二本松少年隊−秋に菊が咲くころに−

第五話『会津士魂』

 白虎隊士の酒井峰治は救われた。龍次郎の持っていた甘藷を腹に入れ、簡単な応急処置もほどこされた。一息つくと峰治は龍次郎に平伏した。
「……?」
「会津人として、二本松少年隊には心より詫びねばならないと思っていた。会津のために我ら白虎隊より幼き少年たちが戦って散ったと聞き及び、我らどれだけ申し訳ないと思ったことか。顔向けできないと涙いたした……」
「……それは違います。我ら少年隊は会津のためではなく二本松のために戦ったのです」
「龍次郎殿……」
「それより、えーと」
「ああ、これは失敬。私は酒井峰治と申す」
「では峰治さん、城に行きましょう。近くに民家を探し、野良着を手に入れましょう。峰治さんもオレと同じく農民の風体になれば城に戻れます」
 さっきの西軍兵が持っていた銃と弾、それを峰治に渡した龍次郎。
「さすがにいいの使っています」
「これは……」
 龍次郎の持つ銃と見比べる峰治。
「龍次郎殿の銃と同じ、シャスポー歩兵銃か」
「はい、オレは伝習隊の大鳥隊長からもらいました」
「うん、しかしこの銃を戸の口の戦で持っていればなあ……」
「それはお互い様です。オレも大壇口の戦いの時にこれがあればと思いました」
「過ぎたことはお互い仕方ない。これがあれば、これからの戦も戦える」
「はい」
「龍次郎殿、ご貴殿は何故会津に」
「二本松の士として、そして師と仲間たち、家族の無念を少しでも晴らすために」
「ご家族の……」
「父母も、兄と義姉も、妻も殺されました……」
 無念に目を閉じた峰治。自分より幼いこの少年が自分以上の悲しみを背負っている。やがて龍次郎と峰治は民家を見つけて、そして金を払って寝床を提供してもらい、そして野良着と食糧と水を分けてもらった。民家を出るころには死のうなんて気持ちは消えていた。峰治は驚く。体力と腹が満たされれば、これほどに戦意は戻ってくるものなのかと。仲間たちはどうしているだろう。だが今は城に戻ることだ。生きていれば城で会える。山を降りかけたころだった。一頭の犬が駆けて来た。
「わんわん!」
「クマ!」
「知っている犬なのですか?」
「私の家の犬です。よく来てくれた! オレを迎えに来てくれたんだなクマ!」
 号泣して愛犬を抱く峰治であった。より希望が見えた。だが時を同じくして峰治の仲間たちである白虎隊には絶望が訪れていた。

