投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. ひらがなプロジェクト(209)
  2. アルベア論(975)
  3. 正義のあかし(46)
  4. 掲示板の注意事項(1)
  5. 虚構の大石寺疑惑(0)
  6. 2015年安保法制(977)
  7. アラシ行為記録(21)
スレッド一覧(全7)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


寝たきりオジサンさま

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月31日(火)01時45分59秒
  使命を自覚し、他の役に立っていれば、一生補処の菩薩は中夭せず聖人は横死せずでしたか?今生、使命が終わるまで亡くなりません。常に問題意識を持ち誠実に対応すること。常に題目唱えて歩き回り走り回っていれば健康ですね(^^)  

寝たきりオジサン 様

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2017年 1月31日(火)01時08分5秒
編集済
  遅くなりました。
早速のレスありがとうございました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63517

「折伏」の仕方について、大体の雰囲気は伝わってきましたが、特に私の質問は
オジサン様の投稿の以下の部分に凝縮されているので、
その件について私の意見を少し書きますが、更に回答をいただけたらうれしく思います。
いくらでも書いていただける様なので、お言葉に甘えて。

>河合師範の指導の引用で
例えば、みんな折伏しようとしても悩んでない人に言っても
ダメだ仏法の説明をしても入会するわけがない、悩んでる事が
信心で解決できるから入会するんだってそういう趣旨の事を
言われてますね。<

「悩んでる事が信心で解決できる」

その「信心」の事です。
どういう「信心」で悩みが解決するのか。

「仏法の説明」を多くは語れなくても最低限は説明するはずですよね。
全く仏法の話をしないのであれば、それはキリスト教でもイスラム教でも
教義はどうでもいいという事になります。

例えば、私のいるこの国の元全国婦人部長は、自分の入信動機をこういう風に話しています。

紹介者がいい人だったので入会したのであって教義は一切関係無かったとのこと。
私は彼女に、では、その紹介者がイスラム教徒だったら、あなたももイスラム教に入信したのか、と聞いてみました。
答えは「そうです」との事でした。
だから、自分も知り合いにSGIを紹介する時は、教義の話はしないで
いつも先生の本を持って歩いてそれを読んで人の行いについての話をする、とのことでした。
そして、ある日本人のリーダーからも、同じことを聞きました。

たぶんこの国では、多くのメンバーが、そういう状況で折伏(折伏という言葉もほとんど禁句ですが)を
自らもやり、又、されてきたのだと思います。

ここから、「入信」ではなく、「入会」だけ、という傾向が起きてきていると、私は危惧します。

私のいう最低限の仏法の説明とは、、

生命とは因果の法則に則って存在している。

個々の生命は永遠である。(輪廻)

永遠であるが故にこそ、悪業を宿業転換して、今世で絶対的幸福を目指す。

総ての生命には仏界が内在している。(10界論)

その仏界を顕現する「縁」となる「御本尊」という仏の生命の鏡がある。

その御本尊に題目をあげて、幸福実現を可能にする。

、、等。

そして入信してからじょじょに「信」「行」「学」を深めていけばいいわけです。
最初から教義を深く知るなんて言うのは不可能でしょうし。

私はずっとこの様にしてきましたし、これが草創期からの正当な折伏の仕方だと思って居ます。
この様な折伏ならこれらを信じない人は、時期尚早という事でもともと「入信」はしない訳ですから、
「入会」する人は、自然とその中に「入信」が含まれていた訳です。
当然、信心で幸福になることが目的で、「会」である組織はその修行の道場ですから、手段です。

そしてまず「入信」して、信心の喜びを体験した時に初めて先生や組織に自然に感謝するという
順序です。
自然発生ですから、そこには、策や方法はありません。

組織は「入会」=「入信」、異体同心、、となるのは必然です。

長くなりましたが、私が、具体的に聞きたいのは、

日本は今でも、草創期の時の様に折伏しているのか、
それとも、やはり上記の婦人部長の様なやり方になっているのでしょうか。
それとも、みんなばらばらなのでしょうか。

5日ほど忙しくてこのブログを読めないかと思いますが、後ほど読ませていただきたいです。
よろしくお願いします。

 

新あの日ある時

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月31日(火)00時43分44秒
  【第3回】池田先生と沖縄

聖教新聞2009年7月18日

ここから勝利の虹を架けよう

小説『人間革命』
沖縄本島の南部。巨大なツメで、深くえぐられたような道を池田大作名誉会長が
踏みしめる。太平洋戦争で米軍に破壊された痕跡である。密生した木々の暗がり
にガマ(自然洞窟)が、ぽっかり口を開けている。沖縄戦では、大小のガマで島
民が強制されて、集団で死を選んだ。

1960年(昭和35年)7月。初めて沖縄を訪れた名誉会長は、糸満《いとまん》市
内に点在する戦跡や摩文仁《まぶに》の丘を丹念に回った。ひめゆり部隊に動員
された女子生徒たちを慰霊する「ひめゆりの塔」。沖縄県師範学校の男子生徒た
ちが亡くなった地にある「健児之塔」。それぞれの塔の前で真剣に題目を唱え、
犠牲者の冥福を祈った。

南部戦跡には、まだ鎮魂の公園や記念館も整っていない。那覇へ戻る道も、岩が
むき出しで、ごつこつしている。あまりの揺れに車が横に倒れかかった。那覇市
内の宿舎。部屋には小さな虫が出て、風呂場にはネズミが走っていた。ある朝、
入室した青年が驚く。白アリが行列をつくっている。「知っているよ」。池田名
誉会長は悠然と新聞を読んでいた。

64年(昭和39年)に来島した際、名誉会長は小説『人間革命』を書き始めた。し
かし、あえて沖縄での執筆開始を公言しなかった。第1巻の「はじめに」を記し
た折、欄外に「昭和三十九年十二月二日より書き始む」と、したためたのみであ
る。その原稿用紙は後に人の目に触れるが、特に意識する者はいなかった。73年
(昭和48年)6月。沖縄の三盛洲洋《みつもりくにひろ》が初めて、その日付に
強く反応した。

聖教新聞に何気なく出ていた記事がきっかけだった。12月2日といえば、あの日
じゃないか──。「やあ、沖縄の学生部、元気にやっているな!」忘れもしない。
沖縄本部で行われていた学生部員会に名誉会長が来てくれた日だ。「やがて沖縄
から世界の指導者が出る。10年間、私についてきなさい」と励ましてくれた。学
会本部に問い合わせると、名誉会長の伝言が返ってきた。「そのとおりだ。よく
見つけた。『人間革命』は沖縄で書き始めた。

誰が最初に気づくか。それを私は待っていた」安同情されるな72年(昭和47年)
1月30日。コザ市(現・沖縄市)で記念撮影会があった。会場はコザ市の諸見会
館たった。空軍基地や弾薬庫も近くにあり、約1年前には「コザ騒動」が起きて
いる。米兵の横暴に住民が怒り、米兵の車などが焼かれた。不穏な空気は消えな
い。名誉会長のコザ行きを危ぶむ声もあった。しかし「私は、人心が揺れている
ところに真っ先に行く」と決断した。

高校生の久場紀子《くばのりこ》。母親は台湾からの引き揚げ者で、米軍の那覇
エアベースのタイピスト。沖縄社会になじめない。父は失業している。名誉会長
は、未来部に対しても厳しかった。「福運をつけなさい。誰かに頼ってはいけな
い。自分で幸せをつかむ。それが信心だ」久場は2年後に沖縄本部で再会。「安
同情されるような生き方をしてはいけない!」何かに依存するのではなく、どこ
までも強く、強く生きることを教えた。

門中制度の壁沖縄には独特の「門中制度」がある。父系の血縁団体で、一族の結
束は固い。家長の意向には、きわめて重みがある。稲嶺有晃《いなみねゆうこう》
が創価高校の1期生として入学すると、父・一郎の逆鱗にふれた。「ヤマト神の
学校に行くのか!」父は「琉球石油(現・りゅうせき)」の創業者。後に参議院
議員を3期つとめ、沖縄開発政務次官にも就いた。

稲嶺が創価高校に進んでからは、二度と会ってくれない。門中から放り出された
も同然である。上京した稲嶺は成績もふるわず、すっかり自信をなくす。沖縄の
島言葉には、独特のアクセントがある。東京で話しても、相手に意志が伝わらな
い。いつしか無口になってしまった。68年(昭和43年)9月に行われた創価学園
のグラウンド開き。稲嶺は学園を訪れた創立者に呼ばれた。

「沖縄の大統領になりなさい」何ごともトップになれ、という激励だった。翌年。
寮生・下宿生の懇談会があった。創立者と、一人一人が握手する。「握手の力が
弱い。男なら、もっとしっかり握るんだ」稲嶺は創価大学に進み、卒業後は沖縄
県庁に就職した。寝食を忘れ、職場でめざましい実績を積んだ。その働きぶりが
父や兄の耳に届く。89年、琉球石油社長だった兄から、うちに来ないかと誘われ
る。ついに一族から認められるまでになった。

