SS自作スレまとめ/とある天使の灰姫遊戯(シンデレラストーリー)/第三章

第三章 演じる者たち Role_Praying_Game





 カチャ(何かの器を持ち上げる音)。

 クピ(何かの液体を飲み込む音)。

「…………問一。この飲み物は何か?」

「あ、それ? ロシアンティー。いやーロシア人って紅茶にジャムなんて入れるんだなー。これも故郷を遠く離れたサーシャがホームシックにならないようにという、上条さんの小さな心配りです」

「…………………………、」

 ガチャ(金属音。かなり硬質のものと思われる)。

「――はい? 待てサーシャ、なんでそんな怖い顔をして釘打ち機を取り出すの? 紅茶はお気に召しませんでしたか?」

「とうま、とうま。紅茶にジャムを入れたらロシアンティーっていうのは日本人がよくそう思い込んでいる間違いなんだよ。うん、正しいロシア様式の紅茶は、ジャムを舐めながら飲むの。というか、サーシャは子供扱いされたことに怒ってるんじゃないかな」

「冷静に説明してないでこのお嬢さんを止めるの手伝ってー!! 室内でそれは本気でヤメロ、ガラスの張替えとかどんだけすると思ってんだー!!」

 カチ(盗聴器のスイッチを切る音)。

「……楽しそうだなー」





 そんな生活も今日で四日目。なんだかんだで生活リズムも決まってきた頃合である。

 大体サーシャ、上条、インデックスの順に起床(女性陣の身支度が整うまで上条はユニットバスに監禁)。家主兼料理長の上条が三人分の朝食を作り、今朝の学園都市ニュースを見ながらリビングで食べる。

 その後、上条は再びキッチンに立ち、二人分の昼食を作り置いてから学校へ。

 インデックスとサーシャはそれぞれ歌と劇の練習をする。

 一応隠れ住んでいる身分の二人なのだが、日中は学生寮はも抜けのカラになるし、加えてサーシャがロシア式の『人払い』をこの部屋に施している(上条が在宅している間は無効になるが)。好きなだけ大声で練習できるというわけだ。

 あーでもないこーでもないと意見をぶつけ合っているうちに、気がついたらお昼時。作り置きのご飯をチンして食べたら、午後はおでかけだ。

 禁書目録から引き出した魔力探知術式をサーシャが使い、『灰姫症候(シンデレラシンドローム)』の捜索に繰り出す。

 一応の本命は舞台作戦だが、それだけで事件が解決するとは最初から思っていない。あちらこちらを歩き回り、誰かの体内にあるという前提で不自然な魔力の反応を探す。

 だが、学生寮が空っぽになるのと同様、昼間の街中にいる人間は極端に少なく、正直言って大した効果は上げられない。そのせいか最初は真面目な捜索だったのが、いつのまにかインデックスによる学園都市観光案内になっていた。

 もっとも、科学音痴のインデックスがこの街で案内できるところなどたかが知れている。この四日、無理に先輩を気取ろうとしてどれだけ愉快なことが起きたかは、まあ想像にお任せする。

 さらにしばらくして放課後の時間帯になると、シスター達は一旦別れ、インデックスは家に、サーシャは上条の学校へと向かう。

 夕飯のリクエストはこの時点で決まっている。

 自分で思っているよりも遥かに軽い足取りで、校門をくぐり、校庭を抜け、階段を登り、ドアを開き――

 今日も、彼女は童話の世界に飛び込んでいく。



                    ◇   ◇



 ここで上条達、途中参加組の配役(キャスト)を紹介しておこう。

 シンデレラ――サーシャ・クロイツェフ。

 王子――吹寄制理。

 魔法使い――姫神秋沙。

 ねずみA兼馬車馬A――青髪ピアス。

 ねずみB兼馬車馬B――上条当麻。 

 なんというか、いっそのこと笑い飛ばしてください、って気分の上条だった。

 実のところ、世界の終わりにも等しいあの恐怖の配役から脱した時点で上条は安心しきっていた。ああもうこれで全部役は埋まったのだから、自分が押し付けられることはないのだと。

 甘かった。

 監督少女曰く、

『何言ってんの。サーシャちゃんに主演やってもらうには、かみやんくんを出汁(だし)にするしかないんだから。一緒に出てくんないと効果薄いじゃない』

『待て言祝。今、出汁っつったのか?』

『あと、実はまだ役は埋まってないの。つちみー(注・土御門元春のこと。空を飛んだりしないものを指す)に頼もうと思ってた役なんだけど、なんか公欠でいないし。ちょうどいいと言えばちょうどいいかな』

『……レールガンノミコト様。すみません俺が悪かったですからもう祟り(スルー)は勘弁してください』

 ――とまあこういったあらましである。

 何はともあれ、これでようやく全ての配役が整ったというわけだ。

 で、問題はここから。

 一端覧祭開始まで七日。本番までの日数を入れても九日しかない。

 上条達はこの短すぎる時間で、全くのド素人から舞台に上がれる役者にならなければならないのだった――





「――というわけやで、カミやん」

「……今さら言われるまでもなく、重々承知しておりますれば。しかし、」

 練習開始から三日目の放課後である。

 上条当麻は隣の青髪ピアスを見やり、次いで自分が置かれている状況を再確認して、

「それはそれとしても何故に我々がかような苦行を強いられているのか、切に切に問いかけたい」

 “身動き取れないまま”苦しげに言うと、青髪ピアスはさわやかに笑い、

「あっはっは。何を今さら。そんなの決まってるやんか。――ボクらの監督サマのお怒りを買ってしもうたからや」

「そっかー。あっはっは」

 一転、馬鹿みたいに空笑いする。

 現在、上条たちが何をやらされているのかというと、通称『鳴子大橋』、念動力(テレキネシス)系能力者の訓練メニューの一つである。

 まず正座をして、脇を締めて肘を直角に曲げた状態で文字通り両手の間に“橋を渡す”。等間隔に十個の小さな鈴が吊り下げられた木の棒を上に向けた両掌に乗せるのだ。この体勢で一時間、鈴を鳴らすことなく耐え抜けばクリアー。

 これだけ聞くとそれほど難しくもなさそうだが、これらの鈴は非常に小さな振動でも鳴り出すように作られている。よってこれを行う念動力者は自らの体を完全に固めるか、十個の鈴全てを固定するかしなければならない。そして実は、後者の方が難易度が高いのだ。

『同時に複数の対象に効果を及ぼす』というのは強度認定の重要な項目の一つだ。十個ともなればそれがどれだけ小さなものであっても強能力(レベル3)に相当する。何も派手な威力だけが能力の強さではない、ということだ。

 さて。

 言うまでもないが上条は念動力者ではないし、青髪ピアスもまたしかり。

 それがなぜ『鳴子大橋』なんぞをやらされているのかというと、何のことはない、ただの罰ゲームである。

「「あっはっはっはっはっはっはっはっは」」

 開始から四十五分。すでに腕の筋肉がかなり“キテ”いる二人は、目も虚ろに笑いあうしかなかった。

 そこへ、



〔「なんだ、まだまだ余裕があるみたいねー。三十分くらい追加しても平気かな?」!!!!〕

「「………………!?」」

 ビシビシと。

 肌が震えるほどの大音声が叩きつけられた。

 千人が一斉にガラスを引っ掻いたような耳鳴りがする。

「っつ! こら言祝ぃ!」

 脳みそをたっぷりとシェイクされながらも、上条はその声の主に精一杯うらめしい目を向けた。

 時は放課後、所は中庭。

 途中参加組の強化練習のために、中庭は監督権限で貸切になっている。本来ここを使う予定だった係の生徒は迷惑しているかもしれないが、それを気にする(あるいはしてやれる)者は彼らの中にはいない。

