儲かるばかりでなくコストもかかる
「爆買い需要」の先を読め
内田和成・早稲田大学大学院商学研究科教授
「爆買い」の一次情報を集めて
「爆買いの先」を見よ
前回は企業が勝ち残るための競争戦略について、総論的にお話ししました。今回からは、世間で注目されている様々な事象を基に、企業が考えるべき競争戦略を、ケーススタディで考えてみることにしましょう。
今回のテーマは「爆買い」です。
「爆買い」とは、主に中国人観光客が大量に日本製品を購入することです。今や日本の消費を盛り上げる一大要因となっており、日本企業の多くは何とか旺盛な中国人の需要を取り込めないかと考え、試行錯誤を続けています。最近では、あまりの中国人観光客の多さに道路や店が混雑して困るという声も増えているようですが、私は爆買いを日本のビジネスを見直すよいチャンスになるのではないかと、ポジティブに捉えています。
さて、この爆買いによってどんな影響が生まれているか、想像してみてください。こうした事象について考えるときは、メディアの情報ではなく、爆買いの現場で何が起こっているのかを現場の人に聞いたり、実際に見に行ったりして得た“一次情報”を収集し、その情報を構造化してみることが大切です。
爆買いの影響というと、この一次情報からわかる「一次需要」がもっとも目立ちますが、私の分析ではそれだけではなく、他にも様々な効果があると思います。それを分析することが、「爆買い」の先を読むことになります。
爆買いによって生まれる需要を構造化してみると、まず一次需要として、中国人が大量購入することで起きる直接的な経済効果があります。さらには、爆買いから生まれる「二次需要」「三次需要」も存在しています。また一方で、爆買いを誘致するためにかかる必要なインフラの充実や爆買いがもたらす弊害を防ぐための仕組み・仕掛けも必要です。これらをまとめて、ここでは爆買いの「コスト」と呼ぶことにします。
二次需要、三次需要に関する分析は次回行なうとして、今回は足元で起きている爆買いの一次需要の状況と、日本人がそれを享受するための「コスト」をについてどう考えるべきかについて、解説しましょう。
まず、爆買いの一次需要の状況はどうなっているのか。これは読者諸氏が報道を通じて知っている、いわゆる「爆買い」という現象そのものです。私が1年ほど前に大阪・ミナミに行った頃には、すでに中国人しかいないといえるほど、爆買いが起こっていました。
鉄瓶が飛ぶように売れる!?
中国人を爆買いに突き動かすもの
たとえば、100円ショップのダイソー。商品を1つずつ買っていくというより、棚のものがごっそりなくなるという状態です。家電量販店も爆買いの対象です。2009年に中国の家電量販店チェーンの傘下になったラオックスですが、銀座店は中国人観光客の観光バスが横付けされる、お土産店コースとなっています。
100円ショップや家電量販店での爆買いで興味深いのは、おおよそ日本人が購入しないものが、飛ぶように売れるという点です。たとえば「鉄瓶」。日本人がお土産に買うということはあまり考えられませんが、中国人には数千円から数万円単位まで幅広く売れるのだとか。実は、中国では鉄瓶でお茶を入れたり、単なるインテリアとして使われるので売れているそうです。滅多にないとは言ってましたが、鎧が売れることもあるそうです。
また、百貨店も爆買いの対象です。先日三越銀座店に行ったところ、地下1階が化粧品売り場なのですが、そこにいるお客さんの7割くらいは中国人でした。もう百貨店は爆買いなしには成り立たないところまできています。
ドラッグストアでは、たとえばKOSEの「雪肌精」というように、ピンポイントで指名買いの爆買いが起きているようです。
さて、これらの製品を中国人はなぜわざわざ日本で買うのでしょうか。実際に購入している人に聞いてみると、「日本では本物が売っているから」という返事が返ってくるのです。
日本人の感覚だと、日本のどこで商品を買っても本物が売っているので、できれば安く売っているところを選びたいと思いますよね。なので、「本物が売っているから」という言葉には違和感を覚えるでしょうが、中国では売っている商品が必ずしも本物ではなく、偽物を購入してしまうリスクが日常的につきまといます。
日本製を名乗っている商品を中国で買ったとしても、それが必ずしも日本製とは限らない。だから彼らは、「偽物をつかまされない」ということにコストを払って、日本で安心して買い物をするというわけです。
これは日本人が忘れている日本のメリットなのです。日本では「水道水が飲める」ことが当たり前ですが、他国ではそうではありません。それと同じように、日本では当たり前だけれど、海外ではそうではないということを、うっかり見落としてしまうことがあります。
これ以外にも、外国人向けのレストランの繁盛やホテルの稼働率向上、地方空港の活性化などは目に見える爆買いの一次需要です。一方で、普通の人の目に見えない部分でも需要があります。たとえばバス需要の逼迫、旅行会社の好景気、ガイドの奪い合いなどが上げられます。これらの業界も爆買いで潤っていると思うので、一次需要と言えるでしょう。
儲けが増える一方で負担も増える?