だが、門中制度のしきたりのなかで、学会員として生き抜いていけるだろうか。
そんな不安がよぎり、創立者に手紙を書いた。即座に伝言が届く。信心の眼で見
れば、小さな違いしかないことを指摘したうえで「とにかく沖縄に尽くしていき
なさい。実証を示しきっていきなさい」と背中を押された。現在、稲嶺は「りゅ
うせきエネプロ」の社長。県内有数のプロパンガス事業会社を率いている。創立
者の外交名護市の松田晴江は創価大学の3期生。兄から「ここはいい。一流の教
員がいる。必ず大発展する」とすすめられ、合格した。

少女時代は教会で聖書に親しんだこともある。大学に電話して、宗教を強制され
ないか確かめ、上京した。誰もが創立者を「先生」と呼び、尊敬していることに
戸惑った。恩師と教え子の間柄とも違う。不思議に思えてならなかった。入学か
ら3カ月後。73年(昭和48年)7月12日に創立者を豊田寮に迎えた。松田が沖縄
出身と知った創立者が「前にいらっしゃい」。小さな座机をはさんで、ジュース
やスイカをすすめてくれた。

秋には英語の授業を見学に来てくれた。松田のすぐ隣に座る。板書された学生の
英文を見ながら「すごいね。優秀だな」。宗教の枠など超えた、人間と人間の信
頼がある。「先生」と敬愛される理由が、よく分かった。沖縄県出身なので、や
はり戦争と平和の問題には関心がある。在学中、創立者はキッシンジャー米国務
長官、ソ連のコスイギン首相、中国の周恩来総理と相次ぎ会見する。74年(昭和
49年)11月、モスクワ大学のホフロフ総長をキャンパスに迎え、松田はギターで
歓迎演奏した。

一学生でありながら、平和外交の一翼を担う──こんな大学、ほかにあるだろう
か。南大東島の医師うるま市の祝嶺千明《しゅくみねちあき》は、かつて沖縄の
離島・南大東島の診療医たった。急患は自衛隊機で那覇まで搬送するしかない環
境だった。91年(平成3年)2月、沖縄研修道場に名誉会長を迎え、諸行事が行
われたとき、運営役員の医療スタッフに祝嶺が加わった。チャンスがあれば、ぜ
ひ南大東島のことを知ってほしい。報告のタイミングがないかと思っていると、
ある朝、道場内の談話室に招かれた。

「先生、私の島は……」切りだそうとすると、逆に質問された。交通、食糧、産
業、天候、通信、医療・出産の体制、保安、島の同志の活躍ぶり……。祝嶺が報
告しようと準備していた以上の内容だった。沖縄の離島を心から愛してくれてい
た。雨上がりの虹南城市の新垣《しんがき》博(創大2期)。創価大学に在学中
の72年(昭和47年)暮れ、同級生たち数人と創立者から食事に招待された。住み
こみで新聞配達していた新垣は、創立者の心配りに恐縮した。

「私も新聞少年だったから、苦労はよく分かる。東京の朝は寒いだろう……」。
食事が終わりかけたころ、創立者から提案があった。「私が皆さんの故郷に行く
機会があったら、そこでまた会おうじゃないか」74年2月9日、新垣は沖縄で創
立者と再会した。名護市内の会場で待っていると、両手を広げて歩みよってくる。
「さあ、車でまわろう」創立者のすぐ右隣の席に座らせてもらった。本部半島を
周回する国道へと走りだ。

「戸田先生は浜辺で育ったから、海が本当にお好きだった」左手には、コバルト
ブルーの海が広がっている。道中、突然のスコールが襲ったが黒雲《こくうん》
の下を抜けると、ぱっと晴れ間が広まった。沖縄は、雨も降り始めるとすさまじ
いが、いったん晴れれば日差しも強烈だ。そんな南国の気候を肌で感じながら、
創立者は語った。「沖縄は、戦争の道を行くのか、平和の道を行くのか、どちら
かだ。中途半端はない。そう決めて進むことだ」雨上がりの空には七色のアーチ。

沖縄から“勝利の虹”は架かった。「もう二度と、沖縄に戦争はない。できない!
」桜花に包まれた沖縄平和墓園で、創立者が力強く宣言したのは、それから25年後
の99年2月である。正義の拡大こそ平和の大道を開く。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2017年 1月30日(月)23時48分28秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました
虹様
貴重な先生の祈りの話
ありがとうございました
おやすみなさい
 

イケディアンの住人(正義の獅子同盟)様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月30日(月)23時47分17秒
  ありがとうございます!

そうですね、長生きしたいですね。
娘が嫁になって孫を生むまで死ねません。
 

同盟題目

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2017年 1月30日(月)22時54分21秒
  23時より開始します。よろしくお願い致します。

明日は寒くなるようです。関東ではインフルエンザが爆発的に流行しています。体調を崩しやすいのでお気をつけください。
 

小作人さまに同意!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月30日(月)22時51分32秒
  女の尻を追っかけている暇があったら、ちゃんとやれよ!と創価公達に命令します(^^)  

戸田先生は

 投稿者:あきらか  投稿日:2017年 1月30日(月)22時44分4秒
  誰か私を呼んだ様

戸田先生には、互位主伴の思想があったと思います。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63606

互為主伴
仏教語。互いに主になったり客になったりすること。仏教では世界が違うと諸仏が主になったり客になったりしている。



創価学会に君らに信心してもらうものなんか
何もないよ。

創価学会の信者なんてあるわけないじゃないか。

戸田はけっして、一宗一派を開くものではありません。
ただ命の続く限り、御本山に忠誠一途に尽くすのみであります。
https://www.youtube.com/watch?v=8APmCL0Jr5k

戸田先生の(主)は本山で、(客)は創価学会、というのはかなり基盤が堅かったと思われます。
こういう言葉から、戸田先生の心の中で、主客転倒が行われたとは想像できませんが、、。
 

イケディアンの住人様

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 1月30日(月)22時42分13秒
  ではキンダチ衆のどなたかが仕事なさるのを待つことにします。
今生の土産に。。

今日は全国各地、異常な高温でしたね。
お休みの前に家具の固定の確認、非常用の持ちだし袋のチェックを。泥縄でも。
明日、明後日は要注意です。

同じ場所で今日、何気なく眺めていた風景が翌る朝には一変しているかも知れない。
昨日、笑顔で言葉を交わした人が今日、冷たく変わり果てた姿になっていることも。

こればかりは誰も自分で経験してみなければ分からない。。
 

虹と創価家族さま

 投稿者:ひかり  投稿日:2017年 1月30日(月)22時32分45秒
  大事な大事な御指導の提示ありがとうございます。

これこそが最強の祈りです。

「この通りに祈る」ことが大事ですね。

池田先生は、何度も何度も御指導されていますね。



【第48回本部幹部会<2000年7月18日> 池田大作全集91巻】

『悪鬼入其身』の反対で、自身の生命に『梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!』
『全学会員に、わが地域のすべての同志の方々の生命に、梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!』――こう祈れば、千倍、万倍の力が出る。
これが生命変革の『祈り』である。『信仰』である。人間革命への〝秘伝″である。
日寛上人は、文段で『わが身に、日蓮大聖人の御生命が顕れる』と仰せである。
(当体義抄文段に「我等、妙法の力用に依って即蓮祖大聖人と顕るるなり」〈文段集六七六ページ〉と)
これが妙法の信仰の究極である。おのおのの生命に、日蓮大聖人の御生命があると仰せである。
ゆえに、断じて負けることはない。この大確信で進みましょう!


 

虹さま、寝たきりオジサンさま

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月30日(月)21時52分54秒
  病は、何より生きている気づきをもたらす。
私を含めて、生死を瞬間的に感じた者は強くなるし、覚醒していく。獄中体験同様に大切なプロセスですね。

心根が歪んでいると、アッと言う間に亡くなった者も知っています。今生での使命は宿坊の掲示板におる限り長生きだと思いますよ(^^)
 

反板の反板さま

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月30日(月)21時33分35秒
  54年5月以前の聖教切り抜き記事で、当方は扱う予定です。週刊誌記事は、またまた炎上させる輩が出てくるかも知れませんから、若干の抜粋にします(^^)  

小作人さま

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月30日(月)21時24分38秒
  この内容を精査してwikiに加筆して下さい。
創価情報が余りに無惨で情け無い限りです。
創価公達は、「皆、SOKAネットを見ているから大丈夫だぁ~」などと思っているのでしょうかね(><)

wikiの創価情報も、青空文庫も、その昔の日共戦略研究所が起動していた名残りだと私は観ていましたが(><)
 

正信会

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 1月30日(月)21時11分29秒
  54年問題総括の場だが、
正信会の話しは出て来ませんね。
今は学会よりも教学が深いですね。

今じゃ学会は日蓮宗より教学が劣っているか?
 