 そしてその一角に、背もたれ無しの小さな折り畳み椅子に腰掛けて、悠々と足を組んでいる少女がいる。

 一番開けた場所を臨める位置に陣取っているのは、いつも上条たちを怒鳴りつけている吹寄制理――ではない。

 何のつもりか映画用のカチンコを指先でブラブラさせているのは、言祝栞監督その人だった。

 ただし、平静を装っておきながら身にまとうオーラは真っ黒だ。

 彼女は腰を捻って顔をこちらに向け、親しげに、ごくごく自然に友人に話しかけるように、



〔「なーにー? かみやんくーん」!!!!〕



 とんでもない音量(ボリューム)をぶつけてきた。

 う・お・お・お・お、と扇風機に間近であおられたかのように上条の顔面が震える。物理的振動をもたらすほどの『音』の直撃は、“耳を塞げない”現状ではなまじ殴られるよりダメージが大きい。

「――――ッ、こ、言祝様! ワタクシ上条当麻はこれまでの行いを深く反省し、二度とあのような真似をしないと誓います! ので! もうこのへんで勘弁してください!!」

「あー! ひどいでカミやん、ここまできて自分だけ媚売って助かろうなんて虫が良すぎ」

〔「二人とも。あと一時間追加」!!!!〕

 みぎゃー!!(×2)と重なり合った悲鳴すらも残響だけで打ち消される。

 どこの怪獣王だと言わんばかりの圧倒的な声量だが、実はこれは言祝の肉声ではない。その秘密は彼女の持つ能力(スキル)にあった。

 音声増幅(ハンディスピーカー)。

 唇から十五センチほど離れた空中にコーヒーコースター大の『気膜』を作り、そこを通り抜けた音声波長を極大化させる能力である。さらに増幅された音声に強力な指向性を働かせ、設定した方向以外には全く伝わらないようにもできる。

 つまりは「大声で内緒話ができる能力」であり、それ以上でも以下でもない。強度(レベル)認定でも弱能力(レベル1)止まり。言祝には悪いが、正直なところあまり価値の高い能力ではない。

 しかしまあ、監督という役職にこれほど似合う能力もそうはないのではなかろうか。ザ・拡声器いらず、あるいはミス・人間メガホン。

 と、そう思っていたのだが。

「……うわ、まだふらふらする……」

 ――マサカコンナツカイミチガアッタナンテ、と上条は言祝栞という能力者に対する評価を改める。鳴子を揺らさぬよう上条達の首から上だけに声を飛ばしている制御力の高さも含めて、拷問レベル5の称号を心の中で贈った。

 同じように頭をくらくらさせていた青髪ピアスがさめざめと、

「うう、カミやんが馬の着ぐるみを壊してしまったばっかりに、ボクまでとばっちりを……」

「待て。仮縫い途中の着ぐるみをかっぱらってきてペガサス流星拳ごっこを始めたのはお前だろうが」

「何を言いますか!? 『この俺に同じ技は二度通用しない!』と叫びながら回転しつつのバックドロップをしかけてきたんはそっちでしょ!?」

「その後『うろたえるな小僧ー!!』という台詞と共に五所蹂躙固めをかましてくれやがったのは罪にならないとでも!? あれが絶対とどめだったろうが! つか元ネタは統一」「お二人さーん」

 ビタ、と。

 小さな、本当に小さな一言が不毛な罵り合いを一瞬にして止めた。

 言祝栞はコンクリートで内臓が埋まったかのようにピクリともしない二人を見やって、薄く笑い、能力を通さない涼やかな声で、



「それ以上喧嘩を続けるようなら――――倍なのですよ?」

「………………、あの。一体どのあたりが……?」

「いろいろと」

「「……………………、」」

 ガクリ、と彼らの首が落ちたのを確認して、言祝は満足げに体の向きを戻した。

 彼女のモットーは『努力には評価を。馬鹿には罰を』なのである。

 体育会系文学少女、恐るべし。

 馬鹿馬二人がうなだれていると、彼らのすぐ横で出番待ちをしていた姫神秋沙がぼそりと、

「でも。考えようによっては君達はマシな方かもしれない。特殊効果担当の念動力者達は。毎日最低十二時間の『コロンブスの卵』を義務づけられているらしいし」

 上条は、へー、と他人事のように返事をするしかなかった。

『コロンブスの卵』については好評発売中の第一巻を参照のこと。というか、我らが監督は本気のベクトルがとんでもない方向に向いてしまっている気がしてならない。

 こんなんで本番まで体もつかなー? と不安になった上条は、中庭の中央、即席の舞台となっている場所に目を向けた。

 そこには髪を軽く結い上げて、足運びの確認をしているお姫様(シスター)がいる。





〔「はい、じゃあさっきの所からもう一度。サーシャちゃんは入場の歩幅に注意してね」!!〕

 範囲を拡散、声量も多少抑え目に変更された音声増幅が飛ぶ。役者が頷いたのを確認して、言祝はカチンコを鳴らした。

 サーシャ=クロイツェフは指示された通りに歩いて、地面に引かれた線で区切られた舞台へ入場する。

 物語も中盤。シンデレラが舞踏会場へやってくる場面である。

 観客(かみじょう)達が見守る中、サーシャはぐるりと辺りを見回す仕草をして、



「――ああ、なんて素晴らしいパーティーなのでしょう。眩いばかりのシャンデリア、美しく着飾った貴婦人達……」



 灰かぶりの姫を演じ始めた。

 一歩、一目、その度に舞踏会の華やかさに感動し、心躍らせている少女。

 彼女は親切な魔法使いとネズミ達のおかげで、憧れのこの場所へやってくることが出来たのだ。

 終わりを知った夢だとしても、この夜のことはいつまでも記憶に残っているに違いない。

 まるで絵本に描かれたように美しい、この夜は。

 ――――というシーンなのだが。

 しかし、サーシャの演技には、素人である上条の目から見ても欠けている物があった。

 それを生粋の読書家にしてこだわりの人でもある監督が気づかないはずがない。開始から何分も立たない内に、言祝はもう一度カチンコを鳴らして演技を止めた。

 厳しくもなく優しくもない、淡々とした声色で、

「サーシャちゃん。どうにも役になりきれてないね」

 言われた少女は渋々とうなづいた。

 結局の所、問題はそこに尽きる。

 どれほど身振りを大げさにしても、声に感情を込めてみても、「シンデレラを演じようとしているサーシャ」にしか見えないのだ。

 根本的な部分で、サーシャは物語に取り残されている。

 言祝達には日本語での演技にまだ馴染んでいないせいだと言ってあるが、本当の理由を知る上条は本番までに直せるのかほとほと不安だ。何せやたら込み入っている上に、絶対に言祝達には打ち明けられない事情なのだから。

