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戸田先生 原水爆禁止宣言

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月 7日(火)18時47分23秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/42141

戸田城聖先生講演集下より(昭和36年初版創価学会発行)
▼▼▼▼▼▼
まえまえから申しているように、次の時代は青年によってになわれるのである。広宣流布は、われわれの使命であることは申すまでもないことであり、これはぜひともやらんければならんことであるが、今、世に騒がれている核実験、原水爆実験にたいする私の態度を、本日、はっきりと声明したいと思うものであります。
いやしくも、私の弟子であるならば、私の今日の声明を継いで、全世界にこの意味を透徹させてもらいたいと思うのであります。

それは、核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う。
それは、もし原水爆をいずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであるということを主張するものであります。
なぜかならば、われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔物であり、サタンであり、怪物であります。それをこの人間社会、たとえ一国が原子爆弾を使って勝ったとしても、勝者でも、それを使用したものは、ことごとく死刑にされねばならんということを、私は主張するものであります。
たとえ、ある国が原子爆弾を用いて世界を征服しようとも、その民族、それを使用したものは悪魔であり、魔物であるという思想を全世界に広めることこそ、全日本青年男女の使命であると信じるものであります。
願わくは、きょうの体育大会における意気をもって、この第一回の声明を全世界に広めてもらいたいことを切望して、きょうの訓示にかえるしだいであります。
▲▲▲▲▲▲


『1957/9/8 「原水爆禁止宣言」 戸田城聖』
https://youtu.be/au0rr5zPixE


2011年9月7日付創価新報は以下

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

臥子龍さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 7日(火)18時13分23秒
  長文の投稿ありがとうございます!
そうですね、これがすべてですよね!
元品の無明を滅することが正義ですね!

実は私は母が原爆被害者で原爆二世になります。
子どもの頃から戦争は絶対悪だと思っていました。

人間革命でこの文に出会ったときに身が打ち震える思いがしました。

真実とは何かを追求するために昔、左翼団体に属していた
こともあります。

当時わたしの御書は六法全書でしたが池田先生の絶対平和主義、
人間主義に出会った時に私の人生は変わりました。

すべては人間であると、人間で決まると理解しました。
池田先生は私の人生を変えて下さった大恩師です。
 

本来、生命の因果律を根本とする仏法には、人が人を裁くという考え方はない

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2017年 2月 7日(火)17時30分21秒
  人革12巻「宣言」より


戸田の思索は、核兵器が戦争の抑止力になり、それによって平和が維持されるという、核抑止論に及んだ。

これは、″水爆という未曾有の破壊力をもつ兵器が登場したことによって、もはや、戦争になれば、互いに共倒れすることになるから、戦争はできない″という考え方に始まっている。彼は、この核抑止論をもたらしているものは何かに、思索のメスを入れていった。

″核抑止論者は言う。――たとえば、核兵器をもって先制攻撃をしかけ、仮に一千万という人を殺したとしても、生き残った者が報復攻撃によって、何千万もの人を殺せるから、結局、核兵器が戦争の抑止力になる、と。

しかし、そんな思考自体が、人間精神の悪魔的な産物ではないか。この抑止力とは、人間の恐怖の均衡のうえに成り立ったものだ。

したがって、互いに相手が、より高性能で破壊力のある核兵器を開発し、装備することを想定し、際限のない核軍拡競争という悪循環に陥らざるを得ない。そこに待ち受けているものは、悪魔の迷路といってよい″

戸田城聖は、核抑止論の行き着く先を考えた。
″この考えに立つ限り、早晩、多くの国々が、安全を確保するためには核を持たなければならない、という発想に陥り、それが一切に最優先される時代が来よう。その結果、核兵器は全人類を何度も抹殺するほどの量となり、地球をも壊滅させ得る怪物へと肥大化していくにちがいない″

戸田は、ここまで考えると、この二十世紀という時代に現れた、黒々とした深淵をのぞき込むような思いに駆られた。深淵の様相は定かではないが、まさしく、人類が遭遇するであろう最大の地獄であろうと思った。それは、あの広島、長崎の原爆投下の惨状から、十分に推測することができた。

″原水爆は、これまでの兵器とは、その殺傷力においても、破壊力に、おいても、決して同列にとらえることはできない。いかに言葉を飾ろうと、人間の魔性の落とし子であり、人間の生存の権利を、根本的に脅かす運命的な兵器なのだ。そうだとすれば、原水爆の存在は、「絶対悪」として断じていかなくてはならないはずだ。

しかし、世の多くの指導者たちは、この恐るべき核兵器を、通常兵器の延長線上にあると考えている。それは、原水爆を実用に供する兵器にしようとするところから生まれた、あの「きれいな水爆」という言葉にも、端的に表れている″

戸田は、アインシュタインの「解放された原子力は、われわれの思考様式を除いて、一切のものを変えました」との言葉を思い出していた。

″アインシュタインの言うように、人類を死滅に追いやる原水爆の登場は、すべてを一変させてしまうのに、人間の考え方だけが変わっていない。

今、西側も、東側も、互いに、核軍拡競争に明け暮れ、相手が平和を望んでいないと非難し合っている。

しかし、最も大切なことは、イデオロギーに左右されるのではなく、原水爆こそ、人類の生存の権利を脅かす「絶対悪」である、この共通の認識に立つことではないか。

さらに、この魔性の産物である原水爆を使用する者も、また、悪魔であると断じていくことだ。野蛮の究極的な存在にほかならない原水爆の使用者を、人間は、人類の名において、決して許してはならない。絶対に! そして、この思想を、全世界に浸透させていくことだ″

戸田は、手帳を取り出すと、深い思いに沈みながら、考えをまとめでは記していった。
やがて、手を休めると、戸外の激しい雨の音に耳を澄ました。彼は、空模様が気がかりでならなかった。青年部東日本体育大会「若人の祭典」が、いよいよ明日九月八日に迫っていたからである。

戸田は、明日の三ツ沢の陸上競技場での体育大会は、愛する青年たちのために、ぜひとも、晴天に恵まれてほしいと思った。この体育大会は、彼自身にとっても、大きな意義をはらんだ大会であった。

彼は、この席上、原水爆に対する宣言を発表し、青年たちに託すことを、固く心に決めていたからである。

~中略~

戸田は、毅然としていた。強い気迫のこもった言葉が、マイクを通して陸上競技場の隅々にまで轟いた。

「それは、核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私は、その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う。

それは、もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであるということを主張するものであります。

なぜかならば、われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利を脅かすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります。

それを、この人間社会、たとえ一国が原子爆弾を使って勝ったとしても、勝者でも、それを使用したものは、ことごとく死刑にされねばならんということを、私は主張するものであります」

戸田城聖は、まず、核兵器を、今世紀最大の産物としてとらえた。「魔」とは、サンスクリットの「マーラ」の音訳であり、「殺者」「能奪命者」「破壊」等と訳されている。つまり、人間の心を惑わし、衆生の心を悩乱させ、生命を奪い、智慧を破壊する働きといってよい。

そして、この「魔」の頂点に立つものこそ、第六天の魔王であり、それは、他化自在天王といわれるように、他を支配し、隷属化させようとする欲望をその本質とする。
この観点に立つ時、人間の恐怖心を前提にして、大量殺裁をもたらす核兵器の保有を正当化する核抑止論という考え方自体、第六天の魔王の働きを具現化したものといってよい。

彼の原水爆禁止宣言の特質は、深く人間の生命に潜んでいる「魔」を、打ち砕かんとするところにあった。

当時、原水爆禁止運動は、日本国内にあっても、大きな広がりをみせていたが、戸田城聖は、核兵器を「魔」の産物ととらえ、「絶対悪」として、その存在自体を否定する思想の確立こそが急務であると考えたのである。それなくしては、原水爆の奥に潜む魔性の爪をもぎ取ることはできないというのが、彼の結論であった。

それは、いかなるイデオロギーにも、国家、民族にも偏ることなく、普遍的在人間という次元から、核兵器、及びその使用を断罪するものであった。そこに、この原水爆禁止宣言の卓抜さがあり、それが、年とともに不滅の輝きを増すゆえんでもある。

戸田が、原水爆禁止宣言のなかで、原水爆を使用した者は「ことごとく死刑に」と叫んだのは、決して、彼が死刑制度を肯定していたからではない。

彼は、九年前の四八年(同二十三年)に、極東国際軍事裁判(東京裁判)で、A級戦犯のうち東条英機ら七人が、絞首刑の判決を受けた時、次のように述べている。

「あの裁判には、二つの間違いがある。第一に、死刑は絶対によくない。無期が妥当だろう。もう一つは、原子爆弾を落とした者も、同罪であるべきだ。なぜならば、人が人を殺す死刑は、仏法から見て、断じて許されぬことだからだ」

また、彼は、しばしば、「本来、生命の因果律を根本とする仏法には、人が人を裁くという考え方はない」とも語っていた。

では、その戸田が、なぜ、あえて「死刑」という言葉を用いたのだろうか。戸田は、原水爆の使用者に対する死刑の執行を、法制化することを訴えようとしたのではない。彼の眼目は、一言すれば、原水爆を使用し、人類の生存の権利を奪うことは、「絶対悪」であると断ずる思想の確立にあった。

そして、その「思想」を、各国の指導者をはじめ、民衆一人ひとりの心の奥深く浸透させ、内的な規範を打ち立てることによって、原水爆の使用を防ごうとしたのである。

原水爆の使用という「絶対悪」を犯した罪に相当する罰があるとするなら、それは、極刑である「死刑」以外にはあるまい。もし、戸田が、原水爆を使用した者は「魔もの」「サタン」「怪物」であると断じただけにとどまったならば、この宣言は極めて抽象的なものとなり、原水爆の使用を「絶対悪」とする彼の思想は、十分に表現されなかったにちがいない。

彼は、「死刑」をあえて明言することによって、原水爆の使用を正当化しようとする人間の心を、打ち砕とうとしたのである。いわば、生命の魔性への「死刑宣告」ともいえよう。

当時は、東西冷戦の時代であり、原水爆についても、東西いずれかのイデオロギーに立つての主張が大半を占めていた。戸田のこの宣言は、それを根底から覆し、人間という最も根本的な次元から、原水爆をとらえ、悪として裁断するものであった。

宣言を述べる戸田の声は、一段と迫力を増していった。
「たとえ、ある国が原子爆弾を用いて世界を征服しようとも、その民族、それを使用したものは悪魔であり、魔ものであるという思想を全世界に弘めることこそ、全日本青年男女の使命であると信ずるものであります。

願わくは、今日の体育大会における意気をもって、この私の第一回の声明を全世界に広めてもらいたいことを切望して、今日の訓示に代える次第であります」

宣言は終わった。大拍手が湧き起こった。感動の渦が場内に広がっていった。
戸田城聖が、この原水爆禁止宣言をもって、第一の遺訓とした意味は深い。日蓮大聖人の仏法が、人間のための宗教である限り、「立正」という宗教的使命の遂行は、「安国」という平和社会の建設、すなわち人間としての社会的使命の成就によって完結するからである。

戸田は、原水爆の背後に隠された爪こそ、人間に宿る魔性の生命であることを熟知していた。そして、その魔性の力に打ち勝つものは、仏性の力でしかないことを痛感していたのである。

原水爆をつくりだしたのも人間なら、その廃絶を可能にするのも、また人間である。人間に仏性がある限り、核廃絶の道も必ず開かれることを、戸田は確信していた。

その人間の仏性を信じ、仏性に語りかけ、原水爆が「絶対悪」であることを知らしめる生命の触発作業を、彼は遺訓として託したのである。

以来、この宣言は、創価学会の平和運動の原点となっていった。
三ツ沢の陸上競技場に集った五万余の参加者のうち、子どもたちを除けば、戦争にかかわりのなかった人は、一人としていなかった。

