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米中関係では、トランプ氏が大統領就任以前に述べた、「米国はなぜ『一つの中国』に縛られなければならないのかわからない」「『一つの中国』に関する原則も交渉対象となる」といった発言が注目されている(それぞれ1月11日のFOXテレビ、13日付のウォール・ストリート・ジャーナルなど)。しかもこの関連で、「沖縄に駐留している米軍を台湾に移すべきだ」との意見が出てきている。一見、途方もないことのようだが、理由がないことではない。
まず「一つの中国」の原則を確かめておこう。それには「中国」「中華人民共和国」「台湾」を区別する必要がある。特に「中国」と「中華人民共和国」は、同じ意味で使われることが多いので、その区別は重要だ。さらにこれらのほか、「中華民国」もあるが、本稿では特に断らないかぎり、「中華民国」と「台湾」を区別せず、単に「台湾」と呼ぶこととする。
■いくつも存在する中国の定義
「一つの中国」というが、「中国」という名称の国はない。現在ないだけでなく、太古の昔からなかった。一方、「中華人民共和国」は実在する国家だ。以前の「清」「明」「唐」なども実在する国家であった。
では、「中国」はまったく存在しないかといえば、それは微妙な問題で、「中華人民共和国」政府は、存在するという立場であり、その立場に立って、中華人民共和国も台湾も、中国に属すると主張している。しかし現実には、大陸は中華人民共和国が支配し、台湾島は中華民国が支配しているので、主張でなく目標にすぎない。そこで中華人民共和国は、「一つの中国」を標榜して、台湾を中華人民共和国の下で統一したい、と考えているのだ。つまり、中国、イコール中華人民共和国、イコール”中国大陸プラス台湾島”にしたいのだ。
台湾の蔡総統は旗幟を鮮明にせず
現在、台湾の蔡英文総統は、「一つの中国」問題について極めて慎重な態度であり、賛成あるいは反対と、旗幟(きし)鮮明にすることを避けている。説明は難解だが、わかりやすくいえば、「一つの中国について台湾内部にコンセンサスがない現状では、政府として特定の立場に立つべきでない。民主的にコンセンサスが形成されるのを待つ」という考えだと思う。
これに対して中華人民共和国は、蔡総統がそのように態度をあいまいにしているのは腹の中で台湾独立を企んでいるからだ、と見なして激しく非難している。
■米中国交で台湾からは米軍が撤退した
トランプ氏は米国政府の立場を変更したか否か。日本と米国はそれぞれ1972年と1979年に中華人民共和国と国交を樹立。そのときから「一つの中国」は問題だったが、日本は「一つの中国」を認めるとは言わなかった。米国は「中華人民共和国がそのように主張していることに異論を唱えない」と表明するにとどめた。日米両国とも「一つの中国」は意味不明であり、一部は明らかに現実でないので、それを正しいと認めなかったのだと思う。
「一つの中国の原則に縛られない」というトランプ氏の発言は、従来の米政府の説明と感じが違っており、中国は反発しているが、米国が立場を変えたとは単純に断定できない面がある。難解な解釈問題だ。また、トランプ氏は「一つの中国の原則も交渉の対象となる」とも言っているが、中国は交渉の対象にしないだろう。
そう考えると、トランプ発言自体はさほど深刻な問題になると思えないが、米新政権には、言葉の問題は別として、現実の東アジアの情勢に応じた対応策を模索しようとする姿勢がうかがわれる。
ブッシュ政権で国務次官や国連大使を務めた保守派論客であり、トランプ政権でも国務副長官になるとうわさされているジョン・ボルトン氏による、「米軍を台湾に再度駐留させるべきだ」という意見(1月17日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙)がその一例である。
台湾における米軍の存在は、1979年の米中国交樹立の際に問題となった。米国はすべての米軍を台湾から撤退させることに合意し、すでに実行済みだったが、それは1972年のニクソン大統領訪中時に上海コミュニケとして発表されたものである。
中国の軍事力膨張で情勢が変わる
米国はもともと、台湾をめぐり、地域の緊張が緩和するにしたがって米軍を撤退させる、という立場だったからである。中国もそのような米国の立場をしぶしぶだろうが認めていた。
ボルトン氏によれば、このときと現在の国際情勢は、一変しているという。そのとおりだ。中国の軍事力は毎年膨張を続け、いまや空母も保有し、海空軍の作戦能力は飛躍的に強化されている。中国艦隊は南シナ海や台湾海峡、東シナ海、太平洋まで進出し、時には日本列島を一周する。南シナ海や東シナ海では、無理な領土主張を行い、一部の岩礁では埋め立て工事や飛行場も建設。これらは米中国交樹立の1979年当時には想像さえできなかったことであり、現実に向き合うべきだとするボルトン氏の考えは、常識からはかけ離れているように聞こえるかもしれないが、的を射ている面がある。
■沖縄からグアムへの米軍移駐には協力している
またボルトン氏は、「台湾へ再駐留させる米軍は沖縄から移動させるのがよい」と提案している。台湾は地政学的に東アジア諸国や南シナ海に近いので、この地域の安全確保のためには望ましいというわけだ。「日米間の基地問題をめぐる緊張を和らげる可能性がある」とも述べており、東アジアの安全保障と日本による基地負担の軽減という、2つの観点から沖縄米軍の台湾移駐を提案しているのだ。
仮に、そのような提案が米新政権から行われた場合、日本はどう対処すべきか。日本の安全保障の観点から、沖縄の米軍がほかの場所に移ることには抵抗があろう。だが日本としても、米軍の沖縄からグアムへの移駐にすでに協力しているので、台湾への移駐も基本的には賛成できるはずだ。
もちろん日本は中国との友好関係を損なわないよう、万全の配慮が必要だが、東シナ海や台湾海峡、南シナ海における緊張状態は中国が惹起(じゃっき)したことで、それに対処するための米軍の台湾移駐は、中国が冷静さを取り戻すきっかけになりうる。実際には中国が考えを改めることにならないとの見方が多いだろうが、目先の中国の反応にとらわれず、中長期的には緊張の緩和に資すると判断できるならば、賛成すべきだと思う。
美根 慶樹
最終更新:1月28日(土)7時20分
情報提供元(外部サイト)
週刊東洋経済 |
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