 昨日の晩、こっそりインデックスに聞いた話になるのだが、

『ローマ成教が取り扱っている「幽霊(ゴースト)」っていうのは、誤解や誤認識の塊なの。“居るはずがない、だけど居る。” そういった認識(イメージ)が天使の力(テレズマ)を取り込んで形を成したモノなんだね。「我思う、故に彼あり」っていうのが基本構造。そしてこの「被観測」こそが幽霊の力の源。より多くの人間に「誤認」させることで、幽霊はどんどん強くなっていく。だから彼らは様々な手段で自分を認識させようとしてくるの。ラップ音やポルターガイストなんかが分かりやすいかな』

『はあ。んなもんどうやって退治するんだよ』

『んー、手順は人それぞれだけど、求める所は一つ。“幽霊自身に「自分は居ない」と「誤認」させること”』

『というと?』

『「我思う、故に彼あり」で成り立つ幽霊は、相手の認識を通して初めて自分のことを認識するの。他者に依存した存在証明だね。だから相手に認めてもらえなくなれば、それは幽霊にとって自己の消失に他ならない。“居るはずなのに、なぜか居ない”という誤認を与えられた幽霊は、そのまま自己消滅しちゃうの』

『……………………、てことは何か? みんなで知らんぷり決め込むのか?』

『弱いものならそれだけで消えるよ。だからこそ幽霊による被害は大っぴらにならないわけだし。でもそれは、伝承とかになっちゃって何百人何千人に知られている幽霊には通用しない。ジャック・オー・ランタンとかナハトコボルトとか、幽霊の形態にある程度のパターンがあるのはそういう理由。その場限りの誤解じゃなく、もっと深い知識(おもいこみ)から形作られているものはとても強くなるの。ロシアで共産政権時代に迷信が禁じられたのは、当時強大になりすぎていた幽霊の力を弱めるためという意図もあるんだよ』

『うわー明日使えない世界史豆知識をありがとう。で結局どうすんだ』

『まず意思を強く持つこと。幽霊が誘う「誤認」に引きずり込まれないようにね。サーシャのしゃべり方、イギリス清教では行動宣言(コマンドワード)って呼んでるんだけど、あれは口頭で自分の意思や目的を再確認することで「知覚」と「自覚」を強めるためのものなの』

『(――――いや、不思議口調(あんなもん)にもっともらしい名前と理由が付いていることに一番驚いた)』

『で、次は関係性の形成。どうにかして幽霊と一対一の観測・被観測関係を成り立たせる。ここが各ゴーストバスターの腕の見せ所だね。これが上手く出来たら後は「こいつはもう居ない」と確信できるまでボコボコにするの。誤解(イメージ)は確信(イメージ)によってのみ打ち消される。当然の理屈だよ』

『結局最後は力技なのか!? つーか俺はサーシャの演技が伸び悩んでいる理由を相談したはずだったということを今思い出した! この長話に何の意味があるの!?』

『そういう仕事柄の理由で、ロシア成教のゴーストバスターは御伽噺(ファンタジー)の類に無意識の抵抗があるんだよ。引き込まれてはいけないと心のどこかで肩肘張ってるから、ぎこちなくなるんだと思う』

『……む。そう言われると、そうなのか』

『サーシャ本人は好きみたいなんだけどね。仕事の部分がどうしても出ちゃうみたい。――ちなみに。同じ理由で、サーシャは誤解とかされるのすっごく嫌うから。ただでさえとうまは余計な一言が多いんだから注意して欲しいかも』

『……すでに一度釘打ち機で射殺されそうになりました』

 あちゃー、というインデックスの表情を忘れる暇もなく、今朝もまたしでかしてしまったわけだけども。

 身に染み付いた職業意識というのは、そう簡単に修正できるものではないだろう。

 まして、残り七日では。

「だからね、感情表現は顔よりも動作でやるの。腕の上げ下げだけでもずいぶん変わるんだから」

 熱心に言祝が演技指導をしている。受ける側の少女も真剣に習おうとはしているようだが、今一つ成果が見られない。

 個人授業の形になったため、手の空いた吹寄が上条達の方に歩いてきた。彼女は持っていた台本を細く丸めて自分の肩を叩きながら、

「頑張るわね、サーシャ。外国育ちであれだけ日本語が上手いってだけでもすごいのに」

 上条は吹寄が素直に人を褒めたことに驚いたが、とりあえず思い浮かんだことを口にする。

「いや、俺の知り合いには結構多いぞ。日本語の達者な外国人」

 すると横の姫神が聞き逃せない程度の声で、

「その中に。女性は何人?」

「へ? えーと、」

 思わず指折り数えようとした所で、罠だと気付く。

 指を曲げる動きで『鳴子大橋』が揺れだした。

「うわっ!? まず!」

 反射的に姫神を睨むが、彼女は片手で余るほどに指が折り曲げられた上条の手元を凝視していて視線が合わない。気付けば吹寄まで似たような目で同じ場所を見ていた。

 だー俺なんか悪いことしましたかー? と言っている間にも橋の揺れは大きくなり、このままでは確実にリンリンリンと鳴り出すぜーと直後に襲い来るであろうオシオキ音波攻撃に覚悟を決めたその時、

「あ、もうこんな時間か。みんなー、移動するよー」

 言祝が突然練習の中断を宣言した。

 直後、猛烈な脱力により上条と青髪ピアスの『大橋』は崩れ落ちたが特に責められることはなかった。馬鹿馬一号こと青髪ピアスは『惜しい! あと五秒あれば!』とか嘆いていたが華麗に無視。そして、馬鹿馬二号こと上条当麻は長時間の正座によりピクピクと痙攣している両足をどうにかなだめながら、

「こ、言祝。移動ってどこに何しに行くんだ?」

 ん? と見返してきた監督少女は、にこりと告げた。

「被服室に衣装合わせ。かみやんくんたちは、もう終わっちゃってるみたいだけどね」

 微妙に深読みできる台詞だった気もするが、身の安全のため気付かない振りをする上条だった。



 この学校には校舎が二棟ある。

 通常授業に使われる一般教室が含まれているのが新校舎。

 理科室や図書室、さらに能力試験室などの特別教室があるのが旧校舎だ。当然被服室があるのはこちらである。

 というわけで、上条達六人はぞろぞろと連れ立って旧校舎に入っていく。

 被服室までは最短距離なら百メートルもないのだが、たったそれだけの道のりでも彼らは人目を集めに集めた。

 さもあらん、いまや校内一有名なチームなのだから。……有名にもいろいろな意味はあるが。

「なんつーか……突き刺さるような視線を感じる」

 上条は居心地悪そうに肩を震わせた。

 突然主役の座を奪い取る形になった臨時役者達、また、それを強引に決定した監督に対して風当たりが強くなったということは今の所ない。むしろ他校の生徒(ですら本当はないのだが)であるサーシャも含めて好意的に受け入れているように思える。言祝のイメージ戦略は功を奏しているようだ。

