・コミンテルン陰謀史観は正しいのか?秦郁彦氏による分析
はてさて、この「コミンテルン陰謀史観」とは歴史学的にはどの程度正しいといえるのだろうか。「コミンテルン陰謀史観」を、一刀両断のごとく喝破したのが歴史学者の秦郁彦氏である。秦氏はその著書「陰謀史観」(新潮社)の中で、田母神が2008年にアパの「真の近現代史観」論文の中で開陳した「コミンテルン陰謀史観」を「田母神史観」と命名し、以下のように鋭利にこの「史観」のトンデモ性を指摘している。
くだんの田母神論文は「ソ連情報機関の資料が発掘され…最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている」と書いた。根拠としてあげられているのは、『マオ 誰も知らなかった毛沢東』のほかに『黄文雄の大東亜戦争肯定論』と桜井よし子編『日本よ、「歴史力」を磨け』だが、後の二冊は『マオ』の受け売りだから、同じ周り灯篭を眺めたに過ぎないともいえる。(中略)田母神俊雄は「盧溝橋事件にしても、中国軍が最初に発砲したことは今では明らかになっている」と述べた後、「侵略どころかむしろ日本は戦争に引きずり込まれた被害者である」と断じる。さらに飛躍して「実は蒋介石はコミンテルンに動かされていた…目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった」と結論づけた。「シナ事変をはじめたのは中国側で、泥沼にひきづり込んだのはアメリカとイギリスでした」と論じる渡辺昇一史観と同工異曲かもしれない。因果関係を説明するのに、結果から原因へさかのぼる安直な論法だが、コミンテルン陰謀論者の間では珍しくない。蒋介石ばかりかルーズベルトや東条英機でさえも被害者に仕立てられるのだが、さすがに直取引は説得性が弱いと考えてか、側近や部下たちのシンパやスパイに踊らされたという構図にする例が多い。出典:秦郁彦著『陰謀史観(新潮社)』P.158、P.170~171、一部書籍名を補足、強調筆者
この他にも秦氏は明確な歴史的根拠を分析して「田母神史観=コミンテルン陰謀史観」なるものをことごとく撃砕している。そして上記引用でも述べたように、田母神の根拠とした3冊の書籍は、ユン・チアンによる『マオ 誰も知らなかった毛沢東』(日本刊行2005年)の受け売り(黄文雄、櫻井よし子)であることを見抜いている。ユン・チアンによる『マオ 誰も知らなかった毛沢東』を黄氏や櫻井氏や或いは田母神がどのように「受け売りしたのか」の詳細な分析は「学問的に無意味」と考えて秦氏は記述していないが、あえて私が書くとすると、まず最初にユン・チアンの、
計画(上海事変)の首謀者が蒋介石ではなく、ほぼ間違いなくスターリンだった、という点である。(中略)スパイは張治中という名の将軍で、(中略)モスクワは国民党軍の高い位置にスパイを送り込もうという確固たる意志を持っていた。出典:『マオ 誰も知らなかった毛沢東』戦争拡大の影に共産党スパイ P.341、一部要約あり
などがあり、それを黄(2006年)、櫻井(2007年)が追認していった、というのが時系列的に正しい説明であろう。そして2008年の田母神論文(2008年)と結実する。つまりユン・チアン(2005年)→1年後に黄、さらにその1年後に櫻井、そして3年越しに田母神と、この「コミンテルン陰謀史観」は培養されていったのである。
このような保守界隈で「正史」となっていったゼロ年代後半の「コミンテルン陰謀史観」の総決算が田母神論文であり、今回の「アパホテル問題」は、現在でも根強く残る、何ら歴史的根拠のないこの時期に培養された「コミンテルン陰謀史観」の残滓たる、「氷山の一角」なのである。
・素人でもおかしいと分かるコミンテルン陰謀史観
