HOME > レビュー > 続・DigiFi 最新デジタルオーディオ情報『音楽家/エンジニアが語るMQAの魅力とは?』
2017年2月 6日/橋爪徹
DigiFi 23号の付録「スペシャルDVDサンプラー」はお試しいただけただろうか。このサンプラーには、ノルウェーの「2L」レーベル作品のハイレゾ音源を収録していたが、ただのハイサンプリング音源ではない。同音源の MQA(=Master Quality Authenticated=マスタークォリティであることが証明・認証 されているという意味)版ファイルを収録していたのだ。詳細については、本誌23号90ページ〜をご参照いただきたいが、 MQAは高効率の圧縮と高音質を実現するという新しいコーディング技術。ここでは、その音質的魅力について迫ってみたい。
(編集部)
和田貴史●わだ たかふみ
作曲/編曲家、録音エンジニア。近作には『NHKスペシャル 巨大災害 地球大変動の衝撃オリジナル・サウンドトラック』がある。これは NHK同名番組のサウンドトラックで、e-onkyo musicにてハイレゾ音源を配信中だ。現在シリーズ進行中の『MEGA CRISIS 巨大危機~脅威と闘う者たち~』でも音楽を担当している。また、「ハイレゾ音楽制作ユニット」Beagle Kick(ビーグル・キック)としても活動中。こちらは最新作『Moment 4 Autumn』を発売したばかり。Beagle Kick の音源は、MQA版のリリースも予定しているという
前号の記事では、MQAの概要や音の変化などを取り上げた。まったく新しいエンコード・デコード技術である MQA。データが既存のFLACよりさらに小さくなり、しかも音がスタジオ品質に近づく。この摩訶不思議な技術は、ともすると「オカルトではないか」と不審を抱きかねない。私自身も、何度も耳を疑った。
MQAをいぶかしがる方の声の中には、「音楽制作側の意見を聞いてみたい」というものがある。マスター品質であることを保証されたのがMQAであるな ら、マスターをこれでもかと聴き込んでいる制作側の 意見は説得力を持つのではないかというわけだ。そこで今回は、前号で紹介した Beagle Kick のメンバーで あり作編曲を担当する和田貴史氏(以下、和田)のインタビューを敢行した。和田は、ドラマやアニメで映像音楽を担当するプロの音楽家であり、千葉にプライベートスタジオを構えレコーディングからミックスま でこなすエンジニアでもある。MQA版配信を控えた Beagle Kick の音源(96kHz/24 ビット)を実際に聴きながら、マスター品質を知り尽くした彼に話を聞いた。
4万円のDACでも違いは明瞭。MQAは「スタジオで作っていた」音に近い
まず、彼のプライベートスタジオ Dimension Cruise Studio でMQA対応USB DACのメリディアンEXPLORER 2を使って音源を聴いてもらった。アナログ音声ケーブルはPC-Triple C単線導体の特注品を使用 し、マンレイのマイクプリを介してSSL製のコンソールへ入力、ムジークエレクトロニクガイザインのスピーカー RL904で鳴らしている。
一般的なWAVファイルとMQAファイルを聴き比べて感想を聞くと、はっきりとした答えが返ってきた。「MQAの方が、音がくっきりと明瞭になる。音数が多い曲でも楽器ごとの違いが分かりやすい。DACの性能的な限界から音が細く低域が散っている感じがあるが、MQAになるといくぶん改善している。自分がス タジオで作っていたときの分離感に近づいた」といった具合だ。さらに、「一般的なWAVはこもって聴こえるけれど、MQAエンコードされた音源は、楽器を爪 弾くアタック感がより分かりやすく、ギターのアルペジオなどがハッキリするので演奏者の込めた情感がより伝わる」とも述べた。
