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仰るとおりです。

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 2月 6日(月)16時41分50秒
編集済
  -Q-  さんの言われるとおりだと私は思います。宗門問題の際の第一はその件でした。脱講させ

る意義はそれも一つの要因だったと思われます。塔婆供養等のいわゆる御供養を絶つ事が慈悲だっ

たのです。

「布施」を絶つ事。これが基本です。

先生ご存命だからとか、何だかんだと理由付けし続ける事は現時点においてはある意味、無慈悲で

あり、天魔の手助けをすることに通ずると思います。

あくまで仏法の眼で、本質を見抜かなければならないと思います。現象面だけ見ては見誤ります。
 

先生のこと

 投稿者:福子  投稿日:2017年 2月 6日(月)14時42分35秒
  先生は何故
ここ数年、動画のメッセージ一つも出さないのでしょうか?
スマホ一個あれば誰でもメッセージが出せる時代に
その辺の職員が一人いれば準備できるでしょう。

表に出なくなったのに
毎日のように会合等々へのメッセージや和歌やら人間革命やら
先生の”激励”はデカデカとアピールされてるんですよね。
表に出ないならそういうメッセージ系も出さないのなら整合性が取れるのに

正直、疑問だらけです。

多くの会員の方は
「これは先生があえて表に出ない事によって、広宣流布を弟子に託しているのだ!」
と思い込んでるのでしょうか?

表に出てこないのに毎日のようにメッセージ系が山ほど出てくる事
会合で先生の過去の映像の使いまわしを多用する事への
矛盾を感じることは無いのでしょうか?
 

御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月 6日(月)14時30分59秒
  御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事
3/3
 かつまた、自らの使命を自覚し、その使命のままにいきることも本有常住の姿である。すなわち、
妙法の大道に生きる地涌の自覚こそ、久遠元初以来の本眷属の自覚であり「本の儘」ではなかろうか。
 所詮、信心に生き、妙法に生ききる人こそ、今が久遠元初であり、大宇宙の本源に立ち戻り、
常に広大な未来を開いていく人であると強く確信すべきである。
 また、最後の「実成無作と開けたるなり」とは、仏界の湧現である。
 外部からだんだんと形づくっていく幸福ではなく、絶対にこわれない幸福を意味する。
 人間革命によって、根底的に自己自身を確立していくことが、最も正しい人生であると敷衍して
解釈することもできる。
 まず正報たる自己を確立していくことだ。その上に、依報のあらゆる客観的条件が整っていくことが、
最も正しい行き方である。そうすれば、一切が生かされる。学歴も、知識も、地位も、財産も、経験も、
すべて人間革命の土壌の上に、最高に生かされていくことを知っていただきたい。
 これ、人間完成の究極であり、偉大なる人生行路の生きた指針であると訴えたい。
ポイント
まず正報たる自己を確立していくことだ。
その上に、依報のあらゆる客観的条件が整っていくことが、最も正しい行き方である。

環境に流されない、確固たる自己の確立が人間完成への人生行路です。
 

御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月 6日(月)14時29分44秒
編集済
  御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事
3/2
 また「繕わず」とは、虚栄ではなく、信心に徹し、ありのままの人間性でいくことをいうのである。
本文に、「卅二相八十種好を具足せず」の卅二相八十種好とは、現実生活の上でいえば、虚栄であり、
肩書きである。これを求むることに懸命となり、自己を誇張しようとしたり、背のびして特別な人間に
見せようとすることである。そんなことは、徹底的には、まったく必要ない。
 所詮、信心に生き、自分らしく、最も個性を発揮し、社会のため、人々のため、価値創造していく
人生こそ、まさに「繕わず」なのである。
 また「本の儘」とは、題目を唱える姿こそ、最も大宇宙のリズムにかなった、本然の姿であり、本有の
姿である。自らは、十界本有の当体である。題目を唱えたとき、己心の地獄界は、地獄界のまま、餓鬼界
は餓鬼界のまま、妙法に照らされ、すべて幸福へと動き働くのである。これ「本の儘」ではないか。
 また、信心に生き、本因妙の精神に徹することである。御本尊には行き詰まりがなく、また、信心も、
常に無量の智慧を発現する源泉である。昨日までの功績にひたり、未来を開くことを忘れた人は、御本尊
を忘れ信心を忘れた人であり、行き詰まってくる。このとき、再び信心に戻り、本因妙の精神で未来を開
くとき、必ず成長があり、前進がある。これ、本有常住の振舞いであり「本の儘」に帰着した人の姿といえる。
ポイント
昨日までの功績にひたり、未来を開くことを忘れた人は、御本尊を忘れ信心を忘れた人であり、行き詰
まってくる。
信心は、瞬間の生命が勝負です、本因妙の精神で未来を開くとき、必ず成長があり、前進がある。
 

御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2017年 2月 6日(月)14時14分41秒
  池田先生は昭和42年当時から現在の事を見通されていたのではないかと思える、
講義に愕然と致しました。
3/1
御義口伝講義録下より 第廿三 久遠の事 御書P759
されば、久遠元初とは、先に述べたごとく、もはや、ある一定の時をさすのではなく、
この悠久に続きゆく宇宙の大生命、そして、三世常住に生死を繰り返し、無始無終に
続きゆく生命の究極、本源をいうべきか、これを、日蓮大聖人は「働かさず、繕わず、
本の儘」と仰せられたのである。
 信心および生活に約していえば「働かさず」とは、まず一般的に犬が吠えるのも、
猫がなくのも、鳥がさえずるのも、皆これ「働かさず」であり、生命の自然の発動である。
信心に約していえば御本尊に唱題し、また広宣流布に活躍し、生命の奥底からの歓喜の
躍動のことである。
 これは誰人が、与えるものでもない。自分自身の内奥から自然に発現するものである。
これ「働かさず」ではないか。また、自身の生命の上に築く絶対の幸福境涯である。
幸福は他から与えてくれるものではない。自身の生命の上に築いていくものである。
 先の「自我偈始終の事」で述べた、真の自由自在の境涯である。これは、釈迦仏法の
ごとく歴劫修行や、天台家のごとく観念観法で、動かして築くべきものではない。
ただ御本尊と境智冥合するとき、われらの行住坐臥の振舞い、すべて大宇宙のリズムと
合致し、障りなく、悠々たる振舞いをしていけることが、無作三身の確立であり、まさに
「働かさず」になることを知るべきである。
 

只、威張るだけで責任取らない原田会長(# ゜Д゜)

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2017年 2月 6日(月)13時00分44秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

久しぶりの投稿に成ります。でも毎日見てますよ(^○^)

原田会長(# ゜Д゜)勝手に教義変更したり池田先生のご指導に則り正しく信心している者を査問、処分しちゃって来た責任どーとるのよ(# ゜Д゜)

権力振り回して怒鳴るだけで責任も取れない根性なし
┐(´д`)┌

秋谷や勃樹に上手く利用されちゃったと言い訳して済む問題じゃねーよ┐(´д`)┌

お前が愚か者だからこんなに成っちゃったんだぞ!

責任とれ(# ゜Д゜)

ご・ま・か・し・はいつまでも続かないよ┐(´д`)┌

そういえば昨日、後輩で現支部長が家に来てくれたよ


 

新あの日ある時

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 6日(月)09時10分19秒
  【第4回】池田先生と西大阪総県

聖教新聞2009年7月24日

「常勝関西」発祥の地

白木の「2月闘争」
1952年(昭和27年)。あの「2月闘争」の大旋風が画風・蒲田で巻き起こってい
たころである。大阪市西成区。地下鉄「花園町駅」の薄暗い階段を、長身の男が、
のっそり上がってきた。プロ野球選手の白木義一郎。地図を記したメモに目を落
とす。練習の合間をぬってバラック街を折伏に歩く。2歳の娘・以知子や妻の文
《ふみ》は、遠く東京に置いてきたままだ。

この年、東急フライヤーズから阪急ブレーブスヘ。在阪球団へのトレードを機に
、蒲田支部の白木は「大阪支部長心得」になった。単身、落下傘で飛び降りるよ
うなものである。さすがの剛球投手も心細い。「義っちゃん、これは御仏意《ご
ぶっち》だ。大阪を頼む。一緒に75万世帯をやろう!」どんと背中を押してくれ
たのは、蒲田の池田大作支部幹事だった。

