いない。

″もう、戦争はごめんだ″との悲願こそ、人びとの共通の感情であったが、そのために、学会員として、また、一人の人間として、何をなすべきかは、わからなかった。

しかし、戸田のとの声明は、暗夜の海に輝く灯台のように、進むべき進路を照らし出したのである。

青年たちの胸には、この時、人類が直面した未曾有の危機を克服する、新たな使命の火がともされたといってよい。だが、それはまだ、小さな灯であった。その火が、人びとの心から心へと、燃え広がり、平和のまばゆい光彩となって、世界をつつむことを実感できた人は、皆無に等しかったにちがいない。

山本伸一は、戸田城聖の原水爆禁止宣言を、打ち震える思いで聞いていた。彼は、この師の遺訓を、必ず果たさなければならないと、自らに言い聞かせた。そして、戸田の思想を、いかにして全世界に浸透させていくかを、彼は、この時から、真剣に模索し始めたのである。

伸一の胸には、数々の構想が広がっていった。しかし、彼は、はやる心を抑えた。それが、創価学会の広範な平和運動として結実していくには、まだ、長い歳月を待たねばならなかった。
 

原田会長の組織を守る為には人権侵害も行う

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 2月 7日(火)15時55分41秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

人権について様々な議論が展開されています。

現在の創価学会に言えることは、「組織を守る」為なら「人権侵害」も行うです。

戸田の命より大切な組織とは有名な御指導です。

与えて言うならば大切な組織であっても「人権侵害」をしてまで守ってはダメなのです。
戸田先生は「人権侵害」までして組織を守れと御指導されると皆様は思いますか?

奪って言えば、現在の創価学会組織に戸田先生の精神はありません。
そんな組織を「人権侵害」まで侵して守る必要はないのです。

とは言ってもキリスト教の魔女狩りしかり、イスラムの聖戦しかり創価学会の人権侵害しかり片寄った思想の宗教者が指揮する組織はそうなってしまうものです。

皆様はどう感じますか?
 

原田会長になってから外道の信仰に

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2017年 2月 7日(火)15時32分24秒
  信濃町のネット対策チームの対策様
外道にも人間を貶めるような教義や理念はありません。
宗教の名を騙る詐欺師の団体です。

あれだけ先生は「国家主義は人権を踏み倒し戦争の道に突き進む。」
「公明議員は戦え!」と何度もおっしゃっていたのに!

ガンジー・キング・イケダは今何処。
 

人権侵害に公明党職員も関係②

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 2月 7日(火)15時03分47秒
  信濃町のネット対策チームの対策です。

原田会長率いる執行部に対して叱責する会員さんに対して創価学会職員と公明党職員による「人権侵害」は惨い状況です。

自分達に逆らう人間にはあらゆる手段で「迫害」する姿勢は天魔そのものです。

中道を説く仏教者でありながら、反対者を殺害する外道の宗教と同じになっています。

これが池田先生の作った創価学会とは思えません。
原田会長になってから外道の信仰に落とされてしまったのです。

 

返信

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月 7日(火)12時37分20秒
  TO 太ちゃんさん
コメントありがとうございます。
周囲の方達が、54年問題を師弟の問題としてとらえられないことを、どうしたらいいか悩んでいます。で功徳の話をすることになると話がすり替わってしまいますので、参考にさせていただきます。

TO ひかりさん
何度か協議会やら座談会で54年問題の話をしたのですが、査問にもかけられず、私のいる地域は大丈夫なのか?と思ったら、聞いた方の耳にも心にも、さっぱり入っていないことに愕然とした次第です。
  「打ち出しに流されている」とのコメント。それです。さすがポイントを押さえておられる。
どっけんじんにゅう、しっぽんおーしっこう~、と毒が入っているみたいです。

私の周りは、部員ゼロ。全員老齢幹部です。
みんな何も言いません。思考停止してます。

しかし「だんだん効いてくるのかな?」には励まされました。良いご指導いただいた感じです。
数回で諦めててはいけないですね。
ありがとうございます。
 

これ犯罪ですね。

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 2月 7日(火)12時11分2秒
  Twitterからですが、これは完璧に違法。犯罪です。
学会員さんの浄財で生活しながら犯罪行為を行うとは言語道断。

どの様に正当化する気か?

これではかつてのカルト教団の何とか真理教と変わらないですよ。
支援する公明党が政権与党だからと言って調子に乗っていませんか?
これは犯罪行為であり、反社会的行為です。

千代田区は新宿区に隣接。信濃町界隈も近い。
皆様も気をつけましょう。

以下、ある学会員さんのTwitterより引用。

当方のアカウントに、不正にログインしようとたびたび画策している連中は、東京の千代田区に拠点があるらしい。
しかも、狙いをつけているのは当方に限らず、何人かの要員を使って四六時中、複数のアカウントを監視している模様。
陰湿な、パンくず拾いの無礼者どもよ。いつでも相手になるぞ。
 

日本会議の危うさ

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2017年 2月 7日(火)11時53分32秒
  以前、同中で先生が「日本は国家主義に入りました」とおっしゃっていましたね。
加藤紘一元自民党幹事長の人なりに関しては四月会のこともあり信頼できないとこも多くはありますが、国家主義に異を唱え、難に遭ったのは間違いない事実です。

今の学会執行部や公明党よりはるかに立派に見えます。
魚住 昭氏のネット記事を掲載します。
別に加藤紘一元自民党幹事長の本を宣伝するわけではありません。

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加藤紘一が10年も前に予見していた「日本会議の危うさ」
歴史を見通す確かな眼力

魚住 昭
ノンフィクションライター

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50913

親友・山崎拓の弔辞

2016年9月15日、東京・青山葬儀所で営まれた加藤紘一の葬儀(自民党と加藤家の合同葬)で、彼の親友だった元自民党副総裁の山崎拓はこんな弔辞を述べている。

「二年前、君がミャンマーに旅発つ直前に天ぷらそばを食べましたね。そのとき、僕はずっと懐疑的に思っていたことを思い切ってききました。

それは『君は本当に憲法9条改正に反対か』という問いでした。君は『うん』と答えました。『一言一句もか』と、またききました。『そうだよ。9条が日本の平和を守っているんだよ』と断言しました。

振り返ってみると、これは君の僕に対する遺言でした。まさに日本の政界最強最高のリベラルがこの世を去ったという思いです」(「産経ニュース」より)

