母ちゃんです。
若い頃、早く大人になりたいと思い続けた。
十代の頃は、早く二十歳になりたかった。
二十歳になったら今度は、早く三十歳になり
たいと思っていた。
母ちゃんには親がなかったので、高校生の頃
から、学校に通いながら働いた。
若いということは、いい事ばかりとは違う。
ナメられることもあるし、年上の人には、
意見が通りにくい。
年上という権力だけで、どんな失礼なことを
言っても許されると思われたりもする。
若さに嫉妬される。
母ちゃんは、チヤホヤしてもらうことよりも
社会人としていっぱしに扱われることを、
とにかく望んだ。
早く大人になりたかった。
今となっては、高校生の頃の体力と筋力に、
戻れたらええのにと思っとるけどな。
あと、コラーゲンとか女性ホルモンとか肌と
か新陳代謝なんかも希望するとこやな。
話を戻す。
母ちゃんは、あらゆる経験がしたかったので
後に塾の講師になるまでは、いろんな仕事を
経験した。
知らないことが身に付くのは、なんだかとて
も得した気がした。
若い頃、よく思った。
くだらん大人ばっかりや。
ほんでみんな幸せそうとちゃう。
心が疲れとる人ばっかや。
大人になるのは、なんかつまらんそうやな。
母ちゃんは、そんな大人になってしまうのが
本当に嫌やったな。
いろんな経験の中で、くだらん大人にもよう
け出会った。
そこは、親の世代よりも年上の女の人達ばか
りが働いていた。
そこの人達は、母ちゃんのプライバシーを、
あの手この手で聞きたがったり、それから、
母ちゃんをおかずに盛り上がっていた。
歳とって、こんな女の人にはなりたくないな
と思うほど、下品極まりなかった。
でもそれが、本当の女性の姿や。
女性を多く知っている男性なら知っとるやろ
な。でも多くの男性は、まだ夢見とる。
その人達は、普段の生活では常識人に見せと
るんやろう。
それなのになぜそうも変わるのかというと
な、若い母ちゃんには、どんな失礼なことを
言っても許されると思ったんやな。
集団の強みもあったやろな。
もっと簡単に言うと、自分の評価をあげるた
めにも、自分が標的にされやんためにも、
好都合やったんやろな。
母ちゃんもノリがいいから、大体のことは、
「おばちゃんら、うるさいわ~。」
「えらいご機嫌やな。ほんでうるさいな。」
と、つっこむように相手しては、おばちゃん
らの盛り上がりに水を差さんようにだけは、
心がけた。
おばちゃんらは安心して、くだらんことをい
つも言っては盛り上がっとった。
いつもはそうやって適当に返していたが、
その日は、おばちゃん達が悪ノリした。
母ちゃんはその時はまだ、子供がおらんだ。
「な~な~何で子供できへんの~?」
「作り方知らんの~?」
「誰か作り方教えたって~ぎゃははは。」
母ちゃんは涙をこらえて、部屋の隅へ行き…
と言いたいところやけど、あり得やんな。
そんなことは100%ない。
ぶちギレやな。
押したらあかんスイッチをついに押したな。
母ちゃんは、一番図に乗っとるおばちゃんを
ロッカーに追いつめて、みんなにも言った。
「子供の作り方か~。教えてもらおか~。
おばちゃんら、どんなん教えてくれるん?
私の知らんこと、もうないと思うけどな~。
詳しく言ってみ。言ってみって。
言えへんのやろ!
ほんなら、言わんことやな!