「大阪」だ。「関西」だ。ここを強くしなければ75万世帯は達成できない。その
突破口を白木に託した。本気の一人をつくるしかない。1月末、東京から夜汽車
で大阪へ発つときも、固い握手をかわして見送った。「2月闘争」への闘志が白
木の胸に火を点した。やがて、それは大阪で赤々と燃え上がる。「花園町駅」を
出て、白木は目的の家へ大股で急いだ。紹介された山本福市は、妻が病弱で悩ん
でいた。仏法の功力を直球勝負で語った。

「ほな、わたしら、やりますわ」52年2月17日。まず下町の西成で、関西の折伏
第1号が実った。西成の花園旅館55年(昭和30年)12月に関西本部が誕生するま
での間、しばしば本陣となった拠点があった。花園旅館。山本宅の目と鼻の先、
西成を南北に走る南海電車の線路近くに立つ。電車の音が窓ガラスにピリピリと
響く。木造の二階屋たった。

宿の主が日蓮宗(身延派)の信者だった。戸田会長が声をかける。「ご主人、身
延なんかやめなさい。この信心をすれば、いつの日か、必ず大きなビルが建ちま
す」あまりの確信に、そばで見ていた従業員が後で入会を申し出る。たちまち噂
が広まった。「戸田先生が花園旅館にいてはるから、誰でも連れていきや!」生
活苦、経済苦、病苦。それらが奔流となり、花園旅館の小さな一室に押し寄せた。

不妊で悩む会員に真正面から言い切った。「子どもができなくて悩む親もいる。
一方で、子どもを食い物にするような親もある。この信心をやりぬいて、宿命を
転換するしかない!」青年部の池田室長への薫陶は厳しかった。──ひとり室長
が帰京する日。荷造りを終え、部屋へ挨拶に来たところ、いきなり会長が問いか
けた。「大作」サッと居すまいを正す。「いま臨終になったら、従容としていら
れるか」「ハイ!」間髪を入れず、鋭い返事。大阪では常に「臨終只今」の精神
だった。ある日。戸田会長を囲んだ懇談の折である。

「誰だ、そいつは!」激しい剣幕で一人を指さした。不審げに目をぎょろつかせ
ている。他宗の信者が紛れ込んでいた。ひそかに様子を探りにきたものと見えた。
「そこの拝み屋!ここは貴様のような者が来るところではない!」一喝されるや、
脱兎のごとく逃げ出した。返す刀で居ならぶ幹部に檄が飛ぶ。「なぜ分からなか
ったのだ!戦いの中でこそ、邪悪を見抜け!」花園旅館は、実戦の道場だった。

庶民の町・西大阪大阪湾へ流れる木津川を、市民の足の渡し船が、ゆったりと進
む。湾の奥にある西成、大正、住吉、住之江。「常勝関西」の発祥の地・西大阪
は"ド庶民の街"である。隅々まで池田室長の足跡が刻み込まれている。住吉区の
宮下伊平。戸田会長の気迫が今も忘れられない。「折伏は、この戸田がやる!ほ
かにやりたい人間は願ってついてこい。それでこそ戸田の弟子だ!」その会長に
一番弟子がいると聞いた。さぞ強面の人やろう……。後に会合で室長と出会い、
息を呑んだ。

何とも爽やかな好青年ではないか。「私か舞を舞いましょう!」生れ故郷をあと
にして……大きく振りあげた腕《かいな》に、射貫くような眼《まなこ》。キリ
ッと結んだ口元。ああ……。やっぱり戸田会長と同じや。同じド迫力や!。西成
区の西島夏子。57年(昭和32年)2月ごろ、会合の帰路、池田室長と一緒になっ
た。「聞きたい事があったら、何でも遠慮せずに言ってごらん」「実は主人の仕
事が忙しくて、地区幹事として活動できないことに悩んでいます」きっぱり言い
切った。「信心は時間で決まるのではありません。心で決まるのです。

たとえ30分でも、広宣流布のために真心を込めて戦うのです。あとは御本尊に、
しっかり祈る事です。30分が3時間に値する戦いになります」ハッとした。誰
よりも時間がないのは室長やった。笑顔で言われた。「必ず時間に困らない境涯
になります。安心して活動に励まれるよう、ご主人に言ってあげてください。広
宣流布のための願いは絶対、叶います」住之江区の粉浜《こはま》(当時は住吉
区)。古い軒が連なる住宅街に、ひときわ目立つ白壁があった。

企業の重役の家だった。56年(昭和31年)5月の昼下がり。室長が上がり框をま
たいだ。20人ほど集まり、会合が開かれていた。まだ会場には十分なスペースが
あった。組長と組担に目を向けた。「どれくらい折伏をやるんだい」「地区一番
になります」。思い切って背伸びした。室長が笑って、手を横に振った。「地区
一や大阪一ではダメです。目指すのなら、日本一!」翌年、室長は再び同じ会場
へ向かった。1年前と熱気がまるで違う。

広い部屋の隅々まで、住之江や住吉などの会員でいっぱいだった。「この家も、
だいぶ狭くなったねえ!」一人一人に視線を送りながら、新しい指針をピシリと
打ち込んだ。「一に団結。二に団結」ひときわ語気を強めた。「三に、団結です
!」関西本部の勤行会に参加した大正区の前川ハル子。威勢よく立ち上がった。
「大阪の戦い」の最終盤である。室長から声をかけられた。「あなたは自分が元
気な間に、折伏を何世帯やるか。ここで私と約束しよう」あっ。計算している余
裕などない。

「に、200世帯やります!」

にこりと相好を崩した。「20年、信心を真面目にやれば、世界にだって行ける。
私も世界中へ行くからね」その約束を果たした前川。いま、90歳の卒寿を超え、
室長が言ったとおりの境涯になった。何でも一番になれなんと気丈な方か。西
成区の小林節子は身が引き締まる思いがした。73年(昭和48年)12月。中之島
の公会堂での本部総会。小林は池田名誉会長の母堂・一さんと共に会場に着い
た。半年前、東京の大田を訪れた際に交流を結んだ。

総会は長時間に及んだ。端座したまま身じろぎ一つしない。じっと名誉会長の言
葉に耳を傾けていた。「ぜひ西成にも、うかがわないと」来阪すると、小林の自
宅や近くの聖教新聞の販売店までわざわざ足を運び、丁重に挨拶した。後々《の
ちのち》まで西大阪での思い出を振り返った。76年9月の逝去の際。名誉会長か

ら小林のもとに揮毫が届いた。「母が最も関西にお世話になり最も関西の友が大
好きであり最も思い出をつくって下さったことを謝しつつ」母堂を偲び、西成文
化会館の庭に「一桜《いちざくら》」の樹が植えられた。後に名誉会長は、母堂
の名の由来にふれている。「母の両親が『一番幸福になるように。その子どもた
ちも何かで一番になり、社会に尽くせよ』という願いをこめて『一』と命名した
んです」何でも一番!池田家の心は、最も縁《えにし》深い大阪の心意気でもあ
る。

2008年9月。本部幹部会で新リーダーが紹介された。関西婦人部長の山下以知子。
白本義一郎が新天地の大阪へ来たとき、2歳だった娘である。西大阪の婦人部長
を務めたこともある。スピーチの中で名誉会長が懐かしそうに声をかけた。「あ
の子が、こんなに立派になったんだもの。お父さん、お母さんも、きっと喜んで
いるよ」壇上で名誉会長に誓った。「関西の同志とスクラムを組んで、必ず完勝
します!」彼女の名前は以知子。母堂は一さん。「大阪の戦い」の金字塔は1万
1111世帯。関西は、いつも一番で勝つ!
 

本日の政教珍聞で~す、付録

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月 6日(月)09時08分19秒
  本日の政教珍聞10面、一般紙面、おそらくほとんどの新聞、TVでのトップニュースは

千代田区長選での小池陣営の大勝利(次点の与謝野氏と3倍の差)まさにブッチギリ。

果たして我らの政教珍聞、ああ、選挙の「せ」の字も無し・・・・

少しは他の新聞を見習いましょう、というか政教珍聞の質がここまで下がっている現実を見据えましょうね~(笑)
 

わが友に贈る 2017年2月6日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2017年 2月 6日(月)09時04分38秒
  仏緑を結ぶ「勇気」
心を動かす「確信」
信頼を生む「誠実」
地涌の誇りも高く
幸の劵属を広げゆけ!
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、小生もネタがなくて困ってま~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月 6日(月)08時51分44秒
  おはようございます。原田怪鳥様、最近露出がありませんが、お元気でしょうか~(笑)区長選は自主投票だったみたいデスが、

いよいよ本番の都議選がまってま~す(笑)全国にヘンな号令だけは掛けないで下さいね~。皆が迷惑しま~す(笑)

あいも変わらず、情報の遅い政教珍聞、 >グアムで平和の祭典< っても1月21日・22日デスよね~

本日は2月6日で~す、毎回指摘するのも同じネタばかりでは、飽きがくるというもので~す。

海外ネタばかりではなく「直弟子」サマの行動を追ってほしいものデスね~、もっとも怪鳥サマは追われると、ナニかマズイ事があるんですか~(笑)


本日の「新・人間革命」(大山三十)も違和感というか、疑問デスね~(笑)

残念なことに資料がありませんので、ハッキリとは言えませんが、師匠は4月14日の神奈川文化会館でこの様な激励をされたのでしょうか?