これより10年遡る2006年8月15日、小泉純一郎首相が靖国神社に参拝した。加藤はその前月発売の『文藝春秋』8月号の対談で小泉の靖国参拝を批判した。そのため、同じ8月15日、東京・新宿に本拠を置く右翼団体の幹部に山形県鶴岡市の自宅を焼き討ちされた。

近未来を予見する手紙

加藤紘一の著書『テロルの真犯人』はその直後、テロの記憶が生々しい時に書かれた手記である。

一読して驚くのは、あれから10年たつのに加藤の言葉が少しも古びていないことだ。いや、それどころか、より鮮烈さを増している。彼の10年前の見通しがことごとく当たっているせいだろうか。まるで近未来を予見するために書かれた手紙を読んでいるような気がした。


加藤紘一はすでに10年前、日本のいまの危うさを見通していた。

第一章で加藤は、テロ事件の元凶は小泉前首相ではないかという見方を否定し、「なにか、もっと大きなうねりが、いま起きていると感じるのだ。そのうねりが、小泉氏のような政治家を、首相に押し上げた。/時代の空気が、靖国参拝を是とする首相を選んだ。/時代の空気が、テロで言論を封殺しようという卑劣な犯行を招いた」と書いている。

この前後、日本では排外的ナショナリズムの昂揚を示す出来事が相次いだ。『嫌韓流』がベストセラーになったのは前年の2005年。

07年には「在日特権を許さない市民の会」が発足しヘイトスピーチをまき散らすようになる。が、何より特記すべきは、「日本会議」などの改憲勢力が待ちに待った本格右派の安倍晋三政権が06年9月に発足したことだろう。


「日本会議」の伸張

日本会議の前身は1974年、臨済宗円覚寺貫主・朝比奈宗源の呼びかけで結成された「日本を守る会」だ。

この会には、生長の家の創始者で皇国イデオロギーの鼓吹者である谷口雅春のほか神道、仏教、キリスト教など宗教団体の最高指導者や文化人らが集まった。

「守る会」は1977年夏、元号法制化を求める国民運動をはじめる。そのとき会の事務局に加わったのが、日本青年協議会(生長の家の学生OB組織)の書記長だった椛島有三(今の日本会議の事務総長)だ。椛島は天性のオルガナイザーで、大衆運動の戦略・戦術に長け、彼の一声で動き出す若者が全国各地に大勢いたという。

椛島らの元号法制化運動は大成功をおさめ、運動開始からわずか2年後の1979年6月に元号法が制定された。以来、右派運動の主流は街宣から大衆運動へと変わる。右翼研究で名高い堀幸雄の言う「制服を着た右翼」から「背広を着た右翼」への転換である。

また、この運動の盛り上がりを受けて1981年、宗教界、財界、政界、学界などの代表者約800人を集めた「日本を守る国民会議」(宗教人・文化人のみで作る「守る会」と事務局は同じ)が結成された。

この「国民会議」と「守る会」が合併して日本最大の右派団体・日本会議が誕生するのは、16年後の97年のことである。

ここで読者に留意してもらいたいのは、1983年、生長の家が教団の代替わりに伴い、政治運動との絶縁を宣言したことだ。したがって現在の生長の家は日本会議とかかわりがない。

谷口雅春に心酔する椛島や、伊藤哲夫(後の安倍ブレーン)、衛藤晟一(後の安倍側近の参院議員)ら、後に日本会議の中核メンバーになる人々は、この路線転換で教団から排除されたり、自ら離脱したりした。

さて、椛島らが事務局を担う「国民会議」と「守る会」のその後の活動に移ろう。1995年6月、自社さ連立政権の村山富市内閣時代に日本の過去の植民地支配や侵略的行為を反省する戦後50年決議が衆院で 行われたのを覚えておいでだろうか。

決議が行われる前、文案をめぐって与党内が紛糾した。社会党が主張するようにあの戦争が侵略戦争だったと認めるかどうか、アジア諸国への植民地支配に言及するかどうかが焦点となった。政調会長の加藤紘一らが与党間の合意を取りつけようと奔走した。

それに反対していたのが「参院のドン」村上正邦である。村上は「侵略戦争だと認めることなんて断じてできない」と突っぱねた。ならば、どういう内容にすれば了承できるのかと加藤らが文案づくりを繰り返した。

加藤が「これならどうです」と文案を持ちこみ、衆院の役員室で村上らに提示する。それを村上は自分の参院幹事長室に持ち帰る。

幹事長室には、椛島や筑波大教授の中川八洋ら右派の幹部たちが集まって応接間を占拠していた。

村上が持ち帰った文案を椛島や中川らに「どうだ」と見せる。彼らは「いや、これじゃ駄目だ」「この文言はああだ、こうだ」と言う。村上は加藤らに「こんな文案じゃ、受け入れられない」と伝える。その繰り返しで夜が更けていった。

最終的に加藤らが提示してきた文案は「世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし」という言葉を挿入することで戦争や植民地支配を歴史上の事実として一般化するという妥協案だった。

そのうえで「我が国が過去に行った行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する」とつづく。

村上が加藤から口頭で伝えられた文案はそうだった。これだと日本の「植民地支配や侵略的行為」を認めたことにならず、曖昧になる。そう思った村上はOKを出し、成文化されたペーパーを確認もせず、参院幹事長室に戻った。

そのペーパーをみんなに見せると「なんだ、これは! おかしいじゃないか」と言い出した。村上がペーパーをよく見ると「我が国が過去に行った」のあとに「こうした」が入り「行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し……」となっていた。これだと侵略戦争を認めたことになってしまう。以下は村上の回想である。

「椛島さんらはものすごい勢いで怒った。私が彼らをペテンにかけたと言うんです。なかには私のネクタイをひっつかまえて怒鳴る者もいて幹事長室は大騒ぎになった。だから私はそこで決断した。衆院が決議するのはもうやむを得ない。しかし参院では私が責任をもって決議させない。だから了承してくれと言った。それでどうにか、その場は収まった」