 ならば当然そのあおりを受けている者がいるわけで。いや、初めからそれも計算に入っていた場合はどう言うのか知らないが。

「(ヒソヒソ)旗男め……校内(みうち)だけでは飽き足らず、他校(よそ)の生徒にまで手を出すとは……」

「(ヒソヒソ)しかもパツキン(死語)の美少女中学生だぞ? ありえねえ」

「(ヒソヒソ)旗男め」

「(ヒソヒソ)さらに我が校自慢の美女達をも独り占めときた。何食って育てばあんな人間になるんだ!?」

「(ヒソヒソ)親の教育の賜物という噂もあるぞ」

「(ヒソヒソ)旗男め」

「(ヒソヒソ)でもさ、見ろよ。あの女の子達の幸せそうな表情を……。俺達ってさ、もしかしたらすごく野暮なことしてるのかもしれないぜ?」

「(ヒソヒソ)目を覚ませ! あれは精神疾患(カミやんびょう)による症状の一種だ。治し方は俺達だけが知ってるんだ。彼女達のためにも、お前はお前を信じろ!」

「(ヒソヒソ)旗男め」

 柱の影やら階段の踊り場やらで、このようなやり取りが延々と繰り返されている。

 ちなみにここまでぜーんぶ丸聞こえである。

 吹寄や姫神などは、割と平然としているのだが、全校生徒の負の感情を一身に受けている上条はそうはいかない。五十メートル位で耐え切れなくなり、耳を塞いで『あーあーきーこーえーなーいー』とかやり始めた。

 言祝はそれを横目に見て、

「楽しそうだね」

「いい加減にしとかんとぶっ飛ばすぞ諸悪の根源! 上条さんの明るい学園生活を返せ!」

 聞き入れてくれる彼女ではないと知りつつ、それでも上条は叫ばずにはいられなかった。

 言祝はやはり平然とした様子で、

「悪いことばかりでもないと思うのですよ。なんと言っても、これだけの美人さん達を堂々と連れ歩けるわけだし?」

 己の平坦な胸に手を当て、もう片方の手でざっと周囲のメンバーを示した。

 黒髪和風の姫神秋沙。

 金髪洋風のサーシャ=クロイツェフ。

 委員長型の吹寄制理。

 そして快活文系の言祝栞。

 容姿は各人言うまでもなく、属性区別(ヴァリエーション)も豊富。確かに「悪くはない」と思えるだけの面子であることは理解できる。理解はできるが、しかし上条としては、

「……別にいつも顔合わせてるしなぁ。ていうか、まさにそれが目の敵にされる最大の原因なんだが。メリットとデメリットはきっちり分けてもらわないと困るのですよ」

 即座にチーム内外を問わず怒り狂った人々から暴行を加えられる上条当麻。打たれ蹴られ踏まれ剥がされ流され吊るされ曝される。

 そんな平和な光景の影で、チーム内外を問わずアウトオブ眼中な両耳にピアスをつけた青い髪の少年がいじけていたが、まあそれはそれということで。



 普通に歩けば二分の道のりを、その十倍かかってようやく被服室に辿り着く。

 この余分な時間さえも自分のせいにされ、肉体的にも精神的にも大きくダメージを受けた上条は、すでに呼吸するだけの肉隗と化していた。今ではサーシャに襟首を捕まれてずるずると引きずられている。

 言祝を先頭に被服室に入ると、ミシン前に座って作業をしていた彼らより年上らしい女生徒が振り向いた。

「あら……いらっしゃい……。衣装合わせに……来たのね……?」

「はい。お疲れ様です芦田先輩。それと馬の着ぐるみが二つとも壊れてしまったので、大至急修繕をお願いします」

 目元口元を見るからに、とっても疲れているらしい女子の先輩に、監督少女は毒入りジュースを勧めるような笑顔で言った。

「………………………………………………は」

 芦田と呼ばれた女生徒は、垂れ下がった前髪の奥から悪魔でも呪い殺せそうなまなざしを言祝に向けた後、何もかもを諦めたように頷いた。あまりに力の抜けきった頷きだったため、単に気絶したようにも見える。

 言祝以外の演劇メンバーは、それで全てを理解した。

 ああ、これが初めてじゃないんだ。

 そんな場の空気を一切読まず、言祝はうきうきと部屋の奥にある複数のマネキンに近づいていく。

 一番右側のマネキンには、王子用と思われる衣装が着せられていた。四角い布を幾重にも重ねて、ふくらんだ上半身はまるで鎧のように見える。おそらく吹寄の女性的な体型を隠すためのデザインなのだろう。

 他にも、いくつもの趣向を凝らした華麗な衣装が並べられていたのだが……やはり最も目を引くのは、真ん中あたりに飾られていたシンデレラ用のドレス。

 ライトブルーを基調とした、どちらかと言えば質素なデザインだ。しかし決して手を抜いているわけではなく、裾に至るまで完成された美しさがあった。いかにも舞台映えしそうな、センスの良さが伺える。

「………………でも、なんで二着あんの?」

 全身の痛みを我慢して立ち上がった上条は、素朴な疑問を口にした。

 デザインは同じだがサイズの違うドレスが二着、並べて飾られている。小さい方はたぶんサーシャに合わせて仕立て直している途中なのだろう、縫い合わせが終わっていない部分があった。

 そして大きい方はと言うと――――本当に大きい。まずマネキンの背が日本の女子高校生の平均身長を軽く上回っているように見えるし、肩幅も非常に広い。まるで“男性用衣服”を着せるためのマネキンみたいだ。当然ドレスもそれ相応のサイズになっている。もしもサーシャが着たとしたら、足元で折り返した裾が胸まで届くかもしれない。

 言祝は、それ? と大きいドレスを指差し、

「かみやんくん用に作ってもらってたドレス」

「捨てろ! 即座に!」

 そこらの机から裁断バサミを掴み取り、自ら処分しようとした上条を、吹寄が拳の一撃で沈める。

「ふう。でもまあ、この馬鹿の言うことにも一理あるわね。栞、なんで使わなくなったはずの衣装がここにあるの?」

「んー、着付けの練習用、かな?」

 集まる視線に、言祝は正面を合わせて、

「魔女がシンデレラに魔法をかけるシーンって、演出の一番の見せ場じゃない。それで念動力(テレキネシス)でドレスを操って着せるっていう演出を思いついたんだけど、効果班の念動力者のレベルだと、難易度的にちょっと厳しい課題なのですよ。かと言って練習で使いすぎて本番用のドレスを傷めるのもやだし」

「なるほど。それで用済みになった同じデザインのドレスを引っ張り出してきたというわけやね」

 青髪ピアスが納得した。

 言祝は、ふ、と遠くを見るような目をして、

「もともとは失敗の可能性の方が高いプランだった……。シンデレラが突然ストリップショーに変わってしまいかねなかった。それならいっそのこと男の子がやった方がおもしろいかなーと思ってかみやんくんを指名したんだけど…………効果班に一週間ばかり地獄の特訓(しゅうちゅうれんしゅう)をしてもらったら、意外と何とかなりそうな感じになってきたりして。何よりサーシャちゃんという逸材を見つけてしまったものだから……」

