畠田理恵二畠田理恵  畠田理恵は、お人形さんのような美少女でした。
大阪は堺の生まれ、住居は転転としましたが、何処に住んでも目立つ評判の美少女でした。
 「ミスヘアコロン・イメージガール」に入賞したことが上京し芸能界を志した切っ掛けでした。
 18才の時に「この胸のときめきを」で映画デビューしましたが、芸能界引退も26才と早く、映画は一本だけ、テレビドラマは結構あり、山本陽子と競演した朝の連ドラ「京 ・ふたり」が有名です。
 引退したのは、将棋界の雄、羽生善治と結婚したからです。結婚後、羽生は低調だったので、畠田は「サゲマン」と陰口がありましたが、夫はその後復調しました。当時は、アゲマン・サゲマンと女優の結婚は何かと変な評価を受けました。
 撮影の合間に「広辞苑」を読破したとのこと、これは読書とは言えないけど真似は出来ません。芸能界の最後の年に東京駅で中年の暴漢に襲われて入院した時は、衝撃的で大きな報道になりました。
あすかの妖花