戦後50年決議は参院では行われなかった。両院一致が慣例なのに異例の事態である。裏返すと、椛島らの勢力は国会の動向を左右できるまでに巨大化していたのである。


加藤紘一が感じていた「危機感」

1999年には国旗・国歌法が制定された。村上証言によれば、この原動力となったのも日本会議だ。

彼らは一つずつ政策課題を実現していくことで外堀を順に埋め、ついには2006年の第一次安倍内閣、12年の第二次安倍内閣の誕生で本丸の憲法改正に手が届く所まで到達したのである。

この状況の危うさを加藤はよく知っていた。本書には彼の危機感が表れている。彼はそれを手を拱(こまね)いて見ていたのではない。首相の靖国参拝支持論者のなかで圧倒的に人気の高い小林よしのりに注目し、彼の靖国論、戦争論、歴史論には明らかに日本会議の影響で書かれている記述があると指摘する。

たとえばこういうところだ。

〈「日本は東京裁判をサンフランシスコ講和条約第11条で認めている/だからA級戦犯は犯罪人だ」/とサヨクがよく言っていたがほとんど詐欺師の詭弁と恫喝だ〉

当の条文Japan accepts the judgmentsは「日本は諸判決を受諾する」という意味で「裁判を受諾する」ではない。つまり、日本は東京裁判の判決を受け入れたのであって裁判そのものを受け入れたのではない。だからA級戦犯の恩赦を連合国に諮る必要はない。日本が単独で決められると小林は言うのだが、加藤はそれを一蹴する。

「この論理は、日本会議の主張とまったく同じである。そして、安倍首相の著書『美しい国へ』にも、まるで同じ記述がある。じつは日本会議、小林氏、櫻井よしこ氏、そして安倍首相が東京裁判やA級戦犯合祀問題について論じる際、最大の論拠にしているものに、植草学園短期大学元学長の佐藤和男氏(法学博士)による『日本は東京裁判史観により拘束されない─?サンフランシスコ平和条約の正しい解釈』という論文がある」

何のことはない。ネタ元は一つで、しかもそれが相当アクロバティックな論理で成り立っている。こんな子供だましにだまされてはいけませんと加藤は言いたいのだろう。

しかも「第一一条の受諾は、単に刑の言い渡しだけを受諾したものではなく、そういう主張には根拠がない」として政府の有権解釈がすでに定まっている。

これ以後の加藤の東京裁判否定論・A級戦犯合祀論に対する反論は説得力に満ち溢れていてホーッとため息をつきたくなるほど見事である。本書の白眉だからじっくり読んでいただきたい。そうした眼力は若いころに外交官として訓練されたからこそ獲得できたものだ。

条文解釈能力や論理的思考力、歴史を見る目の確かさ。そして取材で二、三度訪ねた私を迎え入れるときの懐の深さと包容力も忘れられない。これほどの政治家はもうなかなか出てこないのではないか。

山崎拓が言うように、私たちは「最強最高のリベラル」を失ってしまったのだと思う。
 

社説

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2017年 2月 7日(火)11時46分1秒
  「社説は、新聞社の生命だ。」と師匠。



生命なくば 使命もないではないか!!



新 人間革命18巻 《獅子吼》をもう一度 生命に刻み 若き聖教職員よ。立ち上がれ!!
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、小生はイケディアンの住人さまに賛成デスが、怪鳥様はいかがですか~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月 7日(火)09時38分50秒
編集済
  おはようございます。毎日、毎日、劣化が激しい政教珍聞を見るにつけ、悲しくなりマスね~(笑)

イケディアンの住人さまの御指摘のとおり、本日の政教珍聞には社説ナシ(笑)全12面のうち3分の1以上が広告面(笑)

一般紙面では、奈良市議選の選挙結果の報道はあっても、全国的ニュースのはずの千代田区選の報道は昨日も本日も一切ナシ(笑)

1面では、そんなに身近でもない海外ネタに終始して、しかも情報が遅い(笑)これ読んで果たして歓喜するのでしょうか?



本日の「新・人間革命」(大山三十一)も上っ面をなぞるだけの文面(呆)執筆チームの皆さんにはホントがっかりデス( ;∀;)

せっかくだから小生が聞いたエピソードを一つ紹介しておきます。


この頃先生は、ピアノを弾かれることが多くなりました。それは、宗門から「指導はするな」と行動を制限されていたからです。

ですから先生は、「話せないのなら、ピアノで激励しよう」と奥様と深夜に練習され、また会合に参加していた女子部に教えを請い

「これでいいのかな」とか「御両親は?」とか、傍から見れば単なる世間話ですが、その一言一言に全魂を込めて激励されていたのです。

先生の手は、指も短く、ふっくらとされているので、ピアノ向きではありません。自身でも「僕の手はピアノ向きじゃないんだ」と。

技術的にも、決してうまいものではありません。左手で和音、右手でメロディといったむしろ稚拙なものです。

しかし、行動を制限されていた先生は、「このピアノの音を忘れてはいけないよ」「これが精一杯の激励だよ」と皆を鼓舞されていました。

後日、先生は述懐されています。
「しゃべるなと言われても、書くことができる。書くなと言われれば、音楽を弾いてでも激励できる(中略)どんな立場になろうと私は私である、どんな圧迫があろうとも、私は愛する学会員のために働き続ける。それがこの十数年の私の決意であり、戦いであった」
(創価ルネサンス10より引用)


執筆チーム」の皆さ~ん、上っ面をなぞるだけでは、何の感動もありませ~ん(笑)背景を描いた上で、心情やエピソードを描かないと小説が死んでしまいます。

もっとセンスあふれるモノにしていただかないと、読者も離れるばかりデス。



 

(無題)

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月 7日(火)08時25分3秒
  毎日新聞2/5配信記事

【都議選は単なる地方議会選ではない。2009年は当時の民主党が第1党に躍り出て、同年の衆院選で政権交代を果たした。13年は自民、公明両党の候補者が全員当選し、続く参院選でも圧勝した。小池氏が「参戦」する今回は、既成政党の勢いを測るバロメーターになる。ここで自民党がつまずくと、今年秋が有力視される衆院解散の先送り論が強まる可能性がある。

 公明党の斉藤鉄夫選対委員長は、千代田区長選の自主投票を決めた1月26日の党会合で「保守が分裂しているため」と説明した。しかし自公両党は13年の前回区長選で石川氏に対立候補をぶつけた。都議選を重視する公明党が今回、小池氏に配慮したのは明らかだ。小池氏との距離を巡って両党にすきま風が吹いている。

 山口那津男代表は「連立政権は微動だにしない」と雑音を封じるが、公明党内には「都議会でここまで『親小池、非自民』を鮮明にすると、国政への影響は出てくる」という声もある。】


昨年は
増田応援
させたじゃん

小池さん
人気があるのよ
当たり前

12月
公明離反の
都議会で

何なのよ
風見鶏って
首二つ?


