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信繁の人生で、ひとつの区切りとなるのが第一次上田合戦(第13回)。堺雅人さんに今後の『真田丸』を2週連続で語っていただきます!

 

人の死から学んでいく信繁

放送が始まり、3か月。設定として15歳の信繁から演じていますが、撮影前、若者らしい好奇心旺盛な瞳をどう表現しようか、裏方の実務家の武士としての表現など、いろいろと考えていました。しかし実際演じてみると、出演者の皆さんの演技に反応していくのに精一杯。周囲との関係性との中で、落ち着くところに落ち着くものです。やってみて、それがわかりました。だから今は信繁の人生を楽しんでいます。

とはいえ、初めての調略相手・春日信達や、旧知の国衆・室賀正武の死に向き合い、信繁の心は大きく動きます。三谷幸喜さんは、人の死から何かを引き出したいのでは?と僕は考えています。調略とは人をだましてかすめ取るのではなく、相手の立場に立って説得することだと、春日信達への調略と死から信繁は学びました。多くの人が死ぬ戦国時代を舞台にしていますが、『真田丸』の物語では、登場人物それぞれの人生があり、それぞれの死を迎えます。彼らの人生から信繁が何かを学び取り、成長していく。そこが緻密に計算されている感じがします。

もうひとつ、『真田丸』の面白さは「見通しの悪さ」です。ここが楽しみどころなのだとも思っています。「本能寺の変」での状況の錯綜(さくそう)ぶりで、それぞれが得られる情報の中でベストだと思われる行動をとる。最終的に勝者となる家康も、初めから勝者の顔などせず、右往左往しています。皆、ギリギリの中で生き残っていくのが、『真田丸』の面白いところです。ですから見ている方も、見通しの悪さを共有してもらったほうが、より一層楽しんでいただける気がします。

父となり、信濃の大地を意識

「授かり婚」で梅と祝言をあげる信繁ですが、今まであちこち飛び跳ねていた人が初めて大地に根を下ろすといいますか、自分の生まれ育った大地を意識することになったように思います。祝言は、梅と信濃を心から愛するという儀式。しかし同時に、室賀正武の殺害という血なまぐさい事件が起こります。祝福と呪いを同時に受けているような……。人生いいことばかりではないということを、連続して示しているのがこの物語ではないでしょうか。一筋縄ではいきません。

兄・信幸との関係も、生き生きとしている弟、我慢し続ける兄として描かれています。後に、兄は生きることで、信繁は死ぬことで名を残す。その対照的な役割分担が面白いです。

信濃という山国の教えも、梅と会話した「人をなるべく殺さない戦」に通じるものを感じます。食べる分だけ動物を殺すという猟師の論理。山の民として教えを受け、梅や子どもを守ることで、初めて信繁は生まれ育った土地の一員となったという気がします。それを感じた直後に起こる、第一次上田合戦の顛末(てんまつ)を含め、これから先も祝福と呪いは連続していくのだと考えます。

第一次上田合戦と六文銭の旗印登場

第13回で描かれるのは、真田と徳川がぶつかり合う第一次上田合戦。合戦シーンならではの迫力に加え、ちょっと変わった切り口の三谷作品らしい描写があります。信繁が六文銭の旗を持ち、徳川軍を挑発し、引きつけ続けるのです。そこが父・昌幸の戦略の素晴らしさなのですが、『真田丸』では、信繁が六文銭の旗を振り続けて勝ってしまう話とも見えます(笑)。

徳川軍を翻弄し続ける役割でしたから、撮影は熱量が高く、ヘトヘトになりました。ただ、人はなかなか死なない。こういう切り口もあるのかと、楽しんでいただきたいです。

六文銭に関しては、妻・梅とのちょっとしたやりとりを通して、ふたりの心のふれあいも描かれています。衝撃のラストまで、どうか目を離さずにご覧ください。

ここでの挑発の動きで参考にしたのが、上田の伝統芸能である三頭立ての獅子舞(ししまい)。常田(ときだ)獅子、房山(ぼうやま)獅子というもので、九州出身である僕は、それまで見たことのなかった独特の動きでした。歴史資料館で見たとき、野性味あふれた山の民らしい動きに引きつけられ、どこかで使いたいと思っていました。上田の皆さんが「どこかで見たことある」と思っていただければ。ただの自己満足なのですが(笑)。
今後の転機となる第13回「決戦」を、お見逃しなく!

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