 空腹、疲労困憊、かつ負傷重い白虎隊の少年たちは飯盛山の頂上に向かった。そこへ行けば城下の様子が伺えると思ったからであった。
「はあはあ…。みんながんばれ……」
 篠田儀三郎が仲間たちを励ます。もう自力で歩けない親友の永瀬雄次の肩を担いで歩く林八十治。
「大丈夫か雄次、もう少しで頂上だぞ」
「すまん……八十治」
「水くさいことを言うな。友達だろ」
 水路の洞穴を潜り、そして険しい山道を登る少年たち。やがて頂上に到達。篠田儀三郎はよろめきながら城下が見渡せる場に歩いた。樹木に掴まり、体を安定させて城下を見た時、篠田儀三郎は我が目を疑った。悪夢の光景が見えた。
「お城が……」
 衝撃のあまり、樹木で体を支えられなくなった儀三郎は転倒した。そしてまた、しっかと鶴ヶ城を見た。認めたくない現実が目に飛び込んでいる。
「お城が燃えている……! お城が!」
 儀三郎が言うと、頂上に到着して疲労困憊のあまり座りこんでいた仲間たちは耳を疑い、体を叱咤して歩き、儀三郎のいる場所へ行った。そして見た。会津鶴ヶ城が炎上していたのである。
「ああ……! お城が! オレたちのお城が燃えている!」
 悲痛に叫ぶ間瀬源七郎。
「お城が燃える……!」
 全身のチカラが抜けて膝を落とす伊東梯次郎。
「会津が負けた……! 無念!」
 号泣して叫ぶ野村駒四郎。白虎隊二十名、呆然として城下を見る。自分たちの誇りであり、心の支えの鶴ヶ城が炎上している。白虎隊士は絶望した。
「城が落ちては……もう殿も……我らの家族も生きてはいまい……」
 地に拳を叩きつける儀三郎。
「何で……何で薩長ごときに会津が負けるのだ……! 会津は、殿は間違っていないのに! 何で負けなくちゃならないんだ!」
 号泣して何度も地に拳を叩きつける永瀬雄次。
「もう言うまい……勝敗は時の運……。このうえは立派に死んで未来永劫、会津の英霊となろう」
 儀三郎が言うと、仲間たちは全員頷いた。白虎隊は整然と並び、鶴ヶ城の方角に平伏した。伊東梯次郎が詩吟を発した。文天祥の詩である。
『人生古より、誰か死無からん。丹心を留取して汗青照らさん……』
(人は誰しもが死ぬのだ。誠を尽くして、後の世まで名をとどめよう)
 その詩吟が終わると、石田和助が
「手傷苦しければお先へ」
 と切腹した。
「見事なり和助、みんな和助に遅れてはならん、会津の名を不朽のものとするために! さらば!」
 篠田儀三郎も腹に刀を刺して切った。永瀬雄次と林八十治はお互いに刃を当てた。
「雄次、何度生まれ変わってもオレたちはずっと親友だ!」
「ああ、八十治! また会おう!」
 刺し違えて倒れる永瀬雄次と林八十治。伊東梯次郎、野村駒四郎、間瀬源七郎は別れを言った。
「駒四郎、源七郎、さらばだ」
「今度生まれくる時も、また会津で会おう」
「ああ、また磐梯山のふもとで会おう」
 伊東梯次郎は腹を突き、野村駒四郎は腹を切り、間瀬源七郎は刀の柄を地に付けて、刃に自ら突き刺さっていった。伊藤俊彦は
「母上様、どうかご無事で」
 と叫び、自らの喉を刺した。石山虎之助はもう自力で自害ができず、刀を持ったまま仲間たちの死を見つめていた。それに気づいた西川勝太郎。
「どうした虎?」
「あはは…。情けない。チカラが出なくて自分に刀を刺せない」
「安心しろ、オレがやってやる」
 友の心臓めがけて刀を突きつけた勝太郎。
「いいか」
「うん」
 心臓に刀が突き刺さった。虎之助は笑みを浮かべ『ありがとう』と述べて死んだ。勝太郎もすぐに自らの首を切った。
 壮絶な白虎隊士の自決であった。しかし、少年たちが見た噴煙は鶴ヶ城周辺の武家屋敷が燃えていたものであり、鶴ヶ城はまだ落ちていなかった。世が明治と改まるわずか十六日前のあまりに早すぎる死であった。この中に一人死にきれていない少年がいた。飯沼貞吉である。この惨劇の場にたまたま通りかかった老婆に救出され、息を吹き返した。

「お、お城が落ちていない!? ウソをつくな!」
「ウソじゃねえす! お殿様もご家来衆もまだ戦っておられまっす!」
 貞吉は動かぬ体を叱咤して農家の庭に出て鶴ヶ城を見た。
「な……!?」
 鶴ヶ城は落ちていなかったのだ。無論、炎にも包まれていない。
「じゃあ、我らが見た炎は何だったのだ! 確かに燃えていたんだ!!」
「それはたぶん……お城の周りの武家屋敷が燃えていた炎じゃないかと」
 老婆の言葉に呆然として膝を落とす貞吉。仲間たちは何のために死んだのだ。
「な、何ていうことだ! 城はまだ落ちてはいなかったのか…!!」
 白虎隊の見た火炎と噴煙は士気高揚を図るため会津藩そのものが放ったと云う説もある。もしこれが事実ならば何という皮肉であろうか。
「会津はまだ負けてはいなかった…! 儀三郎殿…会津はまだ敗れていなかった!」
 しかし、今さら死んだ者は生き返らない。貞吉は
「オレは飯盛山に行く。みんなと一緒に死ぬんだ!」
 負傷重く、とても行けるものではない。動かぬ体を呪い貞吉は助けた老婆に
「何でオレを助けた! なぜあのまま死なせてくれなかったのだ!」
 と号泣し、飯盛山に向かい地に頭つけて仲間たちに生還したことを詫びた。しかし不本意ながら彼が生き残ったことで後の世に白虎隊の伝説が残るのである。