というのは、この時期はすでに宗門から、「指導はするな」といわれていたはずなので~す。だから先生はこの時期は「指導」というかたちではなく

会合ではピアノを弾いて激励、また功労者宅を訪ねて回っていま~す。それだけ宗門からの先生に対する攻撃は酷かったので~す。

本日の挿絵では、師匠が指導されているような絵が描かれていますが、これは印象操作デスね~(笑)なぜなら当時の新聞の写真はどうだったか?

後ろ向きで、演奏する「手」だけ写っている写真ではなかったデスか~、当時の真実と違う挿絵では54年当時を知らない会員が誤解しま~す。

指導もスピーチも何もかも制約された背景も描かずに、会合でスピーチされている、なにか史実と異なる違和感で~す。

>自分の会長辞任が発表されれば、少なからず皆は驚くにちがいない。しかし、何があろうが、いささかたりとも、信心に動揺があってはならない。そのために、不動の信心の確立を叫び抜いておかねばならない<
(新・人間革命、大山三十より引用)

これも、「会長辞任は先生自らの意思」であるように誘う印象操作デスね~(笑)

執筆チーム」の皆さ~ん、ナゼこの時期の背景を描かずに、大まかな流れだけをなぞっているのですか~?

これでは、先生の想いも真実も伝わらずに単なる「小説」で終わってしまいマスよ~、もっと背景を描きましょ~う。

「師匠の想いを後世に残したい」のであれば、もっと練って下さいね~(笑)



 

池田先生の女性に贈ることば365日より

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 6日(月)08時39分0秒
  二月六日

負けるな!断じて負けるな!

幸福が人生の目的だ。

そのための努力を!

そのために忍耐を!

生き抜くのだ。

愉快に生き抜くのだ。

強く生き抜くのだ。
 

おはようございます

 投稿者:自由の凡夫メール  投稿日:2017年 2月 6日(月)08時32分57秒
編集済
  すべては「生命現象」


掲示板への投稿者の方々(私も含め)の投稿に、「相対的現象・現実」「作用反作用」の働きが

掲示板内で現象化しています。「正」と「反」 (今に始まったことではない)

同じく閲覧者の方々にもあることでしょう。

何故このようなことをお伝えするのか? すべては「生命現象」だと知って頂きたいからです。


※ 良い悪いということではありません。

※ 意識のイノベーションが起きています。(記載はしますが、対応はもう期待していません)

「救済」という立場になるなら

すでに、「生命現象」でも観ていく時代に入っていると私も感じます。(表現は柔らかめにしてます)

今の創価は、眼差しが内向きで「信じ込み」「思い込み」の「上書き」が続いています。

思考・概念の「自我機能」です。(生命現象の体感・体験の無い)

「ズレ」「ブレ」です。現実・現象を見ればおわかりのとおりです。


アルベア様が昨日、投稿して頂いているとおり

(以下 2行引用)

「信仰」「行者」は自分自身の事なのです。

池田先生は今「沈黙」したままなのです。答えは「自分自身」の中に既にあるのです。


えっ! そんなのわからない。という人は

「自我機能」というものを理解して自己観察してみて下さい。

自分自身の「信じ込み」「思い込み」という「自我機能」(自我)を解除してみて下さい。

「気づき」「気づきの循環」というのも意識してみて下さい。大丈夫です。

 

「食法がき」への支援は堕獄の因

 投稿者:-Q-  投稿日:2017年 2月 6日(月)08時00分48秒
  ひかりさん。応答に感謝します。まさにおっしゃる通り。私もほとんど同意見です。

ただ、宗門の例を挙げるまでもなく、全体の1%にすぎない「エセ出家」たちは、既得権益を守るためならどんな手段をも弄するもの。彼らは、自分たちのこなしている「仕事」がまったくの虚業でしかないことを身に染みて知っているからです。

どのような形であれ「食法がき」たる連中への支援は、法を蔑ろにする行為でしかないということ。
あまりに善良すぎる多くの心優しい人びとには、一刻も早くそれに気づいてほしいと願うばかりです。

何の権限も持たない末端構成員にできる抵抗手段は、彼らへの糧秣供給を絶つこと以外にないのですから。

(「さん」でも「クン」でもかまいませんが、勝手ながら、当方への呼びかけの際、「様」はカンベンしてください…。今後ともどうかよろしく)


 

-Q-様

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月 6日(月)07時13分1秒
  功徳功徳と実態のないタダのニンジンぶら下げられて(功徳は悪を滅し善を生じることなのに)

果てることなく数字にキュウキュウ。


そして、ザイムを給油して動かす変な企業。

統合視野にと言いながら、誰かさんはまだ給料もらっていたい。

どっちにしても勝手な理由で、こんなの、ムダもいいとこです。



「たかり企業」と『タカリ政党』も、学会員の犠牲があっての存在だというのが実態ですね。



『タカリ政党』は学会員の手弁当の支援をもらい、陣中見舞いをもらい、

その上で国民の税金をもらい、何重にも保護もらってこのザマ。

正直に申し上げますけど「吸血ヒル政党」に見えますよ。

 

「たかり企業」の末路

 投稿者:-Q-  投稿日:2017年 2月 6日(月)06時42分33秒
編集済
  潮出版や第三文明社に限らぬが、あらゆる系列企業・団体は、設立当初はそれなりの理想なり宗教的使命感なりをもって発足したのだろう。だがそれはもう半世紀以上も前の神話的言い伝えに化した。

どの会社も団体も、まったくと言っていいほど信濃町の外に“橋頭堡”を築くことはできなかった。あげくの果ては、禁断の「ザイムマネー」(聖教マネー)を注ぎ込まれ、どいつもこいつもただのプロパガンダ集団に転落してしまったというわけ。

公明党と同様に、どの組織もとうにその役割を失っている。それをせっせと1万円札と“エフ”を献上することで生きながらえさせているのが、無名無告・思考停止のオメデタき人びと。

もう処置なしだ。「地獄の一丁目一番地」は、すぐそこだろうよ。


 

おはようございます!

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月 6日(月)06時30分19秒
  ネットニュースで、「認可保育所に落選、全国で悲鳴の親たち」と。

「保育園落ちた。日本死ね」

記憶にしっかり刻まれた日本社会の現実です。

しかも、保育園問題は、30年前には騒がれていました。

いくら厚労省管轄で立場が弱いと役人が言い訳したところで、一向に変わらないんです。

それなら国の政治家が何とかしたらどうなんだ、ってことですよ。

この国の「公明党」って政党は、この方面は完全に今、国民の役に立たない。

一番役に立つのは、はっきり言って安倍ちゃんのための自民党担ぎだけでしょうが。

選挙では我々に丸投げしてあれほど支援してもらいながら、役立たずだ。

 

確かに(><)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 6日(月)01時54分55秒
編集済
  潮文庫は、昭和五十年代まで、日本文学・西洋文学本が沢山有りました。かたや、聖教文庫は小説人間革命から創価教育学体系、先生著書の単行本の文庫本化したものが多数有り、ビンボー学生にとっては有難いものでした。会館の出版コーナーが無くなり、よくわかりませんが、確かに平成年代から単行本ばかりで文庫本の姿が消えていたように思います。第三文明社のレグレス文庫?でしたっけ、ブルーバックス並みに高度な哲学書やら自然科学、仏教全般にわたる専門書見たいな本も有りましたが・・・東哲よりも面白かった記憶が有ります(^^)
今は、頭の中で思考したり組み立てたり時間や空間認識をする作業をしなくなったから読めなくなったのでしょう(><)

昨今、読売新聞第一面で読解力不足をテーマに論説が進んでいますが、現代病ですね。STB(VOB)で、ダラ~と動画ばかり観ていると、頭の中が空っぽになります(><)
 

