「10年たったら動物王国」。人口減少や過疎化が叫ばれる一方で、人里や農耕地に野生鳥獣が“進出”している。シカ、イノシシの推定生息数はこの25年で数倍~10倍になり、農作物が食い荒らされるなどの被害額は年間200億円前後に及ぶ。日本政府は捕獲対策やその肉を食べるジビエ料理を推進し、2023年までにシカ、イノシシを現状の約半分の210万頭にする目標を立てているが…。
▽銃声
東京都最西端の山間部にある檜原村。昨年12月末の週末、猟銃を担いだ約15人が早朝の山道を踏みしめた。慣れた様子の地元の猟師に交じり、都会育ち風の男女数人の姿も。最近は狩猟が静かなブームで免許を取得してほぼ毎週末、狩猟に参加する若者も増えているという。
猟法は「巻き狩り」。猟場の山の上手から勢子と呼ばれる猟師と猟犬で獲物を追い立て、下手で待ち構える撃ち手が仕留める。途中で別れた撃ち手から配置に就いたとの連絡を無線で受け、勢子と犬が山道を外れ山の中へ。15分もすると激しい犬の鳴き声が聞こえ、ほどなく山並みに銃声がこだました。
通常の猟期は11月から2月まで。しかし近年は猟期終了と同時に、「駆除」期間が始まり1年を通して猟が行われる。全国のシカ、イノシシの捕獲数(わななどによるものも含む)は07年に鳥獣被害防止特別措置法ができてから大きく伸び90万頭を上回る。それでも目標達成には現状の2倍以上の捕獲が必要とされる。
▽生活スタイル
野生鳥獣はなぜここまで増えたのか。シカの場合、狩猟資源保護などの名目で1947~94年に雌が禁猟とされていたことがある(その後段階的に解除)。ただ、より深刻なのは猟師の減少だ。全国の狩猟免許保持者数は1970年代の3分の1程度の約18万5千人。
檜原村のベテラン猟師、峯岸さんは「昔は村に60~70軒、猟師の家があったが、今は数軒」と嘆く。「昭和40年代ごろまでは山の獲物と畑の作物で自給自足的な生活だったが、今は若い者は猟師にならず街に出るし、肉は牛や豚がスーパーで売っている」と過疎化と生活スタイルの変化を指摘した。
増えた動物はえさを求め人里に下りる。親子三代で猟師という平野さんは「畑に柵をしてもこじ開けるし、犬がいても平気で入ってくる」。村内には空き家が増え動物が恐れるもののないエリアが広がっている。「10年で半減? もっと猟師が増えないと無理。このままだと動物の王国だよ」と天を仰いだ。
▽9割が廃棄
山から下りると解体が始まった。2日前に捕獲し内臓を出して吊っておいたイノシシ。冬場は2日ほどおいた方が肉が引き締まりおいしくなるそうだ。手際の良いナイフさばき。骨はスープに利用する。60~70キロの大物は、ものの1時間半で毛皮一枚を残し食肉に姿を変えた。
2012年、鳥獣被害防止特措法にジビエ料理の普及、推進が明記された。ただし現状では捕獲鳥獣の食肉利用は1割で、残りは埋設か焼却。単純計算で約80万頭のシカ、イノシシがただ捨てられている。
野生鳥獣を食べるには、獲物が死ぬと素早く血抜きをし、内臓を取り出すことが欠かせない。死後1時間もすれば血や内臓が腐りだし肉に臭いが移るからだ。ところが、厚生労働省が作成したガイドラインには「屋外での内臓摘出はやむを得ない場合に限る」「基準に適合した食肉処理施設での解体」といった「衛生管理」が記されている。
平野さん宅の軒先に大きな板を出して解体作業をしていた「この道50年以上」の猟師小林さんは「おいしくないと誰も食べない。役人が机の上で考えても駄目」と、くわえたばこでナイフを振るった。
▽誤解
東京・杉並区にあるジビエ料理専門店「猪鹿鳥」。シェフの山内茂樹さん(72)は神奈川県丹沢山地で活動する猟師。自ら仕留めた獲物も提供する。厚労省のガイドラインでは「しない」とされている生食(シカの刺身)もあり、絶品だ。
山内さんは「ジビエを食べる人はだいぶ増えたけど、まだ『臭い』との誤解も多い」と話す。日本の猟場は山間部で川が多く、獲物を仕留めてすぐに血抜きと内臓摘出をして流水にさらせば臭さは残らない。逆に本場とされるフランスなどの猟場は主に平野部の森林でそうした作業ができないため臭いが残り、それを消すためソースが発達したという。
「うちに来るフランス人なんかの客は臭みのないおいしさにびっくりする」と山内さん。「ジビエを広めたいなら、どうしたら肉がうまくなるかを知らない役人は余計な口を挟まず、おいしいということを普及するしかない」とピシャリと言った。(共同通信=松村圭)