不正受給の調査はどのように行われる?

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 神奈川県小田原市の生活保護担当職員が「保護なめんな」とプリントされたジャンパーを着ていた問題。小田原市は「不適切だった」と謝罪し、このジャンパーの着用を禁止。関係者の処分を発表した。

 生活保護の不正受給を許さないという決意のものに作ったこのジャンパーだが、大多数の受給者は不正などしておらず、不快に思う人も少なくなかっただろう。

 とはいえ、不正受給は全国で2015年度で4万3938件になり、前年度から917件増えて過去最高を記録。金額は約170億円に上る。

 小田原市でも年々増加しており、2007年に6件だった不正受給が2015年度は85件に。金額は約2281万円に達した。

 それとともに、不正受給に対する世間の目も年々厳しくなっている。その対応に当たっているのがケースワーカー(CW)だ。小田原市で生活保護にかかわる現役の職員・Aさんが言う。

「数年前のことですが、“夫が失踪した”と生活保護を受給した女性の家に、近隣住民から“夫が住んでいる”と通報が入ったんです。車を停められない地域だったので、2人の職員が朝6時ごろから交代で女性宅を見張りました。住宅街なので怪しまれないように私服で犬を散歩させるなどして数日の間張り込み、“証拠固め”をしてから女性に『本当は旦那さんがいるんじゃないですか』とぶつけました。彼女は最初こそ否定しましたが、結局本人の意思で保護を打ち切ることになりました。こうしたケースは生活保護から抜けるだけなので、統計的には不正受給に含まれず、返金もされません」(Aさん)

 仕事を始めたのに収入を報告しないケースも多い。小田原市の男性CWであるBさんが指摘する。

「私が担当したケースですが、警備業をしていた男性がけがで仕事ができなくなり、生活保護を受給するようになりました。実は受給決定から3週間後に職場復帰していたのに本人はそれを黙っていて、『なるべく早く復帰したい』と語っていたのでつい信じてしまった。この状態が2年続いた後、税務調査で200万円ほどの就労収入が発覚しました。本人を問いただすと、『生活が苦しく、保護費プラス別の収入がないと暮らせなかった』と弁解しました。実際は二重取りによる“うまみ”の誘惑に負けたのでしょう。お金は一括ではとても返済できず、分割で返してもらっています」

 小田原市では過去に、アパレル店店長の60代女性が姉と長男を架空の従業員として登録し、自分の給料をこの2人に分散して収入を少なく見せかけ、22か月分の保護費およそ135万円を不正に受け取ったケースもある。

「保護費をパチンコに使って勝ったのに収入申告しなかったり、車などの資産があるのに内緒にするケースもある。子供がアルバイトをしているのにその収入を申告しないことも多いです」(Aさん)

 あの手この手の不正受給。こうした悪弊を断つため、大阪市は2012年に「不正受給調査専任チーム」を立ち上げた。大阪市福祉局生活福祉課の担当者が説明する。

「大阪市では18人に1人が生活保護を受給しており、市民の理解と協力がなければ制度が成り立ちません。そこで担当係長に警察OBと嘱託職員を加えて94人から成る専属チームを立ち上げ、各区に3〜6人を配置しました。受給者の収入や資産、虚偽申告などの重点調査を行います。悪質なケースは地元警察と協力して刑事告訴することもあります」

 最も効果のある調査方法は、「税務調査」だという。小田原市と違って、怪しいとにらんだら適宜行っていく。

「受給しながら働いているかたが収入をごまかしたりゼロにするケースがとても多い。税務調査で収入を把握して、問いただしてもシラを切るなら日中に自宅を訪問し、不在だったら『どこに行っていたのか』と問い詰める。近隣住民から『スナックで働いているよ』などの通報があって職場がわかれば、押しかけて質問を繰り返して事実を認めさせて、正確な収入を再申告してもらいます」(前出・大阪市の担当者)

 大阪市の2014年度の不正調査件数は1593件で、うち保護停止・廃止および申請却下が330件、不正受給と認定して返還を求めたのが157件だった。着実に成果は出ているが、なかには事実確認が難しい案件もある。

「離婚率が全国でも上位の大阪では、夫婦が意図的に世帯を別にして、奥さんだけ生活保護を請求するケースが多い。別れたはずの夫が家にいる場合、家庭訪問で見つけても『たまたま子供の顔が見たくて来たんや』と言われると対処が難しい。その場合は本人や夫の事情聴取に加え、近所や地区の民生委員に確認します」(前出・大阪市の担当者)

 連日、途方もないイタチごっこが続いているのだ。

◆働けるのに働かない人たち

 不正受給以上に根が深い問題は、「働けるのに働かない人」たちの存在だ。厚労省は生活保護の被保護世帯を「高齢者」「母子」「障害・傷病者」「その他」に4分類するが、近年、「その他」の世帯が急増している。

『生活“過”保護クライシス それでも働かない人々』の著者で現役CWの松下美希さんは、「近年、制度を利用して楽に収入を得ようという人が増えている」と指摘する。

「『その他』は稼働年齢(15〜64才)で障害や病気がなく、母子家庭でもない世帯のことで、2003年は全体の9%だったのに2013年に20%近くまで伸びました。不況やリストラで失業者が増加し、働きたくても働けない人が増えたことが背景にあります」(松下さん)

 一大転機は2008年のリーマン・ショックだった。この年の末、仕事や住居を失った人のためNPOなどが開設した『年越し派遣村』が社会問題となり、国の方針で生活保護のハードルが一気に下がった。

「それまで申請しても却下された稼働年齢の人々が一気に生活保護になだれ込みました。その結果、労働せずにお金をもらえることに慣れてしまい、働けるのに働かない人が増えました。お金は労働の対価なのに、“困ったら働かずに生活保護”と安易に考える人が増えたのです」(松下さん)

 実際、健康に問題のない男性が失業して保護費を受給すると働く意欲を失い、その後はいくら就労支援をしても「肉体労働はイヤだ」「給料は最低でも30万円」とダダをこねるケースを松下さんは何度も経験している。こうした人々を利用する「貧困ビジネス」もあとを絶たない。

「働く意欲のないホームレスやネットカフェ居住者をかき集めて生活保護を申請させ、劣悪なアパートなどに住まわせて、保護費から家賃や生活費をふんだくるビジネスです。暴力団など反社会的勢力が関与するケースもあります」(前出・大阪市の担当者)

 大阪府は2011年に生活保護受給者を集めてサービスを行う場合は自治体に届け出るよう条例で定めた。これで警察が関与しやすくなったが、生活保護の裏側に闇が広がることを忘れてはならない。

※女性セブン2017年2月16日号