潮の劣化、第三文明の劣化が甚だしい

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月 6日(月)00時29分22秒
  今に始まったことではないけれど、二誌の劣化が著しい。流行の知識人を起用して、無理やり本を作って出版する。三浦瑠麗氏は語り下ろしを文字にしたという。三浦瑠麗氏が書き下ろした渾身の原稿ではない。12月に収録して大統領就任の1月20日に出版すると云う姑息さ。潮出版社も第三文明社も本当にイイ本を出さなくなった。学会員の文字離れも進んでいるしぃ。  

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 2月 5日(日)23時44分2秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
風邪をひきました
皆様が、風邪をひきませんように
おやすみなさい
 

同盟題目

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 2月 5日(日)22時54分4秒
  23時より開始します。よろしくお願い致します。
 

イケディアンの住人様

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 2月 5日(日)22時34分20秒
  『前進』(うちにも数冊ありましたが)とはまた違って新書サイズくらいのブックレットです。
昭和50年代の発行で今の聖教紙上座談会のような形式の最高幹部出席のもの。
3.16、5.3ほか佳節ごとのテーマを一冊ごとに扱って、石田次男が出席したのもありました。
そのうちのどれかで秋谷氏が唱導した発言です。
 

今更ながら、組織の統廃合・関連出版社・関連企業の縮小は近々の課題ですね(><)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 5日(日)22時27分30秒
  ルパン三世さまがおっしゃる通り、東哲に限らず、全ての外郭企業、そして学会現場組織の縮小(ブロック・地区・支部・本部・県区)の統廃合を急がなければ、組織も企業も立ち行かなくなります。あの時期(2009年)に気づいた者は沢山いました。先生が大変に厳しい指導をされている、弟子としてどうするのか?

創価公達大患部は、先生追放ばかりに頭が傾注していて徐々に組織も外郭企業も弱り始めていたことに目を背けていた(><)大企業病の典型になったまま、現在を迎えています。これでは未来は無い(><)衰亡します・・・
 

小作人さま

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 5日(日)22時18分6秒
  第一次宗門問題の前まで出されていた小冊子「前進」ですかね?
実家が何度も転居して、うちのおふくろの資料は、転居のたびに廃棄しており、私の手元には有りません。どなたか、今も持っている方が居れば幸いです。新版池田会長全集は、物置にあると思いますので、自宅に戻り火曜日以降に出てきたら、アップします\(^o^)/
 

ドミサイルさん

 投稿者:ルパン三世  投稿日:2017年 2月 5日(日)21時04分37秒
  潮出版社は赤字企業ですので、出版社特有の自転車操業に切り替えたのではないですかね?
もう、思想とかどうでもよくて売れればよいという他のゲスな週刊誌と同じ方向性なのでは?

第三文明社と東洋哲学書院、鳳出版、その他の外郭との合併話が信濃町では出てますからね。

破れかぶれでしょう。

 

座談会形式の小冊子シリーズ

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 2月 5日(日)20時31分57秒
  会長就任15周年の頃に発刊された分には、確か秋谷副会長(当時)の発言として
「池田先生にはこれからも生涯、会長として指揮を執っていただきたい」旨の
言葉で締めくくっていたような。。
 

無冠さま、その通りです!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 5日(日)19時51分19秒
編集済
  昭和48年から出版された広布第二章の指針小冊子が連続して出されていたと同様にいきなりの会長辞任など予定されていなかったのです。

新版  池田会長全集をビンボー学生の私も買って読んでいました。その中に、アメリカに総本山を建設する!との講演も有り遂に世界宗教になるのだと、あの当時、確信しましたが結果はアメリカ創価大学の前進であるカリフォルニア分校でしたっけ?ドミサイルさまは、読んでましたか?
 

「名字の言」で紹介された「麗しい家族」

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 2月 5日(日)19時35分2秒
編集済
  2009年4月10日

「世界市民を育成する人間教育の城――創価学園で入学式」と報じた4/9付け本紙
1面、感動的でした。4/8、関西創価高校に入学した新入生親子の絆を綴った「名
字の言」に心打たれた読者も数多くいたに違いない。

***********************************************************************

……親子の強い絆に結ばれた麗しい家族に、先哲(吉田松陰)ゆかりの山口県萩
市でお会いした。「一生、歩けないでしょう」。少年を診(み)た医師は、そう
告げたという。難病の筋ジストロフィー。しかし、両親は「私たちを強くするた
めに、この子は生まれたはず」と、懸命に祈り、リハビリに付き添った。小学校
に入る時、ランドセルを背負って歩くわが子を見て、信心の功力を確信した▼随
分、つらいこともあったろう。だが、少年は、どんな時も、広布のため、友のた
めに尽くす両親の姿から、しっかり信心を吸収していた。そして、「池田先生の
もとへ!」と昨日、関西創価高校に入学した▼仏法では、「親子一体の成仏」を
説く。親の信心で子は伸び、この信心で親は輝く。冬を耐えて咲き薫る、春の花
のような“笑顔の家族”に触れ、つくづくそう感じた。

***********************************************************************

「名字の言」で紹介された「麗しい家族」、山口県萩市川上の黒川さん一家の体
験。この春、念願の関西創価高校に入学した黒川和輝君。父・清人さん(副支部
長)、母・敏江さん(地区副婦人部長)の長男として生まれ、育った。黒川家に
は3代続けて、ずっと病魔と闘ってきた歴史がある。母・敏江さんの祖父母は昔か
ら、萩市内で老舗の仕出し屋さんを開き、草創期から純真な信心を貫いてきた。

その祖母が筋ジストロフィーを患った。子や孫に遺伝する罹病率の非常に高い難
病である。案の定、娘の敏江さんも発病した。だが、女子部で地道に活動する敏
江さんは、懸命な治療とリハビリで、日常生活に支障を来さないまでに強い体に
回復。男子部で戦っていた清人さんと縁あって結婚した。敏江さんの一番の悩み
は出産だった。

ある時、心配する敏江さんに夫の清人さんがこう告げた。「どんな身体で生まれ
てきたって、世の中で一人でも勇気づけることができるのなら、その子は使命の
人だろ」「池田先生がお元気で広布の指揮を執られる時代に、弟子として生きら
れる。これ以上の幸せはないよ。後継者をつくろう!」夫妻の心が決まった。そ
して、誕生したのが和輝君。喜びはつかの間だった。敏江さんの不安が的中した。

いつまでたっても、ハイハイどころか、首も据わらない。「進行性の筋ジストロ
フィーです。一生、歩けないと思ってください」。夫妻の心を凍らせるほど、医
師の診断は残酷だった。それでも、夫妻はくじけなかった。「この子は私たちを
強くするために生まれてきたはず」「よし、歩けるようになって、あのお医者さ
んを蹴飛ばしてやろうね!」夫妻は来る日も来る日も懸命に祈り、きついリハビ
リに付き添った。

そして、どんなことがあっても学会活動に真剣に取り組んだ。数年後、和輝君の
病気の進行がおさまった。奇跡的に歩けるまでに回復した。小学校に上がる時だ
った。ランドセルを背負って歩き始めた和輝君を見て、夫妻でクシャクシャに泣
いた。残酷な診断を告げたあの医師は「うれしい診断はずれでした」と、目を赤
らめて喜んでくれた。昨年、筋ジストロフィーを患っていた祖母が亡くなった。

和輝君に師匠の偉大さを語り続けた“学会の宝”のような優しい祖母。家族みん
なで食事する時、孫に何度もつぶやいた。「和輝君、大きくなって広布のお役に
立つんだよ」「先生が作られた創価学園に行こうね」広布一筋に走る両親と、師
匠の偉大さを語り続けた祖父母の熱き思いをまっすぐに受け止めた和輝君は「必
ず、広布の人材になってみせる」と心を定めた。人知れず、厳しいリハビリを続
けながら、勉学にも挑戦。小学校ではトップクラスの成績を収めるまでに成長した。

3年前、関西創価中学を受験したが、失敗。しかし、ますます闘志を燃やして高校
受験に挑戦。今春、見事に「関西創価高校合格」の栄冠を手にした。黒川和輝君は
今、こう誓っている。「世界一の家族と素晴らしい同志の皆さんに励まされて、こ
こまで強く生きてこられました。今度は、僕が人を励ましていけるよう、教師を目
指して頑張ります。“負けじ魂ここにあり”(学園愛唱歌)です!」4/8、東西の創
価学園で行われた入学式。最後に創立者が新たに5番の歌詞を綴り贈られた学園愛
唱歌「負けじ魂ここにあり」を大合唱した。

