副業貧乏に内職地獄?“ネット・ワーカー”残酷物語
広がる“雇われない働き方” 時間も場所も自由だが…
都内に住む主婦の松浦千春さんです。
主婦 松浦千春さん
「母が写っているのは、これですね。」
小学校の教員だった松浦さん。
福岡に暮らす母親の介護のため、2年前に退職しました。
主婦 松浦千春さん
「教員のときは、金曜の夜に(福岡に)行って、日曜の夜、戻ってくるとかだったので、体力的にも厳しくて。
ここで働き方を変えないと、後悔しそうな気がして、それで思い切って。」
今、松浦さんはネットを介して仕事を受注しています。
主婦 松浦千春さん
「この日、この時間働けるなと思ったら。」
スマートフォンに自分の空いている時間帯を入力すると、発注者から直接仕事の依頼が入ってきます。
引き受ける場合にも雇用契約は結びません。
松浦さんが主に受けているのは、シッターの仕事。
自分の教員経験を、最大限生かそうと考えたんですね。
この日、1時間子どもの世話をして得た報酬は3,000円余り。
月収は平均で10万円を超えるようになりました。
ピンポイントで、自由に時間を選べる働き方。
今、介護や育児などで、働く時間に制約がある人の間で広がっています。
主婦 松浦千春さん
「家族と『こういう時間を過ごしたい』という思いが、自分でスケジュールを組みながら、かなえることができていく。
とても助かっています。」
“雇われない働き方” 時間も場所も自由だが…
企業と雇用契約を結ばずに仕事を受ける、フリーランスが注目を集めています。
中でも、ネットを通じて仕事を請け負う人が増えているんですが、今回、私たちはこうした人たちを「ネット・ワーカー」と呼ぶことにしました。
育児や介護などが理由で、フルタイムで働くのが難しい人や、副業で稼ぎたいという人たちが、時間や場所に縛られずに働けることから、ニーズが高まっています。
クラウドソーシングといった仕組みもありますが、これも、こうした働き手に向けたものです。
現在、大手仲介サイトに登録しているネット・ワーカーは、330万人以上。
2020年には、1,000万人を超えるともいわれているんです。
注目を集めてはいるんですが、今、異変も出てきているんです。
デーブさん:実は僕も、今日(1日)ネット広告見てきましたので、そんなことはないですけど。
もちろん一見よさそうですが、欧米でも問題がたくさんあって、だから、迷っている方も多いと思うんですね。
もちろんやってみたいんですけれどもね。
そのバラ色とはいえない実態が見えてきました。
その実態、取材しました。
こんなはずでは… “ネット・ワーカー”残酷物語
去年(2016年)12月、著作権侵害や信ぴょう性のない記事が発覚した、大手IT企業が運営する「まとめサイト問題」。
実は、こうした記事の多くを書いていたのはネットで仕事を請け負うライターでした。
主婦(40代)
「これかな、DeNA。
(まとめサイトの)キュータとウェルクです。」
記事を書いていた1人、関西に暮らす40代の女性です。
育児との両立が難しく、勤めていた医療施設を退職。
女性は、自宅でできる内職の仕事を探しました。
仲介サイトで見つけたのは、医療や福祉に関する記事執筆の仕事。
報酬は1,200字の記事につき、600円。
仲介料を引くと手取りは、わずか480円でした。
しかも、書き始めると事実確認などが発生し、結局5時間もかかってしまいました。
主婦(40代)
「時給にすると96円。
信じられへんと。
安すぎる、安すぎますね。」
一般に仲介サイトは、実績を積んで評価を上げないかぎり、報酬の高い仕事を得られない仕組みです。
数をこなせば次につながるという経験者の声を見て、どんな仕事も引き受けることにしたといいます。
ところが、いくら記事を書いても報酬は一向に上がりませんでした。
単価の低い仕事を数で稼ぐ仕組み。
そのうちほかの記事を参考にして書くようになったといいます。
主婦(40代)
「そこまで手間はかけたくない。
早くこなして、ほかの記事を書くほうがいいと思ったのもありますし、やっぱり稼ぎたいという気持ちはあったと思います。」