 賭けてみたくなったのよ、と。難業に挑む偉大な挑戦者の顔つきで言った。

 要するにこっちのがおもしろそうだったから他人の迷惑なんて気にせずに食いついた、という意味であることは明白だったが。

 少なくとも、わけもわからず指名された挙句放り捨てられた上条と、ドレスの早急な仕立て直しをしなければならなくなった芦田先輩にとっては、非常に迷惑な話だった。

「……なんつーマイウェイ精神。流石の上条さんも言葉もな――――いやいやありましたはいはい質問! 失敗したらストリップってそんなの聞いてないですわどーゆーことですのと現役シンデレラ様が仰っておられます! なるべく早く答えないと(俺の)後頭部に押し付けられた釘打ち機(ハスタラ・ビスタ)が火を噴くゼ!」 

「正解はCMの後で♪」

 ザケンナー!! と地べたに押さえつけられながら絶叫する上条当麻。

 言祝監督はきゃらきゃらと笑いながら、不安と怒りが入り混じった目でにらんでくる主役(プリマ)に対し、

「だいじょぶだいじょぶ。ちゃーんと練習させるし、下には水着か何かを着てもらう予定だから」

「…………私見一。それでいいというものでは、ないのだが」

 ぶちぶちと呟きながら、とりあえずは上条を解放するサーシャ。上条はいやに涼しくなった後ろ頭をさすりながら立ち上がる。もーこれ以上痛くて疲れるイベントは勘弁ですーと思っていると、それまで黙っていた姫神がポツリと言った。

「ところで言祝さん。練習させるとは言うけれど。その大きなドレスをこの子に着せるの?」

「ううん。折角寸法のあった人間がいるんだから」

 続きを聞くことなく、上条は痛む体に鞭打って全力で逃走を開始した。





 御坂美琴は思う――これはあくまで出し物の現場の下見であって、他意はないのだと。

「あからさまにそわそわしながら言われても、信憑性ゼロですわよ」

 連れの後輩の声がした。しかし内容までは頭に入ってこない。何故ならば、それはもう真剣に下見を行っているからだ。

「十メートルごとに窓ガラスで髪型を確認している人の台詞ですの?」

 また聞こえた。が、やっぱり意味はわからない。こんなに真面目に見て回っているのだから当然だろう。

「………………………………………………………………あら。あんな所にあの殿方が」

 バチィ! と空気を叩くような音と共に雷撃の槍が飛んだ。

 白井黒子が指差した先にたまたまいた名も知らぬ男子高校生が、悲鳴を上げる間も無く真っ黒焦げになる。

 俄に騒がしくなる新校舎の廊下。はあ、と黒子は大げさにため息をついて、

「お姉様。出会い頭の照れ隠しに雷撃の槍を撃ち込むのは、いくらあの殿方相手でもはしたないですわよ?」

「な、なに言ってんのよ黒子!? わ、私はそんなアイツに会いに来たなんてそんなわけないんだからっ!?」

「はあ。相手のホームグラウンドでガチガチに緊張しているお姉様も新鮮でいいですけれど、そろそろちゃんと仕事をしないとおさぼりさんにされてしまいますわね」

「こら! 人の話はちゃんと聞きなさいよ!」

 スタスタと歩き始めてしまった黒子の後を、美琴は追いかけた。

 ここは普段、彼女達が通っている常盤台中学の校舎ではない。

 来る一端覧祭で、常盤台中学が模擬店を出す予定になっている会場校だ。

 御坂美琴と白井黒子は、その下準備として、現場の見回りに来ているのである。このような時期になったのは、会場校の急な変更に伴い、常盤台中学内で細々とした計画の練り直しをしていたからだ。

 ちなみに、人選は自主参加であったことを付け加えておく。



 女子中学生二人は、見渡す限り高校生ばかりの校舎を臆した風もなく歩いてゆく。

 普通中学生から見て、高校生というのは理由もなく怖かったり、あるいは偉そうに見えたりするものだが、ここはそんな常識の存在しない学園都市。学校の序列は年齢ではなく抱える能力者のレベルによって定まる。

 常盤台中学と言えば、お嬢様学校ばかりが集まった通称『学舎の園』の長であると同時に、学園都市『五本指』にも数えられる名門中の名門。良能力者(レベル3)の保有数でさえ十人に満たない学校に、わざわざ畏怖してやる必要はないということだ。

 ――もっとも、それは逆に相手側から畏怖されるという意味でもある。

 すれ違う年長の生徒達が、まず背格好を見て訝しがり、次いで何処の学校の制服かを思い出してそそくさと道を譲る。

 望んで、そして努力を重ねて得た立場とはいえ、真の意味でまだ子供である彼女達にとって、壁を作られるのが日常になってしまうのは自覚できないくらいの深さで心に影を落とす。一歩母校を出れば、そこは四方を囲まれた迷路も同然なのだ。

 そんな壁を打ち砕いて接してくれるのは、そう、確かにあの少年くらいのものだ。黒子は偽りない気持ちでそう思う。

 愛しのお姉様に関係することで容赦するつもりはないが、正直な所、白井黒子個人の感情はあの少年を決して嫌ってはいない。

 誰にでも、誰のためにでも本音で相対せる生き方。

 次元を超えて放たれた凶悪な攻撃にも、身一つ拳一つで飛び込んでいったあの背中を、彼女は今でも鮮明に覚えている――

「(――――って! わたくしが照れてどーするんですの!!)」

 黒子は不意に熱くなった顔を八つ当たり気味に振り回す。

 何やってんの? と美琴がこちらを覗き込もうとしたので、黒子は強引なのは承知で話題を振った。

「そ、そんなことよりお姉様。お姉様の目から見て、この学校は立地条件的にどうですの? 伝統ある常盤台中学が出店するに値しますですのこと?」

「より一層変な口調になってるわよ黒子。でも……うーん、交通の便は悪くないし、周囲の景観も特に問題ない。校舎の見た目が『普通』なのをマイナス評価にするのも失礼だし、あれよね、代役としてはまあまあってとこじゃないかしら」

 すらすらと意見を述べる美琴。テンパっているようでも見るべき所は見ていたらしい。

 黒子が「流石わたくしのお姉様ですわー!」と抱きつこうとしたが、美琴は全力でこれを阻止。しかし奇妙な興奮状態にある黒子はそこで止まるわけもなく、ドタバタとリアル女子中学生によるキャットファイトの様相を示しだした。集中する好奇だか恐怖だかの視線。

 こんな行いを日常的に繰り広げていることも壁を作られる要因の一つであるのだが、激闘中の二人に気付けと言うのは酷だろう。

 もみ合っているうちに美琴がマウントポジションを取る。

「ふっふっふ。さあ観念しなさい黒子。今日という今日はアンタに目上の人に対する礼儀って奴を物理的に叩き込んであげるわ」

「あらお姉様。テレポーター相手に密着体勢を取ることがどういう意味か、忘れていらっしゃるようで。あの御坂美琴が他校で公開ストリップだなんて、朝刊の一面を独占してしまいますわよ?」

