時論公論「新横綱誕生の意義」刈屋富士雄解説委員 2017.01.25


生字幕放送でお伝えします
第72代横綱・稀勢の里が誕生しました。
茨城県からは、81年ぶり4人目。
日本出身力士の新横綱も、19年ぶりになります。
初場所前には綱取りが話題となりませんでしたので、場所後の横綱昇進に喜びとともに、驚かれた方も多かったと思います。
今夜の時論公論は、稀勢の里関の横綱昇進の背景と、綱取り成功の要因、そして、新横綱への期待について考えてみたいと思います。
今回、日本出身力士ということで、昇進の基準が甘かったのではないかという声も聞かれました。
しかし、審判部のどの親方に聞いても今回に限っては、同じ実績と同じような土俵に向かう姿勢があれば、どこの出身でも関係なく推薦されただろうという考えでした。
千秋楽の翌日、開かれた横綱審議委員会も、満場一致で昇進を支持しました。
そのとき重視したのは、稀勢の里の抜群の安定感です。
3横綱がいる中での年間最多勝。
また昇進前、6場所の勝率が8割2分と、現在の3横綱の昇進前、6場所の勝率と比べてもいずれも大きく上回っています。
横綱審議委員会の横綱推薦の内規は、品格・力量が抜群であること。
大関で2場所連続優勝かそれに準ずる成績と認められた場合と規定しています。
内規の中には年間最多勝も勝率も規定していませんけれども、力量が抜群であるという裏付けにはなります。
昔からたびたび指摘されてきたように、横綱昇進の基準は明確ではありません。
というよりも、明確にすることを相撲界は拒否してきました。
横綱という特別な存在は、明確な規定を設けるものではなくて、日常を共にしている相撲界のみんなが認める人が、なるべきだという思いが、江戸時代から脈々と引き継がれているからです。
それだけに、品格・力量抜群であることという一文を何よりも大切に守ってきました。
ところが、昭和61年秋場所、一度も優勝経験がなく昇進した第60代横綱の双羽黒が、一度も優勝することなく、僅か1年で廃業してからは、大関で2場所連続優勝の一文が重要視され、平成に入ってからは8人連続して2場所連続優勝で昇進しています。
しかし、昇進した横綱がけがなどで安定しない成績が続きますと、今度は2場所だけよければ横綱にしていいのかという空気が高まってきました。
その空気の中で綱取りを失敗し続けた稀勢の里ではありますけれども、年間を通して優勝に絡んだ安定感と、入門以来、15年間で休場が1日という、猛稽古で作り上げた頑丈な体、そして土俵への真摯な態度は場所ごとに高く評価されて、優勝さえすれば横綱昇進という雰囲気が相撲界に広がってきました。
九州場所で12勝を挙げたものの、優勝を逃したために、初場所前に綱取りとは騒がれませんでしたけれども、昇進には場所中の雰囲気の盛り上がりが、大きく左右してきます。
2横綱の休場がマイナスに働くという意見もありましたが、逆に稀勢の里の安定感が際立ってきました。
さらに、その雰囲気を盛り上げたのは、13日目のこの場面です。
大関・豪栄道が休場し、稀勢の里の不戦勝。
終盤の大関どうしの対戦がなくなり、不戦勝。
本来ならため息やブーイングが起きてもおかしくない状況でのこの拍手の大きさは、これまでにないものでした。
ファンの圧倒的な人気は、横綱昇進への空気を、さらに後押ししたと思います。
ではその稀勢の里は、綱取りのために、どう変わってきたんでしょうか。
中学を卒業して17歳9か月で新十両、18歳3か月で新入幕と、横綱・貴乃花に次ぐスピードで番付を駆け上り、貴乃花のように一時代を作る逸材と期待された稀勢の里ではありましたけれども、大関昇進を前に、足踏みをしました。
そのとき、指摘された課題というのは腰が高い、右腕の使い方が不十分、出稽古しないので同じ相手とばかり稽古をしている、精神面の弱さでした。
この点を、当時の師匠の第59代横綱・隆の里の鳴戸親方に直接、聞いたことがあります。
親方は、最強の技ってなんだと思う?それは圧倒的な破壊力だよ。
どんな相手も土俵の外に持っていく強烈な前に出る力があれば、それが最強。
稀勢の里にはそれを目指してほしいし、身につけられる素材だよ。
だからそれを信じて、稀に見る勢い・稀勢というしこ名に託したんだから。
腰の高さも動きやすい高さは人それぞれで、自分に合った高さを見つければいい。
右腕の使い方をもっと先に覚えればいい。
