天地燃ゆ
第二部『若獅子、北ノ庄へ』
第三章『隆広、初主命』
「はい、どうぞ」
「ああ、どうも」
さえは麦飯を丼に盛って隆広に渡した。
「でも良かった」
「なにがです?」
「お仕えする方が隆広様で。乱暴で粗野な方だったらどうしようかなと内心不安だったのです」
「そ、そうですか。アハハハ……」
恋心を抱いた娘と、いきなり一つ屋根の下で暮らすこととなってしまった。胸が高鳴り、せっかくさえが作った手料理の味が半分も分からない。
「さえ殿は柴田家ゆかりの方だったのですね」
「いいえ、私は朝倉家にゆかりの娘です」
「朝倉家の?」
「主家が滅んで、途方に暮れていたところを勝家様に拾ってもらったのです。今までは奥方様の侍女を務めておりました」
「そうだったのですか……」
「勝家様は素晴らしいお殿様です。聞くと見るとでは大違いでした。鬼や閻魔などと称される方でしたから、私を拾ったのも下心あってと邪推してしまったのですが、とんでもありませんでした。本当にお城で奉公させるためだけで、おかけ下さる言葉も優しさに溢れておいでです。そして奥方のお市様はお美しいだけでなく、身寄りをなくした私を妹のように可愛がって下さいます。柴田家に仕えることができて、私は本当に嬉しいのです」
楽しそうに物事を話す子だなと隆広は思った。無邪気に笑う顔は本当にかわいらしく、隆広はメシをクチに入れたままポーとしてしまった。
「な、なにか?」
「いえいえいえ! なんでも!」
「では食事をしながら聞いてください。足軽組頭となられた隆広様には月に一度給金が出ます。一月五貫です」
「ご、五貫もですか!?」
「はい、殿様はその給金の管理と、食事に伴う健康管理をさえに命じました。そして手柄を立てられ、殿様から褒美金や品々が出たときも、さえが責任をもって管理いたします。この家の営みはさえにお任せ下さい。お金が必要なときはさえに言ってくだされればお渡ししますが、その理由がさえの納得できないものであるのなら、お渡しできません。そう殿様より命じられております」
「ありがたい、それがしはそれだけ仕事に集中できると云うことですね。私は新参の上に下っ端です。これから色々と苦労をかけるでしょうが、頼みます」
さえはニコリと笑って頷いた。言ってみればほとんど自由に使える金がないと云うことにもなる。後の考えからすれば窮屈な暮らしと言えるが、勝家には隆広が人一倍金銭に気を使う部下になってもらう必要があったのである。自分の給金だからと言って、博打や女遊びに使うようでは困るのである。隆広の養父、隆家が勝家に当てた手紙にこう書いてあった。
『文武両道に育てましたが、おそらくは内政の方にその才はあると思います。唐土の管仲には及びませんが、それがしの経験と知識をすべて叩き込みました』
勝家も隆広を一目見てそう感じた。それに隆広の養父の水沢隆家は戦場の猛将であると同時に内政家としても凄腕だった。
内政家は柴田家中に少ない。『優秀な』というカンムリを乗せるのであれば存在しないと言っていい。ノドから手が出るほどに欲しいと思っていた内政家がきた。成果を見ていき、納得の行くものであるのなら、勝家は隆広に領内の内政を任せるつもりでいる。
しかし、それは家中の金銀を縦横に使う特権を得る事にもなる。自分の金であろうと好き勝手に使う者に任せるわけにはいかないのである。
「ありがとう、さえ殿。とても美味しかった」
「あの……」
「はい?」
「さえと……呼んで下さい」
「え?」
「あ! すいません、変な事言って!」
さえは顔を真っ赤にして膳を持って下がった。
翌朝、隆広は北ノ庄城に初出仕した。そして評定の間に着いた。無論、末席に座った。
「緊張するなあ……」
「おい」
「え?」
「お前か? 昨日に仕官してきて足軽組頭に任じられた小僧というのは?」
「はい、そうですが」
「ふん、顔だけは一流だな」
「くっ……」
(なんだ、この人は! 人を見るなり!)
