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ブックガイド「近代日本の文芸批評を知るための40冊」

文芸批評を知るために、明治から現代まで──
現在、批評家として活躍する3人が選んだ、
いま読んで欲しい40冊。

選者:杉田俊介/藤田直哉/矢野利裕

坪内逍遥『小説神髄』(岩波文庫)

 江戸時代から明治時代にかけて多く書かれていた通俗的な「物語」を批判し、「美術」(芸術)としての「小説」の必要性を高らかに謳い上げ、日本の文学を近代文学に改良しようとした野心的な一作というのが本書の通説である。が、「小説」の新しい価値を謳い上げ、たとえば「模写」が芸術性を持つことを説得するために、その根拠として西洋の文学史や「自然淘汰」などの科学を用いている点には注意が必要であろうか。このように論じることで彼が小説を改良しようとした苦心と誠実さと、同時にここで日本近代文学が抱え込んでしまった屈折も、丹念に読まれるべき一冊。こんなに立派なことを述べたくせに、実作『当世書生気質』前編の末尾が「ポカ。須「我」ポカ。須「アイタタタタ。」ポカポカポカ。(前編 終)」とマンガのようになってしまうのも、愛おしい。大いなる眼高手低の見本として、われわれ批評家を大いに勇気づけてくれる。(藤田)

夏目漱石『文学論』上下(岩波文庫)

 漱石が、東京帝国大学で行った講義録。と同時に、マッドサイエンティストの挫折した大構想の記録。「凡そ文学的内容の形式は(F+f)なることを要す」と本文は始まり、文学の内的な構造や、社会における意義などを、科学的・数学的に解明してしまおうとする。謎の図も頻出し、全体的に、神秘主義の思想家のノートか、錬金術師のメモのような異様さが醸し出されている。引用されているのはイギリスロマン派の作品が多く、悲劇やユーモアなどの詩的情緒がたっぷりの作品に、科学的・数学的に向かい合う漱石は、本気で真面目であるだけに、ドン・キホーテ的な悲壮さと滑稽さに溢れている。この挫折のあとに小説家・夏目漱石が生まれたという意義は深く考えなければならないが、それとは別に、現代にまで生き続けている、文学を科学するという夢の先駆的書物としても読まれるべきだろう。イギリス留学時代を滑稽に語った序文だけは何故か読まれ、本文は読まれない不遇な一作。(藤田)

「すばる」2017.3月号

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