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わずか5年でAIのすべてを変えたグーグルで起こっていたこと 話題沸騰!「グーグルと人工知能」最前線│集中連載第2回
From The New York Times Magazine (USA) ニューヨーク・タイムズ・マガジン(米国)
Text by Gideon Lewis-Kraus
PHOTO: JUSTIN SULLIVAN / GETTY IMAGES
いまやグーグルはAI企業に生まれ変わった。たった9ヵ月で、グーグル翻訳を半端ないレベルに押し上げた背景には、2011年に開始された同社の秘密プロジェクトの存在がある。いったいこの会社で何が起こっていたのか、そして70年間塩漬けにされてきた「人工知能」のパンドラの箱を開けたのは誰だったのか? 大人気連載の第2回をお届けする。
(第1回『グーグル翻訳の進化でわかった「グーグルと人工知能」がヤバい!』はこちら)
技術、組織、アイディアという3つの物語
これから紹介するのは、グーグル研究者と開発者チームが、はじめは1か2だったものを、3や4に、そして最終的には数百という数の進歩に転換していった道のりだ。
それは私たちが親しんでいるシリコンバレーによくある話とは異なるもので、さまざまな意味で、稀有な物語である。
ガレージのなかで絶え間なく実験ばかりするエンジニアのおかげで、1日か2日ですべての物事が完全に変わるだろうと考えるような人は、この物語には登場しない。テクノロジーがすべての問題を解決してくれると思っている人々も登場しないし、テクノロジーはこの世の終わりにつながると思っている人々も出てこない。
少なくともその言葉がいつも使われている意味でいえば、「混乱」や「分裂」の物語ではないのだ。
これから語られるのは、グーグル翻訳の人工知能(AI)への転換における成功のベースになった、「技術」「組織」「アイディアの進化」という3つの複合的な物語である。
「技術」の物語は、ある1つのチームについてのものだ。グーグルという1つの企業のなかで、1つの製品について働くチームである。彼らは古い製品を洗練させ、テストし、新バージョンを導入するプロセスを、予想のわずか4分の1の時間でやり遂げた。
「組織」の物語は、この会社においては小さいものの影響力のある「AIグループ」のスタッフについてである。コンピューティングへの彼らの直感的な「信仰」は、結果的にIT業界全体に強烈な影響を与えた。
「アイディア」の物語は、無名なまま苦労を続けた認知科学者と心理学者、強情なエンジニアたちについてである。彼らの一見すると馬鹿げた信条によって、テクノロジーへの理解だけでなく、意識そのものへの理解へと、パラダイムシフトが生まれたのだ。
グーグル翻訳、グーグル・ブレイン、そしてディープ・ラーニング
3つの物語といったが、これは別の軸からも説明できる。
最初の物語はGoogle翻訳そのものについてだ。マウンテンビューで「9ヵ月」を費やした機械翻訳の変革について説明される。
次の物語は、「グーグル・ブレイン」と多数の競合についてが描かれる。シリコンバレーでの「5年」が舞台となり、コミュニティ全体の刷新が描写される。
3番目の物語は、深層学習(ディープ・ラーニング)についてである。カナダをはじめとして、スコットランド、スイス、日本にある研究所での「70年」の歴史である。人は「考える生き物」として自己をイメージするが、それを大きく変えるかもしれない。
3つの物語すべては、AIについてのものである。「70年」の物語は、私たちがAIに期待したり、それから得たいと思っているものについて述べる。「5年」の物語は、近い将来、AIがどのような役割を果たすかについてを描く。「9ヵ月」の物語は、いま現在のAIで可能なことについて展開する。
これら3つの物語はコンセプトを説明したものにすぎない。すべては、まだ始まったばかりだからだ。
PHOTO: MACIEK905
第1部 学習する機械(ラーニング・マシン)
第1章 脳の誕生
肩書きはシニア・フェローを名乗っているが、ジェフ・ディーンは「グーグル・ブレイン」の事実上のトップである。細長い顔で深くくぼんだ目を持ち、真面目で、情熱にあふれているディーンは、エネルギッシュな男だ。
医学人類学者と公衆衛生疫学者の息子として生まれ、ミネソタ、ハワイ、ボストン、アーカンソー、ジュネーヴ、ウガンダ、ソマリア、アトランタなど世界各地で育った。高校と大学時代には、ソフト開発を手がけ、世界保健機関でも採用された。1999年にグーグルに入社してからというもの、ほとんどすべての重要事業の基盤ソフトウェア・システムの核心に携わってきた。
グーグル・ブレインの企業文化を記述した文書「ジェフ・ディーン・ファクト」は、「チャック・ノリス・ファクト」をまねたスタイルでこう書いている。
〈ジェフ・ディーンのPIN(暗証番号)はパイ(円周率)の最後の4桁です。〉
〈アレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明したとき、ジェフ・ディーンからの不在着信があるのを見ました。〉
〈ジェフ・ディーンは、レベル10が最高の本社の職階で、レベル11まで昇格しました。〉
ちなみに最後の記述は、ネタではなく本当の話である。
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