「男色家がいかにも好みそうなツラだが義父上にそれで取り入ろうとしてもムダだぞ」
「……そんなつもりはございません」
「だが大殿には運が良ければ伽を命じられるかもな。そっちの方に励んだらどうだ? あっはははは!」
拳を握り愚劣な罵倒に耐える隆広。その男は侮蔑を込めた鼻息を出し、自分の席に着いた。
「ほほう、こいつか? 水沢の名を継ぐガキってのは」
威風堂々の武人が隆広を小馬鹿にして言った。
「ガキではありません。もう元服は済ませて……」
「ガキだよ。いくさ場を経験していねえヤツはそう言うんだ。せいぜい養父の七光りが通じるうちにキバるこったな。ハッハハハハハハッ!」
また拳を握り、隆広は耐えた。自分は新参者で、まだ十五を過ぎたばかりの子供。まだ何の武勲も手柄も立てていない。言い返したところで何の意味もない。
(落ち着け、ここに来る前にも予想していただろう! 古株に罵倒されるくらい耐えろ!)
隆広の向かいに座り、腕を組んでいる武人がいる。先日に会った可児才蔵である。以前会ったと云うだけで、よう、とか言ってくるほどに才蔵は気安い男ではない。おそらくは、なんだ、当家に仕えるのか、くらいしか考えていない。
「おいおい、なんだ。こんなひ弱そうな坊やがどうしてここにいる? 母上のお乳を吸いに帰ったらどうだ? アッハハハハ!」
最後に自分を罵倒したものは知っていた。先日の門徒との戦いで名乗りをあげて暴れていた武将である。
隆広は同年代の少年に比べれば貫禄はある方で面構えも堂に入ったものであるが、戦慣れしている柴田家の幹部から見ればひ弱な坊やに過ぎない。隆広は見たこともない母を侮辱され憤慨したが、これも耐えた。
(佐々成政だったな、忘れないぞその言葉! 今に見ていろ!)
「よく耐えたな」
「前田様……」
「逆らって波風立てるのを恐れて黙っていたのではない事くらい、眼を見れば分かる。たった今思った『今に見ていろ』を忘れるなよ、隆広」
なんで分かったのだろう、と隆広は思った。そして利家の言葉が隆広は嬉しかった。
「はい、忘れません」
「そうだ、それを忘れない限り、後に『今に見ていろ』が成った時も、自分を感奮興起させてくれた者たちにも親しみを覚えるはずだ。感奮するのはいい。だが根にもつなよ」
「はい!」
向かいにいる可児才蔵は耳がいい。他にはボソボソと話しているとしか聞こえない会話も彼には明確に聞こえた。
(利家様もずいぶんと買っているものだな、あの小僧を)
だが、才蔵も隆広に対して見所があると思った点があった。先日に隆広に一喝したとき、隆広は何ら怯えず、それどころか堂々と眼を逸らさずに名乗った。今まで自分の一喝に尻込みするものばかり見てきたせいか、その向こう気の強さに生意気と思うと同時に感心もしたのである。
同じ席に不破光治と云う武将がいる。信長から勝家の寄騎にと命じられ、府中の龍門寺城の城主でもある。
彼は隆広の養父の水沢隆家と同じく、元斎藤家臣だったが主家を離れて織田についた。しかし目の前にいる少年の養父は最後まで斉藤家を見捨てなかった。生き方の違いといえばそれまでだが、光治は少しの負い目を感じる。せめて養子の隆広に対しては陰日向とかばっていこうと思っていた。
前田利家、佐々成政、不破光治は『府中三人衆』と呼ばれているが、合戦において柴田勝家の寄騎として働いている。目付けの役も担っていた様で、それなりに柴田家中でも職責も重かった。三人衆のうち二人が隆広に好意的なのは幸運と言えるだろう。
隆広が仕官した翌日は、奇遇にも柴田家の週に一度必ず出席が命じられている定例評定である。勝家の治める越前に城を持つ他の将も招集される。府中三人衆の前田、不破、佐々の三将、そして丸岡城を預かる柴田勝豊もやってくる。週に一度の大事な評定である。無論、火急の場合に突然評定が開かれる場合もあるが、隆広が初めて出席した評定は、その定例会議である。