 そして白虎隊と同じく、会津戦争の悲劇の象徴と言われる一隊がある。会津婦女薙刀隊、通称『娘子軍(じょうしぐん)』である。
 会津の要衝の地であった母成峠、そして十六橋を突破した西軍は大挙して会津城下に雪崩れ込んできており、藩士の婦女子は城に入るように城下町の早鐘が鳴った。この時、中野竹子はただちに髪を切り、着物のうえに義経袴、白い鉢巻、大小の刀を握り、そして大薙刀を装備して母のこう子、妹の優子と屋敷を飛び出した。
 中野家の女たちに続くのが依田まき子・菊子姉妹、岡村咲子、神保雪子(神保修理の妻)、そして高橋寧々、彼女たちが後年に『娘子軍』と呼ばれることになる。竹子たちが城下に出ると、すでに西軍兵が往来に満ちていた。
「あね様、とても突破出来ない!」
 妹の優子が言った。
「死すなら城で。道が使えなくても、ここは我らが子供のころから遊び歩いた城下町。家々を伝い城に行きましょう」
 母のこう子も頷いた。
「母上、ここで自害して果てて国のために何の働きも出来ないのは無念、照姫様(容保の姉)をお守りするために我ら戦いましょう!」
「よく申した竹子、さあ行くわよ!」
 娘子軍は家々を伝い、西軍に見つからず上手に鶴ヶ城に近づいていった。その途中で『照姫様は坂下宿へ退避した』という情報を得て、竹子たちは進路を変えて坂下宿へと向かったが照姫はすでに鶴ヶ城に向かっていて行き違いになった。もっとも、坂下宿ではなく鶴ヶ城に向かったとしても鶴ヶ城の周囲には西軍が満ちていたであろうから入城は困難だったろう。今回の行き違いも完全に裏目と云うわけでもない。
 その日は近隣の寺に止まり、善後策を講じた。我らだけでは捕らえられる。捕まればどんな辱めを受けることか。白河と二本松の城下で西軍が何をしてきたか。だがそうは簡単に捕まらないし、自ら死ぬ気もない。何とか敵勢を蹴散らして城に入る。それが竹子たちの結論であった。
 しかし、その時に寺の住職から朗報が届いた。会津藩家老の萱野権兵衛が越後から退却してきて、現在こちらにむかっていると云う。無論藩兵を連れている。すぐに中野こう子は寺の小僧に使いを頼んで合流を許可してもらった。藩兵と一緒ならば心強い。ホッと胸を撫で下ろす中野優子だが
「安心するのはまだ早い、聞くところによると長州と大垣の一隊が明日にもこちらに寄せるとのこと。一つの合戦もなく城に入られると考えてはなりません。我らは萱野様の軍勢と共に戦うのです」
「は、はい、あね様」
 一人、震えている娘がいた。
「怖いの? 寧々」
 と竹子。寧々は中野家の近くに住む高橋家の娘で、身寄りはなく兄と二人暮しであった。しかし兄は母成峠の戦いで戦死している。もはや天涯孤独な身である。竹子は幼いころから妹分としてかわいがってきた。当年十五歳。
「い、いいえ。怖くなんか」
「いいのよ、私だって怖いし。初めての実戦、やっぱり怖いわ」
「実戦」
「今までやってきたのは道場での試合、でも明日は違う。負ければ殺されるか、女として最大の恥辱を味わうことになる。私たちの初陣にて最後の戦いになるかもしれない」
「あね様」
「ん?」
「もし負傷して戦えなくなり、薩長に捕らえられそうになったら…あね様、私に止めを」
「………」
「私が純潔を捧げるのは会津のために命を駆けて戦う殿方だけです。誰が薩長ごとき野蛮人に」
「分かったわ。私も…同じことを母上様に頼んであるのよ」
「え?」
「考えることは同じね。うふふ」
 翌日、彼女たちは越後から退却してきた萱野権兵衛率いる軍勢と合流し、鶴ヶ城に入城すべく進軍していった。そして湯川にかかる柳橋のたもと、城下から攻め進んできた長州と大垣の連隊と激突。
「おお、あれは女子じゃ! 天の贈り物じゃ! 殺すなよ、生け捕りにせよ!」
「ふざけるな!」
 何て恥知らずども、と竹子は思う。会津の男は『外で女と話をしてはいけない』と幼いころから己を厳しく律している。そんな武骨な会津の男たちが好きな竹子。それに比べて長州と大垣の男どもはなんだ? 女子を陵辱する対象にしか見ないヤツなど男ではない。竹子は唾棄して敵勢に向かった。会津藩の女子は薙刀の達者が多い。気後れすることなく敵勢に突貫する娘子軍。
「せやああ!」
 竹子は幼少の頃から鍛えに鍛えた薙刀の技を発揮、身の丈以上の長さの薙刀を小枝のように振り回す。返り血が美しき顔に飛ぶ。それでも薙刀を振るう、斬る、薙ぎ倒す。娘子軍は固まって戦った。そして一直線に突き進む。女傑の竹子を補佐するように女たちは戦う。母のこう子も、妹の優子も、そして寧々も。
 竹子たちを侮り、生け捕りにしようと鉄砲を使っていなかった西軍も顔色を変えた。何とか肉弾戦で組み敷こうとするが娘子軍の抵抗はすさまじい。
「あね様に遅れをとるな!!」
 と、寧々も戦いの恐怖と戦いながらも薙刀を振るっていた。
「女子とてかまわん! 足を撃って自由を奪い生け捕れ!」
 焦れた西軍の部隊長が言った。
「卑怯な西軍め! 女に鉄砲を使わなければ勝てないか!」
 他の会津藩兵がそんなことをさせない。すでに白兵戦の様相。鉄砲は役に立たない。構えているうちに斬られる。
 ついに西軍を退却させるに至った。しかし西軍の鉄砲は退却と同時に追撃を阻止すべく火を噴いた。そして、非情にも二発の銃弾が竹子の胸を貫いた。
「……!!」
 竹子は吐血しながら戦場に倒れた。
「「あね様!!」」
「「竹子さん!!」」
 すでに意識もうろうの竹子の元に駆け寄る娘子軍。優子と寧々は号泣して抱きかかえた。せっかくこの遭遇戦に勝って西軍を退かせたのに、どうしてあね様が。
「竹子ーッ!!」
 母の声にニコリと笑った竹子。
「母上、介錯を……」
 母のこう子はまさか本当にすることになるとは思わなかったろう。もう自分など足元にも及ばない強さであった娘竹子がよもや。竹子の負傷は深手、もう助からない。こう子は泣きながら脇差を抜いて、竹子の心臓に突き刺した。竹子はそのまま息を引き取った。号泣する女たちにこう子、
「行くわよ」
 と、気丈に言った。娘子軍は泣きながら萱野権兵衛と共に城へと進んでいった。中野竹子享年二十二歳。竹子の薙刀には辞世の句を書いた紙が結ばれていた。
『もののふの猛き心にくらぶれば 数にも入らぬ我が身ながらも』
 娘子軍のこの時の戦死者の数は伝わっていない。しかし明確に分かっていることがある。中野竹子が戦死したこと。そして神保雪子が捕らわれていたと云うことだった。