おばちゃんら、男をあんまり知らんやろ。
男はな、そんな女が一番嫌いなんや。
人のプライバシーにズケズケ入ってきやがっ
て。常識も知らんのか。女捨てとんか。
うっとおしいわ!」
おばちゃんらがあんまりにもびくついておる
ので、母ちゃんはそれで止めといた。
それからは、みんながみんなアホなことを
言ってくることはなかった。
ちゃんと社会人として普通に対応してくるよ
うになった。
これもまた違う会社での話。
またそこも、おばちゃんだらけやった。
おばちゃん達が、盛り上がっとった。
人にちょっと受け入れられにくい人達の悪口
を言ってな。こんなこと言っとった。
変な人とか面倒な人とかは、もう相手にしや
んよね。あの人のこともほっとこよ。
関わると余計なストレスを背負い込むだけや
しな~。適当に笑って、いいわね~って言っ
とけば調子乗って仕事してくれるでさ。
母ちゃんは、言いたいことはハッキリ言う
し、腹が立てば怒る。媚びへん群れへん。
それもあってか、そこのボスグループの人達
には、とても気に入られ可愛がってもらって
いた。
そして、おばちゃん達が言っとったことは、
間違っとる。
母ちゃんは、話に割って入った。
「それはかわいそうと思うけどな。
どんなにあかんくても、見捨てやんと見守っ
たってもええやん。あかんことあったら、教
えたったらええやん。
面倒って言って切り離しとったら、その面倒
の中には、心があまりに辛い人もおるやん。
何とかしたいってもがいても、頑張っても、
人に受け入れられずに悩んどる人おるやん。
そんなときは、そうなってもしょうないし、
そんな時にそんなことしとったら、追いつめ
てしまうで。
孤独の中で苦しまなあかんくなるやろ。
誰やって欠点なんて普通にあるし、見捨てら
れたら頑張れやんって。
私はそれは違うと思うわ。
自分のストレス減らしたいだけやん。
どんだけストレスでイライラしても、絶対見
捨てたらあかんと思う。」
おばちゃん達は、
あなたは若いのよ~。
私らにはそのエネルギーないもん。
あなたは本当にまっすぐでええわ~。
好きやわ~。
と言った。
母ちゃんは、その受け入れられてない人達が
どんだけ年上でも、働く期間が終わるまで
は、見捨てんと怒り続けた。
そういう人達は必ず、弱くてズルい。
自分を守るために人を利用したり悲しませた
りする。人を悪くすることで、自分の評価を
あげようとする。卑怯な手段でしか、人と付
き合えやん人らなんや。
だからこそ、人に受け入れられへんのやな。
本来は自業自得や。
でも、チャンスは与えてやらなあかん。
そのチャンスをありがたいと思うのか、自分
を否定されたと思うのかはそれぞれやけど、
ありがたいと思って変わろうと努力してくれ
るなら、母ちゃんはいつまででも付き合うた
るといつも決めとる。
そのうちの一人は以前に、若い母ちゃんなら
大丈夫やろと、自分の評価を上げるために、
噛みついてきたことがあったけど、返り討ち
にしてやったので、母ちゃんにはあかんと覚
えたらしい。
仕事も出来へんから、ごまかすのに必死で、
人の足を引っ張ることに全力をつくしとる。
母ちゃんは、その人が困っとるとなると、
どうしてもほっとけず、そして怒り続けた。
「⚪⚪さん、いっつもそれメモっとるけど、
ちゃんと見返しとるん?もう何回もこれ教え
とるやん。ちゃんと復習せないつまでも覚え
られへんで。
私がそのたびこうやって教えとったら、他の
人の仕事増やすことになるんやって。
もっとしっかりせな。
人の足引っ張るのに夢中になっとらんと、
ちゃんとやることやらな。
ほんでいつも注意したり教えてくれたりする
人の話聞いてへんやん。聞かな。
ムスッとしたり、口挟んで自分は分かってま
す風にしとるであかんのやって。人の目気に
しとるからそんなんなるんやって。
ほんで、困ったらまたコソッと呼んでくれた
らええから。まわりの目が気になるんやな。
どうしようもないな~。全く手がかかるわ。
ほら、もう一回言うで。
でも、ええ加減に覚えてくれな怒るで。」
全然覚えへんくて、何度も失敗しとる仕事を
他のおばちゃんらに渡されて、どうしよう、
分からんって顔しとったんや。
そのどうしようもないおばちゃんは、嬉しそ
うにテヘペロをした。
「母ちゃん大好き~。」
「ごますったって無理やから。この仕事は、
あと2回までなら同じこと教えるけど、その
あとは無理やでね。覚えな怒るでね。」
母ちゃんは、そう言って笑った。
そしてこのおばちゃんに関わるのは、本当に
毎日イライラした。
それから、おばちゃんのテヘペロは、キツか
った。テヘペロは、若い子だけの特権や。
その頃はまだそんな言葉もなかったけど、
このテヘペロは、今の母ちゃん世代になって
くると、普段友達を笑かす時に、あえて痛く
ウザくアホに見せたい時などに使う。
つまりは、あのおばちゃんがテヘペロを普通
にする時点で、人付きあいの不慣れさを、自
分の痛さを、発表しとるようなもんや。
