2017年01月27日 (金)
「トランプ政権を考える」(視点・論点)
東京大学大学院 教授 久保 文明
今月20日、いよいよトランプ政権が発足しました。
まだまだ分からないことばかりでありますが、少ない材料をもとに、可能な範囲で新政権について考えてみたいと思います。
まず押さえておくべき点は、アメリカの大統領制の基本的性格であります。アメリカの大統領はかなり権限が限定されています。
たとえば立法に関しては議会が絶大な力を持っています。大統領、内閣、行政部は、法案も予算案も議会に提出できず、審議に参加することもできません。
こちらの図にありますように、本年1月から始まった議会は上下両院とも共和党多数となりました。
共和党が大統領と議会の上下両院を押さえるのは、2005年から06年にかけての議会以来、10年ぶりとなります。トランプ大統領と共和党主流議員はいくつかの点で政策を異にしていますが、共通のものも多数あります。意見が一致している政策は、最優先で扱われ、すぐに実現される可能性が高いと思われます。
たとえば次のものが予想されます。
1名が欠員となっている最高裁判所の判事の承認(上院のみ)そして減税。それから、国防費の増額などが、早々と実現されそうです。
ただし、オバマケアと呼ばれる健康保険制度の撤廃は、代替案をめぐって紛糾が予想され、時間がかかるかもしれません。また、国内インフラへの投資ですが、共和党主流派議員は小さな政府を持論としているため、規模の大きなインフラ支出に反対する可能性もあります。
このように、大統領は議会との関係ではかなり権限が制約されているわけですが、行政部を統率する点では、強い権限を持っています。
金融、環境、エネルギーなどに関する規制緩和の多くは、大統領権限で実施できます。地球温暖化防止を目的としたパリ協定について、離脱しない場合でも、国内実施措置を緩和するといった方法で、骨抜きにしていくと予想されます。
さて、外交政策に関して大統領はかなり広範な権限を持っています。日本にとって、そして世界にとって、ここが問題ということになります。
トランプ大統領は選挙戦中から、これまでの共和党主流の人々と異なる外交観を披露してきました。それは孤立主義の傾向を持ち、また保護貿易主義を単刀直入に表明したものでした。大統領就任後も、保護貿易主義については、その方針をそのまま貫くことが明らかになりました。すなわち、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)については、離脱をすでに表明しました。
それでは、安全保障政策についてはどうでしょうか。あるいは日本についての政策はどうなりますでしょうか。
ここにはこれまでの大統領とは次元を異にする、まさに異次元の不確実性があります。
日米関係について、過去の例から少し考えてみましょう。日本が心配過ぎた例もあれば、心配し無さ過ぎた例もあります。
1981年にレーガン政権が発足した際、日本のメディアはレーガン大統領のタカ派的性格を懸念しましたが、おそらくそれほど大きな問題は起きなかったと考えてよいかと思います。
それに対して、1969年にニクソン政権が発足した際、日本の頭越しに米中接近が待っていると予想した人はほとんどいなかったのではないかと思います。1993年にクリントン政権が成立した際にも、その後の数年間の激しい通商摩擦を予想できていなかったのではないでしょうか。心配の仕方が足りなかった例といえます。
トランプ大統領には懸念すべき理由が多々存在すると思います。
政策的には次の部分です。
① アメリカが相当な負担をして世界の秩序を支えるというこれまでの政策を放棄しかねないこと。
② 国際的な規範や人権といった価値について、ほとんど発言していないこと。
③ 通商問題で保護貿易主義的であるばかりか、その国際政治観も、かなりの程度通商やお金の損得勘定によって支配されていて、かなり一次元的なものとなっていること。
また、外交政策の決定の仕方においても懸念があります。
① 専門家を巻き込んで十分な検討や熟慮することなく、重要な政策を決定しているように思われること。台湾総統との電話会談や、「一つの中国」政策の見直しに言及したことなど、これに該当するかもしれません。ある意味で、トランプ大統領は自分が何を知らないかについて、知らないのではないかとも疑われます。
② 同盟国に対しても、重要な政策変更で十分な協議をしない可能性があること、も指摘できます。
③ さらに、全体として、政策の正しい把握という点で問題があるように感じられます。
具体的に、日米関係について、考えてみたいと思います。
これまで日本について、一方で通商問題で、日本に市場の閉鎖性や対米貿易黒字について批判してきました。
他方で、安全保障問題では、そもそも日本に対米防衛義務がないことを批判し、日本が駐留経費をさらに負担することを要求しました。
大統領就任後も、日本の自動車輸出について批判的に語っています。
大統領がこのように発言する一方で、ティラーソン国務長官候補は上院の公聴会において、対日政策について、従来のアメリカ政府の公式見解とほぼ同じものを表明しました。マティス国防長官やフリン国家安全保障担当補佐官も、同様の見解のようです。
これがまた不確実性を増します。
大統領と国務長官のどちらの見解が、公式のアメリカ政府の政策となるのでしょうか。このような矛盾は対ロシア政策などにも見られます。日本も世界も、最終的に、外交政策は大統領が自分の考えに基づいて直接決定するのか、それとも閣僚・補佐官に任せるのかがわからない限り、トランプ政権の方向性を読み切ることができない、といわざるを得ません。
日米関係に限定してみますと、トランプ大統領が次の点を理解しているか、不安が残っています。
① 日米安保条約第5条、第6条の意味を理解しているでしょうか? 5条はアメリカの対日防衛義務ですが、第6条はアメリカが日本の基地を、日本防衛以外にも使える権利を定めたもので、アメリカが日米同盟から得ているもっとも重要な権利です。すなわち、この同盟はアメリカにも大きな利益を与えていることが重要です。
② 新安保法制によって、条件が整えば日本は集団的自衛権を行使して、アメリカ軍とともに戦うことができるようになっていますが、このことを理解しているでしょうか?
③ 日系企業がアメリカで90万人分の雇用を創出していることを理解しているでしょうか?
当面は次の問題がとくに注目に値します。
オバマ大統領が公言したアメリカによる尖閣諸島防衛義務を引き継ぐかどうか?
南シナ海での「航行の自由作戦」継続を表明するでしょうか?
これらがないと、アジアの国際環境は一挙に流動化し、不安定化することになります。
日本にとっては、新大統領との日米首脳会談がきわめて重要となってきます。
これほど大きな不確実性の中で迎えられる首脳会談もほとんど前例がないと言ってよ いかもしれません。世界は突然、アメリカの重しが外れた国際政治状況に直面しつつあるのかもしれません。