THE ZERO/ONEが文春新書に!『闇ウェブ(ダークウェブ)』発売中
発刊:2016年7月21日(文藝春秋)
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February 3, 2017 08:00
by 牧野武文
マービン・ミンスキーと言えば「人工知能の父」。昨今の人工知能ブームの盛りあがりにより、たびたびメディアに名前が取りあげられ、だれしもが「偉大な研究者」と絶賛する。しかし、どのメディアを見ても、ミンスキーがなぜ偉大なのかは詳しくは説明されていない。
ウィキペディアを見ても、ミンスキーの功績として紹介されているのは、世界初のヘッドマウントディスプレイの発明と共焦点顕微鏡の発明だ。1963年にヘッドマウントディスプレイを開発していたというと、あたかも今日のVR(仮想現実)技術を予見していたかのように思えてしまうが、実際は、眼球の動きと脳神経の関係を研究するための実験器具だった。決して、VRやAR(拡張現実)を目指したものではない。その他、シーモア・パパートとプログラミン言語LOGOを開発したり、人間の心を解明するフレーム理論、心の社会理論などを提唱したとウィキペディアには書いてある。
心理学を志したり、人工知能を研究している人にとっては、避けて通ることができないバイブル的存在で、ごく自然に畏敬の念をもつだろうが、門外漢には、ミンスキーの偉大さがわかりづらいことも確かだ。
マービン・ミンスキーという人を一言で言えばハッカーだった。子どものころから、ジュークボックスや電気製品を改造するのが大好きで、しかも何の役に立つのかわからない改造をして悦に入っていた。ミンスキー自身は、自分のそのような行為を「ハックする」と呼び、MIT(マサチューセッツ工科大学)に自分の研究室をもつようになってからは、「ハック」が得意な学生を好んで入室させたという。ミンスキーの書斎や研究室には、真面目な人から見ればガラクタにしか見えない機械と部品が散乱していた。
ミンスキーがまだ学生だった頃、ベル研究所のインターンシップに参加できるという幸運に恵まれた。それも、情報理論を生みだしたクロード・シャノンの研究室で学ぶことができたのだ。これは若いミンスキーにとって大きな経験となった。
シャノンに対して、感謝の意を表すために、ミンスキーは自作の装置を贈り物にした。それは木でつくられた黒い箱で、外側には小さなトグルスイッチだけがついていた。短い金属製の棒状のスイッチで、角度を変えるとカチッと感触があって、電源をオンにしたりオフにしたりすることができる。その奇妙な箱の使用法はなにも説明されてなく、スイッチを入れてみるしかないように見える。
スイッチを入れてみると、歯車が噛み合い、動く音がして、箱のふたが開き始める。箱の中からは、ゆっくりと木製の腕がでてくる。この腕は、伸び切って、箱のスイッチを切り、そして箱の中に戻り、ふたがしまり、箱は初期状態に戻り沈黙する。
自分自身で電源をオフにする「ミンスキーの箱」
まったくもってナンセンスな機械だが、シャノンは口を大きく開けて笑い、そして気に入って70台も製造して、ベル研究所の管理職に贈ったという。
ミンスキーは、こんな機械をつくって、人をびっくりさせるのが好きだった。彼は、そのような行為を「ハック」と呼んでいたのだ。
今日のコンピューター技術の基礎を作り上げたクロード・シャノン Photo by Wikipedia
マービン・ミンスキーは、1927年、ニューヨークに生まれた。父は眼科医であり、知的な雰囲気はあったものの、ごく一般的な家庭だった。幼い頃から聡明で、一種の天才児ではないかと周囲から思われていた。5歳で知能テストを受けたときに、ミンスキーの聡明さが明らかになった。知能テストの得点が突出していたことはもちろん、ミンスキーは面接試験で、試験官に解答がおかしいと議論を挑んだのだ。
それはこんな問題だった。野原でボールをなくしてしまったが、一面草が生い茂っているので、手探りで探していくしかない。どのような順路で探せばもっとも効率的かという問題だ。漠然としているので、方眼紙のようなマス目をどの順路で塗りつぶしていくと効率的かという問題に置き換えてもいい。
マス目を塗りつぶすと考えると、一筆書きにさえなっていれば、どのような順路でも効率は変わらないと思うはずだ。しかし、現実にボールを探すというのは、塗りつぶし問題にはない事情がある。ひとつは、捜索をするときは、足元だけでなく左右も探しながら進む。マス目の問題で言えば、3列幅で塗りつぶしていくことになる。ということは、うまく考えないと、同じマス目を2度塗ってしまうことがあり、これは「無駄」ということになる。このような2度塗りがないように、あるいはできるだけ少なくなるように経路を選ぶ必要がある。
もうひとつは、野原すべてを捜索し終わる前に、ボールが見つかったら、捜索はそこで終了するということだ。ボールがどこにあるかわからないのだから、捜索は全体を捜索する時間のほぼ半分程度で終了すると考えていいだろう。つまり、2度塗りができるだけ少ない経路を見つけ、なおかつ2度塗り箇所が、捜索経路の後半に集中している方が望ましい。前半でボールが見つかる確率が高いのだから、前半に2度塗り箇所が少なければ、それだけ効率がよくなる。
5歳のミンスキーは「らせん状に捜索していけばいい。それも外側から中心に向かって」と答えた。しかし、試験官の「正解」は、ミンスキーとは少し違っていた。「らせん状に探すというのは素晴らしい答えですね。でも、正解は中心から外側に向かって探していった方がいいんですよ」と言う。
ミンスキーは反発した。
「なぜ? なぜ中心から外側なの? 外から中心の方が賢い探し方でしょ?」
試験官は答えられなくなってしまった。なぜなら、試験官が「中心から外側」と主張したのは、模範解答マニュアルにそう書いてあったからだ。
ミンスキーは、なぜ外側から中心に向かって捜索すべきなのかを説明したかったが、さすがに5歳のミンスキーには、それを説明するだけの語彙力がなかった。しかし、直感で自分の方が正しいという確信があった。
実を言えば、明らかにミンスキーの主張の方が正しいのだ。らせんを考えるとわかりづらいので、方眼紙を三マス幅で塗りつぶしていき、コの字型の矩形らせん状に進んでいくとしよう。直進し、90度曲がるということを繰り返していく。
この90度曲がるときに2度塗りが起こる。曲がる前と曲がる後で、コーナー内側のマス目を2回塗ってしまうことになるのだ。この無駄は、この矩形らせんを外から進もうと、中心から進もうと同じ数だけある。しかし、ボールが見つかったら捜索は終わるのだから、この無駄な箇所が少ない方向から進むべきだ。コーナーに無駄な箇所が発生するのだから、コーナーの数が少ない外側から探し始めた方が効率がいい。
内側から探索するよりも、外側から探索した方が無駄がない
矩形らせんではなく、きれいな円弧のらせんでも考え方は同じだ。矩形らせんでは90度で曲がるところに無駄な箇所が発生したが、円弧らせんの場合は、らせんの半径が小さいほど、重なりあう面積が多くなる。小さならせん、つまり広場の中心近くを探すときに、無駄が起きるので、そのような無駄はできるだけ捜索の後半にした方がいい。つまり、外側から中心に向かって、螺旋状に探していくのが最も効率的なのだ。
(その2に続く)
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