昨春、「氷上を去る」という言葉とともに競技生活に終止符を打ち、トヨタ自動車に入社して10カ月。口にした言葉は、強烈な印象をもたらした。
「これからは、自分の技術を伝えることで、フィギュアスケート界に恩返しをしたいと考えています」
戻ってきた。帰ってきた。思わず、そんな言葉がよぎった。
「いや、戻るというよりも、違う言葉がふさわしいかもしれませんね」
小塚崇彦はそう答えると、入社後の日々、決断に至った経緯を語り始めた。
「今後のためのスキルアップといったら怒られるでしょうけど、一社会人として仕事を覚え、会社でやっていくことで、キャリアがもっと深く掘り下げられるんじゃないかと考えました」
「今まで応援してくれた方々からすれば、引退してもアイスショーで滑ると思う人がいるかもしれない。今後は滑るつもりはないという意思表示をはっきりしなければいけないと思って、『氷上を去る』と表現しました。氷の上で滑る小塚崇彦は4月17日(スターズ・オン・アイス)で終わりです」
「出るからにはいい演技をしないといけない。そのためには毎日練習する必要があります。(中略)人様に見てもらえるレベルに持っていくための毎日の練習がサラリーマンをしながら可能かと言ったら難しいと思う。中途半端な姿を見せるくらいだったら、いい小塚崇彦のまま、皆さんの記憶の中に残しておいてもらうのがいちばんいいんじゃないかな」
これらは引退発表後のインタビュー(Number900号)での言葉である。小塚は入社後、それを実践するために仕事へと懸命に取り組んできた。
受け持ったのはスポーツとかかわる業務だった。
「トヨタには30を超える部があるんですけど、強化運動部と一般運動部に分かれていて、強化運動部の恩返し活動というところに携わっていました。
選手を派遣する、じゃあどういうイベントをどのようにやればいいのかを主な業務としていました。現場ではチケットのもぎりをしたり、人の割り振りをしたり。デスクワークが多くなるのかなと思っていましたが、出張が多い部署でした」
仕事の中で得たものは小さくなかった。
「基本的なことですが、メールを出して、電話して、企画して書類を作って、そこから決裁を通す。そういった社会の流れを知ることができたのはよかったと思います」
イベントを通じてさまざまな競技を知り、選手たちと接することができたのは刺激となった。