・・・もうどうでもいいんじゃんと思ってしまいます。

笑ってしまうのであります。


幹部は「いい方に 行かせる中道 これ使命」とかいうのか?

バカいってんじゃないよ。

たくさんの真面目な学会員を無慈悲に排除した罰は、受けること。

 

おはようございます!

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月 7日(火)08時10分31秒
編集済
  謎の弟子Xさま

御投稿では、会合で様子を見たのかなという感じがしました。

味方は、会合ではなく、対話で増えていくと思います。

一対一が基本、ときに一対二だったりしますが。

会合では黙っていて、自分の本心を言えない空気があります。

このこと自体が本当はおかしなことなのです。

「組織主義に毒されている」ことに気づかず、打ち出しに流されているのですから、仕方がないですね。



私は、ストレートに現実に起きたことを話しています。

「いつの間にか教義が変わってしまった事実を知ってるか?」と聞くと、たいていの人は知りません。

その話から始まって、54年の話になります。

54年にまだ入信していない人は、熱心に聞いてくれます。

54年を乗り越えてきた人はいろいろ思い出して、私が知らない話をしてくれたりします。



幹部が相手だと、首根っこに縄でもついているみたいで、最初はそっちに固執してモヤモヤしていたり、

何を恐れているのか知りませんが、ただ黙って聞いていたりします。

「なにか不都合があるのか?」「誰かに何を報告するか考えているのか?」「言え」

私は、容赦なく突っ込みます(笑)

まあ、私に接触しただけで幹部はアウトでしょう。 とにかくバカみたいに変てこな組織なんですよ。

ですから、話したいという幹部はめったにいませんが、いないわけでもありません。

中には、自分の方から二度三度と接触してくる人がいて、だんだん効いてくるのかな?と思います。

そして、「自立した信心の時代だよね」と言い始めたりするのです。

そういう人は、真実を求めているんだと思います。








 

依法不依人

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月 7日(火)07時55分33秒
編集済
  >勿論「入信動機」は色々と思います。世代、性別、他でけっこう違って来るかと思います。<
>「いい人」が「実証と呼べるレベル」であれば、それでいけるでしょうが、普通の「イイヒト」レベルでは無理でしょう。<
>イイヒト……彼はオウム信者でした。私の東京時代の友人でした。彼の話を聞いても私はオウムには入りませんでした。それを裏づける教義が無かったからです。
 私も、私の紹介者(男性)も、その相手の学会員が「いい人」という理由での入信はあり得ないことでした。<

>折伏と言いながら教義は殆ど語らず、「私、イイヒトでしょ?」、またサポートらしき幹部も「彼はイイヒトでしょ? 彼のようになりたいと思わないかい?」
 のような話をして、とりあえずは「入会」するという流れになる……というのが今のハヤリです。<
>「日本は今でも、草創期の時の様に折伏して」はいない、というのが、私の地域のみならず、恐らく全国平均でしょう。その婦人部長のようになっているのが
 殆どでしょう。即席の折伏でインスタント広布です。<

ワシャ止まると死ぬんじゃ   投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 2月 5日(日)11時29分27秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63935

SaySaySay様

私の質問への回答、ありがとうございました。

そうですか。日本もやっぱりそうですか。
この現象は世界中で起きている事でしょう。
しかも長い期間に渡って、、。

想像はしていましたが、涙が出るほど悲しいです。
大聖人の仏法は形骸化し、尊重されてないのですね。

「いい人」というのは絶対的な価値ではなく、相対的なものです。
それを絶対的にされて入信動機にされる人こそ大迷惑です。
完全な人間というのはいないからです。

仏法には「文証」「理証」「現証」という3つの観点から見る宗教の総点検の法理がありますが、これは、人間性を図るものさし
にもなると私は見ています。

「現証」として表面的にその人がいい人で魅力的であっても、その人の人生の生き方の核になる部分が、正しい生命の真理
にそぐわない歪んだものだとしたら、そのいい人という「現証」は「理証」の裏づけがないものであり、はかないものになりかねません。
ある状況においては、逆に生命の尊厳論に反してくるかもしれません。

言葉を変えれば、キリスト教やサイエントロジーなどの他宗教でも「現証」としての功徳論はありますが、その裏付けとなる「教義」が「理屈」(理証)に堪えるものでなければ、その功徳は、普遍的なものでも、ましてや宿業転換の深みからくる人間革命とは言い難いと思います。

総ての生命に内在する「仏性」を絶対価値として生きなさいと大聖人は教えています。
仏法は「依法不依人えほうふえにん」(法に依って人に依らざれー但し、三身を拓き顕した仏は、法と一体となっているので別格だが、それもあまり人の部分だけを強調しては誤解を招く)を説いています。

続きを書いていますが、とりあえずお礼まで。
 

おはようございます。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2017年 2月 7日(火)05時13分49秒
  魂の炎様、皆様ありがとうございます。体調良くなりました。
(^^)

宿坊、少しずつ拡散中です。

将来、やりたいことがあり資金を少しずつ調達しているのですが、極悪を責める題目で、少し増えました。道はまだ遠い、できるかな?無理を承知で。ですよね(>_<)



 

社説の無い公称100万部を超える聖教珍聞(><)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 7日(火)02時26分39秒
  過去記事のスクラップで、先般投稿した昭和五十年代の聖教新聞の社説のみを読んでいると毎日、毎日、必死になってまとめられている心情が伝わりました。信心二十年の貫禄シリーズ、七つの鐘シリーズと、これらも良くまとめられていて、貫禄シリーズの笑顔の写真は、寝たきりオジサンの投稿の通り、素晴らしいものです。

では、今の聖教珍聞は?社説はたまに二面どころではなく、四面やらどこに掲載されているのか、わからない場所にポツンと載っている(><)
内容は、無いよう~見たいなありきたりの話し(><)

また、外部購読者と会った時には散々言われそうな新聞紙面です。朝日とか毎日とか読売新聞など、地方紙でもここまで劣化している新聞紙面構成は無いのでは(><)