 時を同じころ、城下町も悲劇が起きていた。筆頭家老の西郷頼母の家族たちは集団で自決。その家に入った土佐藩士の中島信行、まだ生きている少女を見つけた。
「生きているのか……!」
 少女は頼母の長女で細布子と云った。
「あ、貴方はお味方ですか、敵……ですか」
「味方じゃ、安心なさい」
「ど、どうぞ、止めを……!」
「……心得た。今、楽にしてしんぜる」
 中島は伏せる細布子の肩を少し持ち上げ、心臓に刀を突き刺した。中島は合掌して西郷家を去っていった。

 神保雪子が連行されていった大垣藩の本陣、当初は陵辱してやろうと思った西軍兵であったが、雪子はすでに放心状態。まったくの無反応であり、気が触れていると思われたのか捕縛されて、後に斬首となる運びとなった。大垣藩本営の庭先で縛り上げられている雪子。
 その大垣藩の本営に所用で訪れた土佐藩の吉松速之助(後の吉松秀枝)が雪子を見た。そして大垣藩の士官に訊ねた。
「この女は?」
「ああ、先の会津との遭遇戦で捕らえました」
「では、会津の薙刀女隊の?」
 先の娘子軍の活躍は他の西軍部隊にも届いていた。
「そのようです。中々の薙刀の使い手でしたが、何やら戦のさなかに気でも触れたか、何を聞いても答えないし、犯そうとしても抵抗すらしない無反応、気味が悪いので後ほど首を刎ねることになっています」
 髪はほつれ、やつれている雪子が哀れに見えたか、
「鶴ヶ城の落城はもはや目前、今さら婦女子を殺しても無益であろう。逃がしてやったらどうか」
 と、吉松は取り成した。
「これはしたり、賊を捕らえれば殺すのが我が藩の軍法、他藩の口出しは無用に願います」
 大垣藩の士官は去っていった。
「……ふん、親藩の二本松を平気で攻撃しただけはある。この後に及んで無用な殺生をしくさるお前らの方がよほど賊よ」
「……もし」
 雪子が吉松を呼んだ。
「ん?」
「お頼みがあります」
「何か」
「腰のものを貸して下さい」
「腰の?」
「自害いたしたいと存じます」
「…………」
 吉松は周囲を見て、ゆっくりと雪子に近寄り彼女を捕縛する綱を切った。
「逃げられよ」
「……いいえ、逃げません」
「逃走中に他の西軍の者に捕まりたくないのは分かる。私の部下に貴女の家まで送らせる。逃げなさい」
「……もう帰る家はありません。父母は自害して果て、良人は鳥羽伏見の敗戦の責任を執り自害に追いやられました」
「…………」
 雪子の良人は会津藩家老の神保蔵之助の長男神保修理である。公用方として容保の信任厚かったが鳥羽伏見の敗戦の責任を執らされた。鳥羽伏見の戦いのさなか、徳川慶喜と松平容保は大坂城から引き上げてしまった。まだ部下たちが戦っていると云うのに。徳川慶喜と松平容保に薩長軍に錦の御旗ありと第一報を送ったのは修理である。両名の大坂退陣はそれが原因と会津藩内に修理に対して怒りが向けられた。もはや彼が責任を執らなければ会津は収まらなかった。修理にとれば完全な言いがかりであるが、彼は取り乱さず整然と腹を切った。
 母成峠ふもとの村を焼いたのも自分の足を食う蛸の様相と云うのならば、この修理を死に追いやったのもまた同じかもしれない。修理は父の神保蔵之助や舅の井上丘隅にも自慢の息子だった。思慮深く器量も大きく、人望も厚かった。京に滞在中に人脈を広げ、現在会津を攻めている西軍要人の中に知己もたくさんいたのである。彼が健在ならば戊辰戦争は違った展開となったかもしれない。
 それなのに、会津は修理を斬った。良人を斬った。雪子にとって藩主容保はすでに主君ではなく良人を死に追いやった仇敵同然であった。
「ヤケクソで薙刀を執って戦いました。しかしもう何もかも虚しくなり……もはや亡夫のもとに行き再会することだけが私の望み……」
「分かった。ならば介錯を」
「……無用にございます」
「左様か……」
 吉松は雪子の前に脇差を置いた。着物が乱れないよう白帯で大腿部を締めた雪子。そして
「ぐっ……!」
 喉を突いて絶命した。神保雪子、享年二十六歳。

