松方弘樹さん、毎週木曜日だけ飲みに行かず 主催でお花見は1回1000万円以上
2017年01月28日 15時15分 日刊ゲンダイDIGITAL
2017年01月28日 15時15分 日刊ゲンダイDIGITAL
2017年01月28日 09時26分 日刊ゲンダイDIGITAL
松方さんとの思い出を語る小西博之さん(C)日刊ゲンダイ
僕にとっては「時代劇と夜の師匠です」と肩を落とすのは“コニタン”こと小西博之さん(57)。先日、亡くなった俳優の松方弘樹さん(享年74)とのくめども尽きぬ思い出について語ってもらった。
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駆け出しだった僕に京都の夜の醍醐味と時代劇のイロハを教えていただいた師匠が松方さんでした。初めてお会いしたのは87年秋。東映の京都撮影所で行われたTBSの正月大型時代劇スペシャル「徳川家康」の現場で、松方さんは主人公の家康、僕は福島正則の役でした。初の東映で緊張していましたが、「きょうは終わったら用事あるのか? ないのか。よし、飯行くぞ」と声をかけてもらい、初日の夜に連れて行ってもらったのは松方さん行きつけの祇園のステーキ屋。「とりあえず500グラムでいいか」「ハイッ!」。肉汁がいまにも滴りそうな100グラム1万円のヒレステーキがじゅうじゅうと音を立てて運ばれてくるわけです。「酒は飲めるのか?」「ハイッ!」。
すると、ヘネシーのボトルが一本、ドーン。その場には衣装さんや床山さんも駆け付けていて、「欽ちゃんところの小西や、きょうはおもろい芝居しとったわ。これ、飲め!」です。わざわざ、僕のお披露目を兼ねた食事会を開いてくださったのは、松方さんの気遣いそのものでした。
とにかく、毎晩飲み食いに誘っていただきました。松方さんは「薄めて飲むのはもったいないよな?」で必ずロック。ウーロン茶で小休止していてもお見通し。しばらくすると肩をトントンと叩き、「そろそろ休憩はいいんじゃない?」と。帰りは松方さんのベンツでホテルまで送ってもらっていたのですが、クルマが見えなくなるのを待って植え込みに“肥料”をまいていました(苦笑い)。
2度目の共演は、2年後の「名奉行 遠山の金さん」(89〜93年)の時で、「主役(松方さん)のご指名です」とレギュラーで呼んでいただきました。松方さん主催の豪華なお花見に参加したのもこのころ。とにかくケタはずれで、嵐山、祇園と場所を変えて年に3、4回はやっていました。最初のお花見はだいたい嵐山で、芸妓さんらが乗った人力車が何十台も連なって来はるんですね。お魚も1メートル超のブリを料亭の板さんがさばいていて、ふぐちりもあれば、豪勢なBBQもある。1回の費用は1000万円じゃきかない。「年にいっぺんのことやないか!」って言うんだけれど、先週もやってましたやんって話ですよ(笑い)。毎回、役者、後援者、スタッフさん、芸妓さん、芸者さんらに加えて全国からビジネスマンも参加。でもダーティーな方々をお見かけすることはなかった。そういうところもきちんとされている方でした。
「小西、芸事以外にも人脈を広げろ。ケチケチするな、男っぷりを上げろ」と、何もかも豪快だった松方さんですが、毎週木曜日だけは飲みに行きませんでした。翌金曜はお白州のシーンの撮影があり、「お白州の前だけは真面目にいよう。人を裁くからね」。そう言っておちゃめに笑う姿を鮮明に覚えています。(あすにつづく)
▽こにし・ひろゆき 1959年、和歌山県生まれ。中京大商学部卒。「欽ちゃんの週刊欽曜日」(82年)でレギュラー出演し、欽ちゃんファミリーの一員として「コニタン」の愛称で人気を博す。その後、「ザ・ベストテン」2代目司会者を務め、俳優としても「私鉄沿線97分署」など多数のドラマ、映画に出演する。