「言ってなさい。その時は通学ラッシュの駅前にパンチパーマ風味のツインテールが吊るされるだけのことよ」

「まあ、そんな独創的な髪型は是非ともお姉様に実践していただきたいもので……あら?」

 廊下に押し倒されていた黒子が先に気付いた。

 彼女達が歩いていた方向から、微かな振動が伝わってくる。

 黒子の様子に気付いて、美琴も顔を上げた。その頃には振動は明らかな足音に変わり、不特定多数の人間が怒声を上げながら疾走しているのだと知れた。

 全く意味はわからなかったが。

 しばし――と言えるほどの間も無く、数メートル先の曲がり角の先にある渡り廊下から、騒動が現れた。

 先頭に立って走っていたのは、ついさっきまで思い浮かべていた少年だった。なにやら必死の形相で、運動会はもう終わったというのに全力疾走をしている。



 ただし上半身裸で。

「「………………………………………………………………………………………………………………………………」」

 思考と呼吸が止まっているのに時間だけは残酷に流れていく。たった二人の女の子のことなんて気にも留めずに、少年は彼女達のすぐ横を走り去っていった。

 美琴と黒子は互いに掛け合う言葉もない。

 続いて、少年を追うように三十人ばかりの高校生の集団が現れた。これまた揃って全力疾走、加えて少年とは別の意味で血走った目をしている。

 集団の中心にいる黒髪で小さな眼鏡をかけた少女が、何かの能力を使っているのか肉声にしては大きくよく響く声で周りの学生を扇動しているようだった。

〔「さあさあ走れ皆の者! 今こそ積年の恨みを果たす時! 諸悪の根源かみやんマスクをとっ捕まえて、その生皮剥いでしまうのですよー!」!!〕

「うおおおお! 旗男め、ようやく得た大儀名分(せいぎのちから)の名の下に塵と化せぇぇぇぇ!」

「お前を倒せば、姫神さんは僕のモノおおおっ!」

「俺は吹寄さまだぁぁぁーっ!」

「折角だから、俺はあの赤い中学生を選ぶぜ!」

「「「とにかく覚悟しろよ上条当麻ーーーーっ!!」」」

「や・か・ま・しぃぃぃぃっ!! 了承も取らずに勝手に人を諸悪の根源に仕立て上げてるんじゃねー! しかもかみやんマスクって、妙に語呂がいいのがまたムカつく! 思わず仮面なんかかぶってねーよとツッコむことさえ忘れてしまうほどにだ! ドちくしょう、こうなったら絶対に逃げのびてやるぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 真っ先に逃走を選んでしまったのが運の尽き。

 監督少女は事前の情報操作によって盛り上がっていたアンチ旗男運動を巧みに誘導し、一瞬にしてこれほどの規模の捕獲部隊を結成してみせたのだ。

 怒声と悲鳴と爆発音を引き連れて、嵐のように去っていった謎の集団を成すすべなく見送った後、黒子はいまだ彼女に馬乗りになったままの美琴に向かって呟いた。

「……お姉様。わたくし、一つ前言を撤回いたしますわ」

「……えーと、一応聞くけど、何を?」

「この高校では、公開ストリップをやってもせいぜいスポーツ新聞の三面にちょこっと載るくらいのニュースにしかならないみたいですの」

「そうね。私もこの高校を『普通』と評価したことは取り消すわ。きっと『五本指』に入るわね――――変態の」

 お互いの体を離して、起き上がり、パタパタと服に着いた埃を払う。

 深い深呼吸を何度もして、気持ちを落ち着かせ、見つめ合い、頷きあった。

 それから。

 御坂美琴と白井黒子は、なおも勢力を増し続ける上条捕獲部隊に飛び入り参加した。



                    ◇   ◇



「………………あ。」

 と思った時には、サーシャ=クロイツェフは一人だった。

 夕陽が差し込み、その色に染まった廊下。

 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った校舎の片隅に、彼女はポツンと立ち尽くしている。

 置いて行かれたのか、はぐれたのか、知らぬ間に自分で抜け出していたのか。何にしても、耳を澄ましても悲鳴や怒号が聞こえないくらいには騒ぎの中心から外れてしまったらしい。

 さてどうしたものか、とサーシャは右手側、窓のある方を向く。

 ガラス越しに見える校舎の位置関係、予測される地面からの高さなどから、今いる場所が旧校舎の二階であると見当をつける。劇の練習のために何度も訪れている内に、それくらいは簡単に出来るようになっていた。

「……独白一。複雑だ」

 小さく肩が落ちた。

 何をしているんだろう、という思いはある。

 彼女は重要な、それこそ十字教の三大宗派が動くような任務でこの街に来たはずだ。それなのに、いつの間にかやるべきことが成果の出せない演劇の練習をしたり半裸の男を大勢で追い掛け回したりすることにすり替わっているのは何故だろう。

 いいや。後者はともかく、前者には明白な理由があった。任務上必要なことだと彼女が判断したからだ。

 演劇『シンデレラ』という舞台を利用して、さまよう魔術『灰姫症候(シンデレラシンドローム)』の捕獲術式を組み上げる。

 いくつか用意していた術式は、インデックスの知識で大幅に強化することが出来た。あとは数百人規模の共通イメージがあれば、学園都市全域とは言わなくてもかなりの広範囲に探査・捕獲の魔術をかけられるはずだ。だから求めるイメージの純度を上げるための練習は大切なことで。だから努力を怠ってはいけないのであって。だから。だから。だから。

 ――――途中から言い訳の羅列になっていることには気付いている。

 この作戦も、術式の強化も、全てはサーシャが言祝の誘いを受けた所から始まっている。もしあの時演劇への参加を断っていたのなら、禁書目録の協力の下、また別の作戦を立てていただろう。

 そうできなかった理由なんて、ない。

 任務の成功だけを思うのなら、こんな手間ばかりがかさむ手段を選ぶ必要はなかった。インデックスに頼めば、もっと要領がよく成功率も高い作戦をいくらでも考え付いてくれただろう。

 なら、そうと分かっていて、それでもこの道を選んだのはどうしてだろうか。

 本当に、どうして。

 迷う心が身を動かし、答えを求めるように首(こうべ)をめぐらせる。

 わかりやすい答えなんて、当たり前だが見つからなかった。けれど、

「――――くっそー。どこに隠れたかみやんくん、って、あれ?」

 近くにあった非常階段を下って、彼女の悩みを作った張本人が現れた。



 二人は被服室にまで戻ってきた。

「いやーまいったまいった。ちょっとくらい離れても音声増幅(ハンディスピーカー)で指示は飛ばせるからいいかなーとか油断してたら思いっきりはぐれちゃうし。肝心のかみやんくんも見失っちゃうしでもうどうしたもんだかって感じだったのですよ」

 一度購買まで降りて買ってきた缶入りのレモンティーをクピクピ飲みつつ、言祝が愚痴った。適当な椅子に向かい合って腰掛けながら、指揮官がこれでは残された者達は相当混乱しているだろうな、と職業的意識で考えてしまうサーシャである。同じくアップルティーの缶を口に運んで、

「問一。それではここで結果待ちを?」

「望み薄だとは思うけどね。かみやんくん、あれでこういうの結構慣れてるから」

 サーシャは、そう、とだけ答えた。正直、あまり興味はない。

(思考一。それよりも)

 静寂に包まれた教室で、劇に関して最大の権限を有する監督の少女と二人きり。机に伏していたはずの年長の女子は、戻ってきたときにはいなくなっていた。邪魔する者はいない。邪魔する物はない。

