気がつくと、おれは真っ暗なコックピットの後部座席に座っていた。
目の前には大きな台形の窓がぽっかり空いてて、そこに東京の夜景が広がっている。さっき飲んでた居酒屋も見える。
そして隣を見るとなぜかメグミさんが同じように座っている。
大学時代、ティム・バートンとか美味いラーメン屋とかについて語り合ってたメグミさんは、当時ゼミの山口先輩に惚れてて、おれは自分の浅い経験を棚に上げてはよく相談に乗っていた。ていうか密かに好きだった。
「メグミさん」と呼びかけると「あ、岡本氏」と、同窓会で見たかわいい顔がこちらを向く。あれから10年経って、おれだってそれなりに恋愛に慣れたと思ってたのに、「また会ったね」と微笑むその顔を見ると、当時の恋心があたかも新人の顔して胸を締め付けてくる。そういえばまだ独身だったはずだ。
「らしい。てかこれUFOなのかな」
「だね」
「てか落ち着いてね?」
突然、目の前の床から座席が音もなくせり上がって、そこに宇宙人が座っている。くるりと振り向いた顔がどっかで見たことあると思ったら、ロマサガのサルーインそっくりだ。
サルーインにフルネームで呼ばれて逆に萎える。ドッキリくさい。そもそも日本語だし。
「現在の時刻は0時23分。終電はすでに練馬駅を出ている。明日は朝から打ち合わせだろう」
「はあ」
「私は、終電を逃した者を救う為にこの星にやってきた」
「…」
「…」
「私の船ならば、君を横浜のマンションまで送り届けることができるだろう」
「いやあの、タクシーが」
「私は見返りを要求しない」
「はあ」
「一瞬にして君は横浜に帰る。そして万全の態勢で朝日を迎えるだろう」
まあ別にモニタリングならモニタリングでいい。タクシー代も気になってたし、それなりに話を合わせながら送ってもらおうと思ってたら「じゃあ私も?」と、メグミさんが乗り出してきて、サルーインは小さく驚く。ん?想定外なのか?
「浜浦メグミ、君の家は区内だ。歩いて帰れるだろう。なぜ乗っている」
「えっそうなの?」
「うん、練馬区だけど」
「では歩いて帰れ」
「…既に見えている」
「じゃなくて、いろんな夜景が見たい!」
「いいだろう」
いいのかよ。
それからおれたちは、サルーインの船で出雲と松山と大阪と名古屋と宮城と東京と函館の夜景を見せてもらう。
数分で移動していたにも関わらず窓の外に広がる夜景は明らかに映像の類ではないリアルさで、もしかして本当の宇宙船なのかと疑ってしまう。
メグミさんは綺麗な夜景にはしゃいだり途中で寝たりしながら、しまいには「ニューヨークの夜景が見たい!」と言い出す。「あっちは今午前中だぞ、夜景ではない」というサルーインに「UFOなら行けんだろうが!行けよできないのかよ!」と喰ってかかるメグミさん。そういえば同窓会ではだいぶ飲んでたけど、そんなに酒乱だったか?
「…いいだろう」と渋々サルが折れて、10分後にたどり着いたのは昼間のマンハッタン。
「キレイだね…」と呟いておれを見るメグミさんが途轍もなくかわいい。手を繋ぎたくなる。でもおれは告らない。目の前にくたびれ果てて不機嫌そうなサルがいるから。
「なんか、すいませんでした。ありがとうございます」という俺に、「明日からの人生がより豊穣であることを」とサルがうんざり顔で応え、UFOが飛び立って行く。「じゃーな!」というおれの声に「またねー!」というメグミさんの声が遠ざかる。
マンションのドアを開けながらおれは思う。
そもそもなんでメグミさんはあのUFOに乗ってたのだろう?さらわれた俺を追ってきてくれた?いや、あんなに酔っ払ってたんだし。大体「家に送る」という善意の宇宙人だったんだから先に送って貰えば良かったのだ。
その後、会社の倒産やら実家の遺産騒動やらでバタバタしながら10年が過ぎ、久方ぶりの同窓会で、メグミさんがあの日以降消息を絶ったという事実を知っておれは気づく。
どこで知ったのか、さらわれた時に惚れたのかはわからないけど、メグミさんはきっと奴と二人きりになりたかったのだ。
日本全国の夜景や白昼のマンハッタンを一緒に見たい相手はおれではなかった。というかむしろ早く帰って欲しかったのだ。そういえば山口先輩はサルーインに似てた。
ひとり家路に帰る道端で、おれは静かに泣いた。
おれのことを好きじゃなくていい。好きな人がいるなら全力で手伝うつもりだった。だからサルはすぐに横浜でおれを降ろしてくれてよかったんだ。こっそりでも事情を説明してくれたらおれは手伝ったしすぐに船を降りたよ。あれから10年後、おれはずっと待ってたんだ。信じてもらえらなかったことが途轍もなく悲しかった。