虹と創価家族さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月30日(月)20時36分35秒
  レスありがとうございます^^

虹と創価家族さまも余命宣告された経験があるのですね。

実は私も23歳までは生きられないと余命宣告を受けました。
その後何十年も、あんまりしぶとくないけど生きています。

虚血性心疾患です。

生きながらえていますが男子部時代は過酷でした。苦闘に
つぐ苦闘の連続でした。何度も死にかけましたが池田先生の
弟子として絶対に負けるわけにはいかないといつも自分を奮い
立たせていました。

私が病気なのは妻と妻の兄と、お世話になった部長さんの
3人しか知りませんでした。

他の人からは、かなりふてぶてしい奴だと思われていたようです(笑)
壮年部にあがったときにみんなには話しましたけど、「そうだったのか!」
と気を使われて今ちょっとやりづらいです(^_^;)

でも病気がなかったらそれほど戦えなかったと思います。
そういう意味ではこの病気に感謝です。

「又このやまひは仏の御はからひかそのゆへは浄名経涅槃経には病ある人
仏になるべきよしとかれて候、病によりて道心はをこり候なり1480頁」

ですね。

 

フェイク 第1565号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 1月30日(月)20時03分19秒
  (発行=17.01.29)

大火で失意の法主・日盛が隠遁
大石寺での消火訓練に関する一考察 ㊦
日英の「再住」まで二ヶ月間、猊座は空白

 日蓮大聖人は「経に曰く『設い大火に入るも火も焼くこと能わず、若し大水
に漂わされ為も其の名号を称れば即ち浅き処を得ん』又云く『火も焼くこと能
わず水も漂すこと能わず』云云、あらたのもしや・たのもしや」(上野殿後家
尼御返事)と記されている。

 このように大聖人が教えられている法華経の功徳に反して大石寺で火災が相
次いだのは何故か?

 最近の対山坊の坊主のように強風の日に焚き火でもしていたのか? 信仰心
がなく寺を守る責任感も使命感もなかったのか? 日顕とその一派の坊主のよ
うに堕落して遊蕩に耽って生活が乱れていたのか? 何よりも諸天善神が大石
寺を見放していたと見るのが妥当ではなかろうか。

 本紙前号で紹介した大石寺の火災のうち元治二年二月二十八日の大火は客殿
・六壺・大坊を焼失した被害に加えて、五十二世日霑と五十三世日盛との確執
が広く知られる契機になった。

この元治二年二月二十八日の火災と日霑、日盛について六十六世日達法主は
次のように述べていた。

 「第五十三世日盛上人の代になりますと『元治二年乙丑二月二十八日 客殿
・六壺・大坊を焼失(年表)』と、せっかく今まであった大坊も全部焼けてしま
ったのです。そのため、日盛上人は御隠居なされたのです。それからまた、霑
尊が再び猊座へつかれた」

 日達法主の話は事実とは違う。約二ヶ月間、猊座は空白であった事実を隠し
ている。日霑自伝等によると、大石寺は大騒動になっていた。当時、江戸にい
た日霑に南之坊の住職が、隠居していた五十一世日英の使いとして急報を持っ
て来た。

 「二月廿八日の夜半、大坊の下男部屋より出火し構内一宇も残らず焼亡すと、
是を聽き大愕悲動し、遽に東行を止め直ちに歸山を計り、其三月中旬歸山す、
爰に一山の大衆事情ありて大に沸騰し、擧って盛師に迫る、予聞にたへず…其
五月初旬,久成坊等同伴にて歸山す、蓋し此時に當て盛師は謝表を残して下之
坊へ隠遁の由、之を聞く…是に於て衆檀會議の上、英師御再住の事に結し予を
迎ふ」

 引用が長くなったが、要するに。大石寺が大火に見舞われた時、四十代の若
さで退座させられていた五十二世日霑は江戸へ出府していた。急いで帰山する
と、抗争の相手の日盛は誰にも相承しないで、日霑を避けて下之坊に隠遁、そ
の後は一時、行方不明になった。

 日盛の自伝によると、大火の翌日に辞任となっている。だが「富士年表」で
は五月七日に退座し、同日に第五十一世日英が高齢にもかかわらず「再住」、
その後は日霑が再び登座したと誤魔化している。

 ところが実際は三月、四月の二ヶ月余、猊座は空白だったのである。

 ここで特に注目されるのは衆檀会議、つまり僧と俗の会議で次の法主を検討
し、日英の再住を決めたことだ。

 平成元年六月、日顕は日霑の第百回遠忌の際に「日霑上人が書き残した自伝
の内容は一般信徒には知られたくない」旨、発言した。

 高僧の確執が知れ渡ると「富士の清流七百年」が粉飾された歴史だと分かっ
てしまうからだろう。

 この日霑と日盛の確執は別の機会に改めて詳述する。


 

フェイク 第1564号

 投稿者:宿坊  投稿日:2017年 1月30日(月)19時46分49秒
  (発行=17.01.28)

幕府権力の手先になり頻繁に火災
大石寺での消火訓練に関する一考察 ㊤
正法が滅して諸天善神が見捨てた証拠

一月二十六日は文化財保護法制定の契機となった法隆寺金堂の壁画が焼損した
日(昭和二十四年)に当たるため、この日は文化財防火デーになっている。

 この日、全国各地で防火訓練が行われ、池上本門寺(大田区)は文化庁次長と
消防庁長官が視察、唐招提寺(奈良市)には文化庁長官、消防庁次長が出向いた。

 大石寺は学会が修復した五重塔が国の重要文化財に指定されただけで、身延
山久遠寺、中山法華経寺などと違って〝国宝〟級の物は何もない。だが、あま
りにも頻繁に火災が発生しているため、消防署の関係者や大石寺自衛消防隊ら
が参加して防火意識を高める目的で実施されたのだろう。

 大石寺の火災に関しては、本紙前々号(一五六二号)で紹介した通り、今月十
四日午後二時半頃、富士宮市馬見塚の雑木林で火災が発生。百七十五平方メー
トルを焼いた。この雑木林は学会が寄進した対山坊の敷地内で、現在は一・二
階に宗門関係者が住んでいる。

 ここで日蓮正宗の坊主が、強風のなか焚き火をして火災になった。今年は、
このように防火意識が欠落した坊主を覚醒する意味を込めた防火訓練だったの
だろう。

 ところで、大石寺では開創以来、十三件の大火があった。そのうち十二件は
江戸時代以降に集中していることに注目したい。江戸期の寛永十二年から同一
五年にかけて寺檀制度が成立し、大石寺が幕府の手先になり、庶民を檀家とし
て〝支配〟するようになって以降、諸天が見捨てたことで火災が増えたのであ
ろう。江戸時代以降の火災は次の通り。

大石寺の火災一覧

○寛永八年十月十二日 大
石寺諸堂を焼失(石文)
○寛永十二年十月十二日 大石寺本堂、三門、坊舎残らず焼失(古文書)
○文化四年五月十二日 大
石寺塔中理境坊を焼失した(棟札)
○安政五年五月二十五日
大石寺遠信坊・寿命坊・学寮四箇などを焼失した(霑伝)
○万延元年二月二十五日
 大石寺石之坊より出火、富士見庵・寿命坊・遠信坊・学寮焼失(諸記録)
○元治二年二月二十八日
大石寺客殿・六壺・大坊を焼失(霑伝)
○慶応元年十二月二十三日
大石寺蓮葉庵焼失(霑伝)
○明治四十二年六月八日
大石寺塔中百貫坊を焼失(白蓮華)
○大正十三年十月三十一日
 大石寺塔中本境坊を焼失(院二二五)
○昭和五年六月四日 大石
寺塔中本境坊を焼失(院二七五)
○昭和八年十月二十三日
大石寺蓮葉庵を焼失(宗報A三七)
○昭和二十年六月十七日 大石寺大坊(対面所・大奥・書院・六壺)・客殿など
  五百余坪を焼失(寺誌)、この大火災の際、逃げ遅れた第六十二世日恭が焼死
  した(大過去帳)
  (つづく)



 

お元気そうで

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 1月30日(月)19時39分53秒
  昨年末、弓谷さんを信濃町駅でお見受け致しました。

だいぶ白髪混じりで。
会員の為に働いて下さいね。
これからも期待しています!
 

カンピース様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月30日(月)19時22分19秒
  ありがとうございます^^

まだまだがんばります!
 

魁皇にまつわる話題から

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月30日(月)19時15分47秒
  大相撲で歴代1位に並ぶ通算1045勝を達成した大関・魁皇。7/14には、
千代の富士を抜いて1046勝を達成し新記録を樹立。38歳。どこまで伸ばしていけ
るか。その魁皇が、持病の腰痛治療に通っているのが奈良県の整骨院と、各紙で
報道されているが、この整骨院の院長が、奈良池田圏の井上圏男子部長である。
魁皇は、井上さんの勧めで時々、聖教新聞を購読しているそうです。

◎読売(10日付)・『顔』「持病の腰痛治療のためには、奈良県の整骨院に通うな
ど、労をいとわない」

◎聖教(14日付)・11面「腰痛などで場所前は十分な稽古を積めず、2、3日目の
取り組み後はかかりつけの医師の元へ奈良県まで出かけて体調回復に努めた」
(名古屋から奈良へ通っている)魁皇は、聖教新聞の「勝つ」「戦え」「勝利せ
よ」などの言葉に励まされている。
今月も新聞を購読している。

*****************************

元大関・魁皇を支えた人気の整骨院

聖教新聞2011年9月9日


【奈良県・上牧町】まもなく大相撲秋場所が始まる。人気大関・魁皇の姿が見え
ないのが寂しい。この魁皇関を現役最後まで陰で支えた整骨院がある。「井上整
骨院」だ。一日100人前後が来院する人気の同院。ほかでは手に負えない症状も、
院長・井上さん(圏男子部長37)の手にかかれば治ってしまうとの評判が高い。

