政治政策 ドイツ EU
ドイツにハシゴを外され、欧州の片隅で凍え死ぬ難民たち
偉大なる人道主義者はいま何を思う
川口 マーン 惠美 プロフィール

日本がドイツから得る教訓

よく日本人に、「なぜメルケル首相は難民をあれほど大量に受け入れたのか?」と聞かれる。私も、それについては何度も考えた。

ナチの古傷を持つドイツは、戦後、常に模範的な人道国であろうと努力をしてきた。受け入れを制限して、「やっぱりヒトラーの国」と叩かれるのを、メルケル氏が非常に恐れていたことは確かだ。

ただ、その氏の背中を押していたのは、間違いなく産業界だ。ドイツの産業界は、戦後、常に安い労働力を導入し、経済発展の推進力としてきた。現在はというと、安い労働力だけでなく、熟練技術者も足りない。さらに政府は、難民を少子化対策としても重視している。

しかしもう一つ、メルケル氏の決断に拍車をかけたのは、ドイツ現代史に刻まれるはずの氏の功績だったのではないか。

コール元首相は東西ドイツ統一を、シュレーダー元首相は「アジェンダ21」という構造改革を断行した。メルケル氏は「脱原発」と「難民」で業績を残そうとしているのか? しかし、実際には今のところ、それらはどちらもドイツのためにもEUのためにもなってはいない。

先日、ドイツ人の友人に、「メルケル首相の難民受け入れは、人道精神に基づいたものだったと思うか?」と聞いたら、「もちろん!」という答えが返ってきた。そこで、「だったら、今、凍えている人を引きとらないのは矛盾している」と言うと、「では、日本人は難民を何人受け入れているのか」と切り返された。

2015年のメルケル氏の「難民ようこそ政策」が、その後の怒涛の難民大移動を招いたことは明らかだ。そのドイツは現在、難民に紛れて入国したテロリストのあぶり出しと、経済難民の母国送還に、膨大な労力と経費を注ぎ込んでいる。その挙句、あとに続こうとやってきた難民たちは、見事に梯子を外され、極寒の中を路頭に迷っている。

日本がこれらの事実から教訓を得るとすれば、難民受け入れに関する入念なシミュレーションをすることだ。

日本政府がドイツのように自ら難民を呼び込むことはないにしても、海からの難民は拒否できない。朝鮮半島の動乱や中国の経済崩壊の可能性などを考えると、難民はいつ日本海の荒波に繰り出すかわからない。そうなれば、自衛隊は船を出して難民を救うだろう。

そのとき、後のことが無計画であれば、ドイツの二の舞になってしまう。受け入れ態勢は、今から準備万端整える必要がある。

今週より、寒さはようやく少し和らいだ。それにしても、今、私のできることは、バルカン半島に早く春が訪れるよう祈ることぐらいしかないと思うと、とても情けない。