主人公・真田信繁を演じる堺雅人さん。
自身が感じる信繁の人物像や物語の背景とは?
この話を頂いた時は、深く考えることなく「三谷作品を50回分演じられる!」と、即決でお引き受けしました。『新選組!』の山南敬助役は33回で終わりでしたが、信繁役は最後までできるのですから。役者にとって三谷作品に50回出演できるのは大きな喜びです。
主役に関しては、あまり深く考えていないというのが正直なところです。信繁の生涯も49年の人生のうち47年間は裏方で、最後の最後で表舞台に出るというもの。『真田丸』は青年期から描かれるため、「一寸先は闇」とでもいうべき戦国の世を、好奇心いっぱいに、若者らしくいきいきと生きている最中です。信州の田舎から大坂へ行き、秀吉と会うことになりますが、それは中盤になってから。物語の序盤は、人と人との関係を繋げる役割が多く、そうそうたるお名前の方々に会い、「すごいな!」と視聴者の方と同じ気持ちで泣いたり笑ったりしています。
信繁の役作りへの鍵は二つ。まずは三谷さんの脚本で描かれる信繁。そして史実で兄・信幸が弟を評した「物事柔和(にゅうわ)、忍辱(にんにく)にして強からず。言葉少なにして怒り腹立つ事なかりし」という言葉。「いつも優しく、苦悩を耐え忍び、口数少なく、怒りを表に出さない」という意味ですが、一見、ほんわかとして、とらえどころがないけれど、心に秘めたことが何かある、ということだと思っています。
忍辱というのは仏教用語のようです。僕自身は「忍」という字からは、信繁が忍者と関連付けられることが多いせいか、忍者を連想してしまいます。表に出る事なく、実務を担う人。まっすぐな兄を支える弟。兄弟の関係は、社長と秘書のようなイメージです。
父・昌幸役の草刈正雄さんは、前日に言ったことを翌日に覆すような、混乱した時代を生きる混乱した人物を大真面目に演じていて、見ていて本当に楽しいです。笑っていいのか悪いのか、迷いを覚える空気感が絶妙で、少しでもあやかりたいと思っています。
兄となる大泉洋さんは、まっすぐで誠実一辺倒の信幸を演じていて、実に魅力的。祖母・とり役の草笛光子さん、母・薫役の高畑淳子さん、姉・松役の木村佳乃さんの真田家女性陣は明るく、いきいきしています。血なまぐさい話に光を与えてくれるような気がします。
真田家はそれぞれが個性的で、信濃国(しなののくに)の多様性に重なるような気がします。東と西の真ん中にある信濃は、列強の緩衝地帯で、苦労の多い役回り。撮影前に旅して実感しましたが、地域ごとに風景が違います。そこに住むのは頑固で不器用だけどいい人ばかり。土地柄同様、多様な価値観があり、簡単に権力に飲み込まれることなく、理があれば堂々と意見を述べることができる。僕の中で信濃という土地はそういうイメージがあります。
信繁の死以降、時代は江戸時代という一つの価値観で統一されます。つまり、信繁は中世と共に滅んだ人間。『真田丸』では、冒頭に武田の終わりが描かれ、数々の家の滅亡が描かれます。『新選組!』では徳川の終わりが描かれましたが、『真田丸』は豊臣の終わりです。
敗者を描くのは景気のいい話ではないかもしれませんが、何かの終わりを、ごまかさず、丁寧に描くことも、今の時代に必要なことなのではないかと僕は考えています。混乱していたけれども、信濃の国の人たちのように多様な価値観があった。一つの価値観を押し付けることなく、中央に容易にくみしない人々がいた。そういう面白い時代が『真田丸』の時代です。
信繁は晩年になって「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と呼ばれるほどの、おそろしいまでの武者になりますが、それまではずっと知将として生きてきた人。その変わり方が面白いと思います。
例えるなら、普通の……いや、関ヶ原の戦いの後14年の蟄居(ちっきょ)期間がありますから、窓際に追いやられ、定年まで飼い殺しだと思われていたサラリーマンが、最後に一大プロジェクトを任されて……というところではないでしょうか。裏方にいようとした人間が、背中を押され、まばゆい場所に出てしまった。全ての期待、夢を背負うことになり、そしてその任務を全うして亡くなった。セミの一生でいえば、ずっと幼虫のまま死ぬと思っていたけれど、急に羽ばたけと言われたら、思いの外、羽ばたけた。そんなイメージです。
仮に最後に華々しい場所で活躍することがなくても、その場その場で力を尽くしてきた信繁は、十分悔いなく死ねたと思います。世の中は、普通に働いている大人たちがいるから回っている。自分の居場所をしっかり守りながら、大仕事を任されたらどう役に立てるかと考え、成功のためにトラブルをできる限り減らしていく。その積み重ねでしょう。今、普通に働いている方々と同じ。信繁もそういう人物として描かれると思っています。