井上さんを訪ねた。「えっ、ここが整骨院!?」普通の民家の前に、小さな看板が
立ててある。何度も住所を確かめるが……間違いない。そうこうしているうちに
、車に乗った、今風の「兄ちゃん」が登場!まさか、この人が……。「どうも、
井上です」



●開業~魁皇関引退

26歳での独立が夢だった。1年間、祈りに祈り、準備に走った。しかし、銀行
に相手にされず、融資が受けられなかった。

「もう、ええわ!と、半ばやけくそで、実家の一室で開店した次第です」

閑静な住宅街。人通りも少ない。同業の先輩は声を合わせて「無謀だ」と言った
。開店間もないころは、忠告通りの閑古鳥が鳴いた。「暇すぎて、題目ばかり唱
えていました」

1カ月が経過。あれっ!?と思った時には、行列ができていた。患者の口づてが、
一気に広がったようだ。

「うれしかったけど、仕事が終わらなくて。学会活動にも行けない。僕、創価班
なんですけど、会館運営の任務にも遅れがちで……」

創価班の先輩は厳しい。「患者に振り回されてどうする。そんなに忙しいなら、
予約制にすればいい」

完全予約制に踏み切った。同業者からは、「予約制なんて、整骨院のタブー。患
者が離れるぞ!」と言われた。だが、井上さんの施術(せじゅつ)の評判は、常識
を超えた。

ほかでは手に負えない患者が関西一円から集まり、気がつけば、一日に100人
前後が通院してくるようになった。

魁皇関も、そんな患者の一人。知人の紹介で、8年前に初めて来院した。持病の
座骨神経痛が悪化し、全国に名医を求めたが、効果が出たのは、井上さんの施術
だけだったという。

以来、定期的に通院し、体を癒やし続けてきた。最後の土俵となった7月の名古
屋場所でも、片道約2時間半かけて連日、治療を受けに来た。

史上最多1047勝を達成し、引退を表明した夜、魁皇開から電話があった。「先生
のおかげで、相撲人生が伸びました」


●バイク事故で発心生まれ変わったように……

根っからの学会っ子だが、真剣に活動したことはない。やる気のない、無気力な
若者になっていた。簿記の専門学校に通い、周りにつられて勉強するものの、簿
記1級試験では1点足らずで不合格だった。「やっぱり僕は、この世の中に必要
のない人間や……」。就職する意欲もわかなかった。

ある日、祖母が整骨院に通っていたことを思い出した。「整骨院だったら、お年
寄りを相手に、のんびり生きていける」。

求人募集を探し、20歳の夏に、奈良市内の鍼灸整骨院で働き始めた。だが、現実
は違った。めまぐるしい忙しさ。丁稚のような厳しい修業生活。辞めることばか
り考えていた。

1年たったある日、通勤途中で事故に遭う。乗っていたバイクは大破。体は吹き
飛び、ヘルメットも宙に舞った。「この事故で、よく生きていた」と、救急隊員
も驚くほどの大事故だった。

自宅へ戻り、御本尊の前に座った。涙がこみ上げ、声にならない。気がつけば、
2時間以上も祈っていた。「かけがえのない生命やないか、どうせなら、懸命に
生きてみよう!」と心に誓った。

真剣に祈り、仕事に取り組むと、周りの環境が全て、自分を成長させてくれる訓
練だと感謝できるようになった。池田名誉会長の指導も学び抜いた。

「この世界で一流の人間になって師匠にお応えしたい」。師弟の心が燃えた。


●柔道整復師独創的な施術

23歳で、柔道整復師の専門学校に合格。3年間、働きながら、学んだ。

25歳の時、創価班大学校に入校。折伏に率先し、友人に弘教を実らせた。折伏に
励むうち、患者との対話の内が変わってきた。表情や口調から、その人の病みの
原因を深く読み取れるようになった。

「この人たちの苦痛を取り除きたい!」同苦の心が高まり、ありとあらゆる医学
書をひもときながら、新たな施術方法を模索していった。

捻挫などの痛みは、患部の炎症を抑える施術が基本だが、炎症が治まっても痛み
が取れない場合、筋肉や関節の動きが悪くなっていることに問題がある、と井上
さんは考えた。腰のヘルニアなども、足のある筋肉を刺激することによって、治
してしまうのだ。


●病気との闘い長女――難治性の血管腫

今、井上さんは妻(地区副婦人部長37)と2人の娘の4人暮らしだ。長女(5)が
生まれてから2カ月ほどした時、左のほおの腫れに気づいた。

難治性の血管腫との診断。腫れがひどく、「手術は困難で、消すことはできませ
ん」と医師は告げた。夫妻は懸命に祈り、活動し、3年間で6人の友を折伏。そ
の間、治療の効果が表れ、腫れは徐々に治まり、赤いあざも次第に消えた。

しかし2年前、急に意識不明に。検査の結果、脳にも「血管腫」があり、脳内出
血していたのだ。その日、脳外科の専門医が当直しており、幸運にも後遺症の残
らない箇所の出血で止まり、事なきを得ることができた。


●自身と子どもの病気経験から患者への思いが深まった

井上さん自身も緑内障(りょくないしょう)を患い、視力の低下と闘ってきた。
娘や自身の病と闘う中で、患者への思いは深まった。

「自分が治さなければ、この人の苦しみは癒えない!」そう自分に課して、技術
を磨き、独自の施術を開発していった。

井上さんは、対話から始める。そして、患者の体とも対話を重ねる。

微量な発汗の様子や、リラックスした時の、筋肉の力の抜け具合も見極めていく
。そして、動きが悪くなっている筋肉を刺激していく。驚くほどの回復に、患者
は最高の笑みで返す。

井上さんの喜びの瞬間だ。この信仰で鍛え抜かれた「慈悲の心」が、ゴッド・ハ
ンドの秘密かもしれない。

 

原田会長の自己矛盾

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 1月30日(月)18時14分39秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/63656

なるほど。
原田会長がここまで言い切れるというのは、やはり本部は「狂気」の世界なのがよく出てるね。
この発言だけで自語相違してるじゃないですか(笑)。

▼▼▼▼▼▼
すると魔が現れて、会長と会員のどちらを取るかと選択を強いてくる。そのときは、迷わず会長をとりなさい。しかし、魔は『それでは会員がかわいそうだ』と言ってくるが、そんな言葉に惑わされてはいけない。会長をとることによって、組織が護られ、会員が護られるのです」。

○○○○○○

「しかし、当時、私たち弟子は、総じて誰かれとなく弟子としての働きができなかった。・・・だからと言って、当時の幹部に文句を言ったり、ましてや辞めるべきだなどというのはとんでもない!!」と顔を真っ赤にして怒ったそうです。
▲▲▲▲▲▲

もはや日本語が支離滅裂ですね
矛盾の語源を聞いてるようなまさしく『自己矛盾』です

原田会長は「(池田)会長を護りませんでした」と自白してるようなものでしょこれ
さらには『顔を真っ赤にして怒った』のは「会員のため」でしょうか?

結局のところ「池田先生も会員もとってません」と自白してるに等しい
やはり原田会長は『保身』のために池田先生や会員さえも利用してきてるのですね

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

4・24 原〇会長指導

 投稿者:帰国子女  投稿日:2017年 1月30日(月)17時46分2秒
  2009年11月のSGI研修会で話した原○会長のご指導を、後日、心ある幹部から聞きました。そのときの本幹で、池田先生は壇上の原○会長に、突然脈絡もなく「6人の名前を言え」と促しました。すると原○会長は立ち上がって、「北〇、秋〇、つ〇、和〇、森〇、山〇尚見です!」と答えました。本幹参加者の多くは、何を言っているのかわからなかったそうです。

翌日の研修会の質問会で、ある国の婦人部幹部から原○会長に、本幹での池田先生と原○会長のやりとりは何だったのかという質問がありました。

以下、原○会長指導です。
「本幹では突然、池田先生に訊かれてじょうずに答えられませんでしたので、もう1度説明いたします。確かあれは、(4・24の会長辞任の)4年ほど前のことですから75年頃のことだったと思います。当時、私は青年部の幹部で、その日、大きな会合がありました。先生は大事なご用事があって参加されませんでしたが、代わりに長文のメッセージをくださいました。

メッセージには、こう書かれてありました。将来、創価学会はますます発展する。すると魔が現れて、会長と会員のどちらを取るかと選択を強いてくる。そのときは、迷わず会長をとりなさい。しかし、魔は『それでは会員がかわいそうだ』と言ってくるが、そんな言葉に惑わされてはいけない。会長をとることによって、組織が護られ、会員が護られるのです」。

「しかし、当時、私たち弟子は、総じて誰かれとなく弟子としての働きができなかった。・・・だからと言って、当時の幹部に文句を言ったり、ましてや辞めるべきだなどというのはとんでもない!!」と顔を真っ赤にして怒ったそうです。

原○会長は、先生の質問にじょうずに答えられなかったと言いながらも、よどみなく6人の名前を挙げたのですから、むしろじょうずに答えられたのだと思います。
尚、一説には森〇ではなく、野〇だという人もいます。
 

10年以上前から銀行引き落とし

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2017年 1月30日(月)17時26分50秒
編集済
  去年から  新聞代金  カード決済
そんなこと  どうでもいいやん  集金楽です
損得で  これからの時代は  やってけない
赤胴さん  お元気ですか   どうですか
変わらずに  ずれた投稿  お前だよ
怒ったの  お前の親ビン  誰なんや
繋がった  ◯木を持ち上げ  この板で  マイコン淡々  するのかね~~
 

「なれ合い活動」の行く末

 投稿者:-Q-  投稿日:2017年 1月30日(月)17時26分47秒
  思いがけない事実に直面すると、人はとっさに眼をそむけようとする。それがその時のその人にとって不都合なものであればあるほど。「正視眼」をもって対峙せよと諭されても、所詮は信じたい物語に事寄せて見ようとするのが大多数の人間の傾向性。

そこにつけ入るのが「親分気取りのチンピラ幹部」。妙になれなれしく振る舞って、気弱な善人たちをたらし込もうと企むのが連中の常套手段。どっちの側のカンブであってもね。

まあ、その世界でシアワセを感じていられるのなら、お好きなようにというほかはないけれど。

そうしてなれ合ってる間に、初代会長を殺めた悪法「治安維持法」の現代版は、弟子を詐称するエセ出家とその番犬どもの手によって着々と整えられつつあるというわけだ。まったくめでたい話よ?