さらに、自由を求めて始めたネット請負で、思いがけない目に遭ったという人もいます。
エンジニア
「ソースコードです。
PCとスマートフォン、両方対応するように。」
長時間労働や低い給料が理由で、IT企業を退職したエンジニアです。
ネットなら、個人でも実力で企業から仕事をつかみ取れると考えていました。
エンジニア
「ネット越しに仕事ができる状況というのは、平均よりも、より高い水準を持っているエンジニアにとっては、非常に好機ではあるし、生活が成り立つなと。」
ところが、現実は厳しいものでした。
受注した、どの案件でも納期間際の変更や修正が相次いだのです。
激しい価格競争にもさらされ、勤めていたころ同様に、長時間働かざるを得なくなりました。
エンジニア
「夜中でも修正の指示が普通に来るので、『ノー』とは言えないです。
発注者がどうしても強い世界が作られますから、言いなりになるしかない状況で。
“フリーランスが自由だ”っていうのとは、全く逆の状態になる。」
一方、ネットを通じて仕事を発注する企業の側には、この仕組みは大きなメリットをもたらしています。
50回以上の発注を行ってきたIT企業の経営者が取材に応じました。
IT企業 経営者
「人を雇ったら固定費じゃないですか。
毎月毎月、絶対に人件費がかかってくる。
家族がいると、売り上げが悪かったといって、クビにするとかできないじゃないですか。
だけど(この仕組みだと)自分が欲しいときに発注するので、どのような仕事でも、そうだと思うんですけど、安い金額で出すのが、これは当然だと思うんですよ。
そこで『安い』とか思うんであれば、ほかの仕事を選べばいいじゃんと、強く思いますね。」
さらに取材を進めると、ネット請負のシステムを利用した格差の実態も明らかになってきました。
ネット請負を専業にして、200件以上の仕事を受けてきた女性です。
200件以上の仕事を受けてきた女性
「(月に)10万から20万くらい稼げている状態ですね。
トータルで200万以上ですかね。」
報酬のいい仕事がもらえるようになった今、利ざやを取って、別のライターに回すこともあるといいます。
200件以上の仕事を受けてきた女性
「私が下請け。
さらにライターさんが孫請け。」
「ライターは、こういう構造を知っている?」
200件以上の仕事を受けてきた女性
「いえ、知らないと思いますね。」
4,000円で受けた、この依頼を1,200円で再発注したところ、多くの応募がありました。
相場が不明確な上、匿名でも利用できるシステム。
こうした発注は、いくらでも繰り返せるといいます。
200件以上の仕事を受けてきた女性
「私だったらやらないという安い金額なんですけど、どんな安い金額でも書く人はいるんですよね。
ピラミッド(構造)ですよ。」
「どのへんにいらっしゃいますか?」
200件以上の仕事を受けてきた女性
「上のほうにいるかなと思いつつ、実は上を見たら、もっと上がいるんじゃないかと思いますね。」
こんなはずでは… “ネットワーカー”残酷物語
時間や場所に縛られない働き方だと思いきや、実際、そうではないということも出てきたが?
デーブさん:理想は理想なんですけれども、その分、節約した費用が、じゃあ、それ商品やその会社が提出しているサービスに反映されているかどうかという疑問もあるんですよね。
だから、みんなが結局、働く側が損しているだけではないかという気もするんです。
時給換算で96円というのには驚いたが、どうしてこんなことになってしまう?
中野さん:そもそも、会社で終身雇用という在り方が崩れている、その一方で、ネットでこういう形でマッチングがしやすくなっているので、間口が非常に広がっているということが背景としてあると思うんですね。
その中で、供給側が非常に多くなっていて、いくらでも代わりが利きますと、そこで高い評価を得るためには、安く受けざるを得ないということなのかなと思います。
賃金や労働時間に関することでいうと、このネット・ワーカーの人たちに対する規制はない?
