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2017/01/29 日

柳澤健「1984年のUWF」と、オレの「U」

| 柳澤健「1984年のUWF」と、オレの「U」を含むブックマーク 柳澤健「1984年のUWF」と、オレの「U」のブックマークコメント

「1976年のアントニオ猪木」ほか、クッソ面白い数々の著作で知られる柳澤健さんの新作「1984年のUWF」を読んだ。

1984年のUWF

1984年のUWF

自分は雑誌「Number」での連載は断片的に数えるほどしか読めておらず、今回の単行本でまとめて読んだ。寺田克也画伯の装画がメッチャカッコいい。だがズバリ言って、「ああ、いい本を読んだなあ」という満足感は皆無だ。これはそんなに単純な、簡単な話ではないのである。読み終えた時の自分の表情は険しかったと思う。様々な感情が去来してウーン、ウーンと唸りをあげるばかりだった。要するに動揺し、狼狽したのだ。

2年ほど前、柳澤さんの次回作のネタがUWFであると聞いた時、実はすでにオレにはイヤなイヤあな予感があったのだ。UWFという現象、思想、共同体、運動体、道場、興行、報道、文学、あれやこれやそれらには様々な「史観」が乱れ飛んでおり、およそ簡単には総括できず、人それぞれの中に我思うUがあり、故にUあり、国破れてサンガリア、表に現れた事象だけとってもいろいろな人がいろいろな事を語っている「藪の中」状態。しかし柳澤健が書くとなれば、これはもう強い説得力と鋭い筆致でビッシビシ総括してしまうだろうから、わたくしとしてはアッ、ちょっと待ってください!(山本小鉄)という心境だったのだ。つまり恥ずかしながら、自分の中のUの記憶のカサブタはいまだに癒えてないのだ。あの頃の煮えたぎるグチャグチャを断罪しないでくれ、あと30年くらい待ってくれという弱音も本音の一部だった。

1972年高松生まれのオレは「1976年のアントニオ猪木」に間に合わなかった(4歳だったからな)。記憶にあるのはスタン・ハンセンやタイガー・ジェット・シン、アンドレ・ザ・ジャイアントらと闘う猪木だ。小学3年生から5年生の頃にかけて活躍したタイガーマスクには夢中になった。タイガーはすべてのガキどもの英雄だった。また、1983年高松市民文化センターで行われたアントニオ猪木と前田明(当時)の唯一のシングルマッチ(第1回IWGP公式リーグ戦)をオレは2階最前列から生観戦している。これは一生の自慢である。若き前田がスープレックスを幾つか披露し、猪木の適当な延髄斬りでピンフォールされた。オレは声を枯らして猪木を応援したものだ。高松市民文化センターには様々な思い出があるが、今はもうない(高松市民文化センター Wikipedia)。そして同年6月、IWGP決勝戦の猪木失神事件には度肝を抜かれた。人間不信!

四国高松のガキだったオレにとってテレビ放送のない第一次Uは、週プロや大スポの中で時折見かける「白黒写真」だった。新日を退団したタイガーマスク=佐山サトルや前田や高田やシロネコ(山崎一夫)や藤原が、ロープに飛ばずキックしまくる地味なプロレスをやっている「らしい」団体だった。相変わらず新日はテレビでやってたし、オレは普通に藤波対ディック・マードックなんかを手に汗握って観てたと思う。第一次Uが地方興行で苦戦したのも当然だ。

前田日明たちの新日Uターン(Uだけに)時代は鮮やかな興奮に彩られている。そしてオレが高校生になった時、新生UWFが旗揚げした。UWFは大ブームになり、前田はリコーのCMや缶コーヒーWESTのCM、「斉藤さんちのお客さま」などのテレビに出まくり時代の寵児となった。前田には強烈な魅力があった。中二病という曖昧な言葉を使うのには抵抗があるが、あの頃の前田日明は「男の中の中二心」を最大限刺激する存在だったと思う。ウルトラマンの敵ゼットンを倒すために起った志、大阪の喧嘩屋という出自、暴力と知性を併せ持つ純朴な人柄、黒髪のロベスピエール、朝日ジャーナルと少年マガジン、片手にピストル、心に花束、唇に火の酒、背中に人生を。アアア〜。

