英下院が採決を行い、結局のところ異議はほとんど出なかった。英国は欧州連合(EU)に残るべきだと信じる議員らは良心の葛藤を抱えたが、大多数が国民投票の結果を尊重する必要を受け入れた。メイ首相が来月、EU離脱を正式通知できるようになるのはほぼ確実だ。だがメイ氏にとって、英国の将来的なEUとの通商関係の条件は言うに及ばず、そもそも離脱の条件について、EU側との2年間の交渉で英議員らの支持が得られる合意を達成することは、はるかに難しい仕事になる。
その一因は、今後の作業の途方もない複雑さにある。2年という交渉期間は、離脱の基本部分をカバーするだけでもぎりぎりだろう。例えば、未払いのEU予算分担金をどうするかという論争を呼ぶ問題がある。さらに技術的な問題として航空業界や原子力産業に関する取り決め、あるいは安全保障や科学研究における協力の継続という懸案もある。必要な作業量だけを取っても、英国がEUを離脱するまでに将来の貿易協定の枠組み以上の合意が交渉で得られることを想像するのは、とても難しい。
さらに根本的な問題は、英国政府もEU各国も、経済統合の維持による相互利益よりも重要な政治的課題を抱えていることだ。
交渉方針を示す白書に映し出されたように、メイ氏の最大の目標は、単一市場へのアクセスを犠牲にしての移民制限と欧州司法裁判所の管轄権からの独立だ。メイ氏は世界各国との貿易協定を進めていくために、EUの関税同盟から離脱することを選んだ。「最大限に自由で摩擦の少ない貿易」を追求するというが、現段階では願望の域を出ず、すべては今後の交渉にかかっている。
EUにとっては、英国市場が各国の輸出産業にどれほどの価値があろうと、何よりも結束が優先する。EU懐疑派のポピュリズム(大衆迎合主義)と米国の脱関与という脅威に直面するなかで、商業的利益よりもEUの結束維持が上に立つ。
■急ぎたい英国、引き延ばすほど有利なEU
しかも、英国は国内企業に確かな見通しを与えるために速やかに貿易協定へと進んでいく必要があるのに対し、EU側は交渉を引き延ばして時計の針が進むほど立場が強くなる。貿易協定あるいは移行措置の協議に入る前に、離脱の詳細を詰めたいというEUの考え方はもっともだ。その結果として英国の議員は、後に何が続くのかを知らない状態で離脱条件の採決を迎えることになるかもしれない。
メイ氏は、そのような英国経済に壊滅的影響をもたらす「崖っぷち」の状況は避けるとしている。英企業は交渉期限のかなり前から予防策を講じ始めるはずで、メイ氏は素早く行動する必要がある。となると、英国が現実的に交渉できる移行措置は現状の延長しかない。つまり、恒久的な貿易協定が合意されて段階的な実施に入るまで関税同盟に残り、欧州司法裁判所の管轄権を受け入れるということだ。
交渉戦略を示した今、英国政府は目標達成に最善を尽くさなければならない。全てはEU側27カ国がどのような対応を選ぶかにかかっているが、英議会でこの問題はほとんど議論されていない。メイ氏は、「我々の目標達成を切実に願う6500万人の後押し」が成功に欠かせないと言い切っている。
だがメイ氏は、なおも国民的合意は生まれていないEU離脱という国民投票結果に対して一つの解釈を選んだ。これからムードは変わっていくかもしれないが、議会が最終合意案の採決に至るまで精査を続ける必要があることは変わらない。その時点で、提示された合意案に代わる選択肢も含めて有意義な議論をすることができるはずだ。
(2017年2月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
(c) The Financial Times Limited 2017. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.