社説無き、主張無き、公称100万部を超えている珍しい珍聞(><)
時事も話題も遅れて掲載するニュース性無き、後付講釈の事後報告珍聞(><)

本当にフィクション小説となった新・人間革命で過去を隠蔽するために歴史を作り変えて展開する聖教珍聞(><)

どんどん読者離れが進みマス(><)
 

女性に贈る100文字の幸福抄

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 7日(火)01時06分31秒
  いつも余裕のない、
暗い顔をしていたのでは、
周囲の元気もなくなってしまう。
そこからは希望も、活力も生まれてこない。
笑顔の人は強い。
正しい人生を歩んでいる人には、
晴れ晴れとした明るさがある。
 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 7日(火)00時59分54秒
  二月七日

失敗しても、叱るより「今回は、あなたらしくなかったね」

と言ったほうがいい。

壁を乗り越える自信と、乗り越える喜びを伝えてあげたい。
 

太ちゃんさま

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 7日(火)00時54分37秒
  二十一世紀になって、広布の山を登るのは疲れるし~、大変な思いをしなくても、山を降りて行く方が楽だし~、言われたことを卒なくこなしていた方が、組織の人間関係を良好に保つ秘訣だ?と、現場組織が退化しているのです(><)

気づきも発見も面倒くさい、日常の生活でもヘトヘトになっているのだから、学会活動まで煩わしく考えたくな~いと言う隷属感覚ですね(><)
 

謎の弟子Xさんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月 6日(月)23時58分12秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/63993

組織はこんな状態で功徳と無縁になりつつありますね。
「いますぐ功徳の必要な人」ならば話をしやすいのではないでしょうか。
そういう人は本物を求めてるから真剣に聞きますよ?

ロコツにおかしくなって年月が経ちつつあります。
徐々に増えてることと思いますけど。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 2月 6日(月)23時42分34秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

54年問題への関心

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月 6日(月)23時01分8秒
  今日、会合に出てみて、私の周りにいる方達は、まったく関心ないことがわかりました。
知らないし、知りたくもない。知ってても思い出したくないようです。
興味があるのは、支援カードの枚数が足りないことくらいですかね。

仲間を増やす戦いに、ちょっと行き詰まってしまいました。
題目上げて、境涯開いてきます。
 

信濃町の人びとさま

 投稿者:ルパン三世  投稿日:2017年 2月 6日(月)22時55分13秒
  信濃町の人びとさま
ありがとうございます。
確か秋谷さんはシナノ企画、
青木、森田、両氏は分かりません。

ところで、学園の校長が謹慎処分を受けていたと聞きました。
謹慎処分を下したのは学園に関係ない○○さん。
学園の担当は原田主任副会長ですが、
それを飛び越えて関係のない本部の首脳が指示。

校長が謹慎処分とは何があったのでしょうか?

教育の場の学園も衰退していたら大変です。
 

同盟題目23時

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月 6日(月)22時54分35秒
  より開始します。よろしくお願い致します。
池田先生のご健康を祈ります。
 

吹雪の秋田

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 2月 6日(月)22時47分12秒
  秋田指導 35年前先生は・・・・
今の本部最高幹部の皆様は・・・
 

外郭の顧問は?

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月 6日(月)22時26分55秒
編集済
  同意  投稿者:ルパン三世
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63984

ルパン三世さん
外郭についてお詳しいですね。

ところで、秋谷、青木、森田康夫の三氏は未だに外郭の顧問なのでしょうか?昨年初めの頃はまだ顧問だったと思うのですが?

もう彼らは80歳代後半、90近いはずです。
 

まったくそうですね

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月 6日(月)21時58分12秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/63985

反板は違法行為をしてますねぇ~。
僕は誰ひとりとして画像の無断使用を認めていない。

しかも、僕と「とある女性」がモメるよう仕向ける目的のものがありますねぇ。
どっちが潰れようが知ったことじゃない人物でなければやれんことでしょうね。
真面目に取り組んでる学会員にすら「使い捨て」にしようとしてる状態が反板から読み取れるものです。
学会を嫌ってもらうためにやってるようなもんですねあれじゃ。
およそ池田先生の理念とはハッキリかけ離れている。

「宿坊憎し」というより「池田先生憎し」といった状態。
「池田先生憎し」が監督して反板が運営されてんだろうなぁと。
あのどこが『一切衆生の幸福』に結びつくのか支離滅裂。
まぁ勤行さえもやってないのだろうから『一切衆生の幸福』を無視できることだろうなぁと。
ロコツな違法行為をやった時点でアウトですね。

反板は僕へ喧嘩を売ったと認識してる。
いや「仏敵から明瞭な喧嘩を売られた」というべきか。
以前にも警告したが、僕へ変なマネをしなければ僕もこれ以上のことまではするつもりない、とね。
反板のおかげで僕もようやくリアルで動く決意をしたよ。
こんな非道がまかり通る世界なんかあっちゃいけないよ。
組織でいまリアルタイムに非道を受けてる人が多い様子だね。
反板は変に「炊きつけ」過ぎたね?

あらま


追伸:
かつての聖教新聞では、池田先生がどんなことをしているのか、連日のように記事になっていたものです。
「直弟子」を自称する原田会長には、ぜひとも毎日何をしてるのかを、一日のスケジュールを沿えて折伏行脚の様子を記事にして欲しいものです。
会員の手本となるよう、日々の様子を細かく記事にすることで、それでこそ「直弟子」でしょう。
何日も前のことを記事にする余裕なんてありませんよ?
学会を信じてる会員もその辺りは興味あるところでしょうね。

原田会長、まさか話せない実態だから「できない」なんてことないですよね?
池田先生を54年に会長職から引きずり降ろすことまでやって今は会長をされてるのですから、どんな日常なのかを、ぜひとも聖教新聞にて毎日詳細に記事にして「折伏行脚してるぞ!」と鼓舞すべきです。
「直弟子」を自称するなら当たり前のことですよね?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

変化の時を迎えていながら、何も出来ない創価公達(><)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 6日(月)21時54分27秒
  ぬるま湯が、熱湯になる前に出ていくことが最善の方法です。公達社会は上意下達、トカゲの尻尾切りのように気に食わない者(媚び諂わない・先生の言葉を吐く正直者)を次々に配置替、査問、退社、除名する(><)