「正義の誇りに/胸を張れ/君に託さん/この大城(しろ)を/学べ勝ち抜け/
世界まで/負けじ魂/朗らかに」

“創立者との絆は永遠なり”――師弟の歌声が天高く轟きわたるフィナーレ。
愛唱歌「負けじ魂ここにあり」を声を限りに歌い上げた黒川和輝君や東西の創価
学園に晴れて入学した新入生全員の胸に、生涯忘れ得ぬ思い出として刻み込まれ
たに違いない。
 

会長辞任は想定外

 投稿者:無冠  投稿日:2017年 2月 5日(日)18時41分31秒
  久しぶりの投稿です。
昭和54年の先生の会長辞任は全くの想定外であったと考える根拠を記します。
昭和52年7月3日、第1巻発刊の「新版・池田会長全集」は皆さんご存知の事と思います。
「発刊のことば」として北条浩理事長(当時)は、『本全集の構成は、「講演編」「小説編」「詩・増言編」・・・・「少年編」等、全二十数巻であり、五十五年に全巻完結の予定である。』と記しています。
しかも、『昭和55年は、創立50周年であると同時に、会長就任20周年の年でもある。この佳節に「新版・池田会長全集」の刊行を・・・やっと承諾』とあり、「新版・池田会長全集」発刊は先生のご意思でもあった事が明白です。
ところが、第8巻が昭和54年5月3日、
第9巻が55年1月26日、
第10巻が55年5月3日、
全集はここで終っています。
会長辞任と云う想定外が、会長全集刊行終了という想定外を生んだのです。
私の意見はさておき、事実を記しておきます。
「大山」の章には、池田先生の想いが未だ記されていないと思います。

  あまりにも
 悔しき
この日を 忘れまじ
    夕闇せまりて
   一人 歩むを


 

『チェンジ(変化)!』がアメリカ最大の輸出物!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 5日(日)17時51分7秒
  と述べたのは、昨年6月に逝去した未来学者のアルビン・トフラー氏です。池田先生と世代で、この世代には様々な分野で素晴らしい功績を挙げた方々が多く居ます。
ゴルバチョフも同世代だったから、20世紀の教訓として対話が出来ました。それは共通する時代認識と生活を実感していたからです。

皆さんの世代にはどうですか?悪徳の者は、この場で徹底的に叩いていきましょう!!私は同世代の創価公達を壊滅・追放するまで闘い続けます、長生きしたいですから、今更ながら\(^o^)/
 

替え歌

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月 5日(日)17時46分15秒
  替え歌作ったら、早速アンポンタンのボケカス反板が反応した。

ゆみタンのゲス行為、タニガワの374919、ハラダの妾、よほどこの話題がストライクなのだろう(笑)
 

おてもやん様

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 2月 5日(日)17時11分25秒
  おてもやん様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63943
「組織の成果主義やノルマ主義は、民衆救済からかけ離れている」と気づかれ、池田先生がよく言われる「法のための人間か、人間にための法か?」という視点をお持ちのおてもやんさんは、その「本来無作の三身」でやっぱり「地涌の菩薩」でいらっしゃるのですね!
生命のレベルには統監も組織上の管理手続きもありません。その本質において「地涌の菩薩」でいらっしゃるのですから、当然、信・行・学で宿命転換・功徳体験・人間革命はあるのです。仏法は形式ではなく≪法則≫なのですから、当然、必然です。
逆に恰好ばっかりで「お花畑の若奥方衆、高柳頬紅濃女(たかやなぎ・おてもやん)」では残念なことになるでしょうが、別人とお伺いして安心しました。
宿坊ではご自身、学会員ではないと言われている太ちゃんさんがいい例と思います。
身近な学会組織では、おてもやんさんに、ちゃんと「池田先生の創価学会」を伝えることが出来なかったかも知れませんが、宿坊は力になってくれるでしょう。太ちゃんさん御推奨の河合一師範指導もお勧めです。
http://www.geocities.jp/bosatu2015/
またチョクチョク立ち寄って下さい。アルベアさんらも取り上げていらっしゃるように、私たちも遠藤周作さんの作品等から「信仰」について学ぶこともあります。私の地域のメンバーにも遠藤さんのファンがいます。良ければまた、紹介、投稿して下さい。楽しみにしています。
(私は明日から投稿ペースを落とすと思いますが……洋楽ネタが切れてきたので)
 

遠藤周作「沈黙」懐かしいですね~今更ながら\(^o^)/

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 2月 5日(日)16時51分30秒
  「ぐうたら~記」?や北杜夫との交流など、中学生の時に図書館で面白く読んでいました。
そして「沈黙」、あの時は全く異なる次元に入った感が有り、キリスト者の生き様を知る思いがありました。
高校生の時にボランティアサークルの集会が教会で行われており、教会図書室でかなりマニアックな書物を読んでこともあります。牧師にこの「沈黙」遠藤周作著の質問をした時にイヤな顔をされた事を覚えています(><)

私は、母親が信心に熱心でしたが、私が信心をやり始めたのは学生部に入ってからです。だから、ほとんど学会二世と言うよりも一世になってしまうのでしょう。

踏み絵が語る「踏むがよい。お前のその足の痛みを、私がいちばんよく知っている。その痛みを分かつために私はこの世に生まれ、十字架を背負ったのだから」と語りかけるシーン、鮮烈でしたね。

今、我々が置かれている立場と同じです。
工作員がたまに現れて『イヤなら、退会すれば良い!』と言っている事と同じです。退会はしない、聞かれても、『さあね~、あなたが反逆者じゃない?』と返して永く深く組織に居座ることです。上から指示されて動く者共に福運も寿命も有りません。何処かへ転居して人生終わるか、介護施設で惨めな最期になるか、犯罪犯して行方をくらますような大患部ばかりですから!

しっかりと見届けて地獄に送り届けてあげませう!!
 

三浦瑠麗を持ち上げる潮出版社

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月 5日(日)16時42分47秒
編集済
  なのですよ。念のため、Wikiで、三浦瑠麗氏の項を検索して読んでみたけれど、勉強熱心な政治学者であることは認めるのにやぶさかではないけれど、こんな学者を潮が持ち上げて本を出してあげるとは嘆息です。トランプ大統領の言動の危険性に気づいていてトボけているのか、良識派に感じられる危機感に乏しい。トランプ大統領について潮出版社から新書を上梓していますが、なんだかなぁ、この人。徴兵制や核抑止力についての考え方も先生のSGI提言とは食い違うしぃ。  

今だから書けるけど...

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月 5日(日)16時05分36秒
  都議選で、東京都の某区内をF闘争に走り回った時に、雅子妃の実家や遠藤周作氏の自宅と遭遇したことがあります。雅子妃の実家は時節柄、厳重な警備がなされていました。遠藤周作氏の自宅は驚くほど質素でした。この区は今も激戦区です。雅子妃の実家は既に引越し、遠藤周作氏も没して久しく自宅のその後は分かりません。遠藤周作氏のイエス伝も良いですよ。権威ぶらない人間キリストを赤裸々に描いた。映画の原作になった沈黙は図書館で順番待ちの盛況!  

なるほど確かに!

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 2月 5日(日)15時48分18秒
  悪があるから善が生じる
原田会長等最高幹部の冷たさに、震えた会員ほど、先生の慈悲を求める
仏は民衆の求める心に、応えて出現する
原田執行部が、会員の心から離れ、先生の精神から離れた、教団運営をすればするほど、宿坊閲覧者が増える
賛同者が増える
自分達の運営の「非」を認め、反省することなく、意見する人を粛清していく
結果、どうなるのだろうか?
半減だろう
そうなることを「憂い」ている諫言であることに気がつく「心ある」職員は、いないのか?
毒くわば「皿」までなのか?
伝統の二月
とにかく、お題目と折伏に挑戦していく
(いわゆる成果の為の折伏ではない
幸福の種を蒔く折伏である)

 

SaySaySayさんへ

 投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月 5日(日)15時43分47秒
  こんにちは!はじめまして!
私は結局、創価学会の組織の成果主義やノルマ主義は、民衆救済からかけ離れていると思って脱会しています。
遠藤周作の沈黙は大大大好きなので、ついつい書き込みたくなってこちらにお邪魔してしまいました。
法のための人間か、人間にための法か?という点さえ見失わなければ、宗教団体は間違った方向には進まないと思います。
その為にも組織に縛られない上も下も役職も関係なく意見交流が出来る場はとても重要ですね(^_^)
自浄作用がある組織は腐りません。
とにかく学会の方と遠藤周作の沈黙について価値観が共有出来たのが嬉しいです。
脱会者なのでこれにて失礼いたします。ありがとうございました。
 

除名職員3人組のブログ更新

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月 5日(日)15時43分1秒
  2月2日に、除名職員3人組のブログが更新されていました。  

いい加減、目覚めなさい!