(申し遅れましたが、ひかりさん。お心遣いに感謝します。特に吼えているつもりもないのですが…。
ただ、やたら我見に固執して子分づくりに精を出す手合いが鬱陶しいだけなのです。
今後もますますのご健筆を、と念じています)


小作人さん。どうも、お久しゅう。いろいろと恐縮です。
細井日達氏の件ですが、大正時代に大逆事件の救援活動などで知られた弁護士布施辰治の妻・光子(旧姓・平澤)は、日達氏の叔母に当たる人物とのこと。むろん熱心な正宗信徒であった由(布施自身は非信徒)。布施家には、第五十五世法主直筆の曼陀羅が今も残っているようです。豆知識風の話ではありますが…。


 

クレジットカード

 投稿者:反板の反板  投稿日:2017年 1月30日(月)15時35分56秒
  最近、新聞の支払いをクレジットカードで支払えるそうだ。
申し込みの案内書が届いた。

カード会社のポイントが貯められるようだ。

カードを持っていない両親には関係無い。
今でも近所の配達員さんに集金に来ていただいている。

支払い方法で損得が出てくるのは、如何なものか。

財務もいずれカード決済か?
 

考察 ・長谷川理事長

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2017年 1月30日(月)15時09分26秒
  考察
長谷川理事長の豹変ぶりは最早周知のことであるが、少し掘り下げて考えてみたい。


庶務として長らく先生に仕えていたが、表立っての役職にさせてもらってはなかった。
原田会長、正木元理事長等にジェラシーを持っていても少しもおかしくない。
しかし、秋谷元会長、現原田会長を見ていると会長とは名ばかりで傀儡でしかない。
だが、池田先生を盾にしてうまく立ち回り、現世利益を大きく受けている。

時は流れ池田先生は病気のため話もできなくなった。
重石のとれた原田会長は八尋、秋谷元会長、谷川総長と相克しながらも、まるで我が世の春を謳歌しているように見える。

そんな自分を見透かしたように正木を外し、理事長の椅子が回ってきた。
自分を取り込むためだろうが、しかし、舞い上がってしまうように気持ちのいいもんだ。

やっと掴んだ、ここまで来たのかと思うと、54年が思い出されるが、池田先生には充分仕えたし、経済的にももっと恵まれたい。
兎に角、人前で自慢できる肩書が得られたんだから、これからは充分に利用させてもらう。

自分に理事長として能力があろうがなかろうがあまり関係ない。
何もしなくても組織はまるでそれぞれに意思があるように勝手に回っていく。

もし、先生が病気をされる前に自分を会長にしてくれていたならどうだろうか。
宗旨の改変や安保等やったかどうか。
おそらく今とは違う状況になっていただろう。
誰にでも間違いはあるが先生は決定的な間違いをされたと思う。

仮に原田会長がそう長生きしないで亡くなったり、あるいは寝たきりになったら次の会長は自分か。谷川総長等の若手はいるが、秋谷元会長を取り込んだほうが絶対に有利だ。
あら捜しは無用だ。逆に何かあれば助け舟を出せばいい。
秋谷元会長のように上手に立ち回り、しぶとく生き残っていく。

反逆しそうな奴は原田会長や谷川総長が処分しているから自分が会長になった時には足を引っ張るやつはそういないだろうし、罪もない職員や幹部を処分したとして、谷川総長一派を一掃すればいい。

やっとチャンスが巡ってきたんだからしくじる事無くゴマをするだけゴマをすり、辺りに警戒心を持たせないことだ。
のらりくらりとしてじっと待つんだ。
宿坊の奴らを取り込むのはそのあとだ。


*長谷川理事長を掘り下げて考察しようとしたが、深みの無い人物像しか見当たらない。
 

なぜ原田会長や創価学会職員の話しは人を惹き付けないのか?

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2017年 1月30日(月)14時15分2秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

本部幹部会などで原田会長の「話し」を聞くと皆様が一様に感じることは「感動しない」です。

また地域の会合で創価学会職員が幹部指導と称して「話し」をしますが「つまらない」と殆どの会員さんは感じます。

なぜこれほど原田会長や創価学会職員の「話し」は会員さんの心を惹き付けないのでしょうか?

回答の1つは、原田会長も創価学会職員も「社会に揉まれていない」からです。

私たち会員は当然生活をする為に厳しい社会の荒波に揉まれています。
理不尽なこと。不遇なこと。様々な問題に直面して祈りそして社会で実証を示そうと努力します。
このことに異論のある会員さんはいないと承知しています。

では創価学会職員はどうでしょうか?

創価大学を卒業して「社会の経験も無く」創価学会職員になるとどうなるのでしょうか?

皆様は創価学会職員は「大変」だと思いますか?

それは「幻想」です。

私たち一般企業で働く者から見ると、緩やかな時間を過ごしています。
このことに異論のある創価学会職員はいますか?
きっと誰も反論しないでしょう。

そんな創価学会職員が会員さんにいくら信心の力を力説しても「空論」に聞こえるのです。

私たちが池田先生の「お話し」を聞くとなぜ惹き付けられるのでしょう?
それは池田先生が戸田先生の元で私たちでは耐えれない苦難に挑み乗り越えたからなのです。
だから池田先生は「自分の事をわかってくださっている」と心底思えるのです。

先日も竹岡青年部長が外部の方と懇談している記事が聖教新聞に掲載されました。
彼のような経験不足な人間では、全く通用しません。

会員さんには「職員の権力で強く」外部の方とは「まともに対話」できない。

これが現実です。
皆様も創価学会職員に対して「正視眼」で見て下さい。
あまりにも社会人としての力が不足しているのか理解できることでしょう。
 

長いものにまかれる谷川さん

 投稿者:クリスタル  投稿日:2017年 1月30日(月)14時09分38秒
  はじめまして、クリスタルと申します。
いつも興味深く皆様の投稿を閲覧させて貰っています。
投稿するかどうか悩んでいたのですが、ちょうど長いものにまかれる谷川さんの秘話が話題になっていますので、投稿させてもらいます。


2009年4月12日、創価大学の中央体育館(今はもうありません)において、中央体育館最後の会合が開かれました。中央体育館は大学の改築計画の一環で取り壊しが決まっており、数多くの行事を行ってきた中央体育館最後の公式行事となりました。
会合終了後には、参加者それぞれが会合中に座っていた椅子などに各々の決意を書込みました(中央体育館は取り壊されるということで最後の寄せ書きみたいなものです)。壇上垂れ幕からは「正義」と書かれた大きな張り紙が吊るされ、会合終了後には参加者一同で記念撮影も行いました。

会合には八王子の男子青年部員が結集し、私(クリスタル)も学生部の一員として参加させてもらいました。会合の趣旨は、昭和54年問題から30年を記しての会合(会合名は八王子男子青年部大会)でした。当時の青年部幹部の面々がスピーチした後、担当幹部としてやってきたのは、秋谷元会長でした。
そこで秋谷元会長は、昭和54年問題を振り返り、以下の趣旨の話を披露しました。

「これから話す内容は、これまで誰にも話していないエピソードです。昭和54年、この中央体育館での会合が終わった後、学会本部に先生と共に戻ったら、当時の青年部によって学会本部に入れてもらえなかった。だから神奈川文化会館に行った。神奈川文化会館から車で先生のご自宅に帰る際、運転手が家の前まで行かなかった。手前で降ろされた。私は先生に土下座した。こんな青年部にしてすみませんと謝った」すると池田先生は「秋谷君、ここからまたつくろうよ」と仰ってくれた。


最初にハセガワ氏の指導とされるものを見たとき、私は非常に驚きました(2013年頃にネット上で拝見したと記憶しています)。会合で聞いた秋谷元会長の秘話と瓜二つだったからです。私が2009年の会合の担当幹部を記憶違いしているのかと思いました。その後、1995年の会合の指導はデマという記述も見つけてさらに混乱しました。

もし皆さんの周りに、2009年前後に八王子周辺で活動していた青年部の方がいれば、確認してみてください。
 

イケディアンの住人様

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2017年 1月30日(月)14時06分56秒
  過日の細井日達・年譜。詳しい年次は当方も分かりませんが、
開成中学夜間部在籍時に上京間もない戸田先生と同級生だったはずです。
戸田家と細井家との因縁は若い世代には殆ど存知の外なので、
できれば補足説明の注釈を入れたほうが親切かも知れません。

