今晩は、お元気でお過ごしでしょうか。
今日も沢山の御訪問ありがとうございます。
よく縁起が、「善い」等と言いますが、
総ての事は、「縁から起きて来る」訳です。
その事を、釈迦牟尼は「12因縁」として説いてます。
「老死、生、有、取、愛、受、触、六処、名色、識、行、無明」
総ての縁は、無明(むみょう)から始まっている訳です。
無から始まった縁は、永遠に止まる事はありません。
縁し続けて行き、色々な出来事が起きて来ます。
それは、只、そのまま起きて来る訳で、意味は有りません。
そこに、個人の都合と思考が湧き、
この出来事は「自分に取って善い事、悪い事」と意味分けして、
勝手な作り話をでっち上げて、恐れたり、不安だったり、
喜んだり、悲しいだり、苦しかったりと
感情が湧いて来ます。
思考と感情が自分と、一体化している人は、
この思考と感情に苦しめられます。
多くの人は、この状態にあります。
思考と感情はその都度、湧いたり消えたりするので、
自分でどうにかしようとしないで、
只、静かに観察(味わう)する事が一番いいと思います。
ピークを超えると自然に鎮静化して消えて行きますから。
思考と感情を観察するクセを付けて行くと、
思考と感情と、自分に距離が出来て来ます。
それは、ちょうど「対岸の火事」を見ているようなもので、
それらの影響を受けぬくくなります。
それが進んで行くと、思考のイタズラにすぐに気付き、
勝手な作り話のでっち上げてに、巻き込まれなくなるので、
平安な精神状態になって来ます。
その状態が、そもそも元から在るものです。
そこに戻って行く訳ですね。
何故か 私には、酷い落ち込み状態の人(鬱)や
ガン患者やどうしようもない状態の人が多く来ます。
また、そんな人を見ると何故か、私は、力が湧いて来ます。
私の力が一番発揮出来る時なんですね。
時々、自分を観てる自分が、自分を笑ってるんです。
変な奴だな~ってね。(笑い)
本日も沢山の御訪問ありがとうございました。
またお会いしましょう。
(*^o^)乂(^-^*)。
九八☆彡