 酒巻龍次郎と酒井峰治はようやく会津城下に到着。しかし城下は火の海、城は囲まれていて入城できない。どうしたものかと思案しているところに家老の萱野権兵衛率いる軍勢が到着し、それに呼応して同じく家老の佐川官兵衛が出陣。龍次郎と峰治も急ぎ参戦、やがて包囲していた西軍一角を粉砕して萱野権兵衛と娘子軍、そして酒巻龍次郎と酒井峰治は入城を果たしたのだ。
「やったね峰治さん!」
「ああ! お前の参陣の許しはオレが間違いなく取り付ける! 安心してくれ!」
 今までの道中で龍次郎と峰治は兄弟同然の間柄となっていた。萱野権兵衛の帰城で湧く鶴ヶ城内、そこで龍次郎は一人の少女と目があった。自分に歩んできている。
「さっきはありがとうございました」
「……?」
「私を捕らえようとした西軍兵を撃ってくれました」
 龍次郎は今の小競り合いで婦女子を生け捕ろうとした西軍兵を射殺していた。
「ただの偶然です」
「……!?」
「とにかく無事で何より……?」
 少女が自分を見て驚いているのに気づいた。
「……? 何か」
「貴方様は会津の人ではございませんね? 会津の男ならば戸外で女と話しません」
 会津藩の武士には『戸外で婦女子と口を聞いてはなりません』と云う厳しい掟がある。会津で生まれ育った寧々は男子に物事を言っても無言で返されることが当たり前であったので、龍次郎が言葉を返してきたことに驚いたようだ。
「私は二本松武士の子弟です。二本松には女と話してはいけないと云う決まりはありません」
 内心不快の龍次郎、少女は自分より背が高いのでさっきから見おろして物事を言っている。
「龍次郎ーッ!」
 龍次郎の参戦を隊長級の武士に頼みに行っていた峰治が戻ってきた。
「峰治さん」
「喜べ、参戦が認められたぞ。お前の鉄砲の腕前を見ていたらしい!」
「やった!」
「じゃ、明日の戦でな。オレは母上とおばば様に帰城の報告をしてくるよ!」
 峰治は母と祖母がいるであろう城の台所へと駆けていった。さっきの女がまだいたので
「申し遅れました。二本松藩、酒巻龍次郎と言います」
 名乗った龍次郎。
「私は高橋宗助の娘、高橋寧々です。よろしく」
 寧々も微笑んで返した。寧々は内心ドキドキしていた。同年代の少年と会話をしたのはこの時が初めてであったのだ。
 二本松少年隊の龍次郎、娘子軍の寧々、皮肉にも戊辰戦争があったらこそ巡り合えた二人だった。そして翌日から西軍の会津総攻撃が始まった。龍次郎と寧々は生き残れるのか。


第六話『落城の挽歌』に続く。