先生「隠退」すぐの頃、常在寺の細井珪道→阿部信彰の住職交代を、やけに珪道サイドに同情的な論調で伝える創価新報を見て、宗創間に〈細井―戸田(門下)ライン〉など出来ていて、この20年余りの宗創戦争を阿部VS池田の私的な内紛に落としめて決着させようとの動きがあるのでは、と推測したことがあります。
お孫さんの龍樹氏はまだ創大工学部教授でいらっしゃいましたか? いろいろと含みがある。

それはそれとして・・・人は誰しも見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞き、信じたい対象だけを信じる。
閉ざされた世界で心地良い言葉に包まれていられる間はよいが、、、
ご当人には余計なお世話でしょうが、あの方を出来れば労ってあげてください。まっすぐに天を衝き生えそろう竹の中で青春を送ったものどうしで。。

また板が荒れてもいけませんので、この辺でおいとま致します。

「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」(ニーチェ)

 

雑感

 投稿者:鉄砲玉  投稿日:2017年 1月30日(月)12時08分34秒
  先週末1月28日(土)東京社会部の会合にて。参加者2,800名と。原田怪鳥の話を聞いて感じたことを書きます。
彼は、「東京都議選について、勝って、学会・公明党の力を“満天下”に示そう!」と力説。
“満天下”という言葉を二度使ったことが印象に残りました。

選挙に勝つことが、まさに“目的“になっている・・と感じました。そしてその事に疑問は持たず、当然の事として捉えている。
選挙に勝つことは、目的のように見えるけれど、実は“手段“なのだという視点が欠落しているように感じました。
これが一念のズレなのでしょう・・。

第六天の魔王が、会のトップに、明らかに悪鬼入其身している。第六天の魔王の特徴は、他化自在天として民(会員)を自由自在に、駒として動かすこと、また、その事自体に快感を覚えることにあるのではないでしょうか。
選挙に勝つことで、自らの正当性を示したつもりになる。そしてまた、自分自身が権力を持つ者として、凄い存在だと、世間(内外)から認められたい。
この思いが“満天下”に示すという、同じ言葉を二度使った、深層心理だと感じました。

実際は、会員の幸せが第一に優先されることではないでしょうか。今流で言うなら、“会員ファースト”。しかし、残念ながら彼にその思いは感じられません。
与えて言うなら、選挙に勝つことが目的なのだから、その事が広宣流布を進める事なのだから、多少の犠牲や、多少のウソは許される・・と思い込んでいるのだろうと思います。

また彼は、自分が戸田記念講堂に向かうため、「学会本部を出る直前に、先生からの伝言がありました」と、さも本当そうに紹介していました。小生は“うそ”と感じました。
先生を利用していると感じました。“偽善“だと思います
でも、彼からすれば、「先生を出して、参加者が喜ぶなら、それは許される事だし、正しい事なのだ」と信じ込もうとしているに違いありません。

公明党結党から52年が経過しています。宗教団体である創価学会が、いつまでも、組織をあげて、政治結社“公明党”の成り合いに血道をあげるのは、不自然なことだと思います。

ここ30年余、支持率3%台が変わらないのは、むしろ、宗教団体である創価学会が仕切っているからではないでしょうか?
潜在的な力を有する“公明党“が真剣に独り立ちして、懸命に自らを伸ばそうと努力すべき時が、遅ればせながら、到来しているのではないでしょうか。そう感じています。
 

もう一つのホロコースト

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2017年 1月30日(月)11時35分5秒
編集済
  世界が知らない敗戦後のドイツ人捕虜とドイツ民族の悲劇・・

http://tapnewswire.com/2017/01/the-mass-killing-of-germans-at-the-end-of-ww2/

Estimated 15+ million ethnic Germans murdered after the war.
約1500万のドイツ人は殺害され・・

Around 5-10+ million German women mass raped.
500~1000万人のドイツ人女性たちが集団的にレイプされた

An article dated April 24, 1945 in a U.S. newspaper admits the U.S. Army has killed 992,578
German POWs after capture over just 21 days from April 1-22, 1945.
アメリカの新聞によると、1945年4月1~22日の21日間で100万人のドイツ人捕虜が殺害された・・

「戦争ほど悲惨なものはない」

東欧やドイツに居住していたドイツ民族に起きた悲劇・・・

ハリウッド映画ではアメリカはいつでもヒーロー・・です。

http://

 

原子力ムラ

 投稿者:  投稿日:2017年 1月30日(月)11時24分47秒
  彼らの哲学は、経済優先です。
この原子力ムラは、東電、政府、そして大学の学者たちでできています。

亀裂を発見したあと、彼らが私に言いたかったことは、なにも話すな、黙っていろ。
私達にビデオのその部分を消す様に注文しました。報告書も書くなというのです。

私はサインしかさせてもらえませんでした。
私が報告書を書けば、180度反対に付けられている蒸気乾燥機の事も報告するに決まって居る
と知っていたからです。

この様に網の目が細かくはりめぐらされて、原発に対する批判が全くなされない
環境がつくりあげられてしまいました。
ですから原子力ムラというのは、決して小さい領域ではなくて、国全体にはびこる問題
なのです。誰もが、この原子力ムラに閉じ込められているのです。

ドイツ公共放送の番組「フクシマの嘘」紹介
https://www.youtube.com/watch?v=w79G0t6zh3U

原子力推進派の公明党、その党の羅針盤である創価学会。
原子力ムラの一員であることは、火を見るより明らかです。
 

ビッグデータ・ベースボール Ⅱ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 1月30日(月)11時04分29秒
  「金さえあったら折伏なんかナンボでも出来る」
私の地域のプリンスのこの発言は我々に大きな衝撃を与えました。数字実績に優れていて、いずれ地域でのトップリーダーになると誰もが期待していた……あの輝きが今は無い。

何でこんなことになるのか???
私が入信した頃(1990年)、部長は仏壇と数珠・経本をプレゼントしてくれましたが、御本尊ご供養分は絶対に自分で払わなければならないと厳しく言われました。私から「信心“させて欲しい”」と申し出てから1.5カ月も経ってからのことでした。

今は外部の友人が「御本尊うけてくれや」「一緒に幸せになろう」と言われて、もう時間も遅いし、早く帰りたいし、と頷いた瞬間、開館時間は急遽延長され、連れて行かれて御本尊を擦り付けられて、送り帰される。会館はコンビニなのかと勘違いされそうだ。しまいには御本尊の自販機が置かれそうな勢いが私には怖く感じられて仕方がない。
その日を最後に紹介者と友人の縁が切れることは珍しくない。私も今の時代にこの地域で折伏されたらこんな目に遭わされていたのかと思うと憂鬱な気分になる。

この地域での折伏の現場に何度か覗きに行ったが、実証らしきもの(これを友人は本当に実証と思っただろうか? ただ友人として尊敬しているだけでは?)がチョロッと語られるだけで文証・理証は全くと言っていいほど出ず、すぐに「リンゴ(あるいは饅頭が多い)の味は食べてみな分かれへんやろ? この信心もやってみな分かれへんで!」が出て来る。
あれは野球で言うクローザーだ。9回に出て来るもの。それが1回表から出て来る。

そうやって入会させられたメンバーの全員(私の知る限り)が間もなく音信不通になる。
癌治療の指標として「5年生存率」というものをよく聞くが、新入会者の5年生存率はほぼ0%だ。問題は「その去って行った人の中に、それでも学会を良く思う人・公明に投票する人は一人もいない」ということだ。むしろ敵に回り、他党に投票する。「入会」で一時は「プラス1」、去って行っても「ゼロ」になるだけと思っているようだが、実際にはゼロではおさまらず、「むしろ敵に回り、他党に投票」で「マイナス1」になっているのだ。

>しかし組織を見渡せば、折伏で入会される方よりも、「退転・退会」「未活動」「死亡」される方が上回っていないだろうか。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63638
>何も言わず活動から去る会員を恐れるべきです<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/62663
虹さんのご指摘は極めて重要で、創価学会の生き死にに関わると思います。
「一人も漏れなく」は決して守りに入るという意味ではありません。仏界の拡張が必要になるのだから。『ビッグデータ・ベースボール』パイレーツの戦略同様、新型の攻撃法です。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/62254
 

アンダー・ザ・ドーム

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2017年 1月30日(月)09時52分18秒
  元職員のブログが更新されています。
⑭告知【2・26(日)「九州・熊本座談会」の開催決定!】
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-73.html
ここでは「『地区で5基の学会墓地を購入しなければならない』という信じがたいノルマのような打ち出し」があったとの情報あり。地域はどこなんでしょう? 方面・都道府県レベルで、どなたか知っていたら教えて下さい。統一教会じゃなくて、創価学会の情報です。
学会が自ら墓地霊園を持つようになったのは、草創期に他寺院等の墓地から締め出しを食らったからでした。そういう背景を正しく知っておきたいものです。
私は都心生活の経験から「散骨」希望です。「あれだけの土地を……ただの空き地にしてやれば子供たちが遊べるのに……」という感情が強いです。