 この状況ならば。

 胸を締め付ける悩み。それを解決する最も簡単な――安易な――方法が使える。

 言葉一つで終わらせることが出来る。

 それは、もしかしたら逃避かもしれず、もしかしたら裏切りかもしれない、そんな言葉だったけれど。

 躊躇いは刹那。喉が震えて声を生む。

 しかしそれが外気に放たれるよりも早く、目の前の少女が口を開いた。

「かみやんくんの話をしよっか」

「…………は?」

 突然といえば突然の台詞に、サーシャの目が点になる。

 言祝は何故かそれを嬉しそうに見つめて、空になった缶を近くの机の上に置いた。

「さっきの騒ぎのことだけど。驚いた?」

「回答一。それは、まあ」

「うんうん。分かる分かる。でも誤解しないで欲しいんだけど、あの人達も本気でかみやんくんが嫌いってわけじゃないのですよ」

「………………、」

「あ、信じてない目だねそれは」

 仕方ないだろう、とサーシャは思う。誰だって、あの強烈に歪みまくった悪意の渦に巻き込まれれば、同じ感想を持つに違いない。

 視線で疑念を容赦なく伝えると、言祝は表情にわずかばかりの真面目な色を加えた。

「でも本当。変な言い方になるけど、皆、嫌いだから嫌ってるんじゃなくて、嫌うだけの価値があると思っているからそうしているの。これって、実はものすごいことなんだよ?」

 え? とサーシャは心の中で首を傾げる。

 彼女の言葉の何一つが理解できない。

 嫌うだけの価値とはどういうことか。そして、それが「すごいこと」だというのは。

 言祝は、まるでそれがこの世の常識であるかのように淡々と告げた。



「だって、あの人、無能力者(レベル0)でしょ?」



 サーシャは何も言い返せない。彼女の住む世界には決して存在しない判断基準であるがゆえに。

 しかし、言祝にとってはそれこそ日々の挨拶と同じくらい身に染み付いた考え方だ。

「同じ符丁(ランク)でも、つちみーとかみたいに一応何らかのチカラの発現が認められているわけじゃない。胃が膨れ上がるまでお薬を飲んで、神経が焼き切れるまで電流を流してもスプーン一本曲げられない正真正銘の無能力者。この街じゃあね、そんな人は嫌われるどころか見向きもされないの。専門教育の時間割り(カリキュラム)からは外され、奨学金は削り取られ、そのうち教室にいることすら耐えられなくなって裏通りの不良に落ちていく」

 一度言葉を区切り、

「もちろん全員が全員そうなるとは限らない。でも、私みたいなギリギリの弱能力者(レベル1)でも『まあそんなもんでしょ』って意識は確実にあるのよ。人とは違うチカラ、人とは違う世界。考え方の相違なんて人間の歴史そのものかもしれないけど、この街のこの格差ってのは馬鹿馬鹿しいくらい絶望的で間抜けなくらい一方的なの」

 決められた時間割りをこなせば、理論上は誰にでも芽生えるはずの超能力。

 誰にでも、ということは、そこに至れぬ者はもはや“誰でもない”ということに直結する。

 誰でもない誰か。

 生きていようがいまいが、世界に全く影響を及ぼさない“何か”。

 生きていようがいまいが。

 世界に全く関わることのない“何か”。

「――――でも」

 でも。

 赤い少女は口の中でその二音を繰り返す。

 黒髪の少女は口元をわずかに弧にして、

「上条当麻という人は、そうはならなかった。それどころか、いつの間にか当たり前のように私達の輪の中にいた。当たり前のように、私達は彼という個性を認めていた。――当たり前のように、私達は友達になってた」

 絶望的で一方的な格差なんて、全て無視して。

 どうしようもないだなんて、そんな言い訳を誰も彼もから奪い取って。

 それはまさに、幻想の殺し手。

 サーシャは知っている。土御門元春から聞かされている。あの少年の右手には、まさしくそれを顕すチカラが備わっていると。

 だが、少年はそのチカラを使わずとも、無能力者の符丁(レッテル)という幻想を殺してみせた。

 あたかもその二つ名は、彼の持つ特異な右手ではなく、彼の生き方そのものに捧げられたのだとでも言うように。

 と、ここで言祝は肩の力を抜いて、

「まあ、大げさに言ってみたけどさ。要するに超能力とか全然関係なしでかみやんくんは人気者ってことなのですよ。なんだかんだで、皆、かみやんくんのことを認めてる。ちょっとくらいの喧嘩じゃ揺らぎもしないくらいに、ね」

 ただし、だーれも本人には教えてあげないんだけど、と言祝は悪戯っぽく付け加えた。

「…………、」

 サーシャ=クロイツェフは感嘆しながら聞き入っていた。手の中の缶のことも忘れて。

 これは、言ってしまえば共通の友達を話題にした世間話でしかなくて、なのに語られる言葉の一つ一つが、自分にとって必要なものであると思える。

 もう少し。

 もう少しがあれば、何かが変わる気がした。

 理由(わけ)もなく、理由も分からず、ただそれを待たなければならないとだけ直感した。

 それが正しいのか、そうでないのかすらも分からないままに。

 数呼吸分の空白。それだけを挟んで、言祝はまた話し始めた。ブラブラさせていた足を組みなおして、

「で、そんなかみやんくんなんだけど。なーんか夏休み明けてからちょっぴり雰囲気変わった気がするんだよね」

 サーシャは即座に食いついた。

「問二。変わったとは、一体どのように?」

「うーん……」

 言祝は虚空を睨んで考え始める。適当な言葉が見つからないのか、それとも単純に自分でも理解し切れていないのか。

 たっぷり三十秒。それだけ待って、ようやく出てきた台詞はこんなものだった。



「――――ちょっといいことあったんじゃないかな……って感じ」



 唇は続ける。

「かみやんくんがすごいっていうのは、今話した通り。それに本人は気付いてないんだけど――だからかな、一学期までのかみやんくんにはちょっと自信なさげな所があって。つちみーや青ピンくんとかと馬鹿やってる時は普通なんだけど、ふとしたはずみに無力感に苛まれているみたいな。ああやっぱり自分は無能力者なんだなって勝手に考えてそうな顔してる時があったのですよ」

「推測一。ではそれが」

「うん。新学期が始まってからはさっぱり。まあいきなり自信満々の天狗さんになっちゃったって訳じゃないけど。そこはかとなく漂ってた諦めムードはなくなってたかな」

「…………、」

 サーシャは考える。

 考えて、そして思い浮かんだのは一つだけ。

「問三。それで何故『いいことがあった』と推測したのか」

 返答は、すぐにはなかった。

 ただ言祝は、机に肘をつき掌に顎を乗せて、分からない? とでも聞き返すかのような視線を送ってきた。

 じっと。

「…………、」

 サーシャは考えた。

 とても真剣に考えた。

 考えて、考えて、考えて――――分かった。

 分からないということが分かった。

 分からないから……分かりたいのだと、分かった。

 目でそう伝えると、黒髪の少女はチェシャ猫みたいな笑顔を浮かべる。まるで誰かを褒めてあげたくてしょうがないみたいな、そんな表情。

 その誰かが誰なのか、サーシャには見当がつかなかったのだが。

 言祝栞はそんな幸福そうな笑顔のまま、

「たぶんね、たぶんだけど。かみやんくんは、何かが出来たんだと思う」

 それはもしかしたら、彼が望んだことではなかったのかもしれないけれど。

 それはもしかしたら、彼でなくてもよかったのかもしれないけれど。

「でも、それでも。どんなに悲しくても。敵うということは、叶うということだと。それが嬉しいことなんだと。気付くきっかけになったんじゃないかなって、私は勝手に想像してる。……本ばかり読んでるとね、どうしてもそんな風に思っちゃうんだ」