オレは週刊プロレスUWF増刊号を握りしめながら、このクソ高校を卒業したらこのクソ田舎を出て東京に行ってUWFを観るのだ、そう思っていた。しかしオレが高校を卒業する直前、Uは分裂崩壊した。フロントと前田の対立を伝える週刊プロレスの誌面には、異常に細かい文字で横領疑惑だの株式保有だの会計監査だの弁護士事務所だの、ワケの判らぬ記者会見の記事が載っていた(あの号マジで凄かったよな)。1990年12月の松本バンザイ事件を経て第三次U再出発かと思われたが、年明けの前田の自宅における集会でパーとなった。上京してからのオレは青春の幻想のかけらを拾い集めるように各U系団体(主にRINGS)を渡り歩いた。 …と言えば聞こえはいいが、実際は新日に全日にFMW、WARにW☆ING、対抗戦時代の女子プロレスなど、90年代に花開いた爛熟のプロレス文化を満喫する立派なボンクラになったわけだ。

「1984年のUWF」はオレの疎い「第一次U」を中心に描いている。新日Uターン時代や新生UWF以降のことは、たいへん駆け足のダイジェストになっている。しかし、どの時代にもいろいろあったんですよ。それはもう、本当にいろいろなことがあったんですよ。いつだって大変だったんですよ。旅館とかブッ壊したんですよ。全部書いてりゃ何冊書いてもキリがないかもしれないんだけど。この本が新生UWFをある種の空虚な時代としてアッサリ描いていることに、オレは到底納得できない。いや実はこの本の通り、確かにまったくもって空虚な時代でもあったんだけど、でもだがしかし、決してそれだけじゃなかったんですよ。新生Uは佐山思想のパクリで人気になったわけじゃない。いや概ねパクったのは事実であっても、それが人気の原因ではない。新生Uのブームは、前田日明という人間が時代にハマったことに尽きるんですよ。大衆はかつてタイガーマスクに恋をしたけど、佐山サトルやシューティングが大衆に愛されたことなんか一度もなかった。タイガーマスクだけが愛されたのだ。このことは佐山を苦しめただろうし、ある時は救いもしたことだろう。そして前田は、この本の中でターザン山本が言うような「カネと女とクルマにしか興味がない」人間ではない。三島や太宰、ゼロ戦やマッキントッシュ、日本刀やサバゲー、巨乳AVにも興味あるんやで。

この本がジェラルド・ゴルドーや神新二、ターザン山本や堀辺正史ら、発言そのものをまずは半信半疑で聞くべき面々の言葉を、けっこうそのまんま受けとめて書いているのも気になるんだよなあ。そのあたり、愛読するブログのふるきちさん(id:fullkichi1964)が、この本(連載時)についての反感や感心を率直に書いている。

リトマス試験紙としての「1984年のUWF」。 - ふるきちの、家はあれども帰るを得ず。

この記事内のリンクから、連載当時のふるきちさんの感想をすべて読んでいただきたい。前田対ニールセンについての記事なんか、胸を打たれます。「1984年のUWF」は、ふるきちさんの言う通り「リトマス試験紙」なのだと思う。さしずめオレなんかダメな口だ。いまだに前田が何を言った誰をディスったに過敏に反応して動揺してしまう。前田日明は人生の一時期、オレの英雄だった。そして今もどこかしら現在進行形の存在なのだ。もうねえ、いっそ早いとこ死んでほしいですよ。そうすりゃいくらか、心が休まります。

なぜか冒頭に登場し、Uの話を読もうとしていた我々読者を戸惑わせる「北海道の少年」中井祐樹が巻末に再登場して、UWFの始まりから終わり、この長かった時代を振り返って俯瞰してみせるくだり。ただただ感慨深く、グッとくる。振り返るだけならわたくしのようなクソプオタでもいくらでもできるんだけど、時代の中で価値観を揺さぶられながら、時代の中に偉大なる足跡を確かに残してきた中井祐樹が振り返るからこその絶大な価値がある。文句や反感を少なからず覚えた本書なれど、この人選には脱帽するしかないのであります。

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

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藪の中 (講談社文庫)

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本当の強さとは何か

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