閉じて小さくまとまった創価のムラ社会。これと似た印象のある米ドラマ『アンダー・ザ・ドーム』シーズン1#12ではこんな格言がありました。

「悪が栄えるために必要なのは一つ。善人が何もしないことである」

【カウントダウン】元職員裁判まで、あと1日
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-70.html
http://6027.teacup.com/situation/bbs/63215

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
 

おはようございます

 投稿者:自由の凡夫メール  投稿日:2017年 1月30日(月)08時53分20秒
 

自分・あなた自身という生命と、宇宙生命が「気づき」を待っててくれていますよ。「同時代的現象」

私は、少年のような心を持ち続けたい。

私のお勧めの歌「気づき」の促しです。 

壊れかけのRadio / 徳永英明 (歌詞を味わって下さい)

https://www.youtube.com/watch?v=bYO0mTHet9A

 

Re:苦難を乗り越えて

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 1月30日(月)08時40分35秒
  >しかも、リハビリの途中、医師から初めて体の回復に限界があることを告げられた。だが、長女は弱音一つ吐かずにがんばった。<

寝たきりオジサン様、おはようございます。
今日も感動の体験のご投稿、誠にありがとうございました。

過去に医師から余命宣告された事を思い出しました。
この少女の胸の内を思うと言葉になりません。

創価学会の組織は、人間を見捨てない組織でなければなりません。
人を見捨てないとは、全ての人間の可能性を信じ切れることではないでしょうか。

原田会長を中心とすれば、祈りが弱まるのは当然です。
原田会長と執行部は、人を救えない人物だからです。

創価学会の組織を強くしなければなりませんね。
誰一人たりとも犠牲にならないように。
「一人ももれなく」幸福になれるように。

 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、「徐々に、徐々に」デスか~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 1月30日(月)08時39分10秒
  おはようございます。原田怪鳥様、創価班・牙城会大学校が入卒式とのコト、誠におめでとうございま~す(笑)

でもね~、原田怪鳥様、「見出し」がいただけません(笑)

「君よ、青年勝利の歴史を築け」だけデスか~(笑)どうして池田先生の文字が見出しにないんデスか~?

>これには池田大作先生がメッセージを贈り、厳護の使命を担う創価班、牙城会の薫陶をたたえ、全員が青春勝利の歴史をと望んだ<
(1月30日一面より引用)

メッセージの全文掲載もなく、見出しにも「池田先生」の文字はなく、本文にてわずか一行ほどの紹介デスか~(笑)

口では「池田先生」と言いながら、心中では裏切っていた54年問題の当時が思い出されます。あのころも新聞に先生の記事はありませんでした。

徐々に、徐々に、池田先生から離そうと思ってませんか~(笑)ここのところ、先生のメッセージが全文掲載された記憶がありませんが(笑)


それと、北九州市議選の勝利、おめでとうございま~す(笑)地方の一都市の選挙結果がトップ記事(笑)

こんな珍聞、どこにもありませ~ん、まさに政教珍聞の面目躍如デス。(笑)

「新・人間革命」も全中連で、お茶を濁すのもそろそろ限界デスか~(笑)先が閊えてま~す(笑)

さっさと先に進んで下さ~い(笑)まだまだ後世に残すことがたくさんあるので~す。

当時の宗門、当時の最高幹部の様子がどの様に描かれるか? 楽しみにしておりま~す。



寝たきりオジサンさま、小生の拙文に反応頂きありがとうございます。今後の御投稿も期待しております。


 

牙城会指導を怪文書として逃げた風見鶏

 投稿者:裸の王様  投稿日:2017年 1月30日(月)08時33分58秒
  池田先生は短い言葉で、本質を言い当てる。本幹で、長〇川氏に「長谷川一夫。声がいいから」と言って、原稿を代読させていた。この男には何度か会ったことがある。それで、師匠の言葉の意味がよくわかった。この男は根が俳優なのだ。基本は演技を通して、誰からも良く思われたい。会員を感動させたい。だが、そうすることで自分に危害が及ぶことは絶対に望まない。

牙城会でのスピーチは、創大で同じことを聞いた学生もいるから、本当のことだ。確かに池田先生が辞任したころは、純真に師を求めていたのだろう。今も師匠に会えば、そのころの彼になんなく戻る。

以前、長〇川氏はこう話していた。「4・24は大事な話だ。私も秋谷会長に(4・24のことで)直接言ったんですよ。あのとき、どうしてそんなこと(先生を裏切った)したんですか?しかし、毎日言っているわけにはいかない。組織がガタガタするからね」と。

要するに、長〇川氏は会員の前で最高の弟子を演じようと努力する。同時に、状況に合わせて変幻自在に主張を変えるカメレオン。あるいはお調子者の風見鶏。原〇会長が4・24に緘口令を敷くと、牙城会での感動的な指導を問いただされ責任逃れした。以来、学会ではこの指導は「怪文書」とされ闇に葬られた。

しかし、四人組が倒れて池田先生の弟子の時代が再び来ることがあれば、実は私が指導しましたと涙ながらに語れる男だ。
 

衰亡しゆく創価学会の組織

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2017年 1月30日(月)08時10分48秒
編集済
  伝統の2月と言えば折伏。
聖教新聞は折伏の体験で賑わう事だろう。

しかし組織を見渡せば、折伏で入会される方よりも、「退転・退会」「未活動」「死亡」される方が上回っていないだろうか。
この問題を「少子高齢化」と言うが、果たしてそれだけだろうか?

見直すべきは祈り。
「一人ももれなく」という祈りが創価学会に無くなった事です。

実際に安保法制決議の時、創価学会の組織は人を切り捨てるふるまいをした。
「一人ももれなく」という祈りが無い事実です。
安保法制の時に、切り捨てられてゆく学会員に手を差し伸べた方は何人いたのだろう。

ましてや原田会長と執行部は、今も査問と処分を続けている。
そんな原田会長を中心とする限り、創価学会の衰亡に歯止はかからない。

「一人ももれなく」という祈りがなければ、組織から会員がこぼれ落ちてゆく。
どんなに手を固く握ろうとも、はかなく解け落ちてゆく。
身を犠牲にする努力さえも、池田先生の祈りと根本が違うので、師弟の力が100%発揮される事はない。
このまま人を救えない学会員で終ってはならない。