それだけに、原水爆実験の果てに、いつまた、あの戦争が勃発するかもしれないという強い不安に苛まれていたといってよい。

しかも、これから起こる戦争では、広島、長崎に投下された原爆を、はるかにしのぐ、大きな破壊力をもつ核兵器が使用されようとしているのである。もし、世界戦争が起これば、日本はもとより、世界中が廃墟となるであろうことは間違いない。

″もう、戦争はごめんだ″との悲願こそ、人びとの共通の感情であったが、そのために、学会員として、また、一人の人間として、何をなすべきかは、わからなかった。

しかし、戸田のとの声明は、暗夜の海に輝く灯台のように、進むべき進路を照らし出したのである。

青年たちの胸には、この時、人類が直面した未曾有の危機を克服する、新たな使命の火がともされたといってよい。だが、それはまだ、小さな灯であった。その火が、人びとの心から心へと、燃え広がり、平和のまばゆい光彩となって、世界をつつむことを実感できた人は、皆無に等しかったにちがいない。

山本伸一は、戸田城聖の原水爆禁止宣言を、打ち震える思いで聞いていた。彼は、この師の遺訓を、必ず果たさなければならないと、自らに言い聞かせた。そして、戸田の思想を、いかにして全世界に浸透させていくかを、彼は、この時から、真剣に模索し始めたのである。

伸一の胸には、数々の構想が広がっていった。しかし、彼は、はやる心を抑えた。それが、創価学会の広範な平和運動として結実していくには、まだ、長い歳月を待たねばならなかった。
 

原田会長の組織を守る為には人権侵害も行う

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 2月 7日(火)15時55分41秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

人権について様々な議論が展開されています。

現在の創価学会に言えることは、「組織を守る」為なら「人権侵害」も行うです。

戸田の命より大切な組織とは有名な御指導です。

与えて言うならば大切な組織であっても「人権侵害」をしてまで守ってはダメなのです。
戸田先生は「人権侵害」までして組織を守れと御指導されると皆様は思いますか?

奪って言えば、現在の創価学会組織に戸田先生の精神はありません。
そんな組織を「人権侵害」まで侵して守る必要はないのです。

とは言ってもキリスト教の魔女狩りしかり、イスラムの聖戦しかり創価学会の人権侵害しかり片寄った思想の宗教者が指揮する組織はそうなってしまうものです。

皆様はどう感じますか?
 

原田会長になってから外道の信仰に

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2017年 2月 7日(火)15時32分24秒
  信濃町のネット対策チームの対策様
外道にも人間を貶めるような教義や理念はありません。
宗教の名を騙る詐欺師の団体です。

あれだけ先生は「国家主義は人権を踏み倒し戦争の道に突き進む。」
「公明議員は戦え!」と何度もおっしゃっていたのに!

ガンジー・キング・イケダは今何処。
 

人権侵害に公明党職員も関係②

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 2月 7日(火)15時03分47秒
  信濃町のネット対策チームの対策です。

原田会長率いる執行部に対して叱責する会員さんに対して創価学会職員と公明党職員による「人権侵害」は惨い状況です。

自分達に逆らう人間にはあらゆる手段で「迫害」する姿勢は天魔そのものです。

中道を説く仏教者でありながら、反対者を殺害する外道の宗教と同じになっています。

これが池田先生の作った創価学会とは思えません。
原田会長になってから外道の信仰に落とされてしまったのです。

 

返信

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月 7日(火)12時37分20秒
  TO 太ちゃんさん
コメントありがとうございます。
周囲の方達が、54年問題を師弟の問題としてとらえられないことを、どうしたらいいか悩んでいます。で功徳の話をすることになると話がすり替わってしまいますので、参考にさせていただきます。

TO ひかりさん
何度か協議会やら座談会で54年問題の話をしたのですが、査問にもかけられず、私のいる地域は大丈夫なのか?と思ったら、聞いた方の耳にも心にも、さっぱり入っていないことに愕然とした次第です。
  「打ち出しに流されている」とのコメント。それです。さすがポイントを押さえておられる。
どっけんじんにゅう、しっぽんおーしっこう~、と毒が入っているみたいです。

私の周りは、部員ゼロ。全員老齢幹部です。
みんな何も言いません。思考停止してます。

しかし「だんだん効いてくるのかな?」には励まされました。良いご指導いただいた感じです。
数回で諦めててはいけないですね。
ありがとうございます。
 

これ犯罪ですね。

 投稿者:ダメよダメダメ~  投稿日:2017年 2月 7日(火)12時11分2秒
  Twitterからですが、これは完璧に違法。犯罪です。
学会員さんの浄財で生活しながら犯罪行為を行うとは言語道断。

どの様に正当化する気か?

これではかつてのカルト教団の何とか真理教と変わらないですよ。
支援する公明党が政権与党だからと言って調子に乗っていませんか?
これは犯罪行為であり、反社会的行為です。

千代田区は新宿区に隣接。信濃町界隈も近い。
皆様も気をつけましょう。

以下、ある学会員さんのTwitterより引用。

当方のアカウントに、不正にログインしようとたびたび画策している連中は、東京の千代田区に拠点があるらしい。
しかも、狙いをつけているのは当方に限らず、何人かの要員を使って四六時中、複数のアカウントを監視している模様。
陰湿な、パンくず拾いの無礼者どもよ。いつでも相手になるぞ。
 

日本会議の危うさ

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2017年 2月 7日(火)11時53分32秒
  以前、同中で先生が「日本は国家主義に入りました」とおっしゃっていましたね。
加藤紘一元自民党幹事長の人なりに関しては四月会のこともあり信頼できないとこも多くはありますが、国家主義に異を唱え、難に遭ったのは間違いない事実です。

今の学会執行部や公明党よりはるかに立派に見えます。
魚住 昭氏のネット記事を掲載します。
別に加藤紘一元自民党幹事長の本を宣伝するわけではありません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
加藤紘一が10年も前に予見していた「日本会議の危うさ」
歴史を見通す確かな眼力

魚住 昭
ノンフィクションライター

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50913

親友・山崎拓の弔辞

2016年9月15日、東京・青山葬儀所で営まれた加藤紘一の葬儀(自民党と加藤家の合同葬)で、彼の親友だった元自民党副総裁の山崎拓はこんな弔辞を述べている。

「二年前、君がミャンマーに旅発つ直前に天ぷらそばを食べましたね。そのとき、僕はずっと懐疑的に思っていたことを思い切ってききました。

それは『君は本当に憲法9条改正に反対か』という問いでした。君は『うん』と答えました。『一言一句もか』と、またききました。『そうだよ。9条が日本の平和を守っているんだよ』と断言しました。

振り返ってみると、これは君の僕に対する遺言でした。まさに日本の政界最強最高のリベラルがこの世を去ったという思いです」(「産経ニュース」より)

これより10年遡る2006年8月15日、小泉純一郎首相が靖国神社に参拝した。加藤はその前月発売の『文藝春秋』8月号の対談で小泉の靖国参拝を批判した。そのため、同じ8月15日、東京・新宿に本拠を置く右翼団体の幹部に山形県鶴岡市の自宅を焼き討ちされた。

近未来を予見する手紙

加藤紘一の著書『テロルの真犯人』はその直後、テロの記憶が生々しい時に書かれた手記である。

一読して驚くのは、あれから10年たつのに加藤の言葉が少しも古びていないことだ。いや、それどころか、より鮮烈さを増している。彼の10年前の見通しがことごとく当たっているせいだろうか。まるで近未来を予見するために書かれた手紙を読んでいるような気がした。


加藤紘一はすでに10年前、日本のいまの危うさを見通していた。

第一章で加藤は、テロ事件の元凶は小泉前首相ではないかという見方を否定し、「なにか、もっと大きなうねりが、いま起きていると感じるのだ。そのうねりが、小泉氏のような政治家を、首相に押し上げた。/時代の空気が、靖国参拝を是とする首相を選んだ。/時代の空気が、テロで言論を封殺しようという卑劣な犯行を招いた」と書いている。

この前後、日本では排外的ナショナリズムの昂揚を示す出来事が相次いだ。『嫌韓流』がベストセラーになったのは前年の2005年。

07年には「在日特権を許さない市民の会」が発足しヘイトスピーチをまき散らすようになる。が、何より特記すべきは、「日本会議」などの改憲勢力が待ちに待った本格右派の安倍晋三政権が06年9月に発足したことだろう。


「日本会議」の伸張

日本会議の前身は1974年、臨済宗円覚寺貫主・朝比奈宗源の呼びかけで結成された「日本を守る会」だ。

この会には、生長の家の創始者で皇国イデオロギーの鼓吹者である谷口雅春のほか神道、仏教、キリスト教など宗教団体の最高指導者や文化人らが集まった。

「守る会」は1977年夏、元号法制化を求める国民運動をはじめる。そのとき会の事務局に加わったのが、日本青年協議会(生長の家の学生OB組織)の書記長だった椛島有三(今の日本会議の事務総長)だ。椛島は天性のオルガナイザーで、大衆運動の戦略・戦術に長け、彼の一声で動き出す若者が全国各地に大勢いたという。

椛島らの元号法制化運動は大成功をおさめ、運動開始からわずか2年後の1979年6月に元号法が制定された。以来、右派運動の主流は街宣から大衆運動へと変わる。右翼研究で名高い堀幸雄の言う「制服を着た右翼」から「背広を着た右翼」への転換である。

また、この運動の盛り上がりを受けて1981年、宗教界、財界、政界、学界などの代表者約800人を集めた「日本を守る国民会議」(宗教人・文化人のみで作る「守る会」と事務局は同じ)が結成された。

この「国民会議」と「守る会」が合併して日本最大の右派団体・日本会議が誕生するのは、16年後の97年のことである。

ここで読者に留意してもらいたいのは、1983年、生長の家が教団の代替わりに伴い、政治運動との絶縁を宣言したことだ。したがって現在の生長の家は日本会議とかかわりがない。

谷口雅春に心酔する椛島や、伊藤哲夫(後の安倍ブレーン)、衛藤晟一(後の安倍側近の参院議員)ら、後に日本会議の中核メンバーになる人々は、この路線転換で教団から排除されたり、自ら離脱したりした。

さて、椛島らが事務局を担う「国民会議」と「守る会」のその後の活動に移ろう。1995年6月、自社さ連立政権の村山富市内閣時代に日本の過去の植民地支配や侵略的行為を反省する戦後50年決議が衆院で 行われたのを覚えておいでだろうか。

決議が行われる前、文案をめぐって与党内が紛糾した。社会党が主張するようにあの戦争が侵略戦争だったと認めるかどうか、アジア諸国への植民地支配に言及するかどうかが焦点となった。政調会長の加藤紘一らが与党間の合意を取りつけようと奔走した。

それに反対していたのが「参院のドン」村上正邦である。村上は「侵略戦争だと認めることなんて断じてできない」と突っぱねた。ならば、どういう内容にすれば了承できるのかと加藤らが文案づくりを繰り返した。

加藤が「これならどうです」と文案を持ちこみ、衆院の役員室で村上らに提示する。それを村上は自分の参院幹事長室に持ち帰る。

幹事長室には、椛島や筑波大教授の中川八洋ら右派の幹部たちが集まって応接間を占拠していた。

村上が持ち帰った文案を椛島や中川らに「どうだ」と見せる。彼らは「いや、これじゃ駄目だ」「この文言はああだ、こうだ」と言う。村上は加藤らに「こんな文案じゃ、受け入れられない」と伝える。その繰り返しで夜が更けていった。

最終的に加藤らが提示してきた文案は「世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし」という言葉を挿入することで戦争や植民地支配を歴史上の事実として一般化するという妥協案だった。