 投稿者:八風  投稿日:2017年 2月 5日(日)15時06分27秒
編集済
  創価公達の思うがまま!目覚めよ、考えよ!さもないと一生涯、時間や財物や果ては自由まで
も搾取され続けますよ?

https://youtu.be/-KV9H2fVX5s  ↓

「日本という国は、そういう特権階級の人たちが楽しく幸せに暮らせるように、
あなたたち凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立っているんです。
そういう特権階級の人たちが、あなたたちに何を望んでるか知ってる?

今のままずーっと愚かでいてくれればいいの。世の中の仕組みや不公平なんかに気づかず、
テレビや漫画でもぼーっと見て何も考えず、
会社に入ったら上司の言うことをおとなしく聞いて、戦争が始まったら、真っ先に危険なところへ行って戦ってくればいいの。」

http://buzzap.jp/news/20150620-2015-japan-class-of-empress/
 

おてもやん様

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 2月 5日(日)13時45分42秒
  仰る通りだと思います。


マーチン・スコセッシ監督はこのようなことも言われています。



「私はいつも、かつて日本の偉大な監督たちや撮影監督がやったように、自然をクローズアップ

で撮りたいと思っていますが、私にはどうしてもできなかった。

私の目にはそう見えなかったのです。

そうすべきだと思えなかった。

やってはみましたが、そうするには、あまりに何というか、・・・自意識が勝ちすぎていまし

た。  -中略-

ただ、一度だけ・・・日本の本質的な何かがキーになりました。

それは人として生きるということ、あるがままであること、自然の中にあることとの間には、

まったく違いはないということでした。

我々はみなその自然の一部なんだと。

それが何年もかかって、私が気づいたことでした。

それは素晴らしい体験です。」



マーチン・スコセッシ監督は、もう一つ、こんなことも言われています。



「私は労働者階級の生まれです。

育ったところには、犯罪者も多くいました。

一方、非常に高潔な聖職者たちもいたのです。

だからいつも疑問でした。

『人間は本来、善なのか悪なのか?それとも、その両方なのか?』と。

私はたくさんの善人が悪いことをするのを見てきました。

だから贖罪ということを考えるのです。

そうしたことに折り合いはつけられないのか、理解に悩み続けねばならないのか、理解などあき

らめるべきなのか。

それでもなお信仰の力を信じるべきなのか。

人間というものの異質性や、決して触れたり感じたりできない何かが、私たちの中にあるのでは

ないのか、ということです。」



マーチン・スコセッシ監督のこの述懐を知った私は、僭越ながら、「大白法の興隆の時」が来て

いるのだと思った次第です。



特に「ありのまま」とは、仏法では「無作」と言われ、『無作三身』の教えが、大白法の骨子。

「無作三身」とは、生命本来の三身(法身・報身・応身)をそなえた仏の境涯ですよね。



日蓮大聖人は『御義口伝』の中で、

「一念に億却の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」

(一念に億却の辛労を尽くして自行化他にわたる実践にはげんでいくなら、本来力が身にそな

わっている仏の生命が瞬間瞬間に現れてくる。いわゆる南無妙法蓮華経は精進行である。)

と仰せです。



マーチン・スコセッシ監督の「沈黙」(原作:遠藤周作)は、構想と準備に30年近くを要した

そうです。

その年月は、長い思考と逡巡に費やされ、監督の哲学的作品として特筆すべき作品であり、

大聖人の仏法で説かれるところへ向けての心の旅を描いた作品とも言えると思います。










 

替え歌で~す、♪ファイトより

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月 5日(日)12時59分14秒
編集済
  「ファイト!」中島みゆきの節で、

あたし「宿坊の掲示板」に投稿したといわれ
職員をクビになったんやと書いた、職員の手紙の
文字は、とがりながら震えてる
職員のくせにと頬を打たれ
職員たちの目が年をとる
長いものにはまかれろとの心で
純粋な初心を失っていく

わたし本当は目撃したんです
弓タンが複数の女性たちと
ゲスな関係になってたことと
黙ってたハラダとタニガワの薄笑い
わたし驚いてしまって
叫びもせず訴えもしなかった
ただ怖くて逃げました
職員の敵は職員です

ファイト!闘う会員の声を
戦わない職員が嗤うだろう
ファイト!冷たい水の中を
震えながらのぼっていけ


投稿するなら田舎モンが
後足で砂をかけるって言われてさ
投稿するならお前の
身内も住めんようにしちゃるって言われてさ

「ハイ、判りました」と返事して
さっそく別のハンネで投稿しなおして
知らぬは幹部ばかりなり
ホントの敵は誰ですか?

ファイト!闘う会員の声を
闘わない幹部が嗤うだろう
ファイト!冷たい水の中を
震えながらのぼっていけ
 

わが友に贈る 2017年2月5日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2017年 2月 5日(日)11時54分34秒
  「青年」とは
「希望」の異名だ!
青年の心で
青年と共に歩む人も
断じて行き詰まらない!
 

女子職員は結婚すると原則寿退職...婦人部幹部

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月 5日(日)11時53分27秒
  信濃町の知人が申しておりました。結婚しない(できない)女性は職員を退職まで勤めあげます。  

ある壮年部のブログより

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2017年 2月 5日(日)11時46分47秒
  全くこの通りだと思います。

以下、ブログ「想学壇林」より抜粋引用。




【20170202】宗門を他山の石と出来なかった



さて今日は僕が広宣部時代に考えたことを述べ、そこから今の創価学会を振り返りたいと思います。

平成二年から三年にかけてでしょうか、「お尋ね文書」が宗門から学会側に送付され、そこから一気に険悪な関係になりました。

当時の僕は男子部の若手。
以前にもブログに書きましたが、その時から僕は「広宣部」に入れられ、活動を始めたのです。

まあ様々エグいこともやりました。
でもその全ては「学会正義」という名の元で肯定されていました。

「富士の清流七百年ではなく、富士の濁流七百年だった」

これが当時、先輩たちが言っていた言葉です。

そして何故、濁流になったのか。
その根本には「寺族」という、代々坊主の家系があり、そこには閨閥がある。

早瀬閥だ、細井閥だ、阿倍閥だと。
よー解りませんが、そんな事を聞かされました。

確かに歴代の法主は寺族から出身していたようで、彼ら寺族からしたら、戦後にぼっと出の創価学会は、良き資金源でありお客様だった事でしょう。

貧しく小さい教団であっても、宗門には「自分達は正義」だ。
そういう強い思い込みのあった宗派だったのではないでしょうか。
だから他の日蓮宗派から「針金宗派」とも揶揄されていたと思いますし、やはり寺族を中心に僧は上で信徒は下という意識も強かったのではないでしょうか。

僕は元々、宗門僧侶をあまり信用はしてませんでした。

それは男子部なりたての頃、当時は宗門と創価学会は「僧俗和合」という協調路線を取っていた時代。
僕は地元の寺院である日の午後、男子部仲間と本堂で唱題をしていました。

「おめーらいい加減にしろ!うるせーんだよ!」

突如として本堂に寺の所化が怒鳴り込んで来ました。

「題目あげてーのなら、他の場所でやれ!ったく!」

そういうと所化は庫裏へと去っていきました。
僕と仲間はその姿を見て、早々に寺を後にして、以降は寺で唱題するのを避けました。

「坊主は信徒を下に見ている」
「信徒の事を金蔓としか見ていない」

そしてこの様に腐った根本には、やはり「寺族」を中心として坊主が家業となっている事があるんだ。

当時の広宣部のメンバーは、法華講宅を訪問しては、その事を語り、だから宗門は不要なんだと言い続けたのです。

さてそれから四半世紀が過ぎた現在、果たして創価学会はどうなんでしょうか。

僕の地元にもいますよ、両親揃って職員幹部。そしてその息子たちも本部職員や外郭団体勤務という一家。

その息子が結婚したのも女性本部職員で、結婚後直ぐにその嫁さんは退職、ヤングミセスの分県幹部になりました。また幹部の子息も男子部では中央の幹部までにとんとん拍子に上り詰め、この間、壮年部の圏幹部として移行してきました。

この家族なんて、地元の超有力者。
大幹部夫妻には、地元の壮年部や婦人部の圏や分県幹部は頭が上がりません。

こんな縮図は恐らく日本全国にあるのでは無いでしょうか?