残った財産を公達で山分けして計画倒産、給与も管財も無しにして残った社員は路頭に迷わせて生活保護(><)コンサル会社が処分手続きの仕方を伝授してくれます。

問題は、多くの仕事を無給のボランティア活動によって成り立っている創価公達学会の現場組織です。いくら公達の手下が『益々お元気な先生の元、対談も新・人間革命執筆も精力的にされている毎日の聖教珍聞、先生からのお手紙を拡大啓蒙することが折伏弘教です!』などと鼓舞しても、中身が終わっていては皆、呆れて黙りこんでしまっています。

聖教珍聞本体の中身を毎日、社説が出てくるしっかりした紙面にしなければ、数年経ずして廃刊になります(><)どうするのでしょうかね(><)
 

外郭団体

 投稿者:海外在住  投稿日:2017年 2月 6日(月)21時27分35秒
  外郭団体は就職先を探せない創価大学生の受け皿になります。
海外の組織でも、創価大学卒が看板でスタッフに採るケースが多いです
海外メンバーは創価大学卒=先生の直弟子と勘違いしてしまいガチですね。
 

本日も、今更ながら??????の聖教珍聞でしたね(><)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 6日(月)21時22分49秒
  カンピースさまが投稿されていた通り、余りの(><)(><)(><)で、読む気にもなれませんですた(><)
見開きの6面7面の暮らしのアンテナ「男性の冷え性対策」って必要な特集ですか?
4面5面の壮年部集合写真(かなり撮影から時間が経っていると思いますので)を6面7面にも、ついでに8面の全面広告もやめて、そこまでやるなら、しょうもない第一面から8面まで東日本編も今だに掲載されていない西日本編も毎日、連続掲載しては?
皆、高齢者でどんどん逝去されています。撮影された皆さんが生きているうちに、早く聖教珍聞に掲載下さいね(><)

それから、学会員の集合写真満載の聖教珍聞ですが、個人情報(正確な顔認識データを取得出来るもの)に関わる配慮はされていますか?毎日、毎日、集合写真ばかりを何も考えずに掲載していると、会員のプライバシーに関わる個人情報漏洩の問題に抵触していきます。
創価公達大患部の皆さまは、法的には「公人」ですが、我々現場組織の末端会員は全くの「私人」であり、顔認識の画像でも保護される対象となります。

写真掲載は遠くからフォーカスぼかして撮影して下さいね。後々、聖教珍聞本体が訴えられる対象にならないことを祈ってマス(><)
 

同意

 投稿者:ルパン三世  投稿日:2017年 2月 6日(月)20時57分49秒
  ドミサイルさま
イケディアンさま
Qさま

おっしゃるとおりです。
外郭の創業時は先生の構想を我が心として使命感をもった人が多かったようです。
昔の作品には世間でも評価が高いものが多く存在しています。
先生も外郭職員に
『君達は組織活動はしなくて良いから、仕事を頑張りなさい。皆、高給取りにしてあげるから』
とおっしゃられたそうです。
それほど、外郭が世間の中で企業として存在する使命が大きかったのだと思います。

しかし、いつからかその使命感は薄らいでいった。

一つにその原因としては、本部にあります。
本部は外郭を完全に下に見ていて、
都合のよい受け皿として、使い走りとして利用するようになりました。

例えば、本部や聖教職員が不祥事を起こせば外郭に飛ばすという顛末。

福島源次郎が大牟田発言の後、日本図書に異動となったように数々の職員が外郭へと異動となった事実があります。

受け皿の外郭もたまったものではなかったはずです。

不祥事を起こした職員が突然職場にやってきて、
ポストだけ与えてどう接すればよいかも解りません。

異動してきた職員も外郭を下に見てますから、
仕事など本気でやる気もなく、濁ったら血がどんどん蔓延していったのです。

そして、外郭は純粋な血は薄れ、使命を語り継ぐ人間もいなくなり、世に評価される仕事を残す人間がいなくなっていったのです。また、聖教によるタカリ事件のように、
外郭は本部や聖教のご機嫌をとることによって生きながえる安易な方法をとるようになったのです。

そこには、正当な評価がなされない差別があったことも一因としてあります。

どの外郭団体も本部職員より給料が高いところはありません。
生涯年収で2000万違うと言われています。

どんなに仕事を頑張って企業として利益をあげても、本部職員より給料アップすることはないのです。

これは先生の意図とは反しています。
間違いなく先生のご意志ではない、
外郭担当副会長が存在しますが、彼らがそうしてきたのです。
また、賞与は本部職員が受けとる日の翌日という厳守があり、見せつけのように、
『君らは本部職員の下僕である』
という劣等感を植え付けるかのような慣習が存在するのです。

このような差別があれば外郭職員はやる気を削がれるのも当たり前です。外郭を壊したのは本部首脳によるものです。采配を間違えたのです。

外郭の劣化は人事にもあります。
中途採用を外郭も行っていますが、
その中途採用は基本的には本部指示が多く、組織で幹部になった民間で働く人物が登用されます。

つまり、組織至上主義であり、中途採用者に与えられた使命は組織でさらに偉くなれという指令であり仕事は関係ないのです。
例えばシナノ建物でほしい人材は一級建築士や建設関係で働いていた人材でしょうが、中途採用される人間は畑違いの『ただの幹部』なのです。
出版社でほしいのは、優秀な民間で働いていた編集者といったところですし、経営能力を世間で評価された人物なら外郭も嬉しいデショウ。

しかしながら、中途採用される人間は組織活動だけバリバリの素人なのです。
本人らも畑違いの仕事で戸惑う中で後輩のほうが仕事が出来るのですから、それは焦って仕事はせずに『俺は幹部だ』と虚栄をもって組織活動中心になるでしょう。

そうなれば、中途採用者の仕事はそこそこの人間が外郭でも偉くなっていくのに、生え抜きの使命感をもって組織活動よりも仕事を取った人間は腐ります。

実は外郭職員は何重苦にもおかされているのです。

かつて、秋谷元会長はある外郭の全体会議の場で言われました。

『本部職員と外郭職員は同格だ』と。

これは嘘です。
こんな嘘は許せません。
いや、もしかしたら秋谷元会長、当時は会長でしたが会長ですらこの実態を知らなかったのではと。
そうなると、外郭担当者副会長に極悪な人間がいるのではないかと疑念を抱きます。