まずは自分から始めた、「一人ももれなく」と祈る事を。
自身の生命に『梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!』
『全学会員に、わが地域のすべての同志の方々の生命に、梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!』と祈る事を。

~~~~~~~

【第48回本部幹部会<2000年7月18日> 池田大作全集91巻】

『悪鬼入其身』の反対で、自身の生命に『梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!』
『全学会員に、わが地域のすべての同志の方々の生命に、梵天、帝釈、日天、月天よ、入りたまえ!』――こう祈れば、千倍、万倍の力が出る。
これが生命変革の『祈り』である。『信仰』である。人間革命への〝秘伝″である。
日寛上人は、文段で『わが身に、日蓮大聖人の御生命が顕れる』と仰せである。
(当体義抄文段に「我等、妙法の力用に依って即蓮祖大聖人と顕るるなり」〈文段集六七六ページ〉と)
これが妙法の信仰の究極である。おのおのの生命に、日蓮大聖人の御生命があると仰せである。
ゆえに、断じて負けることはない。この大確信で進みましょう!
 

苦難を乗り越えて

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月30日(月)08時02分57秒
  栃木県・井原さん女性54婦人部副本部長

聖教新聞2006年3月25日


長女が自動車事故で頸椎骨折の重傷

1993年(平成5年)9月10日の夜、長女が乗用車を運転中に事故を起こした。対向車
線からはみ出してきたバイクを避けようとして横転、車は大破した。幸いにも同
乗していた友人やバイクの運転手は無傷だったが、長女は重傷だった。

「首の第4頸椎を脱きゅう骨折。頸髄(首部分の脊髄)も損傷しています。大変、
申し上げにくいことですが、今夜がヤマです。もし命が助かっても、首から下は
一生、動かないでしょう」井原さんは夫とともに医師の説明を聞いた。

◇長女退院、しかし首から下は動かない

病院の献身的な努力により、長女は一命を取り留めた。が、翌朝には首をおもり
で牽引するため、頭蓋骨に4つの穴を開ける手術を受けた。「ドリルのすさまじ
い振動は今も忘れません。手術というより工事のようでした」と長女は言う。

10月に入ってすぐ、長女は肺炎が悪化し、呼吸するのがやっとの状態が続いてい
た。ある日、病床から、か細い声で、ぽつりとつぶやいた。「お母さん、御書に
生命は永遠って書いてあるよね。だったら私、今世はもういい……」

その直後だった。長女の血圧が一気に低下。そのままスーッと眠るように意識を
失った。医師や看護師が駆けつけた。気道確保のため気管切開の緊急手術を施し
、命をつなぎ留めた。

井原さんは、病院のベランダに出て、無我夢中で題目を唱えた。「負けないで!
お母さんが祈っているから、負けないで!」祈りが通じたのだろう。その夜、長
女は意識をとり戻す。懸命に生きようとする娘を見ると、「一生、動けないなん
て、口が裂けても言えませんでした」

事故から3カ月後の12月、長女は首から下は動かないが、退院をすることができ
た。

◇井原さんが難病「多発性筋炎」発病

翌1994年1月、井原さんは食欲がなく、倦怠感がはげしいので、大学病院で診察を
受けた。精密検査の結果、診断は「多発性筋炎」。筋肉の障害により、疲れやす
くなったり、力が入らなくなったりする、原因不明の厚生労働省指定の難病であ
る。

直ちに入院。体重が50キロから28キロに減った。肺に炎症を起こし、呼吸困難と
なり、気管切開の手術を受けた。人工呼吸器の世話になった。

夫と長男(27)が力を合わせて長女の食事の世話などをしてくれ、井原さんの病院
にも通ってくれた。長男は、病院と学校を往復しながら、母のそばに寄り添った。

特に、井原さんに勇気と希望を与えてくれたのが、夫や息子が届けてくれる、長
女からの手紙だった。

「お母さんへ、私もがんばっているから、お母さんもがんばって」「お題目をた
くさん送っているから、絶対に大丈夫だよ。安心してください」

自分のほうが大変な体なのに……。しかも動かないはずの手で一生懸命書いてく
れた。そう重うと涙があふれた。井原さんは心に固く誓った。「応援してくれる
長女のために、家族のためにも絶対に病魔に打ち勝って、一日も早く退院しよう」

同年9月、医師も驚くほどの早さで、井原さんは退院を果たした。まだ歩くことは
できず、車いすの退院だった。帰宅後はベッドの上で、国立リハビリセンターに
入所している娘の回復を願って真剣な唱題を続けた。

◇長女はリハビリに励む

井原さんが入院中の1994年5月、長女が埼玉県所沢市の国立リハビリセンターに入
所し、生きぬくための訓練を開始した。特殊な装具を使って、食事や字を書く練
習、ひじを固定して、いすに座るリハビリを何度もくり返した。

体を動かすたび、ジーンと痛みやしびれが全身に走る。しかも、リハビリの途中
、医師から初めて体の回復に限界があることを告げられた。だが、長女は弱音一
つ吐かずにがんばった。同様に病魔と闘う母の存在があったればこそだった。

◇暗く長い冬を抜けた

1995年2月、長女は、とうとう車いすを自分で運転できるまでに回復し、退所し家
に帰った。家族4人が自宅にそろったのは、約1年半ぶりだった。

「その日、家族みんなで勤行をしました。家族の祈りが一つになったときの感動
は、生涯、忘れることができません」(井原さん)

井原さん自身も、1994年2月の退院からずっと車いすの生活だった。そして退院か
ら1年半を過ぎて、自分の足で歩けるようになった。学会活動に参加できること
が何より幸せだった。

自分で起きることすらできずに、一時は家にこもりがちだった長女も、女子部の
友に励まされて、折伏に挑戦するようになった。自らの信仰体験を通して3人に
弘教を実らせた。

さらに昨春、長女が青年部教学試験1級の受験を決意した。「教材の載った『大
白蓮華』のページを1枚1枚めくるのが闘いでした。書いて覚えることができな
いため、寝たきりのまま唱題しては難解な仏法哲理を頭に焼き付けていったんで
す」先月28日、長女は口頭形式で受験し、見事、合格した。

「長女の合格を聞いたとき、わが家にも春が訪れたように感じました。やっと暗
く長い冬を抜けられました!」と井原さんは話す。
 

偉大な指導者

 投稿者:不軽菩薩が理想  投稿日:2017年 1月30日(月)05時36分28秒
編集済
  千葉に住む、水道配管関連の仕事をしていたおじさんから聞いた話を、こちらにかきとめておきたいと思います。池田名誉会長が会長の時代に、先生のお宅に工事に伺ったことがあったそうですが、その質素な生活ぶりに驚いた、とのことでした。夏だったそうですが、エアコンがなく、古い扇風機だけだったよ、と言っていました。そういえば、「指導者が贅沢三昧では、誰もついてこない」という趣旨の、先生の記述をどこかで目にしたことがあります。あくまで、自分のおじさんから最近きいたはなしです。先生のお宅を実際にご覧になり、それは、嘘だ、とおっしゃるかたがおありの場合は、遠慮なくおっしゃって下さい。
 

善き師、善き弟子、善き檀那、を貫く宿坊の掲示板!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月30日(月)02時45分4秒
編集済
  無用な隠し事無しに、匿名でどんどん言論を展開する宿坊の掲示板は、知的練磨・気づき・発言の場では?

投稿の齟齬があっても、それは世代ギャップであったり、言葉が足りなかったりと、大目に見れる範疇です。

ダメなのは、思考転倒している場合や良からぬ仕掛けを投入する何処ぞの方々くらいでは?私はスルーします、先に進まなくなりますから。

54年問題は、我々現場会員から見れば佐前・佐後くらいの開きが有ると思います。資料整理していて、今の聖教珍聞を読んでいると先生無き時代に逆戻りしている感がします。あの暗黒時代は、その後に先生が立ち上がられたから新時代を迎えたのです。再び第二次宗門問題が起きてもです。これは必然だったのでしょう。

では今、これからは?誰がどうのこうのではなく、どう我々が担うのかが問われていると実感しています。沢山の議論を期待しています(^^)
 

ああ~あれから38年、いろんなことが有りましたぁ~

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2017年 1月30日(月)01時22分11秒
  長谷川氏に限らず、日蓮正宗の僧侶の中でも第一次宗門問題の最中、転ばずに先生を擁護した者が第二次宗門問題ではコロっと反旗を翻した方、多数居りましたね。

人は変われど我は変らじの好人物は少ないということでは?我が身がかわいい、我が子がかわいい、妻子眷属が心配だ?今世の栄誉・立場・権威・権力が大切と年取る毎に、醜くどす黒い生命になっていくのでしょう。

死んだら裸なんですが(><)何も持っていけないんですが(><)と言ってやりたくなります。裏切りの後悔と汚辱と虚無を抱えて何処に行きたいのか?私には分かりません(><)
 

寝たきりおじさん様

 投稿者:愉快な仲間達  投稿日:2017年 1月30日(月)01時13分52秒
  本当に感謝です
仲間達も皆感動し、速攻読み、返信が来ました
五島勉さんの話、藤堂中等部書記長の話等、目の鱗とれまくりです

藤堂さんの話を読んで、お題目の上げ方、変わりました
ともすると、相手を変えようと祈るけれど、自分を変える為に題目は上げるものだ!と気がつきました
そんな題目に挑戦していきます
ありがとうございます

 

師弟相対と青年部

 投稿者:カンピース  投稿日:2017年 1月30日(月)01時09分51秒
  池田先生が参謀室長の頃の指導ですが、ハセガワ君、ハラダ君にも一読してもらいたい指導デス。

>結論として、師弟相対を離れた仏法はなく、成仏はありえないのです。組織などは広宣流布をしやすくするための方法で、どんな組織でも、その根幹に師弟相対の考えが流れていなければ、なんにもならない。すべて戸田先生につけばよい。すべて先生の御命令で、指示で動いてるのだと感じればよい。これはかんたんにいいあらわされるが、いちばんむずかしいことでもある。この精神が浸透できればよいのです。
根幹は先生対自分ということ、再応は部隊長対、あるいは隊長対一青年部員の関係です。どんなに人知れず陰で働いていても、それが先生のおおせのとおりやっているならば、先生との師弟相対は深い。これがはずれていたら、どんなに闘争しようとも、なにもならないのです。御本尊様を信ずる、すなわち、折伏の棟梁である戸田先生を慕って戦ってこそ、功徳も感じられ、真の弟子ともいえるのです。
要するに、先生の弟子であり、子供であり、先生のおおせを無二に信じて、自分の境遇のなかで思う存分活躍することだ。ここから信心が湧いてくる<
(昭和32年2月24日)


当然の事ながら、小生にとっては、「戸田先生」は「池田先生」に置き換えて読まねばならないでしょうが、

さて、ハセガワ君、ハラダ君はどうお思いになるでしょうか?
 

虹と創価家族さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月30日(月)01時08分44秒
  いつも凄い洞察力ですね。
何でそこまでわかるのでしょう?

虹と創価家族さまにはかないません!
いつも勇気づけていただいて大変感謝しています。

ありがとうございますm(__)m
 

愉快な仲間達さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月30日(月)01時02分14秒
  そう言っていただけると大変ありがたいです^^
投稿のしがいがあります。

この板に投稿するのは結構勇気がいります、
緊張しながら投稿しています。

でも敷居を低くするために軽いノリで書いてる
ときもあります。

これからもよろしくお願いいたします。
 

HAMDOC様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2017年 1月30日(月)00時49分54秒
  レスありがとうございます^^
個人的にはそういう差別主義が無くなってほしい
と切に思っています。

でも今は違っているといいんですけど・・
なんともいえないですね。。

 

メロリンQ

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2017年 1月30日(月)00時39分58秒
編集済
  おじさんさん 毎日投稿 ご苦労様です
台所 お掃除大変 キュキュキュ
Q 太郎 お前もついでに キュキュキュ
オバQ よ 知ったかぶりは キュキュキュ
メロリンQ  お前の脳ミソ キュキュキュ
タイガーQ  いよいよびびって キュキュキュ
タイガーQ   お前の好きな鬼さんに 一言言ってよキュキュキュ
いつまでも 板内部の悪どもよ 現象出てきて キュキュキュ
アホQ よ 仕事に精出せ キュキュキュ
 

さすがひかりさん!

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2017年 1月30日(月)00時18分2秒
  大切な話を外さないですね

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

/1176