親が職員幹部で子供も職員。または親が議員で子供が外郭団体勤務なんてのもあるでしょう。

これのどこが「寺族」とか「代々坊主」と違うのか?

是非とも教えてほしいものです。

要は今の創価学会では、家業としての創価学会職員というのが、出てきているんですよね。

これは良い傾向なんですか?

この職員幹部という輩、質が悪いのは彼らは外見は「在家」であり、サラリーマン感覚で坊主と同じ様な稼ぎをしてるということ。

おそらく「会員の浄財により生かされている」と意識している人は居ないと思います。せいぜい有るとすれば、俺たちゃ上場企業同等の会社に勤務しているという位のもんでしょう。

僕は壮年部になってから、おかしいことはおかしいし、創価学会に巣くう不正についても歴代の圏長や圏幹部。または本部幹部に話をしてきました。

中には男子部時代に、共に法華講の家を訪問した人たちも居ますし、多くの対論の場を共に潜り抜けてきた先輩諸氏もいましたが、みな壮年部の幹部になったら、この創価学会に巣くうおかしさや異常さの話を敢えて聴かない様になっています。

ある圏幹部が言いました。
「自分の今の立場では言えないこともある、これはしょうがないんだ」

人生の中で長い間、創価学会と共に生きてきた。だからそれを否定することは言えないし考えられもしない。

そんな処でしょうか。

斯くして信濃町界隈は何ら会員から指摘される事もなく、その親類縁者も含めて創価学会という組織を飯の食いぶちとして君臨し、代々にわたって組織を食い物にする環境ができ上がるわけですね。

こんな創価学会でも末端組織では未だに「教宣部活動」と称して宗門を攻撃し、脱講運動をしています。

おかしな話ですよね。
結局、創価学会は宗門を他山の石とはできず、いまや同質になったということでしょう。


http://sougakudanrin.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E3%80%9020170202%E3%80%91%E5%AE%97%E9%96%80%E3%82%92%E4%BB%96%E5%B1%B1%E3%81%AE%E7%9F%B3%E3%81%A8%E5%87%BA%E6%9D%A5%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F
 

ワシャ止まると死ぬんじゃ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 2月 5日(日)11時29分27秒
  おてもやん様 ようこそ!
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63927
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63930
まさか『「信濃藩家中見聞」 其の三十』に出演されている方(高柳頬紅濃女=たかやなぎ・おてもやん)とは違いますよね? すみません。ヨッシーさんのせいで、つい笑ってしまいました。
少なからず、学会二世にはおてもやんさんのような方がいらっしゃることを知った時は驚き、感動したことを今も覚えています。
しかし、今は太ちゃんさんのような考え方・取り組みが、内外不ニの折伏(?)が必要かつ重要と思います。
宿坊に新しい人が増えて来て、凄く良い傾向と思います。逆にこれから私の投稿は減る見込みですが(ジョーカーさん、月が変わりましたので、また何か投稿して下さい。月1回はご登場いただかないと……)

その前に、一人のSGIさんがそろそろ帰って来られる頃なので。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63676
勿論「入信動機」は色々と思います。世代、性別、他でけっこう違って来るかと思います。
「紹介者がいい人だったので入会したのであって教義は一切関係無かった」という人もいるでしょうが、心理学的に共感性が高い女性はともかく、つい戦いたくなる修羅界成分(テストステロン?)が強い男性には、そのケースはあまり多くないと思います。
(『8人の女たち』映画監督フランソワ・オゾンは、男優はどうしても監督に対抗して従ってくれず、面倒なので女優を中心に起用した作品を多く撮ってしまうと言っていました。)

「いい人」が「実証と呼べるレベル」であれば、それでいけるでしょうが、普通の「イイヒト」レベルでは無理でしょう。私の地域では「紹介者がいい人だったので入会した」男性は、皆の前でそう言った後にほぼ100%姿を消しました。紹介者が急に「いい人」ではなくなったのでしょうか? それともただの社交辞令だったのでしょうか?

イイヒト……彼はオウム信者でした。私の東京時代の友人でした。彼の話を聞いても私はオウムには入りませんでした。それを裏づける教義が無かったからです。私も、私の紹介者(男性)も、その相手の学会員が「いい人」という理由での入信はあり得ないことでした。
確かに池田先生は折伏には「自分がいい人であれ」ば、それを見て友人は入信するといったお話をされていたと思いますが、それは、学会員本人の実証=幸福をまず願われ、そう指導されたのだと思います。何よりも学会員の実証=歓喜。それがあれば確信も深まり、その時が聞法下種であったとしても、嬉しくなってまた何度も折伏したくなるでしょう、そして、それがますます本人の輝きを増して、遂には友人を魅了するのだ、という意味だと思います。

しかし、今は……本心では功徳も確信も歓喜もない。この3Kのトリプル安、デフレスパイラルはアベノミクスも役立たない。教学も学ばなければ(その動機たる歓喜がそもそもない)、折伏と言いながら教義は殆ど語らず、「私、イイヒトでしょ?」、またサポートらしき幹部も「彼はイイヒトでしょ? 彼のようになりたいと思わないかい?」のような話をして、とりあえずは「入会」するという流れになる……というのが今のハヤリです。

ウダウダ言いましたが、早い話、「日本は今でも、草創期の時の様に折伏して」はいない、というのが、私の地域のみならず、恐らく全国平均でしょう。その婦人部長のようになっているのが殆どでしょう。即席の折伏でインスタント広布です。だから新入会者は定着せず、いずれ去って行く。「散る桜 残る桜も 散る桜」のような感じです。
居なくなったから、また新しいのを入れよう……と、自転車操業のようなことをやっています。自転車はこぎ続けないといけない。だからまた打ち出し、また打ち出し。
「ワシャ止まると死ぬんじゃ」
 

故山崎長吉先生の牧口常三郎論がAmazon古書で安い

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2017年 2月 5日(日)11時20分51秒
  人間教育シリーズが、200円、700円、60円で買えます。実証的な牧口常三郎論を知りたい人は是非に買うべし。  

いやはや、恐ろしい時代になったものだ

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 2月 5日(日)10時51分22秒
  昨日のダメよ~ダメダメさまの投稿
>某掲示板に書いている人を特定し、どう繫がっているかを探れ。との指令が分県レベルまで降りている<

これが、いやしくも法治国家である日本、当然のことながら遵法精神を尊ばなければならない宗教団体の行動だろうか?

「政教珍聞」に毎日のようにあふれかえる「対話」の文字、アルベアさまの御指摘通り「教」は「狂」に変化していると言っても過言ではなかろう。


まあ、執行部の大患部諸君のバカげた命令は容易に推測できる。

「『宿坊の掲示板』は波田地一派や他一部の者が裏で操っている破和合僧のサイトだ、そこに賛成して投稿している奴も同様だ。」

「だから、こいつらを探し出して処分することは、仏法上『正義』であり、少々法的に問題あってもいいんだ、こちらには八〇大菩薩サマがいる」

なんてトコロでしょうかね? またそれを素直に信じる分県レベルの患部のおバカ加減も後世に残すべきでしょう(笑)

だから、彼らの論理には大きな矛盾がある。実際に査問される分県患部に、「アナタはその波田地氏なりに実際会って話した事がありますか?」

「アナタは実際に掲示板なりを読んだ事がありますか?」「波田地氏なり、掲示板なりのどこがどう、池田先生に弓を引いているんですか?」


実際に会った事もない、読んだ事もない彼等は、「いや読む必要は無いし、実際に会って話した事も無い」と答えるしかない。

「ではいったい彼なり、掲示板なりが『悪』であるという事は、いったいどこからの情報でおっしゃっているのでしょうか?」

と問えば、「そんな事をキミに話す必要は無い」であろう(笑)

つまり、実際に査問する彼等は、「会った事もない」「話した事もない」「読んだ事もない」事に関して「相手に伝える事のできない」トコロからの情報で

相手に対して「会うな」「話すな」「書くな」「連絡とるな」と強要しているのである。これって立派な人権侵害では?(笑)

「対話・対話」の創価の世界のはずが、とんだ茶番劇を演じている。(笑)池田先生の思想と行動に反しているのはいったいどちらであろうか?