中野さん:基本的に、賃金、時間に関しては、自営業とか個人事業主ということなので、業務委託というふうにはなっていますけれども、社会保障面も全部、バツになっているということですね。
結果的に、本来はいろいろ縛られるものがない代わりに、リスクもありますということだったと思うんですけれども、リスクはあるまま、生活成り立たせるためには、わりと追い込まれかねないような実態になっているのかなというふうに思います。
デーブさん:これは、数年たつと、改善される見込みはもちろん可能性としてありますけれども、なんでもネットになっていますから、必然的によくなると思うんですが、ただやっぱり問題もあって、例えば途中で辞めたり、あるいは大事な情報がライバル会社に渡ったり。
ワーカーのふりをしたり、あるいは知的財産を知らずに、ある人から提出されて、あとでもめたり。
雇う側・雇われる側、双方に問題があるんですよね。
実態がどうなっているのか、賃金の面で見てみますと、ワーカー1,000人を対象にした調査では、平均月収は、専業で7万3000円余り、副業で3万円余りという結果が出ました。
また、80万人の登録者がいる大手仲介サイトで、月収20万円を超えている人、8,000人に1人という数字もあるんですよね。
専業で稼ごうっていう人が増えている中で、これは厳しい数字ですね。
その収入が低い現状、仲介サイトはどう捉えているのか、業界団体に聞きました。
クラウドソーシング協会 事務局長 湯田健一郎さん
「ワーカーの方々がたくさんいるので、そこで過当競争になっている。
『安い金額でもやっていきます』という方々がいると、発注者の方が出したときに、『低い価格でも大丈夫』という形でダンピングにつながっている。
事業者として改善していかないといけないと思っています。」
低賃金の実態を認識しているようだが、改善の方法はある?
中野さん:1つは、発注者側もきちんと評価されるように仕組みを整えないといけないというのはあると思います。
あとは、国が一律に規制をかけるということも可能かと思うんですけれども、今、政府もせっかく市場が立ち上がっているところで、そういった規制によって市場を潰してしまうんじゃないかという懸念もあって、そこは判断しかねてるんじゃないかなと思います。
デーブさん:当然、自分の家でやったりしますので交流もないし、それで次の保証も何もないわけですよね。
あと、強いていえば忘年会やりにくいっていう。
(そこのつながりも出来ていったらいいですけど。)
やっぱり適切な仕事の種類もあると思うんですよ。
例えば、カタログに写真をつけるから番号をいっぱいつけるっていう、いわゆる手作業が多いものとかは発注して、うまくいくと思うんですけれども、あんまり高度なことになると、いろんな問題が出てくると思うんです。
それだったらもう、きちんとした形で雇われた方がいいのではないかと思うんですよね。
実は、ネット・ワーカーの数が多い海外では今、働き手が待遇改善を求めて、訴訟が次々に起きています。
世界中で爆発! “ネット・ワーカー”の怒り
全世界で拡大する配車サービス・ウーバー。
一般人のドライバーが、ウーバーのサイト経由で依頼を受け、タクシーのように人を運ぶ仕組みです。
しかし今、ウーバーに登録している世界中のドライバーたちが、待遇を巡って抗議活動を起こしています。
「ウーバーは恥を知れ!」
ドライバー
「時給計算すると、最低賃金のはるか下でした。
家族を養うには、長時間働かなくてはなりません。」
ドライバーたちは、ウーバーに料金やノルマを厳しく管理され、事実上の従業員に当たるというのです。
こうした訴えは、物流業界の巨人・アマゾンでも。
Amazon Flex HPより
「あなた自身がボスに!
必要なのはアプリだけ。
予定に合わせて、アマゾンの配達ができます!」
2年前から始めた一般人による配達サービス。
ドライバー募集のうたい文句とは、かけ離れた待遇に、次々と怒りの声が上がったのです。
ドライバー
「いつ来るかわからない依頼を待ってばかり。
割に合わないよ。」
ウーバーやアマゾンだけでなく、今、各国の企業に対して、ネット・ワーカーたちが訴訟を起こしています。
イギリスでは、ウーバーのドライバーたちが最低賃金や有給休暇といった、従業員の権利を求めました。
去年、裁判所はこの訴えを全面的に支持。
ウーバーに対し、使用者としての責任を求める判決を下しました。
スタンフォード大学 レニー・メンドンカさん
「臨時で仕事を受ける人が今、急速にふくれあがり、政府や専門家は頭を悩ませています。
労働法で守り、しかるべき対価を得られるようにするか、フリーランスのリスクをカバーする、セーフティーネットを作ることが必要だと思います。」
“ネット・ワーカー” 権利を守る模索