「殿のおな―り―」
大広間上座の襖が開き、勝家が入ってきた。
「みな、揃っているな」
「「ハハーッ!」」
「軍議を始める前に、皆に言い渡すことがある、水沢隆広!」
「ハッ」
「前に出よ」
「ハハッ!」
静々と隆広は腰を低くしながら、主君勝家の前に歩んだ。
「みなも聞け、本日よりこの者を評定衆に加える。織田家中は新参と古株、そして若いも年寄りも関係ない。能力がすべてだ。みなもそう心得よ。そして、ゆくゆくはこの者をワシの養子とするつもりだ」
「…………!?」
一番驚いたのは隆広本人である。そんな話は聞かされていない。前田利家も可児才蔵もあっけにとられた。
何より、柴田勝豊はさらに不快を感じる。すでに自分と云う養子がいるのに、どうして新たに迎え入れる必要があるのか。勝豊は勝家の姉の子である。その縁で養子になったのだが、おそらくは後年の勝家との不和も、この『隆広を養子にする』が発端となっているのかもしれない。
「伯父上、なにゆえそんな子供を? その者にそれほどの能力があるとは思えませんが」
『養父の七光りが通じるうちに』と嫌味を言った男だった。
「だったら試してみよ盛政。言っておくがわしは気が短い。この場で済ませられる試し方をせよ」
「承知仕った。では隆広とやら」
「はい」
(この人が佐久間盛政か……なるほどすごい貫禄だ)
「北ノ庄城の現在の軍事力を数字で言ってみせよ」
「はい、およそ兵数二万、軍馬千五百、鉄砲八百です」
「……!!」
何と隆広は即答したのである。これは勝家も驚いた。
「どこでそれを計上した? 適当に言っているのではあるまいな!」
「実は…」
「実は?」
「はったりです」
「なにぃ?」
「答えが分からない時でも自信ありげに即答すれば通じる時がある。そう養父に教えられました」
しかし隆広の答えた数字は正解に近いものだった。隆広は先日の門徒討伐の兵数と装備、そして城の規模に適した残存兵力を足した数字を即答したのだ。まるっきり根拠がなくて言ったわけではなかったのだ。勝家は『良いことを教えられているものだ』と静かに微笑んでいた。
「……なるほど、まんまと食わされた。しかし数字は正解の範疇と言えよう。ではもう一つある。先日の門徒の攻撃で北ノ庄東側の城壁が著しく破損している。一刻も早く、かつ安価に補修しなければならない。お前ならばどうする?」
「割普請を実行します。足場作りから石積みに至るまで作業箇所を十箇所に分けて、職人を十班に割り、賞金をかけて競わせます」
「おいおい! それはサル秀吉がやったヤツと同じだろうが!」
「確かに羽柴様が清洲城の補修でやった事と同じです。ですが、これ以上の有効な手段はありません。優れた事を真似するのは何の恥でもありません」
「顔だけでなく、口も達者なようだな」
『顔だけは一流』と嫌味を言った男だった。
「『答えが分からない時でも自信ありげに即答すれば通じる時がある』良いことを聞かせてくれたことに敬意を払い名乗ってやる。オレは丸岡城主の柴田勝豊、オレはクチが達者な男は信じない」
「お言葉を返すようですが、それがしはまだ未熟なるも論が立つのは恥ずべきことではないと思います。唐土の張儀は弁舌をもって楚、斉、趙、燕の各国を自国の秦に従わせることに…」
「だまれ! ああ腹が立つ! オレはお前のように小僧のくせして知ったかぶりして物事をしゃべる男が大嫌いなのだ!」
勝家はあえて助け舟を出さなかった。隆広がどう動くか見たかった。そして隆広も単なる感情論で言われては仕方がない。相手は聞く耳を持たないからである。例えに出した唐土の張儀なれば、何か手段も考え付くのだろうが、やはり隆広にはまだそこまで及ばない。
「やってみせるしかありませんね……」
挑発に乗ったと言わぬばかりに勝豊は手を打って喜んだ。
