介護施設で過酷な勤務を強いられたとして、職員だったフィリピン人の女性ら10人が施設の運営会社(東大阪市)に計約4100万円の賠償を求めた集団訴訟が3日、大阪地裁(菊井一夫裁判長)で和解した。会社側は女性らとの雇用契約の際、死亡しても会社の責任を永久に問わないとする誓約書に署名させた。和解は会社側が過酷労働や不適切な契約実態を認め、全面的に謝罪する内容。女性らには総額約1000万円の解決金を支払うとみられる。【向畑泰司】
死亡責任負わず/時給は最低賃金/16時間勤務も
外国人労働者の採用が増える介護業界では、日本人に比べて劣悪な労働環境を強制される例が少なくない。女性側の代理人を務めた奥村裕和弁護士は「介護事業者に警鐘を鳴らし、外国人の待遇改善を促す意義ある和解だ」と語った。
運営会社は「寿寿(じゅじゅ)」。ホームページによると、大阪や奈良で約10カ所の介護施設を持つ。職員数は約180人。
原告の多くは、かつて日本人男性との間に子供をもうけ、在留資格を持つ女性たちだ。離婚などでフィリピンに帰国したが、マニラにある寿寿の関連企業が「子供の日本国籍の取得を支援し、収入もいい」と勧誘。介護施設で働く契約を結び、10~12年に来日した。この契約の際、「権利放棄証書」とうたった誓約書に署名させていた。
契約書面などによると、時給は大阪府の最低賃金ライン(当時)の800円で、日本人職員(900円)より安く抑えられた。日本への渡航費や介護ヘルパー資格の講習費などとして数十万円を貸し付けられ、給料から毎月3万円を返済させられるなどした。
訴状によると、女性らはマニラでの契約時、寿寿側から十分な説明はなかった。介護施設での勤務は日本語が不自由との理由で、夜勤(午後5時~午前9時)を多く任された。1人で泊まり込むため休憩が取れず、1日の労働時間が最長16時間になることも多かったという。
母国に残した子供に会うため休暇を申請した際、「借金を返すまで認めない」と言われた女性もいたという。大半が子供の国籍取得手続きも進んでおらず、女性側は「寿寿は介護職員の人手不足が深刻化する中、安価な労働力を確保しようと画策した」と指摘。違法労働の強制で人格権を侵害されたなどとして、寿寿側の賠償責任を訴えていた。
一方、寿寿側は訴訟で、契約の内容や経緯を認めたうえで「適正な労働管理を行っていた」と主張。国籍取得の手続きは「今後進める予定だった」と反論していた。
寿寿側の幹部は「陳謝したのに解決金を支払うのは不本意だ」としている。
外国人労働者、待遇改善遅れ.100万人を突破
政府は介護業界の慢性的な人手不足を解消しようと、外国人労働者の受け入れ拡大にかじを切っている。一方で、外国人の待遇は事業者側の裁量に委ねられており、専門家は「日本人より劣る不平等な労働条件の改善が課題だ」と指摘する。
厚生労働省によると、高齢化がさらに進む2025年度、介護人材は約37万人が不足するという推計もある。
政府の閣議決定を受けて昨年11月、日本の介護福祉士資格を持つ外国人の継続的な勤務を可能にするため、「介護」を在留資格に加える改正入管法が国会で成立した。途上国の労働者が日本で技術を学ぶ「外国人技能実習制度」にも介護職が追加される見通しだ。
国内の外国人労働者数(昨年10月現在)は約108万人で、08年の統計開始以降、初めて100万人を突破した。こうした中、外国人を雇う事業者の不正行為は後を絶たない。技能実習生を受け入れる5173事業所に対する国の監督指導状況(15年)によると、7割超の3695事業所で賃金の不払いや過酷な残業などの労働法令違反が確認された。
公益財団法人「とよなか国際交流協会」(大阪府豊中市)の山野上隆史事務局長は「法令違反はないものの、日本人と外国人の待遇に格差をつける事業者も多い。受け入れ後の継続的な支援や待遇に関する国家的な仕組み作りが必要だ」と話した。【向畑泰司】