トランプ米大統領によるロシアのプーチン大統領への友好的な姿勢の危険があらわになった。同氏の側近は事前に米国の対ロシア制裁の解除もあり得るとしていたが、幸いなことに、トランプ氏は先月28日のプーチン大統領との就任後初の電話会談で、一方的な解除には触れなかった。だが、それから数時間後、ウクライナ東部の分離派の地域の一部で交戦が再燃し、過去2年で最悪の戦闘となった。ドネツク近郊のアブデエフカでは、数千人の市民が砲弾の雨にさらされ、暖房や電力を断たれ寒さにすくんでおり、避難が必要になることもあり得る。
両陣営は今回の衝突について、これまで同様に、責任のなすり合いをしている。ロシア政府は衝突を引き起こすことで、トランプ氏に発言どおり経済制裁を解除するよう迫っているのかもしれない。または、トランプ氏にとってウクライナがそもそも重要かどうか探りを入れているのかもしれない。あるいは、ウクライナ軍が、紛争が国際社会から忘れ去られないようにするために、リスクを冒してでもこの戦闘を引き起こした可能性もある。それにしても、ロシアが支援する分離派の応戦は激しかった。
■米トランプ大統領の沈黙がもたらした「真空」
だが、戦闘再燃の直接の原因は間違いなく、米国のウクライナに対する指導力がなくなり真空が生じたことだ。米政府が今回の衝突について沈黙しているばかりか、ロシアの名前にさえ言及しなかったため、ウクライナ政府だけでなく欧州各国政府にも警戒感が広がるだろう。同様に憂慮すべきは、ウクライナ東部に平和をもたらすはずの2年に満たない新たな停戦のための「ミンスク合意2」が存続の危機にひんしていることだ。
ウクライナ政府は、ミンスク合意2で認めた、分離派の2つの地域に特別な資格を付与するよう議会を説得できていない。それは無理もないことかもしれない。ロシアがまだこれらの地域から軍を撤退させず、ウクライナに国境管理を返還していないからだ。これでは、問題をかかえるミンスク合意で、ウクライナに先に行動するよう求めていても無理だろう。ロシアの評論家らは現在、表向きは親ロのトランプ氏が大統領に就任し、ミンスク合意の提案者の1人であるオランド仏大統領が退任を控えた今、ロシアがなぜミンスク合意を履行すべきなのかと、公然と疑問を呈している。
よって、ミンスク合意を早急に、創造力豊かな外交で再びよみがえらせる必要がある。欧州はトランプ政権が作った空白を埋めなければならない。それはとりわけ、メルケル独首相の役割だ。同氏は他にも対処すべき多くの問題に直面しているが、ミンスク合意の交渉で西側を代表する重要な役割を果たした。
オバマ前米大統領は直接交渉には関わらなかったとはいうものの、ロシアとの対峙は、オバマ時代のように米国の陰の支えがなければ、はるかに困難になる。そのため、メルケル氏の外交はプーチン氏とウクライナのポロシェンコ大統領とだけにとどまるべきではない。トランプ氏に対しても、ウクライナが欧州の安全保障上いかに重要であるかを強く説得しなければならない。米国も70年間、ウクライナを自国の安全保障上切り離せない存在とみなしてきたのだ。メルケル氏とトランプ氏の先週末の電話会談の中身を知る人々は、メルケル氏がこの問題で端緒を開いたと語る。
■ウクライナ巡る米ロの「取引」を警戒
メルケル氏や欧州をはじめとする各国の首脳は、また、トランプ氏がプーチン氏と、ウクライナの利益を引き換えにするいかなる「取引」も行わないよう説得すべきだ。マケイン上院議員などの米共和党の重鎮も極めて重要な役割を担う。
トランプ氏がウクライナの主権を回復し尊重する有意義な譲歩を引き出すことなく対ロシア制裁を解除した場合はどうか。そうした事態では、メルケル氏は欧州連合(EU)の政策が揺らぐことのないよう、欧州首脳が背筋を伸ばして対応するようにしなければならない。それは切ない望みに思えるかもしれない。だが、今年実施される欧州各国の選挙の結果次第では、メルケル氏が断固たる姿勢をとるようEU首脳を説き伏せることも不可能ではない。ロシアにとってEUは米国を上回る貿易相手だ。こうした背景から、EUはロシアに対し、ウクライナ問題の解決を進めることが同国に経済的な利益をもたらすと納得させることが可能だろう。
(2017年2月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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