そのおばちゃんのテヘペロは、まわりのおば
ちゃんらの笑いネタとして色褪せることなく
いつまでも新鮮に笑われ続けた。
「⚪⚪さんな、それやったらあかんって。
それ若い子がするやつやって。」
あまりに笑われとるでかわいそうなんと、
知らんのかもと思ったので、これも教えた。
でもそのおばちゃんは嬉しそうに、
「ありがと~。」と言ってテヘペロをした。
あかん。直らん。
母ちゃんは、この人と付き合うと、ツッコミ
の腕がさぞかし上がるなと思ったのを、今で
も覚えとる。
そして母ちゃんもついに、オバンになった。
母ちゃんは、若い頃からずっと決めていた。
自分がどんだけ歳とっても、若い子に絶対に
えらっそぶらん大人になろう。
そんな目にあっとったら、絶対助けたろう。
母ちゃんは、若い子とすぐ仲良くなる。
二十歳そこそこの子から幅広く友達がおる。
みんな、職場で出会っとる。
いろんな仕事を経験したおかげや。
母ちゃんは、敬語はくだらんでやめてくれと
頼んでいる。
言葉なんてもんはどうでもいい。
えらっそぶっとるようで、どうも好かん。
気を遣わすのも、遠慮させてしまうのも好き
じゃない。
好きなこと言っといてくれていい。
その子らがいつも言ってくれる。
「母ちゃんは若いわ。歳の差感じへんもん。
冗談も通じるし優しいし、えらっそぶらんし
話しやすい。めっちゃ好き。
若い子は、絶対好きになると思う。」
若い子でも素晴らしい子はたくさんおる。
見た目は派手でも、持っとる物がキラキラし
とっても、言葉遣いがなってなくても、だら
けたように時間を過ごしとるように見えても
常識から外れとっても、心の中は素晴らしい
子が多い。
素直で、人を受けいれようとする気持ちも強
い。可愛くてキラキラしとって、母ちゃんは
大好きや。
歳を重ねると、歪んでいく人が多い。
何かのせいにして誰かのせいにして、毎日つ
まらんくて嫌やってことばっかり考えとる。
何の努力もしてへん。
うっぷんをはらす人をいつも探しとる。
どう見られるかばかり、人の目ばかり気にし
て、人を受け入れることより、人を受け入れ
やんことのほうに力を注いどる。
社会人や親になると、我慢したり常識人ぶら
なあかんから、だからそうなるんは仕方ない
と思う?
人のせいに何かのせいにしとったらあかん。
それが楽やったり、自分にとって都合が良か
ったからそうなっただけや。
そういうことを強制されるような世間の目は
確かにある。
人と違うのは、そんなに怖いことやろか。
社会人になるのは、親になるのは、そんなに
縛りのあるものやろか。
そんなことはない。
その縛りのほとんどは、自分が作っとる。
自分がよく見られへんのを、怖れとるんや。
しかもその縛りを、他人にも強制しとる。
素直さは、どこに忘れてきたんや。
若い時を思い出してみ。
大人になったら、そりゃしがらみも増える。
このしがらみが嫌で、一人で仕事がしたいと
思う人がおる。
母親になるのをためらう人もおる。
そんなもん気持ち一つや。
母ちゃんのまわりは、母ちゃんを筆頭に、
みんな中学生レベルに幼いこと言っては、
笑い転げとるで。
それでもな、母ちゃんのこと大好きやと思っ
てくれとる人は、ようけおる。
人からバカにされることもあるかもな。
人から常識のないようにも、幼いと思われる
こともあるかもな。
母ちゃんの家はしょっちゅう友達が出入りす
るから、 変な人と思う人もおるかもな。
友達のために夜中出かけることもよくある。
誰かを守ろうと思えば、悪者になることやっ
て普通にあるで。
弱い人らに悪質なことされて、ブチキレて
正々堂々と怒鳴りこんだら、今度はビクつい
た加害者の人らが裏で自分らの都合のいいよ
うに悪口言いふらしとる。それ近所の人や。
その嘘を信じとる人らは、普通に嫌った態度
取ってくるで。
母ちゃんは、その人らに何もしとらん。
あと、事実は真逆や。
歪んだ人らは、すべての物事を、歪んだ目で
しか見れへんのや。
そんな人は、違いをバカにしたり、羨ましが
ったり、自分が出来やんからといって、人を
バカにすることで自分を肯定しようとする。
そんな人らはな、自分の人生において、必要
のない人やろ。
気にせんでいい。
母ちゃんは、母ちゃんのままおる。
間違って生きてへんことを、母ちゃん自身が
一番よく分かっとる。
それでいい。
みんながよく言う母ちゃんの好きなとこは、
全部が全部、有言実行やからと言う。
本当にこんな人がおるんやと、最初は信じら
れへんのやけど、本当にそうやから夢中にな
ると言ってくれる。
おるで。
母ちゃんは、気持ちが若い。
くだらんことに縛られとらんでな。
それから、大人になってもなお、若かった時
に感じた気持ちを忘れてへんからやろな。
忘れてしもたら、若い人の気持ちが分からん
オバンになってしまうしな。
母ちゃんは、分かるオバンや。
何で自分の人生のジャジマンが他人なんや。
人生のジャジマンは、いつも自分や。
人をジャッジすんのは、お門違いや。