「コンビニ人間」で昨夏の芥川賞を受けた作家、村田沙耶香(むらたさやか)さんが大切にする言葉がある。「小説家は楽譜を書いていて、読者はその楽譜を演奏してくれる演奏家だ」。芥川賞作家の先輩、宮原昭夫(みやはらあきお)氏から小説の作法を教わった時の言葉という▲それは学生時代の村田さんに小説を書き続けさせてくれた言葉だった。それから十数年、芥川賞受賞作は世間の常識から孤立しながらコンビニという職場の「正常な部品」となるのを生きがいとする30代女性の小説である▲山梨県立韮崎高校2年の野澤夏枝(のざわなつえ)さんが書店で「コンビニ人間」を手に取ったのは、初めて芥川賞受賞作を読んでみたかったのと、コンビニというよく知る世界の題名にひかれてだった。すると本の帯に「普通とは何か?」とある。ちょっとドキンとして読み始めた▲野澤さんの読書感想文「私であるために」は第62回青少年読書感想文全国コンクールの高等学校の部で毎日新聞社賞を受けた。数年前から自分の「普通さ」に居心地の悪さを感じ始めていた野澤さんには、世間が強いる「普通」に振り回される主人公が興味深かった▲物語の細部も印象に残った。「狭い環境にいるとみんなが似てくるとか、規則なんか無視する男が実は世間に順応したがっているとか、こういうのあるあるって感じでした」。風変わりな虚構の物語だからこそ描き出せるこの世の人間の真実があるのがよく分かった▲小説という譜面から物語を演奏し終えた野澤さんはあるがままの自分に少し自信をもてた気がした。将来の夢は建築家、受験勉強もせねばならないが、読書による物語の演奏はこれからも続ける。