日本でも、ネットで仕事を受ける人の権利を守る手探りの取り組みが始まっています。
自宅で働く、フリーランスエンジニアの吉川利幸さん。
毎月、安定して30万円ほどの収入を得ています。
フリーランスエンジニア 吉川利幸さん
「こんな形で契約書を結んでいて。」
吉川さんが登録している仲介サイトでは、高いスキルを持ったエンジニアを対象に時給2,500円を保証しています。
フリーランスエンジニア 吉川利幸さん
「最初から2500円という、ある程度安心できる価格で設定できれば、(依頼者が)交渉してきて(単価を)安くする、ということがないので安心できる。」
しかし、専門性の高い仕事に限定されるため、発注は多くありません。
この仲介サイトでは、2,000人の登録者に対し、企業からの求人数は300件と伸び悩んでいます。
コデアル 代表取締役 愛宕翔太さん
「(企業から)『この単価だったら求人を出すのを控えさせてください』というケースもある。
どこまで(企業の数を)広げられるのかという課題はある。」
一方、立場の弱いフリーランスの人たちが、自発的に連携する動きも始まっています。
育児をしながらライターの仕事を請け負っている、土屋菜々さん。
仕事を通じて知り合った人たちと、チャットを使って定期的に情報交換しています。
「向こうが提案してきたものに対して『安い』と思うけど、交渉していいのか。」
ライター 土屋菜々さん
「いまの世の中の記事の感じからしたら、(相場)1文字3円ぐらい。」
横のつながりを持つことで、報酬の相場などの情報交換に加え、共同で仕事を請け負う機会も増えたといいます。
ライター 土屋菜々さん
「『こういうときどうしよう』『この案件、大丈夫かな』と聞ける。
安心して仕事を受けられることにつながっている。」
“雇われない働き方” 時間も場所も自由だが…
やはり働き手の側が、自分たちの権利を訴えたり、守っていったりしなくてはいけないということ?
中野さん:労働組合がないような世界なので、ある程度、自分たちで契約についての知識を学ぶだとか、あとは交渉力を身につけていくということは、働き手の方でも必要なのかもしれないです。
あとは、枠組みとして、例えば、ちゃんとスキルアップをする機会が設けられていて、そこを経ると、何らかの形で認定されて、そこに価格がついてくるとか、そういう枠組みを整えていくということもあるんじゃないかなと思います。
デーブさん:一方、自由でいたいとか、どこも所属したくないということもあるわけですね。
その欲望があるわけですから、そしたら、同じ仕事ができる人が何百どころか、何千、何万人がいる。
あるいは、翻訳の仕事だったら海外もいる。
そうすれば、価格競争になってしまうんですよ。
それがどうしても嫌だったら、安すぎるんだったら、どこかに就職せざるを得ないんですよ。
だから、そのバランス、どこに線引きするかなんです。
これからだと思うんですよね。
(せっかくこういう仕組みがあるから使いたいという方もいると思うが?)
仕組みはいいんですよ。
そして、ボランティア的にウィキペディアとか、いろんなものが寄付金を集めたりして、ネットで集めるというのは、本当は最高の概念ではあるんですけれども、ただこういうトラブルが多いんですよね。
国がどう考えているのか、厚生労働省に聞いたところ、課題があることは認識しており、まずは現状把握に努めたいという回答でした。
視聴者の方より:「変に規制して廃れないようにしてほしい」
今後、多様な働き方の1つとして選択する人が増えると見込まれる 働きやすい、持続性のある仕組みにしていくには、どうしたらいい?
中野さん:まずは発注側も、労働人口減る中で、ちゃんとその専門性のある人材を確保するには、安く買いたたくのではなくて、きちんと発注することも必要でしょうし、あとは、国が会社に雇われてない人もいるということを前提に、社会保障、セーフティーネットを作っていくことが大事なんじゃないでしょうか。
デーブさん:やっぱり一般企業、大手企業でも在宅勤務もあるし、週に3日間家でやるとか、あるいは遠隔でやる仕組みになっているから、自然の流れでこういうものが増えていくわけですから、いずれはある程度の規制か、あるいは保障が出てくると思うんですが、まだまだ、この言葉自体は約10年前に出来たばっかりですから、産業っていうか、ものとしては新しいですよね。
働く側にも、仲介する側にも、発注する側にもできることはまだまだたくさんありそうだが?
中野さん:せっかく多様な選択肢があるのに、今の状態だと飛び込める人が少なくて、やっぱり会社に雇われていた方がいいって、なりかねないから。
デーブさん:職場恋愛、ちょっと減るかもですよね。
(どっちがいいのか、もったいないという気もしますが。)
でも、前向きに考えたいと思います。