里見女流名人、5五銀から始まる逆襲!…将棋女流名人戦第3局
里見香奈女流名人(24)=女流王座、女流王位、女流王将、倉敷藤花=と挑戦者・上田初美女流三段(28)による5番勝負第3局が29日、千葉県野田市の関根名人記念館で行われ、後手の里見が84手で勝って対戦成績を1勝2敗とした。カド番の女流名人は、伝家の宝刀「ゴキゲン中飛車」で中央突破を断行。飛車捨て覚悟の積極手△5五銀を実らせての完勝譜となった。第4局は2月5日、岡山県真庭市の湯原国際観光ホテル菊之湯で行われる。
血に飢えた獣のように、里見の駒が盤上を駆け巡っていく。「勝ち将棋、鬼の如(ごと)し」の格言通りの寄せ。逃げ惑う上田玉を力で討ち取った。「最後の最後まで気を引き締めて指せました」。局後の里見は淡々と言葉を発し、穏やかな表情を浮かべた。
まさかの開幕連敗で即カド番に。30度目のタイトル戦で初めて経験する窮地だったが、最強女流名人はむしろ前向きだった。「こういう経験はないので、いかに力を発揮できるかが今後の自分のためになると思って、盤上のことだけを考えて挑んでいました」。後手における伝家の宝刀「ゴキゲン中飛車」を、敗れた第1局に続いて再投入。左金を前線に進撃させ、中央で戦いを起こす積極的な指し回しでペースを握ると、昼食休憩明けに25分の考慮で指した飛車捨て覚悟の48手目△5五銀が形勢を引き寄せる一手となった。「1局目は時間を使わなさすぎて、2局目は時間を使いすぎた。そのあたりは気をつけて指せました」。タイムマネジメントもパーフェクト。遊び駒もなく盤上を制圧し、絵に描いたような完勝譜となった。
故郷・出雲での第2局(22日)で2敗目を喫した後、家族と過ごした時間で初心に帰った。山陰地方が大雪に見舞われた翌日、両親、兄、妹(咲紀女流1級)、祖母らで「せっかくだから」と鳥取県米子市の皆生(かいけ)温泉へ向かった。「雪道をバスと電車で7時間もかけて行って。着いたら夜遅くてすぐに寝ましたけど、本当に楽しかったです」。雪の中の珍道中。久しぶりに心の底から笑った。
介護職員として忙しい日々を送る中、旅行に駆け付けた兄・卓哉さん(28)は、里見にとって恩人でもある。「私に将棋を与えてくれた。兄がいなければ将棋は指していなかったと思います」。後にアマチュア強豪となる兄が四間飛車党だった影響で振り飛車党になった。2014年の体調不良による休場中、ずっとエールを送ってくれたのも兄だった。「一緒に頑張ろうよ」「たまにはドライブでも行こう」。昨年11月、卓哉さんの結婚式。女流王座戦のため出席できなかった里見は、サプライズの手紙を送った。「お兄ちゃんのおかげで今、頑張れています。本当にありがとう」。
絶対に負けられない一局。里見は迷いなく飛車を振った。窮地を救ったのは、小さな頃から兄とともに磨き上げた中飛車だった。(北野 新太)