そのうえで「我が国が過去に行った行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する」とつづく。

村上が加藤から口頭で伝えられた文案はそうだった。これだと日本の「植民地支配や侵略的行為」を認めたことにならず、曖昧になる。そう思った村上はOKを出し、成文化されたペーパーを確認もせず、参院幹事長室に戻った。

そのペーパーをみんなに見せると「なんだ、これは! おかしいじゃないか」と言い出した。村上がペーパーをよく見ると「我が国が過去に行った」のあとに「こうした」が入り「行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し……」となっていた。これだと侵略戦争を認めたことになってしまう。以下は村上の回想である。

「椛島さんらはものすごい勢いで怒った。私が彼らをペテンにかけたと言うんです。なかには私のネクタイをひっつかまえて怒鳴る者もいて幹事長室は大騒ぎになった。だから私はそこで決断した。衆院が決議するのはもうやむを得ない。しかし参院では私が責任をもって決議させない。だから了承してくれと言った。それでどうにか、その場は収まった」

戦後50年決議は参院では行われなかった。両院一致が慣例なのに異例の事態である。裏返すと、椛島らの勢力は国会の動向を左右できるまでに巨大化していたのである。


加藤紘一が感じていた「危機感」

1999年には国旗・国歌法が制定された。村上証言によれば、この原動力となったのも日本会議だ。

彼らは一つずつ政策課題を実現していくことで外堀を順に埋め、ついには2006年の第一次安倍内閣、12年の第二次安倍内閣の誕生で本丸の憲法改正に手が届く所まで到達したのである。

この状況の危うさを加藤はよく知っていた。本書には彼の危機感が表れている。彼はそれを手を拱(こまね)いて見ていたのではない。首相の靖国参拝支持論者のなかで圧倒的に人気の高い小林よしのりに注目し、彼の靖国論、戦争論、歴史論には明らかに日本会議の影響で書かれている記述があると指摘する。

たとえばこういうところだ。

〈「日本は東京裁判をサンフランシスコ講和条約第11条で認めている/だからA級戦犯は犯罪人だ」/とサヨクがよく言っていたがほとんど詐欺師の詭弁と恫喝だ〉

当の条文Japan accepts the judgmentsは「日本は諸判決を受諾する」という意味で「裁判を受諾する」ではない。つまり、日本は東京裁判の判決を受け入れたのであって裁判そのものを受け入れたのではない。だからA級戦犯の恩赦を連合国に諮る必要はない。日本が単独で決められると小林は言うのだが、加藤はそれを一蹴する。

「この論理は、日本会議の主張とまったく同じである。そして、安倍首相の著書『美しい国へ』にも、まるで同じ記述がある。じつは日本会議、小林氏、櫻井よしこ氏、そして安倍首相が東京裁判やA級戦犯合祀問題について論じる際、最大の論拠にしているものに、植草学園短期大学元学長の佐藤和男氏(法学博士)による『日本は東京裁判史観により拘束されない─?サンフランシスコ平和条約の正しい解釈』という論文がある」

何のことはない。ネタ元は一つで、しかもそれが相当アクロバティックな論理で成り立っている。こんな子供だましにだまされてはいけませんと加藤は言いたいのだろう。

しかも「第一一条の受諾は、単に刑の言い渡しだけを受諾したものではなく、そういう主張には根拠がない」として政府の有権解釈がすでに定まっている。

これ以後の加藤の東京裁判否定論・A級戦犯合祀論に対する反論は説得力に満ち溢れていてホーッとため息をつきたくなるほど見事である。本書の白眉だからじっくり読んでいただきたい。そうした眼力は若いころに外交官として訓練されたからこそ獲得できたものだ。

条文解釈能力や論理的思考力、歴史を見る目の確かさ。そして取材で二、三度訪ねた私を迎え入れるときの懐の深さと包容力も忘れられない。これほどの政治家はもうなかなか出てこないのではないか。

山崎拓が言うように、私たちは「最強最高のリベラル」を失ってしまったのだと思う。
 

社説

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2017年 2月 7日(火)11時46分1秒
  「社説は、新聞社の生命だ。」と師匠。



生命なくば 使命もないではないか!!



新 人間革命18巻 《獅子吼》をもう一度 生命に刻み 若き聖教職員よ。立ち上がれ!!
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、小生はイケディアンの住人さまに賛成デスが、怪鳥様はいかがですか~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月 7日(火)09時38分50秒
編集済
  おはようございます。毎日、毎日、劣化が激しい政教珍聞を見るにつけ、悲しくなりマスね~(笑)

イケディアンの住人さまの御指摘のとおり、本日の政教珍聞には社説ナシ(笑)全12面のうち3分の1以上が広告面(笑)

一般紙面では、奈良市議選の選挙結果の報道はあっても、全国的ニュースのはずの千代田区選の報道は昨日も本日も一切ナシ(笑)

1面では、そんなに身近でもない海外ネタに終始して、しかも情報が遅い(笑)これ読んで果たして歓喜するのでしょうか?



本日の「新・人間革命」(大山三十一)も上っ面をなぞるだけの文面(呆)執筆チームの皆さんにはホントがっかりデス( ;∀;)

せっかくだから小生が聞いたエピソードを一つ紹介しておきます。


この頃先生は、ピアノを弾かれることが多くなりました。それは、宗門から「指導はするな」と行動を制限されていたからです。

ですから先生は、「話せないのなら、ピアノで激励しよう」と奥様と深夜に練習され、また会合に参加していた女子部に教えを請い

「これでいいのかな」とか「御両親は?」とか、傍から見れば単なる世間話ですが、その一言一言に全魂を込めて激励されていたのです。

先生の手は、指も短く、ふっくらとされているので、ピアノ向きではありません。自身でも「僕の手はピアノ向きじゃないんだ」と。

技術的にも、決してうまいものではありません。左手で和音、右手でメロディといったむしろ稚拙なものです。

しかし、行動を制限されていた先生は、「このピアノの音を忘れてはいけないよ」「これが精一杯の激励だよ」と皆を鼓舞されていました。

後日、先生は述懐されています。
「しゃべるなと言われても、書くことができる。書くなと言われれば、音楽を弾いてでも激励できる(中略)どんな立場になろうと私は私である、どんな圧迫があろうとも、私は愛する学会員のために働き続ける。それがこの十数年の私の決意であり、戦いであった」
(創価ルネサンス10より引用)


執筆チーム」の皆さ~ん、上っ面をなぞるだけでは、何の感動もありませ~ん(笑)背景を描いた上で、心情やエピソードを描かないと小説が死んでしまいます。

もっとセンスあふれるモノにしていただかないと、読者も離れるばかりデス。



 

(無題)

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月 7日(火)08時25分3秒
  毎日新聞2/5配信記事

【都議選は単なる地方議会選ではない。2009年は当時の民主党が第1党に躍り出て、同年の衆院選で政権交代を果たした。13年は自民、公明両党の候補者が全員当選し、続く参院選でも圧勝した。小池氏が「参戦」する今回は、既成政党の勢いを測るバロメーターになる。ここで自民党がつまずくと、今年秋が有力視される衆院解散の先送り論が強まる可能性がある。

 公明党の斉藤鉄夫選対委員長は、千代田区長選の自主投票を決めた1月26日の党会合で「保守が分裂しているため」と説明した。しかし自公両党は13年の前回区長選で石川氏に対立候補をぶつけた。都議選を重視する公明党が今回、小池氏に配慮したのは明らかだ。小池氏との距離を巡って両党にすきま風が吹いている。

 山口那津男代表は「連立政権は微動だにしない」と雑音を封じるが、公明党内には「都議会でここまで『親小池、非自民』を鮮明にすると、国政への影響は出てくる」という声もある。】


昨年は
増田応援
させたじゃん

小池さん
人気があるのよ
当たり前

12月
公明離反の
都議会で

何なのよ
風見鶏って
首二つ?


・・・もうどうでもいいんじゃんと思ってしまいます。

笑ってしまうのであります。


幹部は「いい方に 行かせる中道 これ使命」とかいうのか?

バカいってんじゃないよ。

たくさんの真面目な学会員を無慈悲に排除した罰は、受けること。

 

おはようございます!

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月 7日(火)08時10分31秒
編集済
  謎の弟子Xさま

御投稿では、会合で様子を見たのかなという感じがしました。

味方は、会合ではなく、対話で増えていくと思います。

一対一が基本、ときに一対二だったりしますが。

会合では黙っていて、自分の本心を言えない空気があります。

このこと自体が本当はおかしなことなのです。

「組織主義に毒されている」ことに気づかず、打ち出しに流されているのですから、仕方がないですね。



私は、ストレートに現実に起きたことを話しています。

「いつの間にか教義が変わってしまった事実を知ってるか?」と聞くと、たいていの人は知りません。

その話から始まって、54年の話になります。

54年にまだ入信していない人は、熱心に聞いてくれます。

54年を乗り越えてきた人はいろいろ思い出して、私が知らない話をしてくれたりします。



幹部が相手だと、首根っこに縄でもついているみたいで、最初はそっちに固執してモヤモヤしていたり、

何を恐れているのか知りませんが、ただ黙って聞いていたりします。

「なにか不都合があるのか?」「誰かに何を報告するか考えているのか?」「言え」

私は、容赦なく突っ込みます(笑)

まあ、私に接触しただけで幹部はアウトでしょう。 とにかくバカみたいに変てこな組織なんですよ。

ですから、話したいという幹部はめったにいませんが、いないわけでもありません。

中には、自分の方から二度三度と接触してくる人がいて、だんだん効いてくるのかな?と思います。

そして、「自立した信心の時代だよね」と言い始めたりするのです。

そういう人は、真実を求めているんだと思います。








 

依法不依人

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 2月 7日(火)07時55分33秒
編集済
  >勿論「入信動機」は色々と思います。世代、性別、他でけっこう違って来るかと思います。<
>「いい人」が「実証と呼べるレベル」であれば、それでいけるでしょうが、普通の「イイヒト」レベルでは無理でしょう。<
>イイヒト……彼はオウム信者でした。私の東京時代の友人でした。彼の話を聞いても私はオウムには入りませんでした。それを裏づける教義が無かったからです。
 私も、私の紹介者(男性)も、その相手の学会員が「いい人」という理由での入信はあり得ないことでした。<

>折伏と言いながら教義は殆ど語らず、「私、イイヒトでしょ?」、またサポートらしき幹部も「彼はイイヒトでしょ? 彼のようになりたいと思わないかい?」
 のような話をして、とりあえずは「入会」するという流れになる……というのが今のハヤリです。<
>「日本は今でも、草創期の時の様に折伏して」はいない、というのが、私の地域のみならず、恐らく全国平均でしょう。その婦人部長のようになっているのが
 殆どでしょう。即席の折伏でインスタント広布です。<

ワシャ止まると死ぬんじゃ   投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 2月 5日(日)11時29分27秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63935

SaySaySay様

私の質問への回答、ありがとうございました。

そうですか。日本もやっぱりそうですか。
この現象は世界中で起きている事でしょう。
しかも長い期間に渡って、、。

想像はしていましたが、涙が出るほど悲しいです。
大聖人の仏法は形骸化し、尊重されてないのですね。

「いい人」というのは絶対的な価値ではなく、相対的なものです。
それを絶対的にされて入信動機にされる人こそ大迷惑です。
完全な人間というのはいないからです。

仏法には「文証」「理証」「現証」という3つの観点から見る宗教の総点検の法理がありますが、これは、人間性を図るものさし
にもなると私は見ています。

「現証」として表面的にその人がいい人で魅力的であっても、その人の人生の生き方の核になる部分が、正しい生命の真理
にそぐわない歪んだものだとしたら、そのいい人という「現証」は「理証」の裏づけがないものであり、はかないものになりかねません。
ある状況においては、逆に生命の尊厳論に反してくるかもしれません。