だって左はすばらしいからね。
出稽古なんかはとことん納得のいく稽古ができないし、対戦相手に情が移るから、必要ない。
精神面は稽古の過程で身につけていくよとの答えでした。
師匠からすれば、最強横綱という作品を作り上げているかのようでした。
が、その途中、道半ばの平成23年、稀勢の里の大関昇進直前に亡くなりました。
残された稀勢の里は、まさに土台と骨格だけ作って、制作途中で作者が消えてしまった彫刻のようなものでした。
指針を失って、一人で亡き師匠の教えを愚直に守り続けましたけれども、伸び悩みました。
そこで手を差し伸べたのが、同じ一門の親方衆でした。
二所ノ関一門が連合稽古を行い、稀勢の里の稽古相手を用意しました。
この連合稽古で、特に同じ大関の琴奨菊との稽古は、内容の濃いもので、稀勢の里の破壊力も一段増して、むらがなくなり、去年の年間最多勝へと成果が表れてきました。
かつて指摘された課題を迷いながらも、一歩一歩前進し、横綱に昇進した稀勢の里。
亡き師匠が描いた夢、最強横綱としての姿を見せられるかどうか、注目です。
さて、新横綱誕生によって大相撲界には、どんな効果が期待されるんでしょうか。
稀勢の里の横綱昇進によって、17年ぶりに4横綱時代を迎え、不祥事以来、V字回復してきた大相撲人気が盤石になりそうです。
しかし、力士にとっては厳しい時代に入ります。
前回の4横綱時代というのは、平成11年の名古屋場所から、平成12年春場所までの曙、貴乃花、若乃花、武蔵丸の4人。
僅か5場所で終わりました。
そしてその前の千代の富士、北勝海、大乃国、旭富士の4横綱時代も5場所で終わりました。
4横綱時代は極めて華やかである半面、生存競争が激しくなります。
先場所までの3横綱時代、体調不十分の横綱が終盤、雑な相撲を取って、ファンのため息に包まれる光景が何度か展開しました。
そこに15日間、常に全力を出そうとする稀勢の里が加わることになり、最後の最後まで真剣勝負が展開されそうな期待が高まります。
2つ目は、19年ぶりにファン待望の日本出身横綱が誕生し、盛り上がってはいますけれども、逆に、今度は日本出身という意識は薄まって、かつてのように、国内外出身は問わず、力士は力士という原点に戻るかもしれません。
17年前の4横綱時代、ハワイ出身の横綱が2人いましたけれども、日本出身力士ということばは耳にしませんでした。
同じ相撲界で努力してきた力士は力士、出身は関係ないという感覚が相撲界もファンも主流でした。
ところが日本出身力士の優勝が10年なく、新横綱も19年、誕生していないということになりますと、そのことばが使われ始め、日本出身力士待望論が高まりました。
しかしこの1年で3人の日本出身力士が優勝し、稀勢の里が綱を張ることで、かつてのような力士は力士という意識が戻ってきそうな気がします。
そして3つ目は、若い力士たちの活性化です。
朝青龍、白鵬という強い横綱が君臨し、把瑠都や琴欧洲など圧倒的な身体能力を持った力士が外国から入門する中で、若い力士たちの中にどこか諦めムードが漂っていました。
しかし、琴奨菊、豪栄道に続いて稀勢の里が優勝し、その稀勢の里が、横綱に昇進したことで、大きな道が開けてきたと見る親方衆も多くいます。
御嶽海や正代、高安など、若い力が後を追ってきそうです。
横綱昇進で稀勢の里は新時代の扉を開けました。
ただ開けただけで終わってしまうのか。
みずから新時代を作り出すのか。
入門当時、師匠と夢みた最強横綱への道がようやく始まりました。
横綱とはどうあるべきか。
見せてほしいと思います。
2017/01/25(水) 23:55〜00:05
NHK総合1・神戸
時論公論「新横綱誕生の意義」刈屋富士雄解説委員[字]

初場所で初優勝した稀勢の里が第72代横綱に昇進することに。日本出身力士としては19年ぶりの新横綱。その背景と意義、相撲人気への影響について解説する。

詳細情報
番組内容
【出演】NHK解説委員…刈屋富士雄
出演者
【出演】NHK解説委員…刈屋富士雄

ジャンル :
ニュース/報道 – 解説
ニュース/報道 – 定時・総合
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

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