分県レベルの患部サマのお里も知れるというものだ。逆らえば解任がまってるから? 解任になったりしたら所属している地域での顔が潰れるから?

もし、こんな思いで従順に従っているなら、「もう少し自分で勉強したらどう」と声をかけてあげたいな~(笑)
 

映画「沈黙」についての問題提起 

 投稿者:アルベア  投稿日:2017年 2月 5日(日)10時17分22秒
編集済
  映画「沈黙」についての問題提起

「人間の信仰観」と言う「眼差し」で鑑賞するならば宗派と言う愚考を超えた「真理」に遭遇し

ます。古今東西の「健気な信仰者の実像」です。池田先生の言う「迫害と人生」です。

キング牧師・ガンジー等は凶弾に倒れ、トルストイは教会から破門され、チャップリンは「赤狩

り」でアメリカを追われ、そして現在は宗教の信仰者として国を追われている民がいます。⇒難

民問題です。

創価の査問・処分は現代の「赤狩り」「魔女狩り」です。でも安心して下さい「命に及ぶ事」で

はないからです。

支配と服従のパワーゲームなのです。古今東西見られている支配者の「愚考と人生」なのです。


「創価の信仰」を熟考する時が来ています。「信仰論」の確立こそ今必要な事・・と言うのは、

思考・概念の世界

今、この時期に「沈黙」が封切られた事の現象が凄い意味なのです。人々への問いかけであり、

人間の宗教・信仰への問いかけなのです。「問いかけ」で終わるから「沈黙」でもあるのです。

「気づき」の促しなのです。

「問いかけ」は「個人」へのメッセージです。

時代遅れの「妄想」「妄念」の「創価信仰」では「理解」できない事です。「邪宗、外道の事」

という刷り込みが定着しているからです。世界を四箇の格言で見ると過ちになることは日本人の

SGIの狭窄したメンバーを見ればわかること⇒某国の高橋等は亡国の人となる。創価は真言的

になっているのかもしれません。禅的かも・・・念仏的、いや律的、どうでもいい事が起きてい

るのです。⇒「相対的現象・現実」の現象化にしかすぎない。

立派な信仰者・殉教者、歴史に残る人材は、排出できない教団なのです。どこに「創価仏」があ

るのでしょう。支配と服従の普通の教団です。特別視する事は「思い込み」「信じ込み」にしか

すぎないのです。

「信仰」はどこまでも「個人の事」です。「教団」という組織は見てわかるように「悪」に転じ

るのです。

地球規模での「思い込み」「信じ込み」の解除が起きているのです。

気づく人々にとっては「沈黙」こそ「雄弁」なメッセージなのです。

ちなみに私は、多宝会の方々を誘い一緒に行っています。人生の総決算期を迎え、それぞれ決意

を新たにリライフ・やり直し、生きなおし、により「歓喜」しています。本部幹部会の再放映よ

り歓喜しています。庶民大衆から乖離した創価にはもはや「歓喜」は消失しているのです。この

事も「仏」の働き作用なのです。

地球上の宗教的な概念のイノベーションが求められているのですが、硬直した思考・概念の方々

の元では何もできないのが現実です。だから、彼らには「沈黙」が続くのです。そして「沈黙」

するしかないのです。

 

♪少年たちの眼が年をとる

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 2月 5日(日)10時07分36秒
  「♪少年たちの眼が年をとる」

このフレーズを初めて聴いた時、私は高校生でした。今でもこれを聴くとゾッとします。
中島みゆきの10枚目を記念したアルバム『予感』最後の曲『ファイト!』です。
「♪少年たちの眼が年をとる」と……「白を黒と言い、黒を白と言い出す」のです。こうすることを「大人の判断」とか「大人になる」などと言い、正当化し始めます。
これを「学会精神」だとか「訓練」だとか、
>「あなたは訓練されていないが、私は訓練を受けている。創価学会では、たとえ黒でも幹部が白と言えば、白なんだ。幹部が誤りを犯したら、私がやりましたと罪をかぶるのが学会精神だ」<
なんて言うのは大大大謗法だ!!!
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63902
法華経という「良薬」に毒を混ぜて毒薬に変えた天台宗と同じ道を辿らせている。誰だ?御書にドクロのマークを落書きする奴は! こんな邪悪こそ斬らなければならない!
「♪少年たちの眼が年をとる」と……嫌気がさして、濁流の中には居られない純粋な青年が去って行く。既にたくさん去って行ってしまった。これからもこのまま行くのか? 自分もそんな道を行くのか? 『明日のジョー』じゃないが、
「あしたはどっちだ?」「あなたはどっちだ?」

こういう話が出て来ると敏感に反応するのが女性です。「出た!」と出て来たのは、やっぱり、ひかりさんでした。その反応に嬉しく思いました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63917
>「白黒が御書に出てるか言ってみろ」!!!<
今日の『名字の言』には「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(759ページ)が出ていました。この法則にも反する「白黒謗法」とは闘わなくてはならない。
「♪またひとつ女の方が偉く思えてきた またひとつ男のずるさが見えてきた」(『酒と泪と男と女』河島英五)という曲が大阪環状線・桃谷駅の発車メロディーで流れて来るとドキッとします。https://www.youtube.com/watch?v=QLsJQFtFpeI
(東京&神奈川の素敵なお姉さま姉妹も純に美しく、それでいて気高く正義を訴えられているとか。ますますお元気だそうですよ、蘇生さん!)

池田先生のご指導と真逆な「白黒謗法」。私も過去に(非職業学会患部から)数回これを聞いたことがありましたが、冗談だと思って聞き流してしまいましたが、こえからはいちいち斬っていきます。聞き捨てならない。こんなのが純粋な青年を去らせるか、腐らせていく。こんなのを許してはならない! これ以上の不幸はない! 「♪少年たちの眼が年をとる」なんて!!!
(勝手に再掲【池田先生の励ましの記録7】より  投稿者:大仏のグリグリのとこ
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63872

『ファイト!』中島みゆき
http://www.kasi-time.com/item-18229.html
https://www.youtube.com/watch?v=qQun0atrnro

今日の『名字の言』「はたらかさず・つくろわず・もとの儘」(759ページ)
『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

自分自身の心の中に

 投稿者:おてもやん  投稿日:2017年 2月 5日(日)09時56分36秒
  ひかりさんへ
はじめまして。なるほど、今の世の中、宗教が大きくなるほど本末転倒になっているケースが多いので、そういう視点で「沈黙」を観ることは良いことですね。
その指導は本当に大切か?この施設は本当に必要か?この供養は多額に出す必要があるか?
命をかけてまで、家族を犠牲にしてまで布教することはあるか?
形がい化した宗教は人の心を麻痺させ、本来、心の中に備わっている「善く生きるすべ」を忘れさせる。
そういう宗教にさせないための警告になるので、学会本部は学会員に推奨するべきかもしれませんね。
 

折伏に挑戦中です

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 2月 5日(日)09時20分4秒
  このところネット時間が減ってるけど。
実は、同僚が元学会員で、横浜スタジアムに池田先生が来た時に活動というのか、やってたそうなんですね。

ネットで検索したら、
http://www.kanagawa-soka.jp/history/
【広布史 | [東海道] 神奈川創価学会 | KANAGAWA SOKA】
『第一回「神奈川青年平和音楽祭」』
これのことかな?と。

一族は学会員のようですが、特に熱心だったのはお母様のようなんですね。
しかし、形ばかりしか伝えられなかったようで、同僚は価値を感じられず、社会人となって実家から離れたのを契機にやらなくなったんですね。

お母様がどういうことを言っていたのか聞くに、どれだけ愛情をかけていたのかよくわかった。
しかし、自分で納得するのと自分以外に伝えるのは別問題なんですね。
昔は活動家さんの複数から聞いたものだけど『自分の祈りを叶えるのなんて簡単。他の人に功徳を出してあげるのがたいへん』と。

お母様の言いたかった理由・本意を丁寧に話したり、そもそも信心とはどういうものか、功徳に繋がる信心とはどういうものか丁寧に話したことで、発心しかけてます。
話の流れで、この掲示板のことを知らせました。
とはいえ難しくてわからないとf^^;
54年の件や、側近が池田先生を裏切ってきてることや、それで学会がいまおかしくされてることとか。
結果に焦らず丁寧に話せばちゃんと理解できる範囲なので。

そういうわけなんでネット時間が減ってコメントも少なくなってるけど。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

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