言葉を変えれば、キリスト教やサイエントロジーなどの他宗教でも「現証」としての功徳論はありますが、その裏付けとなる「教義」が「理屈」(理証)に堪えるものでなければ、その功徳は、普遍的なものでも、ましてや宿業転換の深みからくる人間革命とは言い難いと思います。

総ての生命に内在する「仏性」を絶対価値として生きなさいと大聖人は教えています。
仏法は「依法不依人えほうふえにん」(法に依って人に依らざれー但し、三身を拓き顕した仏は、法と一体となっているので別格だが、それもあまり人の部分だけを強調しては誤解を招く)を説いています。

続きを書いていますが、とりあえずお礼まで。
 

おはようございます。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2017年 2月 7日(火)05時13分49秒
  魂の炎様、皆様ありがとうございます。体調良くなりました。
(^^)

宿坊、少しずつ拡散中です。

将来、やりたいことがあり資金を少しずつ調達しているのですが、極悪を責める題目で、少し増えました。道はまだ遠い、できるかな?無理を承知で。ですよね(>_<)



 

社説の無い公称100万部を超える聖教珍聞(><)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 7日(火)02時26分39秒
  過去記事のスクラップで、先般投稿した昭和五十年代の聖教新聞の社説のみを読んでいると毎日、毎日、必死になってまとめられている心情が伝わりました。信心二十年の貫禄シリーズ、七つの鐘シリーズと、これらも良くまとめられていて、貫禄シリーズの笑顔の写真は、寝たきりオジサンの投稿の通り、素晴らしいものです。

では、今の聖教珍聞は?社説はたまに二面どころではなく、四面やらどこに掲載されているのか、わからない場所にポツンと載っている(><)
内容は、無いよう~見たいなありきたりの話し(><)

また、外部購読者と会った時には散々言われそうな新聞紙面です。朝日とか毎日とか読売新聞など、地方紙でもここまで劣化している新聞紙面構成は無いのでは(><)

社説無き、主張無き、公称100万部を超えている珍しい珍聞(><)
時事も話題も遅れて掲載するニュース性無き、後付講釈の事後報告珍聞(><)

本当にフィクション小説となった新・人間革命で過去を隠蔽するために歴史を作り変えて展開する聖教珍聞(><)

どんどん読者離れが進みマス(><)
 

女性に贈る100文字の幸福抄

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 7日(火)01時06分31秒
  いつも余裕のない、
暗い顔をしていたのでは、
周囲の元気もなくなってしまう。
そこからは希望も、活力も生まれてこない。
笑顔の人は強い。
正しい人生を歩んでいる人には、
晴れ晴れとした明るさがある。
 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 7日(火)00時59分54秒
  二月七日

失敗しても、叱るより「今回は、あなたらしくなかったね」

と言ったほうがいい。

壁を乗り越える自信と、乗り越える喜びを伝えてあげたい。
 

太ちゃんさま

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 7日(火)00時54分37秒
  二十一世紀になって、広布の山を登るのは疲れるし~、大変な思いをしなくても、山を降りて行く方が楽だし~、言われたことを卒なくこなしていた方が、組織の人間関係を良好に保つ秘訣だ?と、現場組織が退化しているのです(><)

気づきも発見も面倒くさい、日常の生活でもヘトヘトになっているのだから、学会活動まで煩わしく考えたくな~いと言う隷属感覚ですね(><)
 

謎の弟子Xさんへ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月 6日(月)23時58分12秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/63993

組織はこんな状態で功徳と無縁になりつつありますね。
「いますぐ功徳の必要な人」ならば話をしやすいのではないでしょうか。
そういう人は本物を求めてるから真剣に聞きますよ?

ロコツにおかしくなって年月が経ちつつあります。
徐々に増えてることと思いますけど。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 2月 6日(月)23時42分34秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

54年問題への関心

 投稿者:謎の弟子X  投稿日:2017年 2月 6日(月)23時01分8秒
  今日、会合に出てみて、私の周りにいる方達は、まったく関心ないことがわかりました。
知らないし、知りたくもない。知ってても思い出したくないようです。
興味があるのは、支援カードの枚数が足りないことくらいですかね。

仲間を増やす戦いに、ちょっと行き詰まってしまいました。
題目上げて、境涯開いてきます。
 

信濃町の人びとさま

 投稿者:ルパン三世  投稿日:2017年 2月 6日(月)22時55分13秒
  信濃町の人びとさま
ありがとうございます。
確か秋谷さんはシナノ企画、
青木、森田、両氏は分かりません。

ところで、学園の校長が謹慎処分を受けていたと聞きました。
謹慎処分を下したのは学園に関係ない○○さん。
学園の担当は原田主任副会長ですが、
それを飛び越えて関係のない本部の首脳が指示。

校長が謹慎処分とは何があったのでしょうか?

教育の場の学園も衰退していたら大変です。
 

同盟題目23時

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月 6日(月)22時54分35秒
  より開始します。よろしくお願い致します。
池田先生のご健康を祈ります。
 

吹雪の秋田

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 2月 6日(月)22時47分12秒
  秋田指導 35年前先生は・・・・
今の本部最高幹部の皆様は・・・
 

外郭の顧問は?

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月 6日(月)22時26分55秒
編集済
  同意  投稿者:ルパン三世
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63984

ルパン三世さん
外郭についてお詳しいですね。

ところで、秋谷、青木、森田康夫の三氏は未だに外郭の顧問なのでしょうか?昨年初めの頃はまだ顧問だったと思うのですが?

もう彼らは80歳代後半、90近いはずです。
 

まったくそうですね

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月 6日(月)21時58分12秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/63985

反板は違法行為をしてますねぇ~。
僕は誰ひとりとして画像の無断使用を認めていない。

しかも、僕と「とある女性」がモメるよう仕向ける目的のものがありますねぇ。
どっちが潰れようが知ったことじゃない人物でなければやれんことでしょうね。
真面目に取り組んでる学会員にすら「使い捨て」にしようとしてる状態が反板から読み取れるものです。
学会を嫌ってもらうためにやってるようなもんですねあれじゃ。
およそ池田先生の理念とはハッキリかけ離れている。

「宿坊憎し」というより「池田先生憎し」といった状態。
「池田先生憎し」が監督して反板が運営されてんだろうなぁと。
あのどこが『一切衆生の幸福』に結びつくのか支離滅裂。
まぁ勤行さえもやってないのだろうから『一切衆生の幸福』を無視できることだろうなぁと。
ロコツな違法行為をやった時点でアウトですね。

反板は僕へ喧嘩を売ったと認識してる。
いや「仏敵から明瞭な喧嘩を売られた」というべきか。
以前にも警告したが、僕へ変なマネをしなければ僕もこれ以上のことまではするつもりない、とね。
反板のおかげで僕もようやくリアルで動く決意をしたよ。
こんな非道がまかり通る世界なんかあっちゃいけないよ。
組織でいまリアルタイムに非道を受けてる人が多い様子だね。
反板は変に「炊きつけ」過ぎたね?

あらま


追伸:
かつての聖教新聞では、池田先生がどんなことをしているのか、連日のように記事になっていたものです。
「直弟子」を自称する原田会長には、ぜひとも毎日何をしてるのかを、一日のスケジュールを沿えて折伏行脚の様子を記事にして欲しいものです。
会員の手本となるよう、日々の様子を細かく記事にすることで、それでこそ「直弟子」でしょう。
何日も前のことを記事にする余裕なんてありませんよ?
学会を信じてる会員もその辺りは興味あるところでしょうね。

原田会長、まさか話せない実態だから「できない」なんてことないですよね?
池田先生を54年に会長職から引きずり降ろすことまでやって今は会長をされてるのですから、どんな日常なのかを、ぜひとも聖教新聞にて毎日詳細に記事にして「折伏行脚してるぞ!」と鼓舞すべきです。
「直弟子」を自称するなら当たり前のことですよね?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

変化の時を迎えていながら、何も出来ない創価公達(><)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 6日(月)21時54分27秒
  ぬるま湯が、熱湯になる前に出ていくことが最善の方法です。公達社会は上意下達、トカゲの尻尾切りのように気に食わない者(媚び諂わない・先生の言葉を吐く正直者)を次々に配置替、査問、退社、除名する(><)

残った財産を公達で山分けして計画倒産、給与も管財も無しにして残った社員は路頭に迷わせて生活保護(><)コンサル会社が処分手続きの仕方を伝授してくれます。

問題は、多くの仕事を無給のボランティア活動によって成り立っている創価公達学会の現場組織です。いくら公達の手下が『益々お元気な先生の元、対談も新・人間革命執筆も精力的にされている毎日の聖教珍聞、先生からのお手紙を拡大啓蒙することが折伏弘教です!』などと鼓舞しても、中身が終わっていては皆、呆れて黙りこんでしまっています。

聖教珍聞本体の中身を毎日、社説が出てくるしっかりした紙面にしなければ、数年経ずして廃刊になります(><)どうするのでしょうかね(><)
 

外郭団体

 投稿者:海外在住  投稿日:2017年 2月 6日(月)21時27分35秒
  外郭団体は就職先を探せない創価大学生の受け皿になります。
海外の組織でも、創価大学卒が看板でスタッフに採るケースが多いです
海外メンバーは創価大学卒=先生の直弟子と勘違いしてしまいガチですね。
 

本日も、今更ながら??????の聖教珍聞でしたね(><)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 6日(月)21時22分49秒
  カンピースさまが投稿されていた通り、余りの(><)(><)(><)で、読む気にもなれませんですた(><)
見開きの6面7面の暮らしのアンテナ「男性の冷え性対策」って必要な特集ですか?
4面5面の壮年部集合写真(かなり撮影から時間が経っていると思いますので)を6面7面にも、ついでに8面の全面広告もやめて、そこまでやるなら、しょうもない第一面から8面まで東日本編も今だに掲載されていない西日本編も毎日、連続掲載しては?
皆、高齢者でどんどん逝去されています。撮影された皆さんが生きているうちに、早く聖教珍聞に掲載下さいね(><)

それから、学会員の集合写真満載の聖教珍聞ですが、個人情報(正確な顔認識データを取得出来るもの)に関わる配慮はされていますか?毎日、毎日、集合写真ばかりを何も考えずに掲載していると、会員のプライバシーに関わる個人情報漏洩の問題に抵触していきます。
創価公達大患部の皆さまは、法的には「公人」ですが、我々現場組織の末端会員は全くの「私人」であり、顔認識の画像でも保護される対象となります。

写真掲載は遠くからフォーカスぼかして撮影して下さいね。後々、聖教珍聞本体が訴えられる対象にならないことを祈ってマス(><)
 

同意

 投稿者:ルパン三世  投稿日:2017年 2月 6日(月)20時57分49秒
  ドミサイルさま
イケディアンさま
Qさま

おっしゃるとおりです。
外郭の創業時は先生の構想を我が心として使命感をもった人が多かったようです。
昔の作品には世間でも評価が高いものが多く存在しています。
先生も外郭職員に
『君達は組織活動はしなくて良いから、仕事を頑張りなさい。皆、高給取りにしてあげるから』
とおっしゃられたそうです。
それほど、外郭が世間の中で企業として存在する使命が大きかったのだと思います。