 言祝はすっと目を細めた。



 きっと、手に入れた物自体は特別でも何でもないもの。

 しかしとある少年にとっては、歩いて月にたどり着くよりも困難であったこと。

 この街で、誰よりも低い位置にいると感じてしまう刹那。

 当たり前の世界が遠くに思える。それでもそこに立つために必要だったはずの何か。

 やり遂げたという、小さな誇り。

 彼女は、言祝栞は、サーシャの瞳を覗き込むように身をかがめて、

「あなたは、どう?」

「――――――――!」

 息を呑む。体が凍る。

 ただ心だけは、待ち望んでいたものが来たのだと理解していた。

「きっと、何かをやり遂げて、上条当麻という人は少しだけ変わった。てことは、何かを“やろうと思った”のは変わる『前』のその人だよね。その気持ちだけは絶対に最初から持ってたんだよ。上条当麻という人はそれを大事にした。だから、やり遂げた。サーシャちゃん。あなたはそんな人のことをどう思う? ううん、“そうしない人のことをどう思う”? 敵わないと思い込んで叶えられるはずのことから逃げ出す人を、本当はやりたいと思っているのにその気持ちを蔑ろにする人を、どう思う?」

 ぶつけられる言葉は、それだけならばただの問いかけにすぎない。

 しかし、まさに逃げ出そうとし、本心に気付かない振りをしていたある少女が受け取ったのなら、それは明らかな糾弾の攻撃だった。

 ――要求一。私を役者から外して欲しい。

 そう言おうとしていた少女にとっては、この上ない責めの言葉だった。

 けれども。

 だけれども。

 真剣で、優しいまなざしで待っている人の口から放たれたのなら。

 それは言祝ぎだった。

 風を震わせ心に届く、果てしなく温かな祝福(メッセージ)だった。

「……………………と、」

 問四、と言いかけた喉を押し止める。

 行動宣言(コマンドワード)。ロシア成教が構築した自らの意思を口頭の文句で強める自己暗示の話法。

 呼吸と同じくらいの感覚で使ってきたこの技術に、今は頼るべきではないと思った。

 結果、意思は弱くなってしまうのかもしれないけれど、

「私は、」

 これから強くなれるのなら、今だけは。



「私は、シンデレラをやりたい」



 問いかけからは逸脱した返答。

 しかし、言祝は嬉しそうに手を伸ばして、小さな赤い少女の頭を撫でた。

 出来のいい生徒を褒める教師のように。または、賢い妹を誇る姉のように。

 ようやく気付いたねと、言祝ぐように。

 優しい感触を額に感じながら、サーシャ(シンデレラ)は思う。

(やり遂げれば……強くなれる)

 そうして見せた人がいる。

 この時、サーシャ=クロイツェフは上条当麻という人と初めて話がしたいと思った。





 さて、その頃。

 どういう経緯があったものか、上条当麻は旧校舎の外壁、ちょうど被服室の窓の下辺りに張り付いていた。

 制服は微妙に焦げたり、裾に金属矢が刺さってたりしていたが、壁の表面が僅かに突き出ただけの危うい足場に冷や冷やしながらも彼は一通りの話を聞いてしまっていたのだ。

 とても貴重な話だった、と思う。

 記憶を失う前と、失った後の自分の違いに気付いている人がいたというのは恐ろしくもあったけれど、

 もしも言祝の言う通りであったのなら、自分は記憶は失くしてもその時得たものは失くしていなかったのだと、そう信じることが出来る。

 そして何より、

「まあ……あれだ」

 ここからどうやって降りようとか、そんな些細なことは横に置いといて。

「……今晩はロシア料理のフルコースにするかな」

 清々しくニヤニヤしながら(実際そんな顔なのだからそうとしか表現しようがない)、上条は夕飯のメニューを決定した。





 さてさて、その夜。

 激しく間違ったロシア料理の数々を得意気に並べるシェフに地元人の怒りが爆発し、話し合いの機会なんて吹き飛んでしまったのはもはや言うまでもない。



 行間 二





 サーシャ=クロイツェフと言祝栞が被服室で話し合っていた頃。



「見失った」

「見失ったわね」

「見失ってもうたなー」

 姫神秋沙、吹寄制理、青髪ピアスの三人は新校舎一階の非常口で途方に暮れていた。

 陣頭指揮を執っていた監督がいつの間にかいなくなるという非常事態が発生したため、上条当麻捕獲部隊は混乱の極みに陥った。捕獲対象を本格的に見失ったこともあり、以上に膨れ上がったテンションが暴動に変わる前に吹寄が部隊の解散を決めたのだ。

 それから残ったこの三人でしばらく捜索は続けていたのだが(対象は上条、言祝、これまたいつの間にか消えていたサーシャの三名に増えていた)、何の成果も上がらないままにそろそろ下校時刻である。居残り上等ではあるものの、無駄に時間を費やしていいわけもない。

 吹寄は腰に手を当てて、

「とにかく、一度被服室に戻りましょうか。もしかしたら誰か帰ってるかもしれないし」

「そやねー。もう他に探す所もないしね」

 廊下にへたりこんでいた青髪ピアスが尻をはたきながら立ち上がる。

 姫神は、ふ、と何も考えていないようで何かを考えていそうな顔をして。

「まあ。いざとなれば。あのドレスを着れそうなのはもう一人いるし」

「それもそうね。じゃあ戻るとしましょうか、姫神さん、青髪」

「ちょ、ちょい待ち。ドレス云々は聞き返すのも怖いからあえてスルーするとしてもや。あたかもそれが苗字のように呼ぶんは止めてくれへん?」

 しかしロング黒髪ズは鮮やかにこれを無視。いじけオーラを増量する青い髪にピアスの少年。

 何気に疲れた様子で廊下を歩いていると、吹寄が不意に立ち止まった。

「……あら?」

「どうしたん?」

 青髪ピアスが尋ねる。

 見れば、吹寄は廊下の先をじっと見つめている。姫神は吹寄の視線を追ってみた。

 そこの廊下の突き当りにあるのは、昼休みなどに言祝が布教に励んでいる場所。

 図書室だ。

「――で。どうしたの吹寄さん。借りてた本の返却期限でも思い出した?」

「いえ、今借りてる『この通販で買ってはいけないを買ってはいけないを買ってはいけない』の返却期限は一端覧祭明けなんだけど……」

 吹寄制理は首をひねって、

「……こんな所に居る訳ないわよね。公欠でどこか行ってるはずだもの」



 一端覧祭まで、残り六日。




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