「そうだな、口では何とでも言える、やってみろ!」
勝豊の方に向いていた隆広は勝家に向きなおした。
「勝家さ……じゃなかった、殿。それがしの初主命はそれでよろしいですか?」
「かまわんぞ、で、いくら金がいる? 三千貫でよいか?」
「いえ、その半額の千五百貫で何とかやってみます」
「せ、千五百貫!? バカを申せ! それでは足場を組み、石を揃えて終わりではないか!」
「ですから半額の金子を浮かせる代わりに、殿に一つだけお頼みがございます」
「なんだ?」
「明日の夜中、それがしが眠っている殿を起こすことを許して下さいませ。そしてしばし夜の散歩をそれがしとしてほしいのです」
「な、なに?」
評定の間にいた者は、隆広が勝家に要望することの意味が分からなかった。
「別にそれぐらいならかまわんが」
「ありがとうございます。では明日の深夜に寝所に伺いますので。ここはこれにて」
隆広は評定の間にいた勘定方に、千五百貫を自分の屋敷に運んでおくように伝え出て行った。
「何をするつもりだ? あいつは……?」
隆広の意図、それは誰にも分からなかった。無論、勝家にも。
「隆広」
「不破様」
城を出て行った隆広を不破光治が追いかけてきた。
「どういうつもりだ、あの城壁を千五百貫で修復するとは」
「確かに……『じゃあ見ていろ』と云う気持ちで受けたのも否めませんが、それがしにはそれなりの目算がありますので大丈夫です」
「…そうか、もし他に金や人手がいるのなら、ワシから出してもいいぞ」
なんでこんなに親切にしてくれるのか、と云う目で自分を見る隆広。その疑問に光治は答えた。
「そなたの養父とワシは共に斉藤道三公に仕えた仲だ。養子のお前が困っているのなら手助けしたいと思うのが当然だろう」
「…ありがとうございます。しかし、佐久間様や勝豊様、佐々様に認めてもらうにはそれがし一人ですべての段取りをしなくてはいけない気がします。お気持ちだけありがたくちょうだいします」
「ふ……この意地っ張りが。よしやってみろ!」
「はい!」
隆広は城門に向かって走っていった。
「ふふ……血は繋がらなくとも、言う事はよう似ているわ。いい若武者を育てたな、隆家殿」
隆広は補修する城壁に向かった。まだ全くの手つかずの状態。まず人足から集める必要があった。補修箇所の広さと高さを調べていると、さえが来た。
「隆広様―ッ!」
「あ、さえ殿」
「今、お城から使者が来られて、当家に千五百貫を置いていきました。何があったのです?」
「実は…」
評定の間での事を簡単にさえに話した。
「ひどい!」
「ああ、ひどい有様でしょう。この城壁」
「そっちではありません! 佐久間様と、勝豊様のことです! きっと出来なければ笑ってやるぞと考えているのです!」
「仕方ありません、新参ですからこんなこともありましょう。ところで、さえ殿にも手伝ってもらいたいことが」
「なんです?」
「五十貫使って酒と料理をできるだけ揃え、ここに持ってきて下さい」
「五十貫もですか?」
「はい、それだけの買い物をすれば市場の者も運ぶのを手伝ってくれるはずです。考えがあってのこと、五十貫を酒と料理で使い切ります。お金だけ見せても人は集まりません。まずは私に協力してもいいと思っていただくところから始めます。だから思い切って買い物をしてきてください。それで職人をもてなします」
「わかりました!」
隆広は城下町の職人長屋に出かけた。隆広にまだ兵はいない。雇うしかないのである。職人たちの長、辰五郎を訪ねた。
「帰りな! お前みたいな小僧に使われてたまるか!」
「そうだそうだ!」
「オレっちのガキよりも、さらにガキのお前に使われるなんてゴメンだね!」
怒涛のごとく憎まれ口が飛んでくる。しかし隆広は顔色を変えない。
「まあ、そうでありましょうね。しかし困りました。あそこが壊れているとこの城は危ないのですよ」
