ドイツは2015年、89万人もの難民希望者を受け入れた。しかし2016年になってから、それらの難民の通り道となっていたバルカン半島の国々が、次々と国境を封鎖してしまった。
つまり、途中まで来たものの先に進めず、あちこちに簡易テントを張って野宿している見捨てられた難民が、今もかなりいる。そこに大寒波が襲い、事態は極めて危険な水域に達した。
1月20日、EUの機関である欧州基本権機関(本部ウィーン)はそれについて、「特に困難なのはセルビア・ハンガリー国境と、ブルガリアの状況」と訴えた。いうまでもなく、国境地帯は何もない荒野のような場所だ。気温は一時マイナス20度まで下がり、すでに半数は動けなくなっているという。
一方、ブルガリアは12月だけで440人のも新規到着者がいたが、皆、まともな防寒の用意もなく、やはり凍死者が出たり、凍傷などの疾病が急増しているという。
また、国連のUNHCR(難民高等弁務官事務所)によれば、現在セルビアにも、EU国境(ハンガリーの国境)を越えようとしている難民が少なくとも7200人おり、やはり凍えている。
とはいえ私たちは、何もEUやら国連に言われなくても、難民が悲惨な状況に陥っていることは容易に想像できる。しかし、おかしいのは、そういう報道がドイツではほとんどないことだ。
NGOが懸命に、乾いた衣類と暖かいスープなどを支給している様子がちらりとニュースで流れたきりで、あとはトランプ批判やら、この秋の総選挙を視野に入れた各党の大言壮語を聞かされるばかりだ。
1月27日は、アウシュビッツがソ連軍によって解放された「ホロコースト記念日」で、連邦議会に生き残りの犠牲者を招いて式典が催されたが、政治家たちが、今、ヨーロッパの一角で大勢の凍死者が出ている状況を一切無視しているのは、どういうことだろう。凍死者の実数は、発表とは裏腹に、かなりの数に上るのではないか。
2015年9月、メルケル首相が、ハンガリーで行き止まってしまっていた難民を受け入れることを決めたとき、ブダペスト駅周辺は確かに、野宿する難民で収拾のつかない状況になっていた。しかし、あれはハンガリーの首都で起こっていたことで、しかも真夏だった。誰も飢えたり、凍えたりしていたわけではない。
それでもメルケル首相は全員を受け入れると頑張った。受け入れ数に上限を作ったなら、「それを越えた一人目は追い返すのか? そんな国は私の国ではない」とまで言ったのだ。
そのメルケル氏の頭の中で、今、凍えている人々の姿はどういうふうに映っているのだろう。
しかも当時、ドイツ人の人道主義と隣人愛の精神をあれほど自画自賛したメディアも、すっかり沈黙している。ドイツの難民政策は、今では経費と治安の問題にすり替わってしまった。