ここで思わぬ申し出があった。ProTools HDXのシステムで同じ曲(一般的なWAV)を聴いてみたいと言うのである。つまり、音楽制作用のリファレンスシステムで、だ。音源をMacBookProにコピーしてProTools のHDXカード経由でAvid純正のHD I/OとSYNC HDを使ってD/A変換、同じSSLのコンソールへ送って再生した。再生ソフトはもちろんProTools。4万円弱のDACが再生する WAVの音と比べるとさすがに違いは大きい。情報量や音の密度感は凄まじく、太く厚みのある音が魂を揺さぶる。これでもかとプロ機材の貫禄を魅せられた。しかし、逆にMQAの特徴がよく分かったと和田は言う。
「MQAは決して独自の味付けをしているわけではない。スタジオ環境の音と比較すればMQAがこのエントリークラスのDACでもスタジオマスターの品質を再現していることが分かる。ミックス時にマルチトラックをモニターしているような精度の高い音だ。それは音がよくなるというより、制作現場の音に近づくこと。何百万円もかけて機材を揃えなくてもいいのはリスナーにとって喜ばしいのでは」。MQAは制作現場の音、つまりマスタークォリティを志向しているということだ。
MQAといい音のオーディオ。これらが音楽をより身近にする
トークがなめらかになってきたところでさらに突っ込んで話を聞いた。どうやらMQAは制作側からすると「ハイレゾ云々以前のもっと大事なところにメスを入れている」らしい。「これまでの音楽再生において、 時間軸上の精度は意外と適当にされてきた。しかし、プロの現場ではそこも手厚く配慮されている。だからこそ、CDクォリティの44.1kHz/16ビットもスタジオで聴くと音がいい」と言うのだ。MQAの音質改善は、そのアプローチに近いものを感じると言う。話が盛り上がって、こんなユニークな提案も飛び出した。
「CDクォリティのマスターしかない音源のアーカイブをMQAで行なうのはどうか」個人的にこれはひじょうに魅力的だと感じた。容量はほとんど小さくならないが、それでスタジオの音が 家庭でも手軽に再現できるならぜひ聴いてみたい。
また、MQAと一般的なWAVの音の違いについては、「高性能なDACで聴くと差は小さくなるかもしれない」 とも指摘した。それは、クロックの精度やアナログ回 路の品質が大きく違うからだ。もしそうだとしてもMQAの価値が落ちるのではなく、WAVの再生精度が 上がっただけのことである。
最後に、MQAとは少し離れて和田の音楽制作に対 するスタンスを聞いてみると、楽曲はぜひスピーカーで聴いて欲しいと話してくれた。音楽の楽しみは、本来的には部屋の空気を震わせて身体全体で味わうもの。演奏会で誰もが味わうであろう、あの鳥肌が立つような感覚。Beagle Kick ではそんな身体で感じられるほどの、音楽が本来もっている躍動や興奮を伝える クォリティを目指しているそうだ。そのため、すべての楽曲はスピーカーリスニングを基準にミックス・マ スタリングを行ない、ヘッドフォンはあえて使用しない。信頼する基準は一つであるべきというのが彼の考えだ。
定位感や空間表現にもこだわっており、広がり と奥行感のある音場が楽しめるそうだ。そして、「MQA版を聴くときは、"いい音" で楽しめる、お好みのシステムを揃えてほしい」とも言う。音楽の聴き方が手軽さ重視に偏りがちな今、オーディオ環境を揃えるのは なかなか難しいとは思う。しかし、私は大いに賛同す る。MQAといい音のオーディオは、音楽と貴方の距離をもっと縮めてくれるはずだから。
[筆者プロフィール]
橋爪徹 ●はしづめ とおる
オーディオライター/「ハイレゾ音楽制作ユニット」Beagle Kick(ビーグル・キック)プロデューサー。WEBラジオなどの現場で、音響エンジニアとしても活動している。BeagleKickのハイレゾ音源は ototoyやDLsite.comなどで配信中。MQA版音源も配信に向けて準備中
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