そういいながら、隆広は酒場で買ってきた『旨酒』の酒瓶をチラチラと見せていた。辰五郎が酒好きとは調査済みである。こういう職人気質の者は『金は出すから』といっても逆に意固地になるものである。もう辰五郎の目は隆広の手にある旨酒に釘付けである。
隆広は辰五郎の家の戸は閉めず、あえて自分の後ろに酒樽の一斗樽を二つ荷台に乗せているのも見せ付けた。辰五郎の手下たちも最初は隆広の要望を歯牙にもかけずに憎まれ口を叩いていたが、だんだん静かになった。隆広が持つ旨酒の樽が気になって仕方なかった。最近は城下町も景気が悪く、職人たちも旨い酒から遠ざかっている。それも調査済みである。
「そ、そんなこと知るかよ。だいたいここの殿様はな! 何かといえば工賃を値切ろうとするせこーいヤツなんだよ! そう毎回……」
酒瓶のフタをポンと開けた。
「そうですか〜。せっかく工事前の景気付けと思い辰五郎殿に買ってきたのに無駄になってしまいました。それがしは酒飲めないから捨てることにします」
「なあ!?」
ポタポタ……
「だあああああ――ッッ! なんてもったいないことするんだお前!」
「それがしは酒飲めないのです。でもこの酒の入っている瓶は趣きがあって素晴らしいものです。だから空にして持って帰ります」
「わ、わかったよ! オレたちの負けだ! やればいいんだろやれば!」
「そうですかあ! いや〜さすが越前の職人です! 現場に来て下さい。敦賀湾で捕れた海の幸がありますよ!」
補修現場に行くと、城下町の市場からさえが買ってきた魚と酒が所狭しと置いておった。ここ数ヶ月、まとめて品物を買っていくものは少なかったので、市場に働くものたちはさえの指定する場所に品物を運んでくれたのである。
「職人のみなさん! お待ちしていました。たんと食べて飲んで下さい!」
さえが言うと、職人たちはそれぞれの料理と酒の前に走った。
「やったあ―ッッ!」
「久しぶりの酒とご馳走だぜ〜ッ!」
この場に品物を運んできた市場の者たちも、楽しそうな宴会が始まりそうなのをうらやましそうに見ていた。
「何をしているのです。貴方たちが運んできたものです。遠慮なく宴に入って下さい」
「い、いいんですか?」
「ええ、見たところ職人たちにも食べ切れそうになくば、飲みきれそうにありません。しかし…それがしが見込んでいた以上に食べ物も酒も多いですが、本当にあれが五十貫で足りたのですか?」
市場の者を代表して、源吾郎と云う者が答えた。
「はい、あれで五十貫と相成っています。助かりました。最近は不景気でまとめて買って行く方も少ないので」
「つまり単価を下げるしかないと?」
「おおせの通りです」
「うむ……いい状況じゃありませんね。やはり出店に伴う関税が問題なのですか?」
「はい、ご領主が一向宗門徒との戦いで軍備がかさむと云う事情は分かっておりますが、やはりその負担は軽視できませぬ」
「いや、良いことを教えてくれました。やはり民からの搾取のみで資金や兵糧を調達する時代はそろそろ終わりにしないとダメだ。このままでは敦賀港が領地内にあっても宝の持ち腐れになってしまう……」
「失礼ですが、あまりお見受けしないお武家様。よければご尊名を」
「柴田家足軽組頭、水沢隆広と申します」
「み、水沢……!?」
「どうしました?」
「いえ、何でも……」
「さ、そんな堅い話はもういいでしょう。市場の商人の方々も飲んで、食べてください!」
その夜、柴田勝家は城の頂上から補修箇所を見ていた。市も側にいる。
「あら、あそこで宴会をしておりますね」
「隆広が、職人と商人を集めて宴会をしているらしい」
「た、隆広が……?」
「あやつ、何を考えているか分からんが……もしかするとワシなど及びもつかぬ、とんでもない大将となるかもしれぬ」
第四章『夜明けの祝杯』に続く。