仮に歴史の素人でも、ソ連のスパイが毛沢東や蒋介石などを通じて日本を意のままに操り、やがてそれが日米戦争にまで進展するという歴史観は、裏返すと「ソ連のスパイに騙されて大戦争をするほど、当時の日本人は馬鹿だった」と言っているのに等しく、これこそ自虐史観の総本山のように思えるのではないか。「コミンテルン陰謀史観」を採用すればするほど、当時の日本や日本人は、ソ連のスパイに騙されて操られるくらい、馬鹿で愚鈍であったと自虐しているに等しいであろう。
1936年から1938年にかけて、ソ連はスペイン内戦に介入し、多数の共産党員や軍事顧問団をスペイン政府軍側に送った。しかし、ソ連が支援したスペイン政府軍は、反乱軍たるフランコ将軍に勝てなかった。あるいは1941年6月、独ソ不可侵条約を侵犯してドイツ軍がソ連領に殺到した。ソ連軍は散々蹂躙され、すわモスクワ陥落寸前にまで戦局は悪化した。コミンテルンが毛沢東や蒋介石を意のままに動かし、ひいてはルーズベルトまでを操って日本に戦争を仕掛けるように差し向けるほどの実力を持っているのだととしたら、どうしてフランコに勝てないのだろうか。どうしてドイツ軍の独ソ戦緒戦で敗北を重ねたのだろうか。このように「コミンテルン陰謀史観」とは、単純な教科書知識のみであっても、簡単に撃砕することのできる、歴史学的根拠の全くない、出鱈目・トンデモの類なのである。
問題は、このような何ら歴史的根拠のない陰謀論が、元谷氏をはじめ保守界隈に地下茎のように行き渡り、それに寄生するネット右翼(保守)をはじめ、多くの保守界隈の人々がいまだにこの「コミンテルン陰謀史観」を信奉しているということだ。今回の「アパホテル問題」は、単にアパホテルの経営者の個人的思想の開陳というお話ではなく、保守界隈に蔓延する「コミンテルン陰謀史観」から出発した「日本被害者史観」の培養、そして南京事件の完全否定や慰安婦の全否定などの、歴史的根拠のない「間違った」歴史観の先端が世界に露呈したという点だ。
・「史学」を名乗れぬトンデモ
本稿冒頭で述べた通り、たとえ間違いとはいえ、自らの信じる歴史観を本にまとめ、それを私企業が客室に置く行為は言論の自由である。しかし、その内容は到底「真の近現代史観」とか「理論近現代史学」などと、苟も「史学」を冠するには到底ふさわしくない俗流にも劣る、根拠なき「陰謀史観」に他ならないのである。糾弾されるべきなのはアパグループとか元谷氏ではなく、このようなトンデモ「陰謀史観」を正史として疑わず、そのまま界隈の常識として運用し続ける保守界隈全般の知的堕落に向かうべきではないだろうか。
なぜなら、すでに書いたように、仮に元谷氏の著作を客室から撤去したにせよ、この手の陰謀論は次から次へと、また別の場所で沸き起こるからである。誰かがこのような陰謀論の歴史学的根拠の無さを指摘しようにも「反日だ」「左翼だ」の一言で、逆に被糾弾者間の結束が強まるだけだからである。
すでに述べたように「コミンテルン陰謀史観」は、保守界隈に根深く浸透しており、専業作家ではない元谷氏は、すでに先行していた黄氏や櫻井氏の言葉を転用したに過ぎないと容易に推察できる。そしてその黄や櫻井すら、秦氏が鋭利に指摘したようにその「元ネタ」はユン・チアンの本にすぎない。まさに秦氏の指摘通り「同じ周り灯篭を眺めたに過ぎない」といえるのである。
秦郁彦氏は、陰謀史観の本質を次のように評している。
(陰謀史観にある)この種の矛盾や疑問を問いただしても、仕掛け人たちはびくともしない。論証をされても「参った」とは言わないし、予言が外れても平気で手直しするだけに終わる。読者も苦にしないどころか、逆に「トリック破り」を白眼視する傾向さえある。だからこそ、陰謀論と陰謀史観はいつの時代でも栄えていくのだろう。出典:前掲書、P.248、括弧内筆者
第二、第三の「アパホテル問題」は、またすぐに発生するだろう。
※Yahooニュースより転載
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