爆買いにかかるコストを認識せよ
ただし、企業関係者が認識しておかないといけないことは、爆買いは大きな経済効果を生み出す一方で、大きなコストも発生させるということです。
コストがかかるものとして、まず交通インフラがあります。爆買いする中国人や増加する一方の訪日外国人を受け入れるには、道路整備や港、空港などのインフラ整備が欠かせません。
たとえば道路。爆買いでは観光バスが銀座の免税店に横付けされますが、繁華街でそんなことをされると交通渋滞の原因にもなります。銀座のように道が広ければまだいいですが、これが都心から少し離れた繁華街であると道が狭く、かなりの渋滞が起きてしまう。そうすると、道路整備などの対策が必要になります。
次は港です。鳥取・境港が代表例ですが、ここには中国人の観光客がたくさんやってきます。いっぺんに何百人もの観光客を受け入れられる客船が入っても、大丈夫なように港だけでなく入国管理事務所なども整備されているからです。ただ、このように整備しているところはよいですが、日本中で同じ状態になったとき、特に港はキャパオーバーする可能性があります。
地方空港も同様な問題をはらんでいます。成田空港がLCC専用ターミナルをつくった作ったように、他の空港でも対策を取って増加する訪日客をさばけるようにしないといけません。
他にも標識の問題があります。東京ではJR、地下鉄、私鉄と乗り換えがたくさんあり、日本に住んでいても迷うのに、観光で来た外国人には今の標識では到底わからない。これは鉄道だけでなく、道路も同じです。
そういう意味では、パリの地下鉄(メトロ)や英国ロンドンの地下鉄(アンダーグラウンド)の標識はとてもわかりやすいし、観光客にも馴染みがある。パリやロンドンのようになるために、日本でも対策が必要でしょう。
一方、治安対策にもコストがかかります。外国人観光客による犯罪の増加を防がなくてはいけないことは当然ですが、これからは「やってはいけない」というルールを厳しくするのではなく、「どこまで許容するか」というルールづくりが必要になるでしょう。お店や企業というより、国がやっていかないといけない部分です。
一例を挙げてみましょう。当然ですが、万引きは犯罪ですよね。もちろんどの国でもそれには違いないのですが、「お店の棚に商品が100個あれば100個すべてが残っている」という考えは当たり前ではなく、「100個あったら2、3個万引きされても仕方ない」というようにとらえる国の人もいます。
これはあくまで極端な例ですが、外国人観光客が日本で行う行動を「けしからん」と言って何でもかんでも排除すると、需要も取り込めなくなる。そう考えると、「彼らの行動をどこまで許容するか」ということに焦点を当てた対策を考える必要も出てくるわけです。もちろん、悪質な万引きは取り締まらないといけませんが、ゼロにするのではなくある程度の万引きを想定した仕組みも必要だということです。
経済効果を最大化させるために
カルチャーの違いを許容できるか
注目してほしいのは、これはいいか悪いかではなく、カルチャーの違いの話だという点です。ここでルールをどうつくっていくのか。
ちょっと話はそれますが、日本が便利さに対して、あるいは経済効果に対してペナルティやコストを払っていかなくてはいけないのは、爆買いだけではありません。
たとえばタクシー配車アプリのUberや、Airbnb(192ヵ国の都市で80万以上の宿を提供している宿泊施設の貸し出しサイト)のような新しいウェブサービスの導入、Amazonに代表されるEコマース企業に対する課税など、日本のサービスや商慣習にとってライバルになりかねない可能性のある事案に対して、今後どのように対応していくべきか。これらがもたらすリスクは規制を厳しくすると減るけれども、その分経済効果も薄れてしまうのです。
すべてを「ゼロイチ」で考えてしまいがちな日本人には、この兼ね合いが難しい。しかし、「あるところまで許容する」という考え方にしていかないと、せっかくの需要が摘み取れず、一時的なあだ花で終わってしまう可能性もあります。
さて、ここまではすでに世間で言われていることでもあります。次回は、ここからさらにもう一歩踏み込み、「爆買いの二次需要、三次需要」について考えてみましょう。
(構成/西川留美)