欧州連合(EU)の各国首脳は昨年6月、EUの外交・安全保障政策の原則と目的、手段をまとめた文書を承認した。EUとしての世界戦略を13年ぶりに文書化するにあたり、各国首脳は米欧の軍事・政治・経済的関係に格別の重点を置いた。
「我々は大西洋両岸の絆と、北大西洋条約機構(NATO)とのパートナーシップを深め続ける」と、この文書は述べている。
それから7カ月、トランプ米政権があたかも大西洋越しに解体クレーンの鉄球を欧州の戦略の前提に打ち付けるような状況の中で、そうした考え方は的外れだと思われかねなくなっている。トランプ氏の「米国第一」の衝動、NATOに対する不熱心な姿勢、EUに対する評価の低さは、同氏がトルーマン(第33代米大統領)以後の全大統領をおののかせるような形で、米国の外交政策の基本理念に盾突こうとしていることを示している。
したがって欧州の指導者は、欧州の平和と繁栄、政治的多元主義を守る最善の方法を深く自問することに臆してはならない。心強いのは、欧州の結束に不意打ちを食らわせた昨年6月の英国の国民投票によるEU離脱決定の直後に、欧州の指導者がこのプロセスを進め始めたことだ。昨年11月のトランプ氏の大統領選勝利後、彼らはプロセスを強化し、3日にマルタで開くEU首脳会議でさらに押し進める。
時間に余裕はない。求められる現実的な見直しの格好の出発点は、EUのトゥスク大統領が1月31日に各国首脳に宛てた書簡だ。トゥスク氏はその中で、欧州統合の60年の歴史を通じて初めて、世界の主要な大国──中国、ロシア、そして極めて予想外の展開で米国の新政権──が公然と反EU、あるいは少なくともEUへの懐疑を示す状態になったと指摘している。だがトゥスク氏は同時に、欧州は「世界の秩序と平和の存続に不可欠な大西洋両岸の絆の弱体化や無力化を望む者たちに屈服」してはならないと正しく論じている。
トゥスク氏が示唆するように米欧関係、特にNATOの葬儀を行うのはあまりに早すぎる。EUはワシントンで影響力の限りを尽くし、トランプ政権内と米議会、言論界の国際主義者に米欧の軍事同盟は双方に恩恵をもたらすことをわからせなければならない。NATOの東方防衛力強化を図る計画の下で今週、バルト海沿岸諸国に米軍部隊と装甲車両が到着したことが示すように、この論は決して効力を失っていない。
■米の保護に頼り、戦略思考を欠く欧州
それでも、欧州の安全保障に欧州自身がもっと責任を負うべき時が来ている。欧州は冷戦の最初期以来、米国の保護にあまりにも頼り、独立した戦略思考の文化を欠いている。欧州の防衛支出の低さに対する米国のいら立ちは全く正当なものだ。欧州の防衛予算は増えているものの小幅な増加だ。2015年の防衛支出の総額は、金融危機前の07年の水準の85.5%だった。
欧州各国の政府は、軍事能力の重複や技術的な格差、相互運用可能な防衛システムの不備による非効率をなくさなければならない。EUの防衛調達の約8割が各国単位で行われている。欧州の防衛協力プログラムは20年前よりも減っている。EUが154種類の兵器システムを持つのに対し、米国は27種類だ。ワシントンの懐疑派に防衛パートナーとしてもっと真剣に扱ってもらうには、欧州はこれら全てを変えなければならない。英国は、この方面での欧州の取り組みを支援すべきだ。
加えて、特にバルカン半島西部、東欧の旧ソ連諸国、北アフリカなど周辺地域の安定にも、欧州はもっと決然と努力を傾けなければならない。域外との国境管理を強化しつつ合法移民の経路を確保できるように、今よりも一貫した難民・移民政策を持たないと、EUは力と士気をそがれる論争にはまり込んだままになる。外交面ではオーストラリアやカナダ、インド、日本、中南米の友邦との協力を深めることで、対米関係とのバランスを取るべきだ。
欧州の指導者は混乱する世界秩序の荒れた海を進んでいくうえで、無謀な野心という岩礁に衝突したり、統合のための統合という霧の視界の中で立ち往生したりしないように気をつけなければならない。欧州はまだ、自力で安全保障を全面的に担える状態には程遠い。だが、大西洋両岸の絆を維持することを目標に掲げ、今よりもしっかりと自分自身の足で立つことはできるし、またそうすべきでもある。
(2017年2月2日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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