しかし、いつからかその使命感は薄らいでいった。

一つにその原因としては、本部にあります。
本部は外郭を完全に下に見ていて、
都合のよい受け皿として、使い走りとして利用するようになりました。

例えば、本部や聖教職員が不祥事を起こせば外郭に飛ばすという顛末。

福島源次郎が大牟田発言の後、日本図書に異動となったように数々の職員が外郭へと異動となった事実があります。

受け皿の外郭もたまったものではなかったはずです。

不祥事を起こした職員が突然職場にやってきて、
ポストだけ与えてどう接すればよいかも解りません。

異動してきた職員も外郭を下に見てますから、
仕事など本気でやる気もなく、濁ったら血がどんどん蔓延していったのです。

そして、外郭は純粋な血は薄れ、使命を語り継ぐ人間もいなくなり、世に評価される仕事を残す人間がいなくなっていったのです。また、聖教によるタカリ事件のように、
外郭は本部や聖教のご機嫌をとることによって生きながえる安易な方法をとるようになったのです。

そこには、正当な評価がなされない差別があったことも一因としてあります。

どの外郭団体も本部職員より給料が高いところはありません。
生涯年収で2000万違うと言われています。

どんなに仕事を頑張って企業として利益をあげても、本部職員より給料アップすることはないのです。

これは先生の意図とは反しています。
間違いなく先生のご意志ではない、
外郭担当副会長が存在しますが、彼らがそうしてきたのです。
また、賞与は本部職員が受けとる日の翌日という厳守があり、見せつけのように、
『君らは本部職員の下僕である』
という劣等感を植え付けるかのような慣習が存在するのです。

このような差別があれば外郭職員はやる気を削がれるのも当たり前です。外郭を壊したのは本部首脳によるものです。采配を間違えたのです。

外郭の劣化は人事にもあります。
中途採用を外郭も行っていますが、
その中途採用は基本的には本部指示が多く、組織で幹部になった民間で働く人物が登用されます。

つまり、組織至上主義であり、中途採用者に与えられた使命は組織でさらに偉くなれという指令であり仕事は関係ないのです。
例えばシナノ建物でほしい人材は一級建築士や建設関係で働いていた人材でしょうが、中途採用される人間は畑違いの『ただの幹部』なのです。
出版社でほしいのは、優秀な民間で働いていた編集者といったところですし、経営能力を世間で評価された人物なら外郭も嬉しいデショウ。

しかしながら、中途採用される人間は組織活動だけバリバリの素人なのです。
本人らも畑違いの仕事で戸惑う中で後輩のほうが仕事が出来るのですから、それは焦って仕事はせずに『俺は幹部だ』と虚栄をもって組織活動中心になるでしょう。

そうなれば、中途採用者の仕事はそこそこの人間が外郭でも偉くなっていくのに、生え抜きの使命感をもって組織活動よりも仕事を取った人間は腐ります。

実は外郭職員は何重苦にもおかされているのです。

かつて、秋谷元会長はある外郭の全体会議の場で言われました。

『本部職員と外郭職員は同格だ』と。

これは嘘です。
こんな嘘は許せません。
いや、もしかしたら秋谷元会長、当時は会長でしたが会長ですらこの実態を知らなかったのではと。
そうなると、外郭担当者副会長に極悪な人間がいるのではないかと疑念を抱きます。

赤字企業の潮出版社をはじめ衰退する外郭。

会員の負担になるのであればその存在意義はあるのでしょうか?
もう一度、先生の構想を本気でやり遂げる人間が出てこなければ、この先も本部の奴隷です。
 

元学会員という人ってほんと多いですねぇ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月 6日(月)20時09分34秒
  ウチのところは『元学会員』という人がほんと多いです。
そして例外なく共通してることは、功徳がどういうものかまるで知らないことなんです。

仕事の関係であちこち流転してきたけど。
「元学会員だったよ」という人はけっこういましたね。
そして、功徳がどういうものかまるで知らずにいるんです。

功徳を実感できなければ、そもそも価値の感じようがないし、人生の転機でやめることになるんだなぁと。
功徳を知らないというのは、福運の積み方を知らないのと同じことになるんです。
リアルの身近でいえば、目の不自由な方がいるのだけど、見事にその状態。
物事をみんな自分の都合のいいように解釈して、解釈した通りの現象でなければみんな周囲のせいにしてる。
周囲は別に親切にしてあげる義理もないから孤立し、僕が面倒をみてるけど。

根本的に解決するしかないからこの人も折伏するつもり。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

アメリカ創価大学第一回入学式

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 6日(月)19時53分59秒
  今、始まる!!
創価教育の大航海が!!

躍り出よ!!世界平和の大指導者

タゴール教育の理想は師弟の交流に

艱難を突き抜け学べ!!勝て!!

創立者メッセージ(聖教新聞2001.8.27付)


「栄光」と「勝利」の第一期生の皆さん、ご入学、本当におめでとう!私の創立
した大学に、ようこそ集ってくださいました。私は、キャンパスの光となり、風
となって、皆さんを包み、祝福したい思いでいっぱいです。共に「建学の精神」
を掲げながら、アメリカ創価大学の建設に勇んで取り組んでくださる教員の先生
方、ならびに職員の皆さま方。どうか、私たちの「生命」であり、「希望」であ
り、「未来」である第一期生を何とぞ、よろしくお願いいたします。

尊敬するアルン・ガンジーご夫妻をはじめ、ご来賓の先生方。また、ご家族やご
友人をはじめ、ご列席の皆さま方。若き俊英たちの晴れの出発をば、温かく見守
ってくださり、創立者として、心より厚く厚く感謝申し上げます。

千年先の未来へ

中国の英知の言葉に、「十年樹木、百年樹人」とあります。木を樹えるには十年
を尺度に、そして人を育てるには百年単位で、未来を見つめゆけ、との箴言であ
ります。百年、二百年先、さらには五百年、千年先の人類の未来のために、天を
突く大樹のごとき、堂々たる世界平和の指導者群を、断固として育成したい。私
は、その燃え上がる思いで、アメリカ創価大学を創立いたしました。

第一期生の皆さん方は人間主義の壮大なる「人材の林立」の〝原点″となる、あ
まりにも尊き、また、あまりにも深き使命の方々であります。カリフォルニアの
若い木々は、太陽の光を浴びて大きく成長し、やがて、一面の大地を鮮やかな緑
で包んでいきます。これと同じように、アリソビエホの光眩きこの丘から、「創
価の大樹」が陸続と育ち、必ずや、世界に〝希望の緑野″を広げゆくにちがいあ
りません。

その頼もしき未来の晴れ姿を思うと、私の胸は高鳴ります。きょうは、「世界市
民の教育の新しき挑戦」の開始にあたり、インドの詩聖タゴールの足跡等を通し
ながら、皆さんと一緒に、四つのことを思索し、確認しておきたい。それは、第
1に「艱難(かんなん)との闘争」、第2に「正義の友情」、第3に「師弟の交流」
、第4に「使命の開花」であります。ここに、21世紀の人間教育の大きな指標があ
ると考えるからであります。

100年前の学舎

今からちょうど1世紀前の1901年、インドに人間主義の教育を志向した、一つの学
舎が誕生しました。ベンガル州・シャンティニケタン(平和の郷)の〝森の学園

であります。創立者は、マハトマ・ガンジーの盟友であり、世界的な詩人である
タゴールです。最初の学生は、わずか5人で、教師も5人という出発でありました。
しかし、この学園こそが、幾多の逸材を輩出してきた世界的な学府であるタゴー
ル国際大学の源流なのであります。当時の帝国主義の支配下にあって、〝型には
める″教育ではなく、学生たちが〝自分で考え体得していく″創造的な教育を目
指しての精神闘争が始まりました。

とともに、創立者タゴールは、虐げられてきた民衆を護り抜かんと、自ら先頭に
立って勇敢なる行動を続けていったのであります。それゆえに、権力からは、さ
まざまな迫害が加えられました。誤解や悪意の誹謗も浴びせられました。加えて、
相次ぐ家族の病死などの悲劇も打ち続いております。しかしタゴールは、獅子で
ありました。喜々として学ぶ、わが学生たちの姿を、自分自身の励ましとしなが
ら、教育に、創作活動にと、いやまして、全身全霊を打ち込んでいったのであり
ます。彼が、自由と希望の天地・アメリカの各都市を訪れたのは、この時であり

ました。講演の要請を受けて、ボストンヘ、シカゴへと足跡を残しております。
このアメリカで、彼がインドについて、人間精神の崇高さについて、絞り出すよ
うな思いで語った言葉が著作となり、世界中の人々の心を揺り動かしていきまし
た。東洋人として初のノーベル文学賞が贈られたのは、まさに、このような苦闘
の最中であったのであります。タゴールにとって、幾重にも意義深き〝アメリカ
との対話″でありました。思えば、タゴールとほぼ同時代を生きた、わが創価教
育の創始者・牧口常三郎先生も、先見の地理学者として、「未来の文明の統合と
結合の天地はアメリカ合衆国なり」と展望していたのであります。

ともあれ、若き皆さんにとっても、「艱難にまさる教育なし」であります。人間
の生命は、いかなる艱難をも「創造の飛躍」へと変えゆく力を持っている。いな、
艱難こそが、その巨大な力を引き出していくのであります。先哲の至言にも「鉄
(くろがね)炎(きたい)打てば剣(つるぎ)となる。賢聖(けんしょう)は罵
言(めり)して試(こころ)みるなるべし」と説かれている通りであります。ゆ
えに、試練にぶつかったその時こそ「よし!自身の可能性を広げるチャンスだ」
と決めて、青年らしく、粘り強く、前へ前へと突き進んでいただきたい。

その強き不撓不屈(ふとうふくつ)の意志あるかぎり、必ず「道」は、開けてい
くものであります。私は、皆さん方が一人ももれなく、「我、勝てり!」という
勝利の青春を完走されゆくことを、祈りに祈り抜いていく決心であります。黄金
の友情を戦うタゴールにとって何よりの収穫は、理想を共有する世界の良識と、
終生にわたる友情を結べたことでした。その一人が、わがアメリカ創価大学が、
教室棟に、その名前を掲げたマハトマ・ガンジーです。終生の盟友となった二人
でしたが、すべての考え方が一致していたわけではありません。時に激しく論争
しました。

しかし二人は、「民衆のために戦う」との一点では、深く一致していました。し
たがって、どんなに論争しても、互いの敬愛の念は変わらなかったのです。タゴ
ールは、80年の生涯の最後まで、国際大学の資金繰りのために、舞踊劇を書き、
演出・監督し、公演旅行を続けました。衰弱した体で、自ら舞台にも立ちました。
ある時、それを知ったガンジーは創立者の戦いとは、これほどまでに壮絶なもの
なのかと愕然とします。そして、真心の小切手を同封した手紙を送り、タゴール
の健康を気遣い、いたわったというのであります。

苦境の最中にあって、友の励ましほど、勇気づけてくれるものはありません。な
かんずく、正義で結ばれた「友情」ほど強いものはない。「悪人の敵となりうる
勇者でなければ善人の友となり得ぬ」とは、牧口常三郎先生の箴言であります。
18カ国から勇み集ってくださった、誇りも高き一期生の皆さんは、どうか、この
キャンパスで、大いに議論もし、切磋琢摩し、生涯にわたる「黄金の友情」を育
んでいってください。よき友を尊敬し、聡明に協調し合いながら、仲良く調和し
ていこうという、その心それ自体が、自分の周囲から平和の世界を広げていく源
泉なのであります。

師と同じ責任感

ところで、タゴールが取り組んだ〝教育の理想″とは何であったか。それは「師
弟の交流」でありました。タゴールは言います。インドの伝統では、「師の魂の
成長に伴って、弟子の魂が育っていった」。私の心を捉えたたのは、「高い憧れ
と望みの生活を、師と弟子が、共に分け合う教育」であると。〝教師が上で生徒
は下″ではない。師と弟子が、共に学び、共に成長する。その、みずみずしい全
人格的な触発こそ、教育の理想の姿だというのであります。