赤字企業の潮出版社をはじめ衰退する外郭。

会員の負担になるのであればその存在意義はあるのでしょうか?
もう一度、先生の構想を本気でやり遂げる人間が出てこなければ、この先も本部の奴隷です。
 

元学会員という人ってほんと多いですねぇ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月 6日(月)20時09分34秒
  ウチのところは『元学会員』という人がほんと多いです。
そして例外なく共通してることは、功徳がどういうものかまるで知らないことなんです。

仕事の関係であちこち流転してきたけど。
「元学会員だったよ」という人はけっこういましたね。
そして、功徳がどういうものかまるで知らずにいるんです。

功徳を実感できなければ、そもそも価値の感じようがないし、人生の転機でやめることになるんだなぁと。
功徳を知らないというのは、福運の積み方を知らないのと同じことになるんです。
リアルの身近でいえば、目の不自由な方がいるのだけど、見事にその状態。
物事をみんな自分の都合のいいように解釈して、解釈した通りの現象でなければみんな周囲のせいにしてる。
周囲は別に親切にしてあげる義理もないから孤立し、僕が面倒をみてるけど。

根本的に解決するしかないからこの人も折伏するつもり。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

アメリカ創価大学第一回入学式

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 6日(月)19時53分59秒
  今、始まる!!
創価教育の大航海が!!

躍り出よ!!世界平和の大指導者

タゴール教育の理想は師弟の交流に

艱難を突き抜け学べ!!勝て!!

創立者メッセージ(聖教新聞2001.8.27付)


「栄光」と「勝利」の第一期生の皆さん、ご入学、本当におめでとう!私の創立
した大学に、ようこそ集ってくださいました。私は、キャンパスの光となり、風
となって、皆さんを包み、祝福したい思いでいっぱいです。共に「建学の精神」
を掲げながら、アメリカ創価大学の建設に勇んで取り組んでくださる教員の先生
方、ならびに職員の皆さま方。どうか、私たちの「生命」であり、「希望」であ
り、「未来」である第一期生を何とぞ、よろしくお願いいたします。

尊敬するアルン・ガンジーご夫妻をはじめ、ご来賓の先生方。また、ご家族やご
友人をはじめ、ご列席の皆さま方。若き俊英たちの晴れの出発をば、温かく見守
ってくださり、創立者として、心より厚く厚く感謝申し上げます。

千年先の未来へ

中国の英知の言葉に、「十年樹木、百年樹人」とあります。木を樹えるには十年
を尺度に、そして人を育てるには百年単位で、未来を見つめゆけ、との箴言であ
ります。百年、二百年先、さらには五百年、千年先の人類の未来のために、天を
突く大樹のごとき、堂々たる世界平和の指導者群を、断固として育成したい。私
は、その燃え上がる思いで、アメリカ創価大学を創立いたしました。

第一期生の皆さん方は人間主義の壮大なる「人材の林立」の〝原点″となる、あ
まりにも尊き、また、あまりにも深き使命の方々であります。カリフォルニアの
若い木々は、太陽の光を浴びて大きく成長し、やがて、一面の大地を鮮やかな緑
で包んでいきます。これと同じように、アリソビエホの光眩きこの丘から、「創
価の大樹」が陸続と育ち、必ずや、世界に〝希望の緑野″を広げゆくにちがいあ
りません。

その頼もしき未来の晴れ姿を思うと、私の胸は高鳴ります。きょうは、「世界市
民の教育の新しき挑戦」の開始にあたり、インドの詩聖タゴールの足跡等を通し
ながら、皆さんと一緒に、四つのことを思索し、確認しておきたい。それは、第
1に「艱難(かんなん)との闘争」、第2に「正義の友情」、第3に「師弟の交流」
、第4に「使命の開花」であります。ここに、21世紀の人間教育の大きな指標があ
ると考えるからであります。

100年前の学舎

今からちょうど1世紀前の1901年、インドに人間主義の教育を志向した、一つの学
舎が誕生しました。ベンガル州・シャンティニケタン(平和の郷)の〝森の学園

であります。創立者は、マハトマ・ガンジーの盟友であり、世界的な詩人である
タゴールです。最初の学生は、わずか5人で、教師も5人という出発でありました。
しかし、この学園こそが、幾多の逸材を輩出してきた世界的な学府であるタゴー
ル国際大学の源流なのであります。当時の帝国主義の支配下にあって、〝型には
める″教育ではなく、学生たちが〝自分で考え体得していく″創造的な教育を目
指しての精神闘争が始まりました。

とともに、創立者タゴールは、虐げられてきた民衆を護り抜かんと、自ら先頭に
立って勇敢なる行動を続けていったのであります。それゆえに、権力からは、さ
まざまな迫害が加えられました。誤解や悪意の誹謗も浴びせられました。加えて、
相次ぐ家族の病死などの悲劇も打ち続いております。しかしタゴールは、獅子で
ありました。喜々として学ぶ、わが学生たちの姿を、自分自身の励ましとしなが
ら、教育に、創作活動にと、いやまして、全身全霊を打ち込んでいったのであり
ます。彼が、自由と希望の天地・アメリカの各都市を訪れたのは、この時であり

ました。講演の要請を受けて、ボストンヘ、シカゴへと足跡を残しております。
このアメリカで、彼がインドについて、人間精神の崇高さについて、絞り出すよ
うな思いで語った言葉が著作となり、世界中の人々の心を揺り動かしていきまし
た。東洋人として初のノーベル文学賞が贈られたのは、まさに、このような苦闘
の最中であったのであります。タゴールにとって、幾重にも意義深き〝アメリカ
との対話″でありました。思えば、タゴールとほぼ同時代を生きた、わが創価教
育の創始者・牧口常三郎先生も、先見の地理学者として、「未来の文明の統合と
結合の天地はアメリカ合衆国なり」と展望していたのであります。

ともあれ、若き皆さんにとっても、「艱難にまさる教育なし」であります。人間
の生命は、いかなる艱難をも「創造の飛躍」へと変えゆく力を持っている。いな、
艱難こそが、その巨大な力を引き出していくのであります。先哲の至言にも「鉄
(くろがね)炎(きたい)打てば剣(つるぎ)となる。賢聖(けんしょう)は罵
言(めり)して試(こころ)みるなるべし」と説かれている通りであります。ゆ
えに、試練にぶつかったその時こそ「よし!自身の可能性を広げるチャンスだ」
と決めて、青年らしく、粘り強く、前へ前へと突き進んでいただきたい。