これは、洋の東西を問わず、人間教育の究極の姿といってよいでありましょう。
アメリカ・ルネサンスの哲人エマソンが、名著『代表的人間像』の中で、「ソク
ラテスとプラトンとは、どんなに強力な機械をつかっても、完全には引きはなす
ことができない二重星である」(酒本雅之訳)とつづっていたことを、私は思い
起こすのであります。大乗仏教の精髄である「法華経」には、師の弟子に対する
願いが、次のように語られます。

「如我等無異」――我が如く等しくして異ること無からしめん、と。すなわち、
すべての人に、無量の智慧と勇気と福徳にあふれる生命が具わっている。その生
命を、自分と同じように、等しく弟子にも聞かせたいのだという「師弟不二」の
宣言です。師匠は弟子を〝自分以上の人材に育てよう!″と尊敬し、心血を注い
でいく。弟子は師に応え〝師と同じ境涯、同じ責任感に立とう!″と、どこまで
も成長していく。この最も崇高な人間性の交流こそが、「創価教育」に脈打つ「
師弟」なのであります。

〝21世紀のガンジー″が続々と

きょう8月24日は、ご存じのように、私が19歳の時、戸田城聖先生を人生の師と
定め、一青年として、世界平和への闘争を開始した日です。ちょうど、一期生の
皆さんと同じ年代でした。そして、先師・牧口先生が、日本の軍国主義と戦い抜
いて、獄中に殉じたのは、73歳。病弱で、30歳までもつかどうかと言われた私が、
今、その先生の殉教の年齢を超えようとしております。きょうの第一期生の皆さ
んの出発を、牧口先生も、戸田先生も、どれほど、お喜びになっていることか。

まことに不思議な縁の皆さん方であり、その「使命」は限りなく大きい。いな、
「天命」であり、「宿命」といえるかもしれません。ともあれ、すべての人に、
その人でなければ果たせない使命がある。それを、断固、果たし抜いた人が勝
利者であり、幸福者です。皆さんの中から、21世紀のガンジーが、タゴールが
続々と出てほしい。また、21世紀のポーリング博士やキング博士、ローザ・パー
クス女史も育ちゆくであろうことを、私は確信しております。そうでなければ、
万年への平和構築の作業は間に合わない。創立の精神を分かち合う「世界市民」
が、躍り出なければならないのです。大学の勝利は「学生」で決まります。

アメリカ創価大学の「勝利」は、皆さんにかかっている。私と一緒に、教職員
の方々と一緒に、さらにまた、アメリカの最良の知性と共に、全世界の心ある民
衆と共に、断じて勝ちましょう。

「君よ、我が道を一人往け!」

牧口先生は、「羊千匹よりも獅子一匹たれ」と叫ばれました。私も「正義によっ
て立て!汝の力二倍せん」との信念で、いかなる迫害にも耐え、すべてを捧げて、
皆さんの舞台を切り開いてきたつもりです。大事なのは、何ものにも負けない、
「正義の大城」たる自分自身を築き上げることです。その新たな世紀の、新たな
価値創造の遠大なる戦いが、きょうより始まりました。結びに、マハトマ・ガン
ジーが、民衆の中へ、悩める人々のもとへと歩いていくなかで口ずさんだ、タゴ
ールの詩を贈ります。

「君の呼びかけに、だれも答えないならば君よ、我が道を一人往け皆が恐れを抱
いて沈黙するならば君よ、開いた心と恐れなき声をもって、ただ真実のみを語れ」
きょうは、本当におめでとう!お会いできる日を楽しみにしております。歴史的な
第1回入学式に、ご出席してくださった、すべての皆さま方に、重ねて心より感謝
申し上げます。

サンキュー・ベリー・マッチ!

(2001.8.24)
 

往年の欧州幹部の横顔

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月 6日(月)19時31分33秒
  本日の聖教裏面掲載の北アイルランドの壮年部本部長の体験談に、往年の欧州幹部のありし日々が点描されています。故エイイチ ヤマザキ氏、故リチャード コーストン氏。それにひきかえ、現在の欧州議長以下の幹部は如何程の者か???欧州SGI全体が萎縮しているとの、現地の知人の声有り。カルト、セクト認定で、国家からの圧力に屈して...  

池田名誉会長の〔世界との語らい〕

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 6日(月)18時50分38秒
  【第7回】中国の大文豪金庸氏2006.7.16


◎報恩こそ人間の正道人間の証(あかし)
──英雄は「恩」と「仇(あだ)」の二つを忘れない


戸田城聖先生は、読書術にも卓越しておられた。
金庸(きんよう)先生の「武侠(ぶきょう)小説」を手にされる機会があれば、
にっこりと相好を崩されたにちがいない。「よくできている。大した作家だ。
ただし、面白おかしく読むだけではいけないぞ。その奥にある哲学の深さと、
信念の強さを学べ」本に呑(の)まれてはいけない。筋書きを追うだけでは下
(げ)の読み方である。書物の背後にある作家の精神、時代、社会まで読みこ
なせ。眼光紙背(がんこうしはい)に徹する、恩師の読書論が思われてならな
い。

◆本当の英雄とは

「中国人がいれば、必ず金庸の小説がある」中国本土をはじめ、世界中の華僑・
華人(かきょう・かじん)に読み継がれてきた。ストーリーの面白さは極上、
飛び切りである。登場人物の多様・多彩さも比類がない。情に厚く、義に篤
(あつ)い偉丈夫(いじょうふ)。あえて逆境に身を投じる孤高の剣士。計算
高いが、どこか憎めない、お調子者。人間の弱さ、もろさ、欠点も、ありのま
まに描く。読者は作中の人物に自分を映し、手に汗を握る。だが、それだけで
はない。背骨(せぼね)には、揺るがぬ哲学、信念が、ぴしっと貫かれている。

不正は絶対に許さない。恩には必ず報いる。仇なすものとは一歩も退かずに戦
う。痛快無比。正義と不正義が紛然(ふんぜん)とする時代だからこそ、人々
を魅了してやまないのだろう。学会精神に通じる。いや、学会精神そのもので
ある。恩と仇(あだ)。正と邪。善と悪。敢然と正していく人こそ、真の好漢
(こうかん)、まことの英雄である。

◆巌窟王(がんくつおう)と名乗らん

金庸先生は“東洋のデュマ”と称される。アレクサンドル・デュマ。名作『モン
テ・クリスト伯』の作者である。日本では明治の昔、黒岩涙香(くろいわるいこ
う)が翻訳した『巌窟王』の作品名で広く知られた。「『巌窟王』を読め!」恩
師は厳しかった。冤罪(えんざい)で囚(とら)われた主人公エドモン・ダンテ
スが決死の脱獄を果たし、卑劣な敵を打ち倒していくドラマである。恩師は「も
し牢を出たならば、巌窟王と名乗って牧口先生の仇を討つ」と誓われた。

牧口先生もまた『忠臣蔵』がお好きだった。かの赤穂浪士が主君の仇を討つ物語
は名高い。国賊扱いされ、殉教なされた牧口先生だったが、獄中で確信しておら
れたに相違ない。私の仇は、必ず私の弟子が討つ。戸田君が必ずや討ってくれる。
仏法に復讐はない。しかし──それは不義不正(ふぎふせい)を許すことではな
い。まして邪悪を野放しにすることでは断じてない。

金庸先生の『武侠小説』。『モンテ・クリスト伯』。『忠臣蔵』。いずれの作品
にも、同じ魂が脈打っている。恩を報じる。仇なす者は許さない。人間の正道で
ある。人間の人間としての証である。そこに時代も、洋の東西もない。

◆言論は獅子の仕事

金庸先生は、最初から作家を目指していたわけではない。もともと有力紙の新聞
記者だった。のちに独立し、やがて香港きっての良識と謳(うた)われる日刊紙
「明報(めいほう)」を創刊した。わずか4人からの出発だった。1、2年で廃
刊だろう、と冷笑された。不安定な経営。記者もいない。「ならば」と自ら毎日、
社説を執筆した。コラムも書いた。連載小説まで書いた。八面六臂(はちめんろ
っぴ)である。わが聖教新聞もスタートは同じであった。1面のトップ記事。連

載小説『人間革命』。コラム「寸鉄」。あらゆる記事を、戸田先生御自身が書か
れた。編集長であり、論説委員長であり、小説家であり、コラムニストであられ
た。「私が社長だ。君が副社長になれ」と託された私も、猛然とペンを執(と)
った。書きかけの原稿を「大作、後は君が書け」と手渡されたこともある。少数
精鋭。それが言論戦の原点である。言論戦とは、獅子の戦いである。人数ではな
い。羊千匹より獅子一匹だ。一騎当千の言論の闘士がいればよい。人に頼ろうと
するから力がつかない。筆が弱くなる。甘えが生じる。大人数(おおにんずう)

だから、恵まれた環境だから、優れた仕事ができるわけではない。実際は逆のケ
ースが多い。「使命」を自覚したとき、力が出る。「責任」に徹したとき、智慧
が涌く。それらすべてが文に滲(にじ)み出るのである。金庸先生は仏法にも精
通しておられる。「立正安国論」をめぐって語りあった。「すみやかに邪義を捨
てよ!正法を立てて国を安んぜよ」──文応元年(1260年)、すなわち74
6年前の今日7月16日。日蓮大聖人は時の最高権力者に対して、真の社会変革
の根本法を直言した。その精神を現代に展開するSGI(創価学会インタナショ
ナル)である。

先生は「並大抵の任務ではない」と讃えてくださった。「重い荷を背負ってはる
かな道を、まだまだ歩かねばなりません。しかし、一歩でも歩みを進めれば、平
和の勢力もその分、確実に増しているのです」建設は死闘なり。まして我らの目
指す広宣流布は、人類未聞(みもん)の大闘争である。

◆日中友好への責務

金庸先生と私には、共通の友人が多い。周恩来(しゅうおんらい)総理、鄧小平
(とうしょうへい)氏、江沢民(こうたくみん)主席。金庸先生は中国の歴代指
導者にも直接会われている。香港の宗主国(そうしゅこく)だったイギリスのサ
ッチャー首相とも会談した。中国返還へ向けた「香港基本法」の起草委員も務め
た。すでに文名赫々(ぶんめいかっかく)。押しも押されもせぬ名士である。異
論もあったにちがいない。香港返還前の、この騒然とした世情にあって、何もわ
ざわざ動くことはない。なぜ自ら火中の栗を拾うのか。信念があったからだ。

「私は香港生まれではないが、香港に恩恵を受けた」。大人物は恩を忘れない。
私も、中国、イギリスの指導者と意見を交わしてきた。歴代の香港総督にも幾度
となく、お会いした。香港返還の問題も率直に語り合った。日中の国交正常化を
提言した私である。香港の返還後の未来のためにも、できることは何でもさせて
いただきたい。それが、提言した者としての責務だと信じたからである。香港は
明年、早くも返還10年を迎える。時は移る。社会は動く。だが住む人々の「生
き抜く心」が強ければ、その地は伸び続ける。この歴史を世界に示してきたのが
香港の人々である。ますますの繁栄、幸福を祈らぬ日はない。


金庸(1924年ー)

中国・浙江省海寧県の出身。重慶の中央政治学校に学んだが、他の学生の不正を
抗議し退学に。第2次世界大戦後、当時の代表的新聞「大公報」に採用され、香
港に勤務する。1955年、同紙の系列新聞に武侠小説『書剣恩仇録』を発表。
59年、独立して日刊紙「明報」を創刊。72年に筆を置くまで、著作は全てベ
ストセラーに。世界中で幅広い読者を持ち、発刊部数は1億部とも。武侠小説と
は、武術で強きをくじき、弱きを助け、正義のために行動する人物をつづる物語。
深い見識と歴史背景に基づく金庸氏の作品によって、文学としての地位が築かれ
た。北京の青年学術者が編纂した『20世紀の中国文学大家文庫』では、魯迅、
沈従文、巴金に次ぐ4番目に列せられた。香港の中国返還が決まると、香港基本
法の起草委員に就任。現在は研究活動のかたわら、小説の改訂に取り組む。池田
名誉会長とは95年11月16日、香港の自宅で初会談。計5回、会見を重ね、
対談集『旭日の世紀を求めて』(潮出版社)を発刊している。
 

公人なので拡散します

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月 6日(月)18時34分52秒
  公明党大阪市議会議員の辻よしたか氏、沖縄の反基地活動家に暴力をふるう機動隊員を指して、現代のガンジーと。沖縄の翁長知事は辻よしたか氏によると国賊の非国民らしき。辻よしたか氏のTwitterを読むにつけトテモいたいのだ。  

仰るとおりです。

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 2月 6日(月)16時41分50秒
編集済
  -Q-  さんの言われるとおりだと私は思います。宗門問題の際の第一はその件でした。脱講させ

る意義はそれも一つの要因だったと思われます。塔婆供養等のいわゆる御供養を絶つ事が慈悲だっ

たのです。

「布施」を絶つ事。これが基本です。

先生ご存命だからとか、何だかんだと理由付けし続ける事は現時点においてはある意味、無慈悲で

あり、天魔の手助けをすることに通ずると思います。

あくまで仏法の眼で、本質を見抜かなければならないと思います。現象面だけ見ては見誤ります。
 

先生のこと

 投稿者:福子  投稿日:2017年 2月 6日(月)14時42分35秒
  先生は何故
ここ数年、動画のメッセージ一つも出さないのでしょうか?
スマホ一個あれば誰でもメッセージが出せる時代に
その辺の職員が一人いれば準備できるでしょう。

表に出なくなったのに
毎日のように会合等々へのメッセージや和歌やら人間革命やら
先生の”激励”はデカデカとアピールされてるんですよね。
表に出ないならそういうメッセージ系も出さないのなら整合性が取れるのに

正直、疑問だらけです。

多くの会員の方は
「これは先生があえて表に出ない事によって、広宣流布を弟子に託しているのだ!」
と思い込んでるのでしょうか?

表に出てこないのに毎日のようにメッセージ系が山ほど出てくる事
会合で先生の過去の映像の使いまわしを多用する事への
矛盾を感じることは無いのでしょうか?
 

御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月 6日(月)14時30分59秒
  御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事
3/3
 かつまた、自らの使命を自覚し、その使命のままにいきることも本有常住の姿である。すなわち、
妙法の大道に生きる地涌の自覚こそ、久遠元初以来の本眷属の自覚であり「本の儘」ではなかろうか。
 所詮、信心に生き、妙法に生ききる人こそ、今が久遠元初であり、大宇宙の本源に立ち戻り、
常に広大な未来を開いていく人であると強く確信すべきである。
 また、最後の「実成無作と開けたるなり」とは、仏界の湧現である。
 外部からだんだんと形づくっていく幸福ではなく、絶対にこわれない幸福を意味する。
 人間革命によって、根底的に自己自身を確立していくことが、最も正しい人生であると敷衍して
解釈することもできる。
 まず正報たる自己を確立していくことだ。その上に、依報のあらゆる客観的条件が整っていくことが、
最も正しい行き方である。そうすれば、一切が生かされる。学歴も、知識も、地位も、財産も、経験も、
すべて人間革命の土壌の上に、最高に生かされていくことを知っていただきたい。
 これ、人間完成の究極であり、偉大なる人生行路の生きた指針であると訴えたい。
ポイント
まず正報たる自己を確立していくことだ。
その上に、依報のあらゆる客観的条件が整っていくことが、最も正しい行き方である。

環境に流されない、確固たる自己の確立が人間完成への人生行路です。
 

御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月 6日(月)14時29分44秒
編集済
  御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事
3/2
 また「繕わず」とは、虚栄ではなく、信心に徹し、ありのままの人間性でいくことをいうのである。
本文に、「卅二相八十種好を具足せず」の卅二相八十種好とは、現実生活の上でいえば、虚栄であり、
肩書きである。これを求むることに懸命となり、自己を誇張しようとしたり、背のびして特別な人間に
見せようとすることである。そんなことは、徹底的には、まったく必要ない。
 所詮、信心に生き、自分らしく、最も個性を発揮し、社会のため、人々のため、価値創造していく
人生こそ、まさに「繕わず」なのである。
 また「本の儘」とは、題目を唱える姿こそ、最も大宇宙のリズムにかなった、本然の姿であり、本有の
姿である。自らは、十界本有の当体である。題目を唱えたとき、己心の地獄界は、地獄界のまま、餓鬼界
は餓鬼界のまま、妙法に照らされ、すべて幸福へと動き働くのである。これ「本の儘」ではないか。
 また、信心に生き、本因妙の精神に徹することである。御本尊には行き詰まりがなく、また、信心も、
常に無量の智慧を発現する源泉である。昨日までの功績にひたり、未来を開くことを忘れた人は、御本尊
を忘れ信心を忘れた人であり、行き詰まってくる。このとき、再び信心に戻り、本因妙の精神で未来を開
くとき、必ず成長があり、前進がある。これ、本有常住の振舞いであり「本の儘」に帰着した人の姿といえる。
ポイント
昨日までの功績にひたり、未来を開くことを忘れた人は、御本尊を忘れ信心を忘れた人であり、行き詰
まってくる。
信心は、瞬間の生命が勝負です、本因妙の精神で未来を開くとき、必ず成長があり、前進がある。
 

御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月 6日(月)14時14分41秒
  池田先生は昭和42年当時から現在の事を見通されていたのではないかと思える、
講義に愕然と致しました。
3/1
御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事 御書P759
されば、久遠元初とは、先に述べたごとく、もはや、ある一定の時をさすのではなく、
この悠久に続きゆく宇宙の大生命、そして、三世常住に生死を繰り返し、無始無終に
続きゆく生命の究極、本源をいうべきか、これを、日蓮大聖人は「働かさず、繕わず、
本の儘」と仰せられたのである。
 信心および生活に約していえば「働かさず」とは、まず一般的に犬が吠えるのも、
猫がなくのも、鳥がさえずるのも、皆これ「働かさず」であり、生命の自然の発動である。
信心に約していえば御本尊に唱題し、また広宣流布に活躍し、生命の奥底からの歓喜の
躍動のことである。
 これは誰人が、与えるものでもない。自分自身の内奥から自然に発現するものである。
これ「働かさず」ではないか。また、自身の生命の上に築く絶対の幸福境涯である。
幸福は他から与えてくれるものではない。自身の生命の上に築いていくものである。
 先の「自我偈始終の事」で述べた、真の自由自在の境涯である。これは、釈迦仏法の
ごとく歴劫修行や、天台家のごとく観念観法で、動かして築くべきものではない。
ただ御本尊と境智冥合するとき、われらの行住坐臥の振舞い、すべて大宇宙のリズムと
合致し、障りなく、悠々たる振舞いをしていけることが、無作三身の確立であり、まさに
「働かさず」になることを知るべきである。
 

只、威張るだけで責任取らない原田会長(# ゜Д゜)

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 2月 6日(月)13時00分44秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

久しぶりの投稿に成ります。でも毎日見てますよ(^○^)

原田会長(# ゜Д゜)勝手に教義変更したり池田先生のご指導に則り正しく信心している者を査問、処分しちゃって来た責任どーとるのよ(# ゜Д゜)

権力振り回して怒鳴るだけで責任も取れない根性なし
┐(´д`)┌

秋谷や勃樹に上手く利用されちゃったと言い訳して済む問題じゃねーよ┐(´д`)┌

お前が愚か者だからこんなに成っちゃったんだぞ!

責任とれ(# ゜Д゜)

ご・ま・か・し・はいつまでも続かないよ┐(´д`)┌

そういえば昨日、後輩で現支部長が家に来てくれたよ


 

新あの日ある時

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 6日(月)09時10分19秒
  【第4回】池田先生と西大阪総県

聖教新聞2009年7月24日

「常勝関西」発祥の地

白木の「2月闘争」
1952年(昭和27年)。あの「2月闘争」の大旋風が画風・蒲田で巻き起こってい
たころである。大阪市西成区。地下鉄「花園町駅」の薄暗い階段を、長身の男が、
のっそり上がってきた。プロ野球選手の白木義一郎。地図を記したメモに目を落
とす。練習の合間をぬってバラック街を折伏に歩く。2歳の娘・以知子や妻の文
《ふみ》は、遠く東京に置いてきたままだ。

この年、東急フライヤーズから阪急ブレーブスヘ。在阪球団へのトレードを機に
、蒲田支部の白木は「大阪支部長心得」になった。単身、落下傘で飛び降りるよ
うなものである。さすがの剛球投手も心細い。「義っちゃん、これは御仏意《ご
ぶっち》だ。大阪を頼む。一緒に75万世帯をやろう!」どんと背中を押してくれ
たのは、蒲田の池田大作支部幹事だった。

「大阪」だ。「関西」だ。ここを強くしなければ75万世帯は達成できない。その
突破口を白木に託した。本気の一人をつくるしかない。1月末、東京から夜汽車
で大阪へ発つときも、固い握手をかわして見送った。「2月闘争」への闘志が白
木の胸に火を点した。やがて、それは大阪で赤々と燃え上がる。「花園町駅」を
出て、白木は目的の家へ大股で急いだ。紹介された山本福市は、妻が病弱で悩ん
でいた。仏法の功力を直球勝負で語った。

「ほな、わたしら、やりますわ」52年2月17日。まず下町の西成で、関西の折伏
第1号が実った。西成の花園旅館55年(昭和30年)12月に関西本部が誕生するま
での間、しばしば本陣となった拠点があった。花園旅館。山本宅の目と鼻の先、
西成を南北に走る南海電車の線路近くに立つ。電車の音が窓ガラスにピリピリと
響く。木造の二階屋たった。

宿の主が日蓮宗(身延派)の信者だった。戸田会長が声をかける。「ご主人、身
延なんかやめなさい。この信心をすれば、いつの日か、必ず大きなビルが建ちま
す」あまりの確信に、そばで見ていた従業員が後で入会を申し出る。たちまち噂
が広まった。「戸田先生が花園旅館にいてはるから、誰でも連れていきや!」生
活苦、経済苦、病苦。それらが奔流となり、花園旅館の小さな一室に押し寄せた。

不妊で悩む会員に真正面から言い切った。「子どもができなくて悩む親もいる。
一方で、子どもを食い物にするような親もある。この信心をやりぬいて、宿命を
転換するしかない!」青年部の池田室長への薫陶は厳しかった。──ひとり室長
が帰京する日。荷造りを終え、部屋へ挨拶に来たところ、いきなり会長が問いか
けた。「大作」サッと居すまいを正す。「いま臨終になったら、従容としていら
れるか」「ハイ!」間髪を入れず、鋭い返事。大阪では常に「臨終只今」の精神
だった。ある日。戸田会長を囲んだ懇談の折である。

「誰だ、そいつは!」激しい剣幕で一人を指さした。不審げに目をぎょろつかせ
ている。他宗の信者が紛れ込んでいた。ひそかに様子を探りにきたものと見えた。
「そこの拝み屋!ここは貴様のような者が来るところではない!」一喝されるや、
脱兎のごとく逃げ出した。返す刀で居ならぶ幹部に檄が飛ぶ。「なぜ分からなか
ったのだ!戦いの中でこそ、邪悪を見抜け!」花園旅館は、実戦の道場だった。