その強き不撓不屈(ふとうふくつ)の意志あるかぎり、必ず「道」は、開けてい
くものであります。私は、皆さん方が一人ももれなく、「我、勝てり!」という
勝利の青春を完走されゆくことを、祈りに祈り抜いていく決心であります。黄金
の友情を戦うタゴールにとって何よりの収穫は、理想を共有する世界の良識と、
終生にわたる友情を結べたことでした。その一人が、わがアメリカ創価大学が、
教室棟に、その名前を掲げたマハトマ・ガンジーです。終生の盟友となった二人
でしたが、すべての考え方が一致していたわけではありません。時に激しく論争
しました。

しかし二人は、「民衆のために戦う」との一点では、深く一致していました。し
たがって、どんなに論争しても、互いの敬愛の念は変わらなかったのです。タゴ
ールは、80年の生涯の最後まで、国際大学の資金繰りのために、舞踊劇を書き、
演出・監督し、公演旅行を続けました。衰弱した体で、自ら舞台にも立ちました。
ある時、それを知ったガンジーは創立者の戦いとは、これほどまでに壮絶なもの
なのかと愕然とします。そして、真心の小切手を同封した手紙を送り、タゴール
の健康を気遣い、いたわったというのであります。

苦境の最中にあって、友の励ましほど、勇気づけてくれるものはありません。な
かんずく、正義で結ばれた「友情」ほど強いものはない。「悪人の敵となりうる
勇者でなければ善人の友となり得ぬ」とは、牧口常三郎先生の箴言であります。
18カ国から勇み集ってくださった、誇りも高き一期生の皆さんは、どうか、この
キャンパスで、大いに議論もし、切磋琢摩し、生涯にわたる「黄金の友情」を育
んでいってください。よき友を尊敬し、聡明に協調し合いながら、仲良く調和し
ていこうという、その心それ自体が、自分の周囲から平和の世界を広げていく源
泉なのであります。

師と同じ責任感

ところで、タゴールが取り組んだ〝教育の理想″とは何であったか。それは「師
弟の交流」でありました。タゴールは言います。インドの伝統では、「師の魂の
成長に伴って、弟子の魂が育っていった」。私の心を捉えたたのは、「高い憧れ
と望みの生活を、師と弟子が、共に分け合う教育」であると。〝教師が上で生徒
は下″ではない。師と弟子が、共に学び、共に成長する。その、みずみずしい全
人格的な触発こそ、教育の理想の姿だというのであります。

これは、洋の東西を問わず、人間教育の究極の姿といってよいでありましょう。
アメリカ・ルネサンスの哲人エマソンが、名著『代表的人間像』の中で、「ソク
ラテスとプラトンとは、どんなに強力な機械をつかっても、完全には引きはなす
ことができない二重星である」(酒本雅之訳)とつづっていたことを、私は思い
起こすのであります。大乗仏教の精髄である「法華経」には、師の弟子に対する
願いが、次のように語られます。

「如我等無異」――我が如く等しくして異ること無からしめん、と。すなわち、
すべての人に、無量の智慧と勇気と福徳にあふれる生命が具わっている。その生
命を、自分と同じように、等しく弟子にも聞かせたいのだという「師弟不二」の
宣言です。師匠は弟子を〝自分以上の人材に育てよう!″と尊敬し、心血を注い
でいく。弟子は師に応え〝師と同じ境涯、同じ責任感に立とう!″と、どこまで
も成長していく。この最も崇高な人間性の交流こそが、「創価教育」に脈打つ「
師弟」なのであります。

〝21世紀のガンジー″が続々と

きょう8月24日は、ご存じのように、私が19歳の時、戸田城聖先生を人生の師と
定め、一青年として、世界平和への闘争を開始した日です。ちょうど、一期生の
皆さんと同じ年代でした。そして、先師・牧口先生が、日本の軍国主義と戦い抜
いて、獄中に殉じたのは、73歳。病弱で、30歳までもつかどうかと言われた私が、
今、その先生の殉教の年齢を超えようとしております。きょうの第一期生の皆さ
んの出発を、牧口先生も、戸田先生も、どれほど、お喜びになっていることか。

まことに不思議な縁の皆さん方であり、その「使命」は限りなく大きい。いな、
「天命」であり、「宿命」といえるかもしれません。ともあれ、すべての人に、
その人でなければ果たせない使命がある。それを、断固、果たし抜いた人が勝
利者であり、幸福者です。皆さんの中から、21世紀のガンジーが、タゴールが
続々と出てほしい。また、21世紀のポーリング博士やキング博士、ローザ・パー
クス女史も育ちゆくであろうことを、私は確信しております。そうでなければ、
万年への平和構築の作業は間に合わない。創立の精神を分かち合う「世界市民」
が、躍り出なければならないのです。大学の勝利は「学生」で決まります。

アメリカ創価大学の「勝利」は、皆さんにかかっている。私と一緒に、教職員
の方々と一緒に、さらにまた、アメリカの最良の知性と共に、全世界の心ある民
衆と共に、断じて勝ちましょう。

「君よ、我が道を一人往け!」

牧口先生は、「羊千匹よりも獅子一匹たれ」と叫ばれました。私も「正義によっ
て立て!汝の力二倍せん」との信念で、いかなる迫害にも耐え、すべてを捧げて、
皆さんの舞台を切り開いてきたつもりです。大事なのは、何ものにも負けない、
「正義の大城」たる自分自身を築き上げることです。その新たな世紀の、新たな
価値創造の遠大なる戦いが、きょうより始まりました。結びに、マハトマ・ガン
ジーが、民衆の中へ、悩める人々のもとへと歩いていくなかで口ずさんだ、タゴ
ールの詩を贈ります。

「君の呼びかけに、だれも答えないならば君よ、我が道を一人往け皆が恐れを抱
いて沈黙するならば君よ、開いた心と恐れなき声をもって、ただ真実のみを語れ」
きょうは、本当におめでとう!お会いできる日を楽しみにしております。歴史的な
第1回入学式に、ご出席してくださった、すべての皆さま方に、重ねて心より感謝
申し上げます。

サンキュー・ベリー・マッチ!

(2001.8.24)
 

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