庶民の町・西大阪大阪湾へ流れる木津川を、市民の足の渡し船が、ゆったりと進
む。湾の奥にある西成、大正、住吉、住之江。「常勝関西」の発祥の地・西大阪
は"ド庶民の街"である。隅々まで池田室長の足跡が刻み込まれている。住吉区の
宮下伊平。戸田会長の気迫が今も忘れられない。「折伏は、この戸田がやる!ほ
かにやりたい人間は願ってついてこい。それでこそ戸田の弟子だ!」その会長に
一番弟子がいると聞いた。さぞ強面の人やろう……。後に会合で室長と出会い、
息を呑んだ。

何とも爽やかな好青年ではないか。「私か舞を舞いましょう!」生れ故郷をあと
にして……大きく振りあげた腕《かいな》に、射貫くような眼《まなこ》。キリ
ッと結んだ口元。ああ……。やっぱり戸田会長と同じや。同じド迫力や!。西成
区の西島夏子。57年(昭和32年)2月ごろ、会合の帰路、池田室長と一緒になっ
た。「聞きたい事があったら、何でも遠慮せずに言ってごらん」「実は主人の仕
事が忙しくて、地区幹事として活動できないことに悩んでいます」きっぱり言い
切った。「信心は時間で決まるのではありません。心で決まるのです。

たとえ30分でも、広宣流布のために真心を込めて戦うのです。あとは御本尊に、
しっかり祈る事です。30分が3時間に値する戦いになります」ハッとした。誰
よりも時間がないのは室長やった。笑顔で言われた。「必ず時間に困らない境涯
になります。安心して活動に励まれるよう、ご主人に言ってあげてください。広
宣流布のための願いは絶対、叶います」住之江区の粉浜《こはま》(当時は住吉
区)。古い軒が連なる住宅街に、ひときわ目立つ白壁があった。

企業の重役の家だった。56年(昭和31年)5月の昼下がり。室長が上がり框をま
たいだ。20人ほど集まり、会合が開かれていた。まだ会場には十分なスペースが
あった。組長と組担に目を向けた。「どれくらい折伏をやるんだい」「地区一番
になります」。思い切って背伸びした。室長が笑って、手を横に振った。「地区
一や大阪一ではダメです。目指すのなら、日本一!」翌年、室長は再び同じ会場
へ向かった。1年前と熱気がまるで違う。

広い部屋の隅々まで、住之江や住吉などの会員でいっぱいだった。「この家も、
だいぶ狭くなったねえ!」一人一人に視線を送りながら、新しい指針をピシリと
打ち込んだ。「一に団結。二に団結」ひときわ語気を強めた。「三に、団結です
!」関西本部の勤行会に参加した大正区の前川ハル子。威勢よく立ち上がった。
「大阪の戦い」の最終盤である。室長から声をかけられた。「あなたは自分が元
気な間に、折伏を何世帯やるか。ここで私と約束しよう」あっ。計算している余
裕などない。

「に、200世帯やります!」

にこりと相好を崩した。「20年、信心を真面目にやれば、世界にだって行ける。
私も世界中へ行くからね」その約束を果たした前川。いま、90歳の卒寿を超え、
室長が言ったとおりの境涯になった。何でも一番になれなんと気丈な方か。西
成区の小林節子は身が引き締まる思いがした。73年(昭和48年)12月。中之島
の公会堂での本部総会。小林は池田名誉会長の母堂・一さんと共に会場に着い
た。半年前、東京の大田を訪れた際に交流を結んだ。

総会は長時間に及んだ。端座したまま身じろぎ一つしない。じっと名誉会長の言
葉に耳を傾けていた。「ぜひ西成にも、うかがわないと」来阪すると、小林の自
宅や近くの聖教新聞の販売店までわざわざ足を運び、丁重に挨拶した。後々《の
ちのち》まで西大阪での思い出を振り返った。76年9月の逝去の際。名誉会長か

ら小林のもとに揮毫が届いた。「母が最も関西にお世話になり最も関西の友が大
好きであり最も思い出をつくって下さったことを謝しつつ」母堂を偲び、西成文
化会館の庭に「一桜《いちざくら》」の樹が植えられた。後に名誉会長は、母堂
の名の由来にふれている。「母の両親が『一番幸福になるように。その子どもた
ちも何かで一番になり、社会に尽くせよ』という願いをこめて『一』と命名した
んです」何でも一番!池田家の心は、最も縁《えにし》深い大阪の心意気でもあ
る。

2008年9月。本部幹部会で新リーダーが紹介された。関西婦人部長の山下以知子。
白本義一郎が新天地の大阪へ来たとき、2歳だった娘である。西大阪の婦人部長
を務めたこともある。スピーチの中で名誉会長が懐かしそうに声をかけた。「あ
の子が、こんなに立派になったんだもの。お父さん、お母さんも、きっと喜んで
いるよ」壇上で名誉会長に誓った。「関西の同志とスクラムを組んで、必ず完勝
します!」彼女の名前は以知子。母堂は一さん。「大阪の戦い」の金字塔は1万
1111世帯。関西は、いつも一番で勝つ!
 

本日の政教珍聞で~す、付録

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月 6日(月)09時08分19秒
  本日の政教珍聞10面、一般紙面、おそらくほとんどの新聞、TVでのトップニュースは

千代田区長選での小池陣営の大勝利(次点の与謝野氏と3倍の差)まさにブッチギリ。

果たして我らの政教珍聞、ああ、選挙の「せ」の字も無し・・・・

少しは他の新聞を見習いましょう、というか政教珍聞の質がここまで下がっている現実を見据えましょうね~(笑)
 

わが友に贈る 2017年2月6日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2017年 2月 6日(月)09時04分38秒
  仏緑を結ぶ「勇気」
心を動かす「確信」
信頼を生む「誠実」
地涌の誇りも高く
幸の劵属を広げゆけ!
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、小生もネタがなくて困ってま~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月 6日(月)08時51分44秒
  おはようございます。原田怪鳥様、最近露出がありませんが、お元気でしょうか~(笑)区長選は自主投票だったみたいデスが、

いよいよ本番の都議選がまってま~す(笑)全国にヘンな号令だけは掛けないで下さいね~。皆が迷惑しま~す(笑)

あいも変わらず、情報の遅い政教珍聞、 >グアムで平和の祭典< っても1月21日・22日デスよね~

本日は2月6日で~す、毎回指摘するのも同じネタばかりでは、飽きがくるというもので~す。

海外ネタばかりではなく「直弟子」サマの行動を追ってほしいものデスね~、もっとも怪鳥サマは追われると、ナニかマズイ事があるんですか~(笑)


本日の「新・人間革命」(大山三十)も違和感というか、疑問デスね~(笑)

残念なことに資料がありませんので、ハッキリとは言えませんが、師匠は4月14日の神奈川文化会館でこの様な激励をされたのでしょうか?

というのは、この時期はすでに宗門から、「指導はするな」といわれていたはずなので~す。だから先生はこの時期は「指導」というかたちではなく

会合ではピアノを弾いて激励、また功労者宅を訪ねて回っていま~す。それだけ宗門からの先生に対する攻撃は酷かったので~す。

本日の挿絵では、師匠が指導されているような絵が描かれていますが、これは印象操作デスね~(笑)なぜなら当時の新聞の写真はどうだったか?

後ろ向きで、演奏する「手」だけ写っている写真ではなかったデスか~、当時の真実と違う挿絵では54年当時を知らない会員が誤解しま~す。

指導もスピーチも何もかも制約された背景も描かずに、会合でスピーチされている、なにか史実と異なる違和感で~す。

>自分の会長辞任が発表されれば、少なからず皆は驚くにちがいない。しかし、何があろうが、いささかたりとも、信心に動揺があってはならない。そのために、不動の信心の確立を叫び抜いておかねばならない<
(新・人間革命、大山三十より引用)

これも、「会長辞任は先生自らの意思」であるように誘う印象操作デスね~(笑)

執筆チーム」の皆さ~ん、ナゼこの時期の背景を描かずに、大まかな流れだけをなぞっているのですか~?

これでは、先生の想いも真実も伝わらずに単なる「小説」で終わってしまいマスよ~、もっと背景を描きましょ~う。

「師匠の想いを後世に残したい」のであれば、もっと練って下さいね~(笑)



 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 6日(月)08時39分0秒
  二月六日

負けるな!断じて負けるな!

幸福が人生の目的だ。

そのための努力を!

そのために忍耐を!

生き抜くのだ。

愉快に生き抜くのだ。

強く生き抜くのだ。
 

おはようございます

 投稿者:自由の凡夫メール  投稿日:2017年 2月 6日(月)08時32分57秒
編集済
  すべては「生命現象」


掲示板への投稿者の方々(私も含め)の投稿に、「相対的現象・現実」「作用反作用」の働きが

掲示板内で現象化しています。「正」と「反」 (今に始まったことではない)

同じく閲覧者の方々にもあることでしょう。

何故このようなことをお伝えするのか? すべては「生命現象」だと知って頂きたいからです。


※ 良い悪いということではありません。

※ 意識のイノベーションが起きています。(記載はしますが、対応はもう期待していません)

「救済」という立場になるなら

すでに、「生命現象」でも観ていく時代に入っていると私も感じます。(表現は柔らかめにしてます)

今の創価は、眼差しが内向きで「信じ込み」「思い込み」の「上書き」が続いています。

思考・概念の「自我機能」です。(生命現象の体感・体験の無い)

「ズレ」「ブレ」です。現実・現象を見ればおわかりのとおりです。


アルベア様が昨日、投稿して頂いているとおり

(以下 2行引用)

「信仰」「行者」は自分自身の事なのです。

池田先生は今「沈黙」したままなのです。答えは「自分自身」の中に既にあるのです。


えっ! そんなのわからない。という人は

「自我機能」というものを理解して自己観察してみて下さい。

自分自身の「信じ込み」「思い込み」という「自我機能」(自我)を解除してみて下さい。

「気づき」「気づきの循環」というのも意識してみて下さい。大丈夫です。

 

「食法がき」への支援は堕獄の因

 投稿者:-Q-  投稿日:2017年 2月 6日(月)08時00分48秒
  ひかりさん。応答に感謝します。まさにおっしゃる通り。私もほとんど同意見です。

ただ、宗門の例を挙げるまでもなく、全体の1%にすぎない「エセ出家」たちは、既得権益を守るためならどんな手段をも弄するもの。彼らは、自分たちのこなしている「仕事」がまったくの虚業でしかないことを身に染みて知っているからです。

どのような形であれ「食法がき」たる連中への支援は、法を蔑ろにする行為でしかないということ。
あまりに善良すぎる多くの心優しい人びとには、一刻も早くそれに気づいてほしいと願うばかりです。

何の権限も持たない末端構成員にできる抵抗手段は、彼らへの糧秣供給を絶つこと以外にないのですから。

(「さん」でも「クン」でもかまいませんが、勝手ながら、当方への呼びかけの際、「様」はカンベンしてください…。今後ともどうかよろしく)


 

-Q-様

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月 6日(月)07時13分1秒
  功徳功徳と実態のないタダのニンジンぶら下げられて(功徳は悪を滅し善を生じることなのに)

果てることなく数字にキュウキュウ。


そして、ザイムを給油して動かす変な企業。

統合視野にと言いながら、誰かさんはまだ給料もらっていたい。

どっちにしても勝手な理由で、こんなの、ムダもいいとこです。



「たかり企業」と『タカリ政党』も、学会員の犠牲があっての存在だというのが実態ですね。



『タカリ政党』は学会員の手弁当の支援をもらい、陣中見舞いをもらい、

その上で国民の税金をもらい、何重にも保護もらってこのザマ。

正直に申し上